死ぬのは怖くない
「よし、開けるぞ。せーのぉ」
棺の蓋がゆっくりと外される。敷き詰められた花々が、待ちきれないように花弁を揺らした。
「「「おぉっ」」」
ぼくと前歯と髭は、我先にと顔を突っ込み、美少女と名高いミリア・フェローの『死に顔』を確認した。
「「「――――……」」」
沈黙。長い長い、沈黙。
ぽつりぽつりと降りだした雨が、ぼくらの肩をそっと叩いた。噂なんて誇張されてなんぼだよ、とばかりに。
「……こりゃあ」
「なんていうか」
視線を合わせる前歯と髭を横目に、ぼくは核心に至る言葉を放った。
「――天使、だ」
ぼくは確信した。棺を彩る百合や薔薇など、敷き詰められた花々のどれひとつとして少女の美貌に勝てていないことを。
陶器のような乳白色の肌を彩る長い睫毛、通った鼻筋、花弁のようにやわらかそうな下唇、細い首筋と胸の前で組まれた指は作りもののように美しいのに、わずかに乱れた黒髪が紛れもない人間だと証明している。
「ご両親の判断は正しい。こんな美少女が街を歩いていたら、五分と経たず誘拐されてしまう。ぼくなら『不可思議の国のアリーシャ』風にコーディネートして」
話の途中だったが、ぼくの目の前に銃口がふたつ並んだ。
「おまえの趣味なんか聞いてねぇんだよ」
前歯。
「おれたちの顔を見た以上、覚悟はできてるんだよな」
髭。
ぼくたち、さっきまではひとつの目標を達成するために力を合わせていたのに。こんな裏切りって、ないだろう。
「仲間は、いねぇのか」
辺りを見回す髭の言葉に、ぼくは力強く頷く。
「非常に残念ですが、仲間なんていないんです。友達もいません。残念です」
男たちは鋭い目つきで周りを警戒していたが、この状況になってもだれも助けに来ないことを確認し、安堵の息を吐いた。
「安心しろ、おまえのSucreもおれたちが扱ってやるからよ」
「シュクルなんて気取った云い方しねぇで素直に《屍体》って云えよ」
「まぁまぁ、死ぬ前に聞いてやろうぜ。坊主の名前を」
ランプ男が煙草の煙を棚引かせた。いよいよ年貢のおさめどきかもしれない。ぼくは姿勢を正した。
「……ぼくは、クロム・クロナと云います。つい先日までフェルゼリーク学院の生徒、でした。連続美少女屍体強奪事件の犯人に疑われて捕まり、退学せざるを得なかったんです。もちろん冤罪です。本当ならあと一年で卒業し、公務員でもある王国軍に入って医療部隊に所属する美少女アイドル、アイリッシュ・ビスクちゃんのマネージャーになり、いずれはアイリッシュちゃんの娘を養女にして楽しい余生を送るつもりでした」
「なるほどな、おまえが疑われた理由よくわかるわ」
自分がいかに変人で愚かなのはよくわかっている。
ともあれ、ぼくの華々しい人生計画は冤罪によって破綻した。残っているのは負け犬の烙印、ご近所さんの白い目、真っ暗な未来だけだ。だからせめて真犯人を見つけて、あわよくば特別枠で軍に入ろうと目論み、地図を見てたまたま「この辺かなー」と当てずっぽうでやってきた初日にこうして犯人を見つけたというのに。
ぼくはやっぱり運が悪い。一体なにをしたっていうんだ。
生きていても仕方ないってことじゃないか?
「最後にひとつ、いいですか?」
「命乞いか?」
「いいえ、質問です。これまで奪った屍体はどうしたんですか?」
煙を吐きながら、ランプ男は世間話にでも応じるように口を開いた。
「さぁな、おれたちは棺を奪って、身代金を要求するだけだ。屍体は仲介業者を通じて蒐集家に転売するからどうなるか知らねぇ。噂だと人形のように飾ってるらしいが、相当イカれてるぜ。そう思わないか?」
首肯しなかった。どちらかといえばぼくも「そちら側」だ。
どうせなら、死ぬ前にここ数ヶ月で集められた美少女の屍体を一望したいとすら思っていた。
黙っていたぼくの心を見透かしたように、ランプ男が口角を上げて煙を吐き出した。
「はぁん、おまえも狂ってるってわけか」
ぼくの前髪に煙草の先が向けられ、ヂリヂリと焦げるにおいがした。
死ぬことは怖くない。この国で信仰される寛大にして慈悲深いミルゼア教では、他殺によって肉体を失った魂は、より良い来世に生まれることが約束されている。ぼくの場合だったら、絶世の美少女に生まれ変わり、日がな一日好きなだけ全身を眺めることができるだろう。自分の体なのだから、だれにも後ろ指差されることもない。最高だ。
いま、ぼくは世界の最底辺にいる。
だから、死ぬのは怖くない。
怖くないんだ。
膝がガクガクと震えているのはきっとなにかの間違いだ。
「――ほんと、ばかげているわ」
澄んだ声が降ってくる。男たちは辺りを見渡したが、声の主を見つけられない。ぼくも負けじと視線を巡らせた。ぼくの経験では、声の美しさと顔立ちは一致する。つまり、美少女だ。
ピュッと風が起きて、髭のシルクハットが吹き飛んだ。なにがなんだかわからないまま、一瞬遅れて髭の体が傾ぎ、派手な水しぶきを上げて水たまりの中に倒れた。白目を剥き、失神している。
「お、い……」
と呟いた前歯も、次の瞬間には糸が切れたように前のめりに倒れ、動かなくなった。
立て続けにふたりの人間が失神。でも犯人の姿はない。一体なにが起きたのか、ぼくにはさっぱりわからない。小雨が降りそそぐ路地裏は、湿り気を帯びて薄い霧に包まれている。建物の輪郭がぼやけて夜闇に溶けていく。現実か夢か、区別がつかない。
「ど、どこだ。どこにいやがるッ」
ひとり残されたランプ男は、ランプを置いてあちこちに銃を振り回す。
ドンドン、と威嚇するような発砲音がむなしく響く。
いま、ぼくとランプ男の胸に去来している思いはきっと同じだ。恐れていた「死に神」が通りかかってしまったんじゃないか、そんな恐怖に震えている。
恐怖におののくランプ男の足元に、人の頭ほどの塊が転がってくる。生首に見えた。
「うわぁあああッッ」
ランプ男はパニックになって、塊に向けて闇雲に発砲した。ぐちゃ、びちゃ、と音を立てて飛沫が上がる。血だ。
「ひ、うひぃ、はひ……」
内股になってガクガクと震えるランプ男の声は、もはや言葉にならない。すべての弾を撃ち尽くすと助けを求めるように空を仰いだ。
「助けてください、ミルゼアの女神様。おれはまだ、死にた……」
ランプ男がぎょっと目を剥いた。
「死に……死に神ぃ――――の、パン、ツ」
「なんだってッ」
魅惑的な言葉に反応したぼくの目の前で、ランプ男の顔面に頭上から降ってきた脚がめり込んだ。一瞬太腿辺りに白いものが見えた気がしたけど、すぐにスカートの裾に覆われてしまう。
あぁ、惜しいッ。
顔面に衝撃を受けたランプ男が傾ぐ。足蹴りした張本人はぼくの方へ跳躍し、ふわりと地面に降り立った。足音はしなかった。
ランプ男が落とした灯りが、足元から「死に神」の姿を映し出す。
ぼくは目を疑った。
「――きみは……さっきの天使」
思わず棺の中を確認してしまった。敷き詰められた花のベッドには人型の凹みが残るものの、無人だった。ちなみにランプ男が夢中で撃っていた塊はスイカだ。
「おあいにくさま。わたしは死んだふりをしていただけよ」
少女は淡々と唇を動かす。
なんてことだろう。先ほど棺の中で「死んでいた」はずの天使が、生きて、無表情で、ぼくの前に降臨しているのだ。きちんと揃えた爪先とすこし斜に構えた姿勢がいい。
「まぁ、こんなに美しい屍体を見て驚くのも当然だけれど」
どこか子どもじみた仕草で、ぽんぽんとスカートの裾を払う。
先ほどの寝顔もきれいだったけど、やはり目覚めているほうがいい。この暗がりで瞳の色まではわからないが、切れ長の瞳はどこまでも鋭い。しびれる。
ぼくはツイている。命拾いしただけじゃなく、こんな美少女に出会うなんて。
「あの、ありが」
お礼を云おう(あわよくば名前を聞き出そう)としたぼくの目の前で風が起きて、少女の手に握られた鎌が鼻先に突きつけられた。少女の身長よりも高い鎌はよく研がれていて、ぼくの情けない顔をはっきりと映し出す。
「初めまして。あなたたちがJokerね。身代金と副葬品目的で金持ちの屍体を奪ったってところでしょうけど、世の中そう甘くはないのよ」
まずい。共犯だと思われている。ぼくは慌てて訂正しようとした。
「……ち、ちが」
「あなたたちのせいで迷惑しているの。だから屍体に扮して棺に隠れていたけど、こうも上手くいくとは思わなかったわ。一度に四人も捕まえられるなんて」
どうしよう。これじゃ、本来の目的を果たすどころか本格的に刑務所行きだ。
「さぁ、仲介業者について白状しなさい。さもなければ他の三人のように魂を刈るわ」
少女はぼくを蹴り倒し、鳩尾にぐりぐりと足裏を押しつけた。本気の眼差しに、体の奥から湧き上がる恐怖をこらえきれない。
「ちがうッ、ちがうんですッ、ぼくはただ、美少女が好きなだけなんです――ッ」




