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死に神は「美少女」に限る。  作者: 芹澤
第三章 『塔』の葬儀

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お菓子の家のディオン

 ロザンナ大聖堂は、王国の西、イルヴァス地区に位置する。

 屋根の低い建物が連なる中で、天を衝くような高さが目を惹く。


 ぼくは葬儀社の手伝いとして同行を許された。金銭的な問題から、中心街から出ることがほとんどないぼくにとって、郊外への外出はちょっとした旅行気分だ。目的は葬儀だから浮かれていられないんだけど。

 思えば、まともな葬儀に携わるのは初めてだ。これまでは雑用が主で、会場に出向くことはほとんどなかった。


 十一時を回ったころ、厳重な警備の下、棺が運び込まれた。アルカナを葬るときは国王が棺を贈る慣習があるらしく、金銀まばゆい棺だ。祭壇に置かれ、ぼくたちが飾った装飾品でいっぱいになる。

 一通り式の準備が終わって列席者のベンチで休憩していたぼくの元に、青ざめたル・ルーさんが駆け寄ってくる。


「クロ、悪いけど、わたしとライラは外に出てくるわ」


「それなら、ぼくも」


 雑用とはいえ、今回人数は限られている。手伝えることがあれば手伝いたいと思っていた。しかしル・ルーさんはいつになく焦っている。


「いいの。あなたはここに――エリアーデたちの傍にいて。ひとりにならないようにね。アルカナの葬儀だもの、なにがあってもおかしくない」


 意味深な言葉を残し、ル・ルーさんは慌ただしく立ち去ってしまう。取り残されたぼくの元に近づいてくる足音は、エリアーデさんと……え?


「得意先の花屋に頼んでいた花が届かないんだって。時間がないからテディたちはこの周りで集めてくるらしいわ」


「……そうですか」


「残念ね。置いてきぼり」


「笑わないでくださいよ」


「笑ってないもーん。大事にされているんだなって、思っただけ」


 ぼくの隣に腰を下ろし、皮肉交じりに笑うエリアーデさんは、異国のものらしい喪服を身に着けていた。


「リリィちゃんに作ってもらったのよ。動きやすい服しか持っていないから助かったわ。どうかしら?」


「どう、って」


 上半身は体の形をピタリと象る薄いもので、腰から下は床につくほど長いレース。スリットが入っていて、形のよい脚が露わになっている。


「少将、未成年を困らせてはいけません」


 とエリアーデさんを一喝した低い声。先ほどからぼくが非常に気になっている人物だ。

 なぜか――ライオンなのだ。直立二足歩行でダークスーツを着ているくせに頭部だけが顔の倍はあろうかというライオン。


 ぼくの視線に気づいたのか、エリアーデさんがけたけたと笑った。


「あ、これ? 紹介しておくね。ライオネル。一応あたしの副官で、たぶん人間」


 なんですかその大雑把な紹介は。明らかに嫌がらせですよ。


「ライオネル、これが先日話したボーヤ。挨拶しておいて」


「先日は上官がご迷惑をおかけしたようで大変申し訳ありません」


 ずい。ライオネルさんが一歩進み出た。凛々しい鬣が揺れる。


「許可なく外出するなと口酸っぱく申しているのですが、少し目を離すと脱走しまして」


 ずずい、更に一歩距離を詰めてくる。獲物のごとくぼくに視線を定めて。


「そのくせ腹が減ると帰ってくるという野良猫のごとく気まぐれな上官でして」


 ずずずずい。やばい背もたれのせいで逃げ場がない。


「大変に大変にご迷惑をおかけしたのではないですか。いえ、かけましたよね」


 ちょっと、口、食べてます。ぼくの顔ハマってます。ちょっとー。


「こら、ライオネル。がっつり食べてるじゃないの。ハウスッ」


「――……ばぅ」


 エリアーデさんの指示で、ライオネルさんはぼくの顔を放して踵を返した。

 捨てた。アイデンティティーを捨てた。人間としてもライオンとして。


「ごめんね、最近『頭』を新調したばかりで、まだ距離感がわからないみたい」


「……失礼ですが、なぜライオンのかぶりものを?」


「ほら、『力』のタロットって女性がライオンを手なずけている絵柄でしょう。あれを真似したんだけど、ライオネルは口うるさくて、本物のライオンのほうがよっぽど可愛い」


 忘れていた。こんなふうにデタラメなエリアーデさんだけど、国の中枢を担う将校なのだ。本来なら、ぼくのような一般人が口をきける立場ではない。そう思うと、急に汗が出てきた。


「ねぇ、クロ」


 隣に座ったエリアーデさんの手が、ぼくの肘あたりに伸びてきた。軽く掴まれただけで、関節が動かなくなる。


「そう緊張しないで。あたしはキミのこと、もっと深く知りたいだけなの」


「ふ、深く……」


「そう。雰囲気こそ知り合いに似ているものの、見たところ卓越した能力もなさそうな凡庸なキミを、どうしてテディが手元に置いているのか不思議で、なおかつ興味津々なわけ」


 凡庸。その言葉に云い返すことができないので、肩をすくめた。


「それはぼくにもわかりません。すくなくとも、初めて会ったときのぼくの印象は最悪だったと思います」


「どうして?」


「ぼくはいろいろ不運が重なっていて、発作的に「死ぬしかない」と云ったんです」


 エリアーデさんの口角が上がった。


「へぇ、よりにもよって『死に神』にそれを云ったの。怒られたでしょう?」


「怒られたどころじゃないですよ。ありったけの嫌悪を向けられました。……でもその後もこうして気にかけてくれているのは、ぼくがエル・トラ孤児院出身だからだと思います」


 エリアーデさんの眼差しが翳る。ル・ルーさんと同じような反応だ。


「冗談、ではないよね?」


 否定するような云い方だが、ぼくだって確証はない。なんといっても三歳だったのだ。子細を覚えていろというほうが無理な話。


「おじさんがそう教えてくれたんです。それに、これ」


 裾をめくりあげ、左腕の側面をさらした。ふつうであれば祝福を授かり、刺青が現れる二の腕に、ぼくは赤くただれた火傷の痕がある。火事の際に負った傷だ。本来の肌の皮膚と、赤みが差した皮膚とが複雑に絡み合い、一種異様な文様が浮かび上がっている。理由を詮索されたくないので、ぼくは長袖を着用していることが多い。


「ふぅん」


 腕の付け根から肘へと伸びる火傷の痕を、エリアーデさんの冷たい指先がたどる。思わず声を漏らしそうになって、太腿に力を入れて踏ん張った。


「ありがと。しまっていいわ。エル・トラがどんな施設だったか、キミは知っている?」


 ぼくは首を振る。名前のとおりの孤児院ではないだろうか。

 背もたれに体を押しつけたエリアーデさんは、深く息を吐いた。形の良い胸が上下する。


「あそこは『お菓子の家』だよ。童話にあるでしょう?」


 美味しそうなクッキーやチョコレートで飾られたお菓子の家。森で迷子になった兄妹が見つけてお菓子を食べたら、魔女に捕まって殺されそうになったという童話だ。


「孤児院の代表を務める司祭長は、容姿も人当たりもいい、善良としか云えないような人間だった。身寄りのない孤児たちを集め、寝食を忘れて奉仕する彼を慕う者は多く、たくさんの信者と寄付金が集まったという。だけどそれは仮初の姿。人々を惹きつける甘い蜜を漂わせながら、その裏では人を殺めることも厭わなかった。自分に歯向かう者は許さないという、傲慢で独善的な教祖だったんだよ、あの男――ディオンは」


 ディオン。その名前を聞いた途端、後頭部が痛くなった。

 エリアーデさんの鋭い眼差しは、ぼくを捉えて離さない。


「エル・トラ孤児院は、大規模な宗教施設だったの。ディオンを至高の存在と崇めさせるための洗脳、教育、集金のために設けられた。――もっとも、あの火事ですべて灰になってしまったけどね。金も、信者も、ディオンの理想も」


 それが本当だとしたら、ル・ルーさんはぼくを……。

 膝の上に置いた自分の手に、エリアーデさんの手が重なってくる。思わず顔を見ると、いたわりを込めた優しい笑顔があった。


「テディがキミを監視しているのかも、と思った?」


 こくん、と素直に頷く。いまの話の流れからすれば、そう考えるのがふつうだろう。


「誤解させたなら謝る。テディは監視なんかしていないよ。そんな繊細なことするわけない」


「……だったら、どうして」


「やっぱり、放っておけないんだって」


 くすくすとおかしそうに笑いながらエリアーデさんは手を引いた。その手を上下にひらひらさせて尚も笑う。


「それにね、もしディオンの教えをまともに受けていたら、いまごろあたしの首を絞めているはず。導師を侮辱する者は許さない。そういう洗脳をされていたんだ。恐ろしいよね。キミが幼くて良かった。ね、ライオネル」


 そう云われ、真後ろに佇むライオネルさんの存在にやっと気づいた。いつの間にか死角に入っていたのだ。


「ええ、民間人に手を出さずに済んで助かりました」


 カチ、と音がして、ライオネルさんは半分ほど抜いていた刀身を鞘に戻した。もしぼくが不審な動きをしたら、すぐに剣を抜いていただろう。

 さすがアルカナ。ただの世間話をしているように見えて、試していたのだ。


 じとりと汗をかいたぼくの耳に、窓をたたく音が聞こえた。

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