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死に神は「美少女」に限る。  作者: 芹澤
第三章 『塔』の葬儀

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異国緑(クロムグリーン)の瞳

「クロ、クロはどこ」


 ル・ルーさんがぼくを呼ぶ声で、ふっと風が弱まった。みるみる形を失い霧散していく。


「クロ。お客様が帰るわ。お見送りを」


「はい、ただいま」


 ぼくは部屋を飛び出して、螺旋階段を駆け下りた。が、途中でつまずいて体勢を崩し、残りの段数を一気に転がり落ちてしまう。


「なにしているの?」


 呆れ顔のル・ルーさんが近づいてくる。顔を上げようとしたけど、首が痛くて呻くしかない。


「す、すいません。に、二階の掃除をしようと思って」


「そんなこと頼んでいないわ」


 硬い声。奥部屋に入ったことを疑われるのではないかとヒヤヒヤした。


「どーしたの?」


 ゆっくり近づいてくるエリアーデさんを振り返ったル・ルーさんは、わざとらしく声音をやわらげた。


「なんでもないわ。上を掃除しようとしていたから、二階はわたしのプライベートスペースだから気にしないでいいと云ったのよ」


「そうよね。見られたくないものもあるよね。敵将から奪った武器とか武器とか武器とか」


「武器オタクのあなたと一緒にしないで」


 どうやらル・ルーさんは、エリアーデさんに隠したいものがあるようだ。

 なんとか立ち上がったぼくに、エリアーデさんが近づいてくる。スッと背後に回ったかと思うと、突然首に手刀を落とした。


「ぶへっ」


 すさまじい衝撃があり、ぼくは前のめりになる。


「な、なにするん……あれ、首、戻った」


 ひどくひねって固まっていた首が、すんなり動く。


「うふふ。アルカナの秘技のひとつよ」


「ただのツボ刺激じゃない」


 得意げなエリアーデさんにル・ルーさんが冷や水を浴びせる。親しいのかそうでないのか、わかりにくいふたりだ。


「テディは相変わらずの仏頂面ね。そんな顔で葬儀屋が務まるの?」


「お生憎様。きわめて順調よ。こうして社員も増えたしね」


 ぼくに水が向けられる。エリアーデさんはぼくを見て、にっと不敵に微笑んだ。


「クロム、だっけ。顔色が悪いわ。体も冷たい」


 ぼくに近づき、胸に手を這わせてくる。


「そそ、そうですかね」


 おでこがピタリと合わされる。体がカッと熱くなった。


「あたしが暖めてあげましょうか? もちろん、直に」


 胸に這わされた手が、変なふうに動く。


「あ、ああああああ」


「そこは辞退しなさいよ。ばかじゃないの」


 やけにイライラしているル・ルーさんは、くるりと向きを変えて出入口へと向かってしまう。


「うふふ、妬いてる」


 エリアーデさんの手からやっと解放された。疲れる。


「か、からかわないでくださいよ」


「無防備なんだもん、構いたくもなるって。聞いたわ。キミ、まだ祝福を受けてないのね。テディからお金を借りて礼拝堂に向かったら、今回はあの子が担当だったんだって?」


「……そうです」


 見学のためでした、とは口が裂けても云えない。


「あのね、祝福を授けるとはいえ、アルカナ自身が礼拝堂に姿を見せることってほとんどないの。血を溶かした精油があればいいんだもの、代理を立てるのがふつうなの。あの子だって、ふだんはライラちゃんを遣わしていたはず」


 なにを云わんとしているのか、ぼくはエリアーデさんの目をじっと見てしまった。


「キミが来るのを見越してたってこと。びっくりする顔が見たかったんでしょう。あの子は昔からひねくれているからねー。『ばか』は愛情表現なのよ」


 おかしそうに笑いながら、エリアーデさんはぼくの肩を乱暴に叩いた。

 ル・ルーさんは、もしかして、ぼくのこと……。いやでも、ペットって云われるし、社員としての扱いはひどい。だけど本当に困っているときは手を差し伸べてくれる。


「クロ。もしキミにその気があるなら、あたしが無償で祝福を授けてもいい」


 意外な申し出に、ぼくは目を瞬かせる。嬉しいけど、疑問が湧いた。


「――……どうして、初対面のぼくにそんなに優しいんですか?」


 自覚がなかったらしく、エリアーデさんはいまさらのように深く考え込んだ。


「優しい? そうか、なんでだろー、うーん。初対面って気がしないの。あたしこれでも無口なんだよ。軍神は黙っているほうがサマになるから、必要以上のことは喋らないの」


 ぼくからしたら喋りすぎるくらい喋っているように感じるけど、たぶん肝心なことは口にしていないはずだ。

 竜の血色の目を細めていたエリアーデさんは、おもむろに手を伸ばしてぼくの髪と、目と、唇に触れた。

 ぼくはドキッとして硬直する。


「テディとあたしの共通の知り合いでね、黒髪の、そう……キミの名と同じ異国緑クロムグリーンの瞳をもつ人がいたのよ。キミとあの人はなんとなく似ている。だからかな」


「と、友達ですか?」


「そんなんじゃないよ。もっと特別」


 手を放してあっけらかんと笑うエリアーデさんだけど、詳しくは話したくないようだ。


「たぶんテディも同じ。だから放っておけない。いや、違うわね。目を離したら――」


 ぼくから目をそらし、窓のほうを見た。顔を見られたくないのだと思った。


「天使に攫われそうな気がしちゃうのよね」


 自分の腕で肩を抱く。軍神である彼女の弱い部分を見た気がした。


「その人は、亡くなったんですか?」


 もしかしたら、未亡人という噂は本当なんじゃ。


「随分前にね。とても特別なヒトだった。あの子のあんな泣き顔を見たのは、あれが最初で最後かな。だからキミは、あんまり心配させないであげて」


 くしゃっ、とぼくの髪を撫でて、エリアーデさんは歩き出した。

 ル・ルーさんやエリアーデさんの過去になにがあったのかは、わからない。


 だけどわかったことがある。

 ぼくは、ますます死ねなくなったらしい。

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