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死に神は「美少女」に限る。  作者: 芹澤
第三章 『塔』の葬儀

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二階の奥部屋の棺

「なんなら屍体検分書を見せましょうか? 牢獄の中で自殺したのよ。笑っちゃうでしょう? 秘密裏に短刀を手に入れたみたい」


 笑い声を上げているエリアーデさんだけど、瞳孔はナイフのように光っている。


「参列者は入れず、葬儀は秘密裏に行うわ。会場をとったのは、せめてもの気持ちよ。同じアルカナとしてね」


 ここまできて、ようやく状況が呑みこめてきた。先ほどのルフという人は、アルカナの一員だったようだ。ル・ルーさんやエリアーデさんにとっては「仲間」だったのかもしれない。


「わかるでしょう? こんなこと、他の葬儀屋には頼めないから」


「――……ルフの、『塔』のアルカナの後継者は?」


「さぁ? ルフは生まれてすぐに隔離されたから、後継者は不在だと思うけど。しばらくは欠員になるんじゃない?」


「え、アルカナに欠員があるんですか?」


 口を挟んだ瞬間、しまった、と思った。ル・ルーさんの目が怖い。だけど先ほどまでの凍てつくような眼差しとは違い、単に空気が読めないぼくを「ばか」と見下している目だった。すこし安堵する。


「ボーヤに教えてあげる。アルカナは二十二人全員が常に揃っているわけじゃないの。わかりやすいところで云えば、国王が崩御なさると同時に、次の王子が『皇帝』のアルカナになるけど、まだ幼くて妻をもたないときもある。『女帝』のアルカナは常に『皇帝』のアルカナと対だから、国王の崩御と同時に女王は『女帝』のアルカナを国に返上し、王子が妻を娶るまで欠員になるのよ」


 エリアーデさんの答えに頷くと、対抗するようにル・ルーさんも口を開いた。


「後継者を指名しないまま亡くなるアルカナもいるわ。通常アルカナは自分の子どもや力のある後継者をアルカナに指名して、死の間際に力を継承していくものだけど、子どもがいなかったり、幼いうちに死んでしまったりと必ずしも引き継ぎがうまくいかないことがある。そういう場合は、数年後に『しるし』をもつアルカナが生まれるまで欠番よ」


 ぼくの知らない、アルカナの世界。

 その断片を知ることができたのは嬉しいけど、一方で「部外者」感が強くなる。


「今回亡くなったアルカナ……『塔』は、どうして投獄されていたんですか?」


 つい、でしゃばってしまった。ル・ルーさんの顔でわかる。首を突っ込みすぎ、と。


「……クロ、あなたはもういいわ。庭で水撒きでもしていなさい」


 退場命令。ぼくは大人しく従った。


「そう気落ちしないで。今度デートでもしましょう」


 去り際に、エリアーデさんが投げキスをよこした。

 ル・ルーさんはなぜか怖い顔をしている。


   ※   ※   ※


 ぼくはホースを握って蛇口をひねった。虹が浮かんで、ル・ルーさんが好きな白薔薇に降りそそぐ。

 アルカナに欠員があるなんて、初めて知った。

 アルカナについても、ル・ルーさんについても、ぼくは知らないことばかりだ。


 ふと思い立って屋敷を振り返った。

 この屋敷についても、ぼくはほとんど知らない。

 書庫やキチネットなどのいくつかの部屋は見たことがあるけど、平面図を目にしたことはないし、二階に至っては花婿衣裳に着替えさせられて以来、階段をあがったこともない。


 ――ル・ルーさんは、二階の奥部屋に亡き夫の屍体を保管している。


 ジルが口にした「噂」を思い出してしまった。

 そんなことは、ないと思う。ル・ルーさんは未練がましく屍体を保管するような人ではない。


 だけどぼくは、そう断言できるほどル・ルーさんのことを知らないのだ。

 いつも見下すような目をしていて。

 時々、拗ねて。

 じつはフリルをふんだんに使った可愛い服が好きで、リリィさんに作ってもらっている。

 それくらいか。

 それだけか。


 二階の窓を見つめていると、ある部屋の窓が開いていた。カーテンが揺れている。風が強くなってきたのに、開けっぱなしでいいんだろうか。

 閉めてあげよう。そう思って、蛇口をひねった。


 廊下を歩いていると、ル・ルーさんとエリアーデさんの声が途切れ途切れに聞こえてきた。話し合いは難航しているらしい。ぼくはなるべく足音をさせないよう、巻き貝を思わせる螺旋階段を慎重に踏みしめた。後ろめたさがあるからかもしれない。


 窓が開いていたのはいちばん奥の部屋だ。扉の前に立ってノックする。反応はない。鍵は開いていた。


「失礼しまー……す」


 クリーム色の壁や天井がぼくを迎えた。両の壁際には天井に迫るほどの本棚があって、難しいタイトルの本がぎっしりと並んでいる。思ったよりずっと小さな部屋だ。

 ぼくは足早に近づいて窓を閉めた。風が途絶えて冷たい空気が残る。

 ごくりと唾を呑んだあと、ぼくは、先ほどから視界の端に入っていた「それ」をようやく直視した。


 部屋の中央には、黒い布が掛けられた箱がある。

 云わずもがな、棺だ。ル・ルーさんの夫かもしれない人の。


 ふだんのぼくなら絶対に手を出さないはずなのに、気がつくと布を取り払って棺の表に刻まれた名前を確認していた。


 ――D.D ここに眠る。


 蓋を外そうとする手は、かすかに震えていた。

 好奇心と、背徳心。その両方がうねりとなって、頭の中がクラッシュしそうだ。頭痛がする。たまに起きるあの痛みだ。


「やっぱり……やめよう」


 この中にいる人がだれであれ、ぼくはショックを受けるだろう。そしてル・ルーさんに対して秘密や後ろめたさをもつのだ。

 ル・ルーさんはぼくをこき使うけど、身勝手な理由で冷遇しているわけではない。銅像を磨いていたときもドーナツを差し入れしてくれたし、「お疲れさま」と労ってくれた。


 だからぼくが自棄を起こして辞めることなんて有り得ない。

 あるとしたら、ぼくが悪事を働いて解雇されることだ。


 蓋から手を放して立ち上がろうとした刹那、風が起きた。窓ではない。棺からだ。

 棺がカタカタと鳴り、わずかな隙間から黒くうねる風が舞い上がった。触手の形をとり、ぼくの腕を掴む。


 まずい、引きずりこまれる。


 ぼくは渾身の力で踏ん張った。

 だけど、あまりにも強い。このままじゃ――ッ。

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