襲撃者たち
「あのー、あのー、どなたかいませんかー」
小さな拳が振り上げられ、控えめに窓を叩いている。近づいて内鍵を解くと、窓枠にやっと手が届くほどの子どもが佇んでいた。片手にはいくつかの花を握りしめているものの、服装は質素で裸足だ。
近所の子どもだろう。ぼくは警戒せず身を乗り出す。
「あのね、女のひとに云われて、庭に咲いていたお花を持ってきたの。たくさんのお花で送ってあげたい人がいるからって」
女のひと、とはライラさんのことだろうか。
花が集まらないから近所に招集をかけた……ありえない話ではない。
別のところから声がしたので振り返ると、正面の扉が開き、その向こうにも花を手にしたたくさんの人々の姿があった。エリアーデさんが対応している。ぼくは女の子にそちらに回るよう告げて、扉に向かって駆け出した。
が、エリアーデさんの後ろに佇んでいたライオネルさんが腕を出してぼくの行く手をふさいだ。わけがわからずに立ち止まる。
「あの、どうしました……?」
戸惑っているぼくの声に対しても、ライオネルさんはなにも云わない。じっと見つめてくるだけだ。まるで、この先には行くなと云わんばかりに。
「はいはーい、落ち着いて、わかったからー」
ライオネルさんがまとう緊迫感に反して、エリアーデさんは引率の先生みたいに手を叩く。
「つまり、花が足りないから各々持ち寄ってと頼まれたわけね? ルシェルシェに」
「さようです」
一歩進み出たのは年配の女性。ウェディングブーケのように両手で花を抱えている。
「こちらの代表者さまから依頼を受け、周りに声をかけてこちらに参りました。死はだれにでも等しく訪れる。お互い様ですもの」
「あー、それは助かるわ。花は新鮮なほうがいいしね、少ないけどお金も払わせてもらう」
エリアーデさんはにこりと笑った。
「だからもう一度教えて。あのちっちゃな子どもが代表だと、なんで知っているわけ?」
年配女性の顔から表情が抜け落ちた。
「テディは代表者だとは名乗らないはずよ。見知らぬ人間からすれば子どもの戯言としか思えないし、相手にしてもらえないでしょう。この緊急事態に、テディがわかりきったことをするはずがない。だとしたらライラちゃん? いいえ、それもないわ。だってあなた、ルシェルシェから頼まれたんだものね?」
つまり。どういうことだ。この年配の女性は……。
知らないはずのことを知っている。
叫んだ女性がブーケから黒いものを引き抜く。
「――エル・トラの奇跡のためにッ」
ぱぁんっ。乾いた銃声が響いた。
「……だいじょうぶですか」
頭上から降ってくる低い声。目をきつくつぶっていたぼくは、恐る恐る目蓋を開いて声の方向を見上げた。ライオンの目が鋭く光っている。
「ぼくは平気です、ライオネルさん」
ぼくは安堵して名前を呼んだ。覆いかぶさるようにして守ってくれているライオン。なんて心強いんだ。
「あ、エリアーデさんは」
あわてて立ち上がると、エリアーデさんが高々と右足を上げていた。銃弾はエリアーデさんの真横の扉を貫いている。年配の女性の手から蹴り上げられた銃は高く飛躍し、色とりどりの花を手に集まっていた集団のもとへと落ちてくる。
「う、ぁああああ」
破れかぶれで体当たりしてきた女性をひょいと避け、素早く後ろ手をひねって地面に押しつけるエリアーデさん。流れるような動作で、まったく隙がない。銃撃された動揺はみじんも感じられなかった。
「だれの指示? 目的は?」
「知るか、知るもんか。金をやるからと云われただけだ」
乾いた声でエリアーデさんが笑う。
「嘘ばっかり。一時的に雇われただけの輩が、なんであの言葉を云うわけ?」
エル・トラの奇跡。
女性が叫んだ言葉だ。
ぼくがいたエル・トラ孤児院と無関係なはずはない。だけど十二年も前に滅んだ施設での合言葉を、なぜ女性が口にするのだろう。
エル・トラと今回のアルカナはなにか関わりがあるのだろうか。
ぼくが答えを突き止める前に、状況はさらに悪化した。教会前を取り囲んでいた人々は葬儀のためにと持ち寄ってくれた可憐な花を地に放り、その下に隠していた「武器」を露わにした。草刈り鎌、はさみ、包丁……どこの家にでもあるようなものだ。さっきの女の子も割れたガラス瓶を持っている。
「そ、その人を放せ」
「いじめないで」
「わたしたちを救ってくれるんだ」
口々に叫ばれる悲痛な訴え。
「……少将」
ライオネルさんに促されて、エリアーデさんは女性を解放した。しかし唇をすぼめ、面白くなさそうな顔をしている。
「云っておくけど、先に襲撃してきたのはそっち」
「そ、それでも、必要な人なんだもん。わたしたちを救ってくれる」
「そうだ、あの方に会わせてくれるんだ」
「よそものは帰れ」
「帰れ」
刃物ではなく、石を投げてくる。小さな石ばかりを。
エリアーデさんが息を吐いた。
「……気に入らない」
次の瞬間、腰に携帯していた短刀を一気に引き抜いた。
ごぅっと風が薙ぐ。痛いくらいだった。短刀を引き抜いただけなのに。
一瞬なにが起きたのか、ぼくも、集団もわからなかっただろう。だから、手にしていた石や刃物がひとつ残らず地面に転がったことで、人々は我に返り、同時に震えあがった。
「あたしはリュクセンブール王国軍少将エリアーデ・サロヴァニア。友人を弔うために来た。もしこれ以上邪魔するなら民間人でも容赦しない」
短刀の切っ先を人々に向け、瞳を光らせる。
「ひとり残らず、薙ぎ払う」
軍神の言葉に、だれひとりとして声を上げる者はいない。先ほどの風で高く舞い上がった花びらだけが、音もなく降りそそいだ。




