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第六章 「漆黒の魔剣使いとボス戦と裏ボス戦」その弐




 次はイスカンダルのターンで、両腕を振り回し盾の上からでも鋭い爪で掻きむしるように激しく連打してくる。

 本当に盾を借りてて良かった。この冒険で盾が一番役に立ってるかもな。だが攻撃はどんどん激しくなっていき、素人では攻め込む隙がない。

 でもイスカンダルがバカなので助かっている。あれだけのスピードがあるんだからフットワークを使って揺さぶれば、簡単に体勢も崩せるし後ろだって取れる。

 相変わらず余裕があるってことなんだろうけど、いま正面に居る間に勝負を決めてやる。あの伝説の裏技を使う時がきた。まさか自分で使うなんて考えもしなかった。そう、対バカ専用必殺奥義を。

 行くぜ、イスカンダル、悪く思うなよ。

 まずバックステップして間合いを取り、布石としてハンマーを投げつける。当然簡単に避けられたが、まさかの行動にイスカンダルの思考は一瞬混乱したはずだ。


「自ら武器を捨てるだと……」


「あっ⁉ なんだあれはっ⁉」


 ここが勝負のポイントだ。俺は明後日の方向を向いて指差し大声で言った。

 そう、誰もが知ってる必殺技、気をそらせ作戦。カッコよく言えば『視線誘導』だ。

 これはバカに絶大な効果がある高難易度の技で、使うタイミングが難しいのだ。なんてことはない、誰でも使えるお手軽な技だ。日本の文化となったマンガ、アニメ、ゲームの長い歴史の中で作られた、バカには回避不能な必殺技。


「えっ⁉ なに?」


 突然の事でイスカンダルは驚き釣られ、思わず攻撃をやめてその方向を見る。


「隙だらけだ‼」


 容赦なくイスカンダルのボディーにパンチを食らわせる。当然この一撃で終わらせるつもりなので強めで繰り出す。だがイスカンダルは吹き飛ばされずその場にまだいた。岩を砕くほどのパンチに耐えるとは大した奴だ。しかし体をくの字に曲げ苦しんでいる。


「なかなか強かったぜ、イスカンダル将軍」


 止めのパンチを顔面に入れてイスカンダルを城壁まで吹き飛ばし激突させた。

 イスカンダルの体は城壁の一部を破壊して向こう側へと貫通した。この時、後ろの方で三人が嬉しそうに騒いでいる声が聞こえた。

 勝負が終わったか確認するためにハンマーを拾った後、城壁の崩れた部分を通って移動する。

 地面に大の字状態で仰向けに倒れているイスカンダルを確認すると、ただ気絶しているだけに見えた。なんだかすぐに跳び起きそうだ。因みに口から血が出ているが、魔人族の血は青色をしている。

 さてどうするか。魔人族はモンスターじゃないから原料はゲットできないし、別に息の根を止めなくてもいいよな。その場合バトル後の経験値は入らないのかな。


「止めを刺しましょうか、ご主人」


 すぐ後ろに来ていたスカーレットがクールに言った。


「う~ん……悪い奴じゃなさそうだけど」


 迷っていたその時、イスカンダルが目を覚まし土煙を舞い踊らせ勢いよく飛び上がる。


「お前、凄いな。ぜんぜん元気じゃん」


 本気でそう思う、呆れるほどタフな奴だ。もしもこいつが頭のいい戦士ならこの勝負はどうなってたか分からない。


「な、なんという神がかり的で秀逸な技を……貴様は天才か‼」


 えっ、なに言ってんのこの人、笑えないよ。ただ卑怯なだけの技なんだけど。もうバカを突き抜けてるよ。我が家の猫といい勝負だ。


「まだやるのか、将軍殿」


 見た感じダメージは大きいけど、バカだから襲い掛かってきそうだな。


「ふはははははっ、なかなかやるではないか、冒険者。だが、まだまだだな。このイスカンダル様と戦うには十年早い。そう、十年早いのだ。まあ今日のところはこのぐらいで許してやろう。ありがたく思えよ」


 イスカンダルは好き勝手言って最後にまた高笑いをした後、疾風の如くその場から消え去った。


「んっ? これは逃げたのか……」

「逃げましたね」

「逃げたのにゃ」

「見事な逃げっぷり」


 捨て台詞残して逃げるとか、どこまでもテンプレキャラだな。またすぐに現れそう。

 逃走されたけど勝ったわけだし、経験値が入ったかステイタス確認してみる。だが残念なことに入ってなかった。こりゃ戦い損だ。

 相手が負けを認めるか息の根を止めないと経験値は入らないってことか。そうなると魔人族とのバトルは面倒臭いな。


「あいつ、けっこう強かったよね」


 レオンの方を見て言った。


「けっこうじゃなく物凄く強かったと思うけど。恐らく上級魔人だ。なのにダメージなく勝ってしまうとは、本当に何者なんだアッキーは」

「ご主人様は勇者なのにゃ。だから誰が相手でも絶対に負けないのにゃ」

「黙れバカ猫、ご主人が秘密だと言っただろ」


 スカーレットはクリスのお尻を強めに蹴っ飛ばした。ナイスツッコミ、そして教育的指導。


「レオンさん、詮索するならここに捨てていきますよ」

「ま、待ってくれ、悪かった、ついうっかりして聞いてしまった」

「冗談ですよ」


 感情を乗せずクールに言った。


「あの、冗談言ってる風には聞こえないんだけど」


 レオンは本気で焦り冷や汗をかいている。仮面のせいで俺の表情が読めないのもあるがビビりすぎでしょ。だがここで止めの一言だ。


「時に好奇心は身を滅ぼす、かもしれませんよ」

「あぁ、覚えておくよ」


 魔人族や上級モンスターとの戦いを連続して見たからか、レオンは俺の強さや存在に恐れを感じている。てかそんなに凄い戦いだったっけ? 最後は相手が本気出す前に卑怯な手で勝っただけなんだが。


「恐縮しないで下さいよ。とりあえずこの盾、助かりました。流石二つ名が持ってる盾って感じで凄いですよ」


 レオンの緊張を和らげるために軽い口調で言って盾を返した。

 盾ってゲームとかじゃただ防御の数値を上げるアイテムって感じで気にしてなかったけど、実戦では役に立つ。

 防御力が高い超人が値段の高い特殊な盾を装備したら最強かも。とにかくもっと盾と盾使いは見直されるべきだな。


「これは魔法の力が宿った盾だからね、ダメージを負っても自動修復するんだよ」

「魔法の盾スゲー。ってことは、やっぱりその盾、お高いんでしょ」

「まあ、それなりにね」


 頑張って稼いで近いうちに買ってやる。

 で、この後はまた壮大な峡谷の風景を見渡しながら道なりに進んだ。

 程なくすると巨大な岩壁が現れ行き止まりになった。だがその岩壁の一部は巨大な彫刻のように掘られ、太くて長い柱や窓のようなものがあり、城の入口のように見えた。

 エジプトに似たような遺跡がありテレビで見たことある。外から見た感じでは遺跡系ダンジョンではなさそうだ。

 正面真ん中に大型のコンテナトラックでも通れる程の扉のない大きな入口があり、トンネルのようにずっと奥まで続いている。

 向こう側に通り抜けるための通路っぽいけど、ここが魔王の前線基地、というかモンスター工場の可能性がある。

 ポーションすら買い忘れる素人冒険者が、なんだかんだでトンでもない場所に来てしまった気がする。


「ご主人、大変です。物凄く嫌な臭いがします」

「ついにここでアンジェリカが……」


 それだけはやめてくれ、と女神様に願おうとしたとき、聞き覚えのある高笑いが辺りに響き渡る。


「ふはははははっ‼ 待っていたぞ黒鬼くろおに


 はい出ましたイスカンダルさん。ってお前か、ビビらせやがって。まだ構ってほしいのかよ。今このタイミングで出てこられてもウザいだけだっての。

 空高くにいたイスカンダルは偉そうに腕組みした状態でゆっくりと降りてきて眼前に着地した。

 いきなり近い。それに隙だらけだし。まだ舐められてるな俺。いや、こいつの場合はバカなだけか。


「なんだよその黒鬼って。勝手にあだ名付けるな」


 黒髪に黒い仮面、更に黒い盾、だから黒鬼になったのか? 仮面には小さい角が二本あるから確かに鬼みたいだけども、こいつに付けられたあだ名っていうのに抵抗がある。


「我がライバルよ、レベルアップした力を見せてやる。さあ、かかってこい。今日こそ決着をつけてやるぞ」


 おいこらライバルってなんだよ。そういうのお腹いっぱいなんだよ。なんで単純おバカってすぐにライバルとか言い出すんだよ。こいつもアンジェリカみたいにストーカーになるの?


「今日こそも何も、ついさっき戦ってボコられただろ。まだ痛いはずだよね。ヒリヒリズキズキするよね」

「何を言っているのかさっぱり分からない。理解不能だ」


 真顔で言ってんじゃねぇよコノヤロー。ガチで舐めてるな、やっちまうか。ってダメだダメだ、落ち着け俺。バカを相手に腹を立ててもこっちが損するだけだ。


「ふははははっ、さっそくいくぞっ‼」


 なんなんだよこいつ、元気すぎるっての。

 イスカンダルは超強気で「かかってこいやっ」と言わんばかりに両手を横に大きく広げる。だが突然に、刃の部分が大きな斧が二本現れその両手に握られた。


「なっ⁉ どこから出したそれ」

「ふははははっ、バカめ、こんなことで驚いているのか。無知も甚だしい。ライバルとして情けないぞ黒鬼」


 って今度はイスカンダルの体に装備された状態で、ダークブルーの鎧と兜が瞬間移動したみたいに現れる。


「また出たっ⁉」


 腕の部分はない上半身だけの鎧で普通にカッコいいデザインだ。兜もヘルメットタイプじゃなく顔が出ており赤い魔石が付けられている。魔人で初めから大きな角があるからよけいにカッコよく見えた。


「今のは上級魔人の特殊能力だ。収納アイテムがなくても自分だけの魔法空間を自在に使える」


 レオンさん説明乙。

 魔人族の基本スペック高すぎる。ただ、せっかくやる気満々で凄い武器や装備を出したけど、相手するの時間の無駄だしまた必殺技で終わらそう。


「あっ⁉ なんだあれはっ⁉」


 今度は前もって気をそらせる攻撃はせず、さっきと同じように明後日の方向を向いて指差し大きな声で言った。勿論これは、対バカ専用必殺奥義だ。


「な、なんだなんだ?」


 イスカンダルは二度目なのに見事に釣られ指差す方を見た。今なら小学生でもパンチが当たるぐらい隙だらけだ。

 そして容赦なく、軽くジャンプ気味にステップして長身のイスカンダルの顔面にパンチを入れる。すると踏み潰された蛙のような声を出し豪快に吹き飛び岩壁に激突した。

 イスカンダルは陥没した岩壁にめり込み気絶している。強めに殴ったし当分は起きないはずだ。


「こいつバカですね」

「おバカさんなのにゃ」

「バカだな」


 後ろに居た三人が次々に言った。

 ごめんな、こんな簡単に終わらせて。少しだけ悪いと思ってるからね。でも恥ずかしいからライバルとか言うのはやめてくれ。


「ハンマーを使わないとは、ご主人は相変わらずお優しい」

「そうかな……」


 ハンマーで叩いてもよかったんだけど、それは可哀想かなと思いやめた。力加減が分からないから本当に死んでしまいそうだし。


「ご主人様ご主人様、大きくてカッコいい斧が二本も手に入ったのにゃ」


 うほっ、ナイスですよクリスさん、意外としっかり者。まさかこの隙に拾いに行ってたとは。既にウエストポーチの魔法空間の中に入れてるから、いまイスカンダルが起きてもバレない。


「ま、まあ貰ってもいいだろ、倒したわけだし。戦利品ってやつだ」


 とか話してたらイスカンダルが目を覚ます。マジですか、もう目が覚めるのかよ。こいつのタフさ凄すぎる。


「ふふふふふっ、あっはははははっ、やるな黒鬼。二度も同じ攻撃を食らわせるとは、流石我がライバル」


 めり込んでいる岩壁から、イスカンダルは宙に浮いたまま脱出し豪快に笑って言った。余裕を見せているつもりだろうが、物凄くフラフラなんですけど。


「お前、本当に強いな。認めるよ」


 バカだけどね。おバカさんだけどね。いやホンとバカだけどね。


「ふはははははっ、当然だろ。このイスカンダル様は大魔王になる男。生まれた時から強く、そして最強なのだ。黒鬼よ、今日はこのぐらいで許してやろう。生きていることを喜ぶがいい」


 そう好き勝手言って、また高笑いしながら飛んで逃げて行った。


「あれがいつか大魔王になれるのなら、ご主人は今すぐになれますね」

「そうだな。なってもいいかな」

「大魔王なのにゃ‼ ご主人様は勇者をやめて大魔王になるのにゃ」

「よし、俺は大魔王になる‼」

「あの、ちょっと、笑えないからやめようよ」


 レオンは冷や汗だらだらで俺たちの悪ノリを止めた。


「どう考えても冗談でしょ」

「じょ、冗談ねぇ」


 色々秘密だし仮面で表情も分かりにくいから怪しくて怖く思うのかな。レオンがビビりというのもあるが、強すぎる超人パワーが原因だ。

 この後は恒例のステイタス確認をするが、やはり経験値は入っていない。あのバカを倒したら本当はどのぐらい経験値入ってレベル上がるのか気になってきた。

 気絶させたぐらいじゃ完全に倒したと認めてくれないとかジャッジがシビアすぎる。テンカウントで勝ったことになるように、誰か女神様に言ってくれ。


 そしてここからはついに、魔王のモンスター工場かもしれない場所に突入する。

 巨大な岩山の中の通路は高速道路のトンネルのように大きく、炎ではなく光系の魔法の力で明かりはついていた。

 岩山を削って作った地面や壁は、洞窟系のダンジョンほどデコボコしておらず普通にすいすい歩ける。そんな通路を百メートルほど進んだところで円形の空間に出た。


「なにここ、スゲー広い」


 まさに野球のドーム球場並みの大きさで、天井も凄く高い。


「何もないし行き止まりなのにゃ」


 クリスが辺りを見渡し言った。


「罠もなさそうです、ご主人」


 スカーレットはいち早く行動し、近くの地面や壁の様子を調べて戻ってきた。


「アッキー、何もないわけじゃなさそうだぞ。あれを見てくれ」


 レオンが焦った様子で言って空間の奥の方を指差す。

 確認すると移動用と思われる魔法陣が地面に現れていた。更に次から次に同じ魔法陣が現れる。

 魔法陣は全部で十個出現して一斉に光の柱を上げて発動する。次の瞬間一つの魔法陣から二十匹、全部で二百匹のゴブリンが現れた。役目を終えた召喚魔法陣はすぐに消滅する。


「うわぁ~、流石にこれだけいたら気持ち悪いな」


 一番低級の緑ゴブリンだし何匹いても脅威じゃない。塵も積もれば山となる、こりゃ小銭祭りだ。


「レオンさん、ゴブリン相手なら戦えるんじゃないの」


 低級で武器なし、噛みつきか爪での攻撃だけだしお高い全身鎧なら無敵でしょ。


「勿論だ。一緒に戦わせてもらおう」


 その装備と顔と声で堂々と胸張って言うと、レオンは本当に超カッコいいんだよな。


「と言いたいけどアッキー、これ多すぎないかな。こんなにいっぱい相手したことないんだが」


 レオンさん情けない半泣き顔しないでよ。せっかくのカッコよさが台無しだ。


「俺たちが前で戦うから、後ろに行った奴だけ任せます」

「そ、そう。それならなんとか」


 大丈夫かなこの人。ゴブリンに囲まれてフルボッコとかやめてよね。


「おっ、キタキタ楽しみなの」


 レオンはついに名もなき魔剣を鞘から抜いた。

 見た目は普通の長剣だが刃の部分からは魔剣らしく、少しだが魔力が黒い炎のように放出されている。その光景を見て思う、盾+鎧+魔剣+イケメン、このコンボ最高最強だろ、とな。

 何度も言うが間違いなく主人公だよ。弱いわけがない。てか弱かったらダメだろ。だから個人的にレオンには頑張ってほしい。俺の中のオタク魂が本物の二つ名に育てたいと叫んでやがる。育成ゲームって面白いんだよなぁ。昔からロープレやる時なんかも時間かけて地道にキャラを育てるの好きだったんだよ。機会があれば鬼軍曹となって猛特訓してやりたい。って言っても素人冒険者ですけどね。


「さあ来るぞ、気合い入れていこう」

「御意」

「はいにゃー」

「お、おぉー」


 スカーレットは乱戦になると予想したのか動きやすいようにマントを素早く脱いで鞄の魔法空間に収納した。

 俺とスカーレットは二百匹のゴブリンの群れに突っ込み先制攻撃を食らわせる。

 まずハンマーを力任せに振り回し前に居た奴らをぶっ飛ばす。当然一撃で討伐し、モクモクと煙を出し原料になった。どうやら今までと同じで貨幣が原料に使われているようだ。倒せば倒すほど直接お金が入るからこれはテンション爆上がりだ。

 スカーレットの方は愛用のロングナイフで既に俺より多くゴブリンを倒しており、消滅する煙がいっぱい見えた。

 後ろをちらっと確認したら、レオンがちゃんとゴブリンを斬り倒していたので安心した。

 やはりザコ狩りでレベル30は伊達じゃない。ザコ相手なら本気で強いし戦い方も様になっている。そんなレオンを一生懸命クリスが後ろで応援していた。不思議な光景で、なんだか切なく情けない気持ちになった。

 なにバトル中にテンション下げてくれてんだよこいつら。状態異常の魔法かっての。もう後ろを見ないようにしよう。

 それから短時間で簡単に、三人合わせて五十匹ほど倒した。しかしこのゴブリンの群れは、やはり侵入者をもてなすオードブルのようだ。


「ご主人、また新しい魔法陣が現れています」


 スカーレットに言われ周囲を確かめると三つ魔法陣があり、既に光の柱を上げていた。その魔法陣からは五匹ずつハンマーを持ったノーマルのトロールが出現した。

 トロールが十五匹、こりゃ金になる。もうなんでもいいからどんどんこい、祭りじゃ祭り、現金掴み取り祭りじゃい‼


「トロールは俺がやる。二人はゴブリンを」

「御意」

「りょ、了解した」


 凄い状況になってきた、もうバトルロイヤルみたいじゃん。だがトロールごときじゃフルコースのメインディッシュには役不足だ。

 もったいぶってないでメインこいよ‼ でもイスカンダルさん以外でお願いします。

 ここからはもう夢中でハンマーを振り回し、手当たり次第にトロールとゴブリンを撃破した。バトル中盤で流石にスカーレットとレオンに疲れが見え始めたが、俺は全然元気なので最前線でハンマーを振り続けた。もうどれだけの数を倒したか分からない。だけど眼前のモンスターの数は激減していた。


「これで最後だ‼」


 レオンは勇ましく言って魔剣を振り下ろし、ラストのゴブリンを仕留めた。ホンとここだけ見たら超カッコいい勇者っす。


「やれやれだな」


 仲間三人の無事を確認したら自然とその言葉が発せられた。っていつの間にかレオンの事まで仲間と思ってしまった。

 ここで気が付いたことがある。超人パワーと頑丈さの他に、体力も普通の人間以上にあるんじゃないかということに。これだけの数と戦ってそれ程ヘトヘトになってないからな。


「ご主人、まだ終わっていません、足元を見てください」


 スカーレットの言葉を聞くと同時に地面を見る。すると巨大な移動魔法陣が現れていた。


「これは……デカいの来るぞ」


 すぐに移動して魔法陣内から外に出る。その瞬間、魔法陣は光の柱を上げた。

 召喚されたのは巨大な海洋生物系モンスターだ。っていうかタコだタコ。ぱっと見は高さ五メートル、横は二十メートルって感じでボディーは紫色、足は二十本ぐらいありそう。

 海洋生物系のビッグモンスターってゲームでは強いんだよな。特にレトロなやつではヤバい。船を手に入れた後とか調子乗って遠くまで行きすぎてよくボコられたっけ。

 でも巨大なタコって、どこの世界でもテンプレなんだな。そのうち出てくると思ってたよ。もしかしたら次はイカかも。


「こいつがメインディッシュか」


 ここまでのバトルでテンション上がってるからか不思議と感じないが、恐らく凄いプレッシャーを放っているはずだ。その証拠にクリスとレオンは物凄くビビっている。

 この大きさだし上級の冒険者パーティーでも戦わないのが得策だろう。まあ離れて戦える魔道士の攻撃魔法があれば別かもしれないけど。

 さてと、デカいうえにヌメヌメのうにょうにょだしどう戦おうか。とりあえず足を一本一本破壊していくか。


「足いっぱいあるし、何してくるか分からない。三人とも危ないから下がっててくれ」


 そう言った瞬間三人が返事するより早くタコモンスターが先制した。足の一本を鞭のようにしならせフルスイングする。

 反射的に迫りくるタコ足にカウンターでハンマーを叩きつけた。大きな打撃音と同時に直撃した部分がえぐれるように破壊され、千切れて残った足は煙を出し消滅する。

 よし、いけるぞ、足はなんとかなりそう。問題は胴体部分だ。かなり近づかないと攻撃できない。けど上級のモンスターは裏技とか持ってそうだし安易に間合いを詰められない。

 足を一本失っているモンスターだがお構いなしに同じ攻撃を、今度は何本もの足で連続して繰り出してくる。こっちも同じようにハンマーを力任せに振り回し応戦する。気が付けば一気に四本の足を破壊していた。

 運も味方している。これは楽勝かも、と思ったその時モンスターはいきなり墨のようなものを勢いよく大量に吐いた。


「ヤバっ、毒じゃないだろうな」


 散布された墨は黒い霧になり辺りを覆い完全に視界を奪う。だが真っ暗になったわけではなく、うっすらと眼前だけは見えている。墨の中に居たのは俺だけで、三人は指示通り後方へと逃げていた。

 やっぱ上級モンスターは攻撃パターンが一つの単純バカじゃなかった。前方に気配はするけど、あれほど巨大なタコの姿が本当に見えなくなった。

 その場に居るのは危険と思い霧の中から逃げようとしたが、突然タコの足が眼前に現れる。とっさに腕を上げガードしたが、猛スピードで襲いくる一撃を回避できず直撃を食らう。信じられないほど勢いよく吹き飛ばされ、霧の範囲を突き抜け遥か後方の壁に激突して地面に落下した。


「いってぇ~、やってくれたなタコヤロー」


 タコ足の一撃と壁に激突したのと両方ともそこそこ痛かったぞ。ただステイタスを見たらHPは減ってない。自分で言うのもなんだが、これで1すら減らないとか防御力神レベルだな。打撃のダメージじゃまったく死ぬ気しねぇ。


「ご主人、お怪我は」

「運よくどこも怪我してないよ。それよりあの黒い霧、厄介だな」


 すぐに立ち上がりタコモンスターの姿を隠す黒い霧を見つめた。


「にゃにゃっ、ご主人様、真っ黒なのにゃ」

「おわっ、ほんとだ。シャツとジーパン、スニーカーまで墨で黒くなってる。あのタコめ許さん」


 これ洗っても無理っぽい。Tシャツやられるの何枚目だよ。ご臨終のペース早すぎるっての。スニーカーなんて買ったばかりなのに。まあ魔道具だから簡単に汚れは取れるらしいけど。


「でもどうやって攻めようかな。遠距離攻撃できたらなぁ」

「そんなに強いのに剣技や攻撃魔法を使えないのか?」

「まあ……色々と訳ありなもので」

「あっ、聞かない約束だったな。そうだ、じゃあアッキー、私の剣を使ってくれ」


 そう言ってレオンは魔剣を前に出した。


「えっ⁉ いいの?」

「勿論だ。この魔剣は持ち主を選ばないし、アッキーの強さなら本当の意味で魔剣を使いこなせる。だから使ってくれ」

「分かった、有り難く使わせてもらうよ」


 スゲーーーっ、ド素人冒険者の商人なのに魔剣で戦える。テンション超爆上がりだ。すぐにハンマーをレオンに渡し魔剣を受け取った。


「おっ、握り心地は良いね。それに軽い」


 やれる気がするぅぅぅぅぅっ‼ 更にテンションアップ。


「にゃん⁉ ご主人様、黒い霧の範囲が広がってきているのにゃ」

「完全に視界を奪ってから俺たちをやるつもりだな」


 足を何本か破壊されてから考えるようになってやがる。タコのくせに生意気な。


「レオンさん、時間がない。魔剣の使い方、簡単に説明して」

「その魔剣は使い手の強さに合わせ魔力を生み出す。つまり強ければ強いほど扱える魔力が強大になる」


 それってトンでもないような気がする。俺自身に魔力が無くても職業やステイタスに関係なく、ただ純粋に強ければいくらでも剣が魔力を作り出す。どんな変換や制御システムか分からないが、超人パワーとは相性最高の夢の武器かも。

 でも魔力を使った分だけ体力を消耗するので無制限に使えるわけではないとのこと。気を付けないと魔力の使い過ぎで疲労困憊し、戦えなくなってしまう。


「使い方は簡単で、ただイメージすればいい。それだけで魔力の強弱を自在に制御できる」


 なるほど、イメージか。って言われても魔力を使って発動させる魔法も知らないし、魔力自体がどの程度のパワーかも分からない。

 慣れるまで手探りでやるしかないか。ちょっと何が起こるか分からないから怖い。


「で、遠距離攻撃はどうするの?」

「それもイメージだ。使いたい強さの魔力を剣から放出させ、モンスターに向かって振り抜けばいい。その時に斬撃を飛ばすイメージをすれば、技として形となる」

「わかった、やってみる」


 簡単そうで難しそうだが、もうやるしかない。墨の黒い霧は眼前まで迫っている。

 数歩前に出て魔剣を構える。そして炎が大きく燃え上がるイメージをした。すると魔剣はイメージにシンクロし、魔力を黒い炎のように刃全体から勢いよく放出した。


「すっ、凄いぞアッキー、なんて魔力の量だ」

「まだまだぁ、もっといける‼」


 調子に乗って更に強く大きい炎をイメージする。


「アッキー、無茶をするなっ」

「大丈夫だって、まだ全然本気じゃない……と思ったけど」


 魔剣はイメージを遥かに超える凄まじい魔力を放出している。黒い炎と化した魔力は剣の長さの三倍以上になった。


「おいアッキー、本当に大丈夫なのか、凄いことになってるぞ」

「も、問題ない。暴走はしてないと思う。このままいく」


 正直ビビってるし周りの空間ビリビリ震えてるけど、手に負えない感じはない。とはいえ、見た目はキャンプファイヤーに油を注いだ大炎上状態だ。

 このまま斬撃を自分なりにイメージして剣を振ればいいんだよな。


「やってやるぜっ、おらぁ‼」


 マンガやアニメでよく見るような三日月形の斬撃をイメージして、力を込めて魔剣を振り抜く。

 その瞬間、巨大な三日月形の斬撃が本当に撃ち放たれ、眼前まで迫っていた黒い霧を吹き飛ばし猛然とモンスター目掛けて突き進む。

 黒い炎の塊のような巨大な斬撃を繰り出した時、反動が凄まじい衝撃波となり襲ってくる。超人パワーがなかったらその場に踏み止まれずに飛ばされていた。

 魔力で作られた斬撃はタコモンスターに直撃すると、切り裂くのではなく爆裂魔法のように大爆発した。


「うおっ、マジかっ⁉」


 強烈な爆音が轟き岩山全体が大きく地震のように揺れ、俺たちがいる空間は炎と煙が埋め尽くし、爆風が怒れる龍の如く荒れ狂う。

 この時モンスターの気配は消えていた。間違いなく倒したはずだ。てか魔剣スゲーよ、威力半端ない。

 しかし俺としたことがウルトライージーミス。斬撃を放つ時、カッコいい技の名前を言うの忘れた。なんてこったい。


「みんな大丈夫か?」


 まだ煙が充満してて視界が閉ざされているが、後ろでゲホゲホ発しているから生きてはいる。


「はいにゃ、クリスチーナは大丈夫なのにゃ」

「ご主人、スカーレットも無事です」

「アッキー、私も怪我はしていない」

「そうか、よかった。とりあえず、煙がおさまるまでその場で待機な」

「御意」

「はいにゃ」

「了解した」


 程なくして視界が少し回復したところで三人が近付いてきた。

 既にモンスターは消滅しており、地面やその周りは爆発で大きく削れていた。まさか上級と思われる巨大系モンスターを一撃で倒せるとは。


「なあアッキー、こいつら爆発の時、私の後ろに隠れたんだがどう思う。私を盾にしたんだぞ」


 その重装備ですから緊急時は反射的にするでしょ普通。

 因みに俺の方は魔剣から放出されるトンでもない魔力がバリアーのように爆風と炎を防いでくれた。今は魔力は沈黙してただの剣の状態だ。


「そりゃまあ……偶然ですよ偶然。そうだろ二人とも」

「勿論偶然です」

「偶然なのにゃ」

「……なんだか納得できないなぁ」

「にゃは、そんなことよりみんなススだらけなのにゃ」

「お前のせいだバカ猫、全部お前が悪い」

「にゃにゃん⁉ スカーレットちゃん酷いのにゃ。クリスチーナは何もしてないし、何もできない子なのにゃ」


 クリスさん、聞いてるこっちが悲しくなるよ。


「お前たちうるさいぞ。それよりアッキー、無茶をしすぎだ。生き埋めになるところだぞ」

「申し訳ない、気を付けます」


 魔剣がここまで凄い力を発揮するとは。これは周りに人がいたら使えないかも。ただ調子に乗ったけど本気ではなかった。魔力制御が分からないから、一発目は軽くやったつもりなんだよ、俺的には。

 魔剣は使い手の強さに比例して魔力をいくらでも大きくするのだが、俺の強さってどんだけチートなんだろ。限界数値を冒険者レベルとかで知りたいぜ。もしかして、また力が上がっているのかも。

 しかし流石に魔力を使い過ぎたかも。少し疲れた気がする。この疲労が魔剣に体力を食われたってことか。


「本当に驚いたよ。使い手が変わればこうも違う物になるとは」

「レオンさんはただ、本気を出して戦ってないだけですよ。いざ上級モンスターと戦いになったら、同じようなことができますよ」

「いや、それはない。私ならすぐに逃げているはずだ」

「だからたまには戦いましょうよ、レベル30なんだから」

「それは無理だ」


 ホンとこの人、俺の前では開き直ってるよ。潔すぎだろ。正体隠してたのが本当にストレスだったんだろうな。

 でも戦えば絶対に強いはずなんだよ。気持ちの問題で変わると思う。そもそもザコだけ倒してレベル30とか、めっちゃバトル好きじゃないと無理でしょ。更に魔剣付きのフル装備だからね。


「レオンさん、この魔剣ってランクが低いようなこと言ってたけど、値段はどのぐらいするの?」

「それは金貨千枚ぐらいかな」

「千枚⁉ 高っ、なにそれ、魔剣ってそんなに高かったんだ」


 金貨一枚が三万円として、千枚だから三千万円かよ。

 都心じゃなかったら新築マンション買えるんじゃないの。やはりレオンはお金持ちのお坊ちゃま確定だ。ザコ狩りでレベルを上げられたとしても大金を稼ぐのは無理だろうからな。

 しかしランクが低い名もない魔剣でこの値段。上級の魔剣っていったい幾らなんだよ。億越えとか普通にありそうだし、どれだけの攻撃力があるのか考えただけで恐ろしい。更にチートな特殊能力もあると予想される。

 怖いけどワクワクもする。いつかは自分専用の魔剣が欲しい。今日の冒険での稼ぎから考えても、頑張ったら買えそうな気がしてきた。


「ご主人様、お金や武器を拾ってきたのにゃ」


 レオンと話している間にクリスとスカーレットは広範囲に落ちている原料を拾い集めてきた。


「ご苦労さん。あのタコモンスターの原料はどうだった?」

「爆風で飛ばされていましたが、金貨が四つありましたので、恐らくそれかと」


 スカーレットの説明を聞いて少しがっかりした。


「金貨四枚か……デカいだけかよ」


 さっき戦った赤いカバで金貨五枚だから、あれよりレベル低いモンスターってことなのか。

 まあ巨大なだけで攻撃は単調だし、それほど強くなかったけどね。と言ってもぶっ飛ばされたし一番苦戦したかも。魔剣がなかったら簡単には倒せなかった。やっぱ相性ってやつがバトルにはあるんだな。勉強になった。


「あの、レオンさんの取り分って、どのぐらいですか?」

「いや、別にお金はいいよ。役に立ってないし」


 悲しいけど自覚はあるのね。でもレオンの装備は大活躍だけど。


「じゃあ有り難く、全部貰っておきますね」


 ゴブリンは小銅貨だから二百枚で二万円、トロールは中銅貨二枚だから十五匹で三十枚の三万円、タコが金貨四枚で十二万円、計十七万円。

 一回のバトルでこの額なら上出来だ。今日だけでかなり稼げた。当分は家賃と生活費の心配しないですむし、色々と買い物できる。

 因みに我が家の犬と猫は凄く重いのに頑張ってトロールのハンマーを十五個、ちゃんと拾ってウエストポーチの魔法空間に入れていた。

 てかハンマーだらけだ。一回の冒険で十七個ゲットだけど、ここまで簡単に入手できるなら街の武器屋には腐るほどあるんだろう。やはりハンマーは熔かして原料にするのが正解だ。

 そだ、ステイタスの確認だ。デカいタコも倒したし、レベル上がってるだろ。

 確認すると商人レベルが一つ上がって14になっている。あとパーティー設定しているスカーレットもレベルが一つ上がって21になっていた。

 一息ついていると、空間の真ん中あたりに移動魔法陣が現れる。


「嘘だろ、まだ続くのか」


 レオンが呆れ口調で言った。

 だが魔法陣からは何も送られてこず、ただそこに存在し怪しく光っている。


「ご主人、これは何でしょう。意味があるように思えますが」

「どうやらパーティーに招待してくれるみたいだな」


 この魔法陣を使ってこっちに来い、そう言われている気がする。


「アッキー、それって罠だと思うが」

「その可能性もあるけど、この先でボスが待っていると思う」

「魔王なのにゃ、魔王がいるのにゃ」

「黙れバカ猫、はしゃぐな」

「にゃん、スカーレットちゃん顔が怖いのにゃ」


 クリスがそう言うとスカーレットは透かさずお尻を蹴っ飛ばした。口は災いの元だよクリスさん。いつになったら学ぶのさ。


「ステージボスがイスカンダルとして、この先に居るのは裏ボスかな」

「あの魔人より強い奴が出てくるのか……」


 レオンさんなにビビってんすか、どうせ戦うの俺じゃないですか。


「そうだアッキー、また魔人が出てくる可能性もあるし、私の盾も貸すよ」

「それは有り難いです」


 遠慮なくレオンから盾を受け取る。ついに魔剣と盾を装備だ。

 テンション上がるぅぅぅ。これよこれ、冒険者やってる気分になる。できれば全身鎧も借りたいよ。レオンのは様々な耐性だけじゃなく、魔法の力で温度調整されるから灼熱極寒関係なく装備できる高級品だ。いつか儲けて買ってみたい。


「ここからは一人で行きます。本当にボス戦になった時に、誰かが近くに居たら危ないので」

「ご主人、私は大丈夫です、戦えます」

「クリスチーナも一緒に行きたいのにゃ」

「ダメだ。誰も連れて行かない。誰かが側に居たら本気で戦えない。まだ魔剣を制御できないから」

「……御意」

「はいなのにゃ」


 二人は元気なく耳と尻尾を下げて返事した。


「レオンさん、二人を連れてこの岩山から出て、ダンジョンに移動できる魔法陣のところまで下がっててください」

「わかった、そうしよう。兵つわものにしか分からない、危険な気配を感じるんだな、アッキー」

「まあ、そんな感じです」


 この先には本物の怪物がいる気がする。いや、絶対にいる。もしかしたら魔王かもしれない。

 ちょっと怖いし不安もあるけどいまドキドキワクワクしている。俺ってこんなに肝の据わった奴だったんだな。自分で驚くよ。バトルで無双してお金をいっぱい稼げたからテンション上がっておかしくなってるのかも。


「じゃあ行ってくる」


 魔法陣の中に入ると魔法が発動して光の柱を上げ、どこかへと一瞬で移動させられた。

 送られた場所は大きな培養菅が左右に何十個も立ち並ぶ、薄暗くてひんやりしている研究室だった。その培養菅の中は緑、青、赤、紫などの培養液と製造途中のモンスターらしき物が入っている。様々な大きさの培養菅の上には巨大なパイプ配管が張り巡らされ、培養菅から木の根のように出た配管やケーブルで繋がっている。


「ここヤバい場所だな」


 辺りを見渡しながら自然と出た言葉だった。

 この研究室はドーム球場ほどあるさっきまで居た空間と同じぐらい広く天井も高い。壁や地面の感じからして恐らくまだ巨大な岩山の中で、今まで居た場所の上か下の階と思われる。

 とにかく不気味なんだが、ここが予想していたモンスター工場で間違いなさそうだ。つまりロイ・グリンウェルがどこかに捕まっているかもしれない。面倒だけど助けて連れて帰れば、セバスチャンの依頼の方は一件落着だ。ただ恐れているのはその後の事だ。もしかしたらロイとも一緒に住むことになるのだろうか。


「よく来たね、冒険者殿」


 気配なく突然正面に現れ言ったのは、見た目が人間の男性だった。俺は驚いて思わず後退る。が、その者の顔を見て更に驚く。


「いや、冒険者というより、異世界から召喚された勇者の方かな」


 凄く穏やかな喋り方でフレンドリーなんだが、なんだよこいつの顔、まさか……ロイ・グリンウェルなのか?

 顔と声、体つきまでマンドラゴラのセバスチャンにそっくりだ。もしもこいつがロイなら、自分をモデルにしてセバスチャンを作ったに違いない。

 髪は金髪で瞳がブルー、ちゃんと服を着ているところはセバスチャンとは違う。勿論、頭にタンポポは生えていない。

 服装は白いワイシャツと黒いズボンと靴で、医者とか博士みたいな丈の長い白衣を着ている。

 あと気になるのは見た目の年齢だ。六十代と聞いていたのに二十代半ばにしか思えない。どういうカラクリなんだ。

 てかまたイケメンが現れたよ。もうイケメンはお腹いっぱいっす。


「人の顔を見て、何を驚いているのかな、勇者殿」

「いやいや、勇者とか冒険者じゃないので」

「ほう、ならば何者がここへやって来たのでしょうか、教えてもらえるかな」

「何者というか……商人ですけど、なにか?」

「ふふふっ、面白いことを言う」


 まあデカい盾と魔剣を持ってるんだから普通は冗談と思うよね。笑われて当然ですな。


「あれほどの数のモンスターを倒したとはいえ、ここへ一人で来るとは、よほど自分の強さに自信があるんですね。やはり勇者殿かな」

「俺が何者かはなんでもいいよ」

「私的にはなんでもよくないのです。君がこの場に居るということは、イスカンダルという魔人を倒したということだね。あれは残念ながら頭の方は悪いが、それなりに強いんですよ」

「何が言いたいんだよ」

「見たところ、イスカンダルを倒せる風には思えなかったもので。何がどうなって君がここに居るのか理解不能なのです」


 こいつ、俺の戦いを見ていたわけじゃないってことか。


「いま自分で言ったじゃねぇかよ、あいつはバカだってな」

「ふむ、なるほどねぇ……それでもまだ、理解できませんね」

「色々と運が良かった、と言っておこうかな」

「運ですか……あの魔人は運では倒せませんよ。上級の冒険者パーティーが何組かいても厳しい相手ですから。しかも試作品とはいえ、運で私の作ったモンスター達を倒したというのかな」


 喋ってる内容が完全に敵側なんだけど、名前を聞くのが怖い。っていうかこの人、工場長なんですけど‼


「……そういうことですか。分かりましたよ、あなたの正体が」

「えっ、しょ、正体って、なに?」

「黒い髪に黒い仮面、黒い服装と黒い盾、そして魔剣、最近よく噂を聞く二つ名の冒険者、漆黒の魔剣使いとは君の事だね」

「いやいやいやいや、違うから、それ絶対に違うから‼ そこ勘違いされたくないところだから‼」


 確かに色々と黒いけど人違いですから。服が黒いのはタコモンスターの墨のせいだし。


「その見た目で魔人や上級モンスターを倒したのなら、漆黒の魔剣使いで間違いないはず。ちょうど会いたいと思っていたんですよ」

「人違いだっての。てかなんで二つ名なんかに会いたいんだよ。基本危ない奴ばっかだと思うけど」

「理由はね、君が私の邪魔ばかりするからだよ」

「はぁ? 訳が分かんないけど」

「なら教えてあげよう。まず一つ目は」


 何個もあるのかよ。今日のバトル以外では身に覚えないんだが。


「砂漠を越えた先にあるジャングルのダンジョン。私はそこで第三研究所を造る予定だった。故に冒険者たちが入り込めないように、門番となる強いモンスターを配置しておいた。が、君に倒された」


 ……それって巨大な猪型のモンスターのことか。確かに俺が倒したけど、表向きにはレオンがやったことになってる。

 って事はアレ、魔造の上級モンスターだったのか。だったら高価な原料ゲットできたんじゃないの。知らない事とはいえ惜しいことをした。


「二つ目は砂漠のダンジョンだ。ここは第二研究所として既に手を入れていた。下層部へ行けないように数々のトラップを仕掛けていたのに、その全てを君が破壊してルートを作った。既に冒険者だらけと聞いている」


 スカーレットが言ってたな、ダンジョンを改造してる奴らがいるって。あの極悪トラップ地獄はこいつの仕業だったんだな。しかし言われてみれば確かに邪魔ばかりしてるかも。


「そして今日もまた私の邪魔をする。本当に困った人ですよ、漆黒の魔剣使いさん」

「だから違うって」

「何か名乗れない訳があるみたいだね」


 なにこれ、まだ続くのその話。掘り下げられても困るんだけど。


「もう俺の事はどうでもいいよ。それより、あんたもしかして、ロイ・グリンウェルって名前じゃないのか」

「ほう、私の名前を知っているとは」


 やっぱそうだったか。これで人探しは完了だが、ここからはスゲー面倒なことになりそう。この先の展開が読めない。既にカオスだよ。ただただ嫌な予感しかしない。


「俺はここに、マンドラゴラのセバスチャンに頼まれて、あんたを探しに来たんだ」

「セバスチャン……そういえばそんな者がいましたね。今まで忘れていましたよ。あの街でのことは、思い出したくもない悪夢ですから」

「え~っと、状況が分からなくなってきた」


 ロイは誘拐されて嫌々モンスターを作ってたんじゃなさそう。それにもう街に戻るつもりはないみたいだ。


「君が知っているロイ・グリンウェルとは、いったいどんな人物か、教えてもらえるかな」

「どんなって、確か別の大陸で魔道士やってて、どこかの国に雇われて、ゴーレムとかモンスターの研究をしてた。でもその国が魔王との戦いで滅びかけたから逃げたんだよな」

「ほほう、よく調べてありますね。で、その後は」


 ロイは楽しそうにニヤニヤと怪しげな笑顔を見せている。薄気味悪いし普通に怖い。


「だからディアナ大陸に逃げてきて、南にある商人の街、ゴールディ―ウォールに住み着いた」

「私はそこで何をしていたんでしょうね」

「変な生き物の研究とか、花屋?」

「ふふふっ、あっははははははっ‼ そう、その通りだ。私はそんな馬鹿なことをして時間を無駄にしていたんだよ」


 なんだよこいつ、いきなり人が変わったように険しい顔して激情的になったぞ。


「まったくもって悪夢だ。思い出すと虫唾が走り怒りが込み上げてくる」


 ロイは眉間に皺を寄せた怒りの表情で言った。その瞳には憎しみによって生まれた狂気が満ちている、そんな風に感じた。更に全身からオーラのようにまがまがしい魔力が放出されている。こいつもうヤバい奴で確定だろ。いつでも戦えるように心の準備だけはしておこう。


「おっと、これは失礼した。少し取り乱してしまったね」


 我に返ったように平静を取り戻し、ロイは魔力の放出を止めて真顔になった。


「君はわざわざ私を訪ねてきてくれたわけだし、本当のことを話してあげよう。真実とは、なかなかに面白いものだよ」


 これって冥土の土産に話してあげよう、っていうテンプレの死亡フラグなんですけど。聞き手と話し手どっちのパターンもあるよね。俺がモブならヤバかったが、ちょっとロイさん大丈夫なの、漫画やアニメじゃマジで死んじゃうやつだよ。ほぼ回避不能だからね。まあ俺には関係ないからいいんだけど、ってそんなわけない。だって今ここに居るの二人だけなんだから、フラグを成立させる死刑執行人は俺じゃんか。


「さて、何から訂正しようか……」


 やだもう無理。このタイミングでノリノリのロイさんの話を止めるとか無理ゲーすぎますよ。まったく空気の読めないおバカのクリスを連れてくればよかった。後はイスカンダルがまた現れて、この場の雰囲気とか流れを壊してくれたら有り難い。でも必要な時に天然って来ないんだよな。


「さっき君が話したことは、とある国に雇われて研究していた、というところまでは事実だ。でもね、国に攻めてきた魔王とその軍なんていなかったんだよ。だってあれは、私がやったことだからね」


 また怖いことを言い出したぞ。しかも言った後に高笑いしてやがる。


「私はね、自分の作ったモンスターがどのぐらいの完成度、そして強さか試したかったんだよ。だから魔王の噂を流し国をかく乱させて、自分のモンスターを次から次に攻め込ませた。それはもう滑稽だったよ。兵士も冒険者たちも、何も知らず必死に戦っていたからね」


 おいおいマジかよ。話がヘビーすぎるだろ。


「魔王の名は本当にいい隠れ蓑になった。驚くほど自由に行動できたし、何もかも思うとおりに事は進んだ」


 誰か助けてぇぇぇぇっ。もう話し聞きたくないんですけどぉ。


「だがっ‼ あと少しで国一つを滅ぼせる、という時に、あの忌々しい金髪のエルフがどこからともなく現れた」


 えっ、金髪のエルフ? なんだか嫌な予感しかしませんよ、その先の話は。まさかあのお方がそんなところにまで絡んでいるとかないですよね。

 うん、ないない、ある訳がない。そんな偶然あってたまるか。


「まさに金色の破壊神、圧倒的だった。簡単に私のモンスター達は壊滅させられた」


 キターーーーっ‼ 出ちゃいましたかその二つ名が。


「更に研究所までもが破壊され、私自身も死にそうになった」


 もう笑うしかないよ。あの暴君エルフがまさかの救世主って。

 知ってか知らずか、いやまあ知らずの方だけど、あいつのご乱行もたまには役に立つんだな。てかロイさんや、よく生き延びれたな。あんたもしぶといこと。

 しかしディアナ大陸に来た、というか逃げてきた理由がアンジェリカにフルボッコにされたからとか普通に泣ける。まあ悪人だから同情の余地はないか。自業自得だな。ホンとアンジェリカさんお仕置き乙。


「分からないのは、奴が何のために戦ったのかだ。情報では金で雇われたわけでも知り合いがいたわけでもなかった。なのに何故、たった一人でモンスターの大軍と戦うのか」


 なに言ってんのこいつ、あの暴君の行動に意味とか考えがあるわけないじゃん。正義も悪もない、ただ暴れたかっただけだし。機嫌が悪くてむしゃくしゃしてたんだろ、どうせ。


「なんとか一命をとりとめた私は再起を図るためこの大陸に来た。その後すぐ、とある国に狙いを定め、研究者として取り入ろうとした」


 また同じことをしようとしたのかよ。回りくどいことしてないで、さっさと魔王を名乗ったらいいのに。まあモンスター作るにも金や人手が必要なんだろうが、基本的に裏でコソコソやりたいタイプなんだろうな。いま喋ってる時は、まさに陰謀とか策略とか好きそうな顔してるし。


「うまくいきかけていたある日、その国はドラゴンを操る魔人に襲撃された。だがそこへまた、あの金色の破壊神が現れた」


 ははっ、スゲーな、あいつどこまでも絡んでくるじゃん。流石真正のストーカーだ。

 もうアンジェリカ絡みの事は聞きたくないし聞かなくても、ウルトラハードな悲劇が起こったのが分かる。


「ドラゴンと魔人と破壊神が戦った時に私は逃げ遅れ、また死にかけた」


 国が襲撃された時にアンジェリカが来たってことは、街中で戦ってたわけだし、考えただけで恐ろしい光景だ。いったいどれだけの人が亡くなったんだろ。

 アンジェリカが今も無事でいるってことは、その戦いでドラゴンと魔人のコンビに勝ったんだな。ホンと恐ろしい子。

 それにしても立て続けのストーカー被害、これはあれかな、日頃の行いが悪いからってやつだね。女神様はちゃんと見てるよ。


「運が悪く頭部にダメージを負ったせいで、名前と日常生活に必要なもの以外の記憶を失った」

「えっ⁉ それって記憶喪失」


 どこまで運がないんだよ。やっぱ悪いことしてるからだって。悪の栄えたためしなし、とはよく言ったものだ。

 だがそうなると、アンジェリカが悪ではなく正義になってしまう。ただ考えてみると、アンジェリカが暴れた後って結果的に良いことが起こってる気がする。二つの国は滅ぶことなく救われ、消滅したアリマベープ村は温泉が湧いたし……まさか本当に救世主?

 いやいやいやいや、ないないない、絶対にない。もしもそうなら俺が女神のところに行って説教してやるぜ。


「記憶を失った私は別人のようになり、目的なく旅を続けゴールディ―ウォールに辿り着いた」

「それで色々あって花屋になったわけだ」


 たとえ記憶が無くてもモンスターとか変な生物を作ることはなんとなく覚えてたんだな。それで生まれたのがセバスチャンというわけか。

 悪人の時に作った生物じゃないから、セバスチャンは悪い影響を受けず温厚で優しい奴になったんだと思う。


「だがある日、取るに足らない出来事で、私は記憶を、自分を取り戻した」


 話によると、庭でロイが躓いて倒れそうになり、それを支えようとしたセバスチャンと頭と頭がぶつかり、その衝撃で記憶を取り戻した、とのこと。ってこらセバスチャン、前に記憶飛んだのこれじゃんか。全部お前のせいかよ。スーパーミラクルな頭突きかましてんじゃねぇ。


「忌々しい破壊神め、奴のせいで時間を無駄にしてしまった。この私が花屋をやりながら穏やかな時間をすごすなど、考えただけで胸糞悪い。これ以上ない屈辱だ」


 もう顔が別人だ。鬼のような形相で怖いっての。


「しかもあのエルフはまた私の邪魔をした。試作品だったが画期的な新型スライムを村ごと薙ぎ払った」


 えっ、アレって……。


「実験のために解き放ったばかりだったのに、まったくもって許せん」


 いやそれ村人のセリフだから。突然大量のスライムがアリマベープ村に現れたのは、そういう理由だったのか。


「あのスライム達は、コアを持っている個体が倒されない限りすぐに復活する。ほぼ無敵状態であり、攻撃を受けるたびに増殖していく」

「それは確かに画期的かもね」


 でもチート火力で一撃だったけど。残ってた一匹はもしかしたらコア持ちだったのかも。そうなら止めを刺してなかったら増えてたってわけか。

 アンジェリカが一撃で決めてなかったら、俺とスカーレットだけで大量にいた特殊なスライムを倒せただろうか。普通に考えて無理だよな。だって復活して増殖していくんだから。コアを持った奴は前線に居ないだろうし。そう考えると俺はあの時アンジェリカに助けられたのかも。

 ちょっと頭痛くなってきた。アンジェリカ関連で深く考えるのはやめだ。ここで話しの流れを変えよう。


「で、記憶が戻ったからさっそく魔王に取り入ったわけか」

「その通りだ。国でもよかったのだが、魔王と名乗る者が近くにいたので利用してやろうと思ったんだよ。本来は人間がモンスターを作るなど不可能だが、私はそれを可能にした。だから魔王も面白がって簡単に仲間にしてくれたよ」


 魔王が人間信じちゃダメじゃん。イスカンダルもだけど、魔人族って基本バカというか天然なのかよ。


「不可能なのにどうやって作ったんだよモンスター」


 ここスゲー気になる。俺もゲーム感覚でモンスター作ってみたい。それに商売にもなりそう。


「まだ十代のころだった……」


 ロイさんノリノリだな。それ話してくれるんだ。


「遺跡系ダンジョンへ行ったとき、仲間が連れていたバカな半獣人奴隷が次々にトラップを発動させ死にそうになった」


 ははっ、なんだよそれ、俺の冒険と一緒。どこにでもいるんだな、クリスみたいなド天然半獣人。


「だがその半獣人のお陰で隠しルートなども発見し、偶然に偶然が重なり見つけてしまったのだよ、伝説の大賢者、マリウスの魔導書を」


 んっ、待てよ……クリスはセバスチャンと会った時、見たことある顔だと言っていた。それに東の大陸にも行って遺跡系ダンジョンで冒険したとかなんとか……。

 まさかまさかのクリスチーナ本人なのか⁉ てかそんなドジっ子半獣人がそうそう居るわけない。やはり我が家の愛猫、クリスなんじゃないの。だとしても、だから何なんだよって話だが、こんな事あるの⁉ マジビックリした。


「それは何種もあるうちの一つだったが、ゴーレムやモンスターの製造方法が記されていた」


 どこで絡んでなんてことしてくれてんだよ我が家の猫は。全ての原因、元凶じゃねぇかよ。なんかもう繋がりすぎて怖いよ。


「他人の技術ってことか」

「だとしても、簡単なことではない。私だったからこそ、作ることができたのだ」

「自分が天才だといいたそうだね」

「そういうことではない。私はその奇跡の技を知った時、魂が熱くなり震え、闇に飲まれるのを感じた。心の底から魅了されたのだ。ふふっ、誰にも分からないだろうね、あの日あの時の感動は」


 もう顔がヤバいっての。完全にマッドサイエンティストだよ。


「誰よりも研究に没頭できたから完成したってことか」

「理解してくれたようだね」


 本があっても俺じゃ無理っぽいな。てか大賢者、物騒なもの残すなよ。悪用されてるだろ。


「長くなってしまったが、これが真実だ」


 うん、本当に長い。ここに来てからの会話だけで、アニメなら一話分ぐらいあるんじゃないの。

 でも流石にアンジェリカやクリスが登場したのは驚いた。俺のこれまでの旅も色々と関係していたし。とりあえずロイにはアンジェリカが知り合いだとは内緒にしておこう。


「本当のロイ・グリンウェルが、とことん悪党なんだと分かったよ」

「それはよかった」


 こりゃセバスチャンには言えないな。さて、これからどうするか……ってどうなんのこの後は。


「あのさぁ、街に戻らないのはそっちの勝手だけど、魔王軍に残るのなら問題があるんだけど」


 放置してたらゴールディ―ウォールに攻め込んでくるかもしれない。街にはアンジェリカがいるわけだし、戦いになったら何もかも消滅してしまう可能性がある。せっかく住むところを見つけたのに、こいつらのくだらない喧嘩で壊されてたまるかっての。


「魔王軍か、ははっ、そんなものもう何処にもないよ。魔王は死んでしまったからね」

「し、死んだって、どういう……魔王が?」

「あの人、色々とうるさいから、ちょっと小突いてやったんだよ。そしたら死んじゃったよ」


 おいおい、どういうことだよ。本当のカオスなんですけど。今すぐ帰りたい。


「魔王を簡単に倒せるほどの魔道士だったの?」

「まさか。私は冒険者としては二流の魔道士だったよ。ただ、今の私はもう人間ではないからね」

「……随分と怖いこと言いますね」

「私はあの破壊神にこの手で復讐するために、人であることを捨てた。今の私は魔人やモンスターとの融合体。そう、女神も含め、私は全ての生物を超越した存在になった」


 ロイは言い終わると同時に高笑いした。なんだかもうただただ面倒臭い。どこのテンプレのボスキャラだよ。

 アンジェリカさんご指名ですよ。ホンといますぐここに来て責任取れっての。


「金色の破壊神と戦う前に、私のモンスターを倒した君には、ここで死んでもらおうか」


 そう話しながらロイは全身から抑えきれず漏れ出すように、まがまがしく強大な魔力を放出している。


「やっぱそういう展開か」

「やっと設備が整って順調にモンスターが造れるようになったところで、別の二つ名が現れ邪魔をするとはね」


 だからさぁ、ちょっと訳ありな新米商人だっての。

 しかしこれからモンスターを大量生産するつもりだったのかよ。本気で軍を造るつもりだな。あぁ怖。なんで俺はこんな面倒なことに関わっちまったんだ。やっぱ猫か、猫を助けたせいか。


「もうそれ、呪われてるんじゃないの」


 って俺の方が呪われてるよ。猫の呪いだよ。


「なるほど、呪いか。ならば呪いの元を一つずつ、この世から消していくとしよう。勿論、最初は君だよ、漆黒の魔剣使い」


 ははっ、もう訂正するのも面倒だ。

 ここでロイが一気に魔力を高めて放出した。これは凄い、トンでもない魔力を感じる。今までのモンスターやイスカンダルと比べても桁違いといえる。

 放出される魔力が衝撃波となって周囲に襲い掛かり、立ち並んでいる大きな培養菅を破壊する。俺も踏ん張ってないと吹き飛ばされそうだ。更に空間全体がビリビリと震え、天井や地面も大地震のように揺れている。

 てか研究室を自分で破壊してますけど、それはいいのかよ。俺が先に壊してたらスゲー怒られそうなんだが。


「真の姿を見せてやろう」


 そう言った瞬間からロイの体がどんどん大きくなっていく。

 筋肉が盛り上がり服も靴も全て千切れ飛ぶ。そして体の色がグリーンに変化して肌の質感も硬そうになる。瞳は赤く白目の部分は黒くなり、髪は抜け落ち顔は白人美形の原型なくドラゴンのようで、頭の左右と正面に角がある。背中には大きくて黒い蝙蝠の羽、尻には恐竜を思わせる太い尻尾が生えた。ふくらはぎ辺りから下の足は恐竜っぽい感じだ。

 大会中のボディービルダー並みの完璧な肉体美で、身長が三メートルぐらいまで巨大化している。眼前にすると威圧感が半端ない。でもなんだかカッケー、ガチの変身だよ。姿は魔人族とリザードマンを合わせたっぽい。

 厄介そうなのが、体に埋め込まれている赤い魔石だ。恐らく魔力を増幅させるものとみた。胸の真ん中に大きめの魔石があり、その上に小さいのが二つずつ、腕や脚の側面に三つずつ、丸みのある両肩にも付いている。

 セバスチャンには悪いけど、ロイを連れて帰るのは無理だ。本物の悪党だし既に人間でもない。流れ的にここで倒す事になる。まあ俺が勝てたらだけど。ロイは魔王を簡単に倒したみたいだし侮れない。


「ほう、私のこの姿、そして圧倒的な魔力を前にしても臆する事がないとは、流石二つ名の冒険者だ」

「普通にビビッてますけどね」


 不思議な感覚だ。本気で怖いはずなんだけどワクワクしてる。


「では行くぞ、漆黒の魔剣使い」


 はいはいもうそれでいいよ。向こうの世界に居た時の俺は、無職のヒキオタって二つ名だし、それに比べりゃ中二全開でカッコいいよ。


「一撃で決めてやろう‼」


 ロイは一歩踏み込み上から叩きつけるようにパンチを繰り出す。

 回避できないと判断し、盾を前に出して踏ん張り猛然と迫るパンチを正面から受け止めた。

 凄まじい衝突音が轟き、衝撃で足元の地面がひび割れる。だが盾も体も無事だ。凄い衝撃だったけど普通に耐えれた。


「なっ⁉ 受け止めた……だと」


 ロイさんけっこう驚いてるな。でも見た感じ半分以下の力だろう。


「ならば、これでどうだっ‼」


 今度は魔力を上げてマジパンチっぽいのを連続して繰り出してきた。

 下手に回避せずその場で踏ん張って同じように盾を突き出し防御する。

 三メートルの巨躯から荒々しく叩きつけられたパンチは本当に凄まじい威力で、盾が割れるんじゃないかと思った。とどまっていられず踏ん張ったまま地面を削りながら後ろへと押される。でも買ったばかりのスニーカーは壊れていない。流石に魔道具だ。


「何故だ……」


 パンチを撃ち続けていたロイは、驚愕した顔で動きを止めた。


「たかが人間が、何故立っていられる」

「色々と訳ありなもので」


 余裕の笑みを見せ言ってやった。

 たぶんカッコいい場面のはずだ。アニメとか漫画なら、ここで終わって次週へ、って感じだろ。まあ主人公とかイケメン限定かもしれないけど。

 因みに何十発のパンチが繰り出されたか分からないが、盾は最後まで受けきり役目を果たした。本当にありがとう盾、お前だけは期待を裏切らない最高のパーティーメンバーだ。デカい神棚を作って祀りたいし、萌え擬人化してフィギュアになった時には必ず買おう。

 で、驚き止まっていたロイは、背中の羽を広げふわっと少しだけ宙に浮くと、俺を睨みつけたまま後退し距離をとった。


「じゃあ次は、俺のターンだ‼」


 まだ魔力制御に慣れていないが使いたい強さの魔力をイメージした。すると魔剣は反応し、魔力を生み出し刃から黒い炎のように放出させた。

 透かさず正面に居るロイ目掛けて魔剣を振り抜く。魔剣からはイメージ通り巨大な三日月形の斬撃が飛び出し、放たれた矢の如く凄まじいスピードで襲い掛かる。

 その斬撃に込めた魔力はタコモンスターを倒した時の半分ぐらいの強さだ。


「私も同じように受け止めてやるぞ‼」


 宙に浮いていたロイは地面に降りたあと、防御のために両腕をクロスさせて前に出した。

 魔力の塊である黒い斬撃はロイに命中すると大爆発する。一気に炎と煙が空間を包み込み視界を奪い、爆風が研究室の様々な設備を容赦なく破壊した。

 魔力を抑えたつもりだけど思ってたより凄い爆発になった。やはり魔剣の扱いは難しい。

 爆煙が少し薄れるとロイの姿が確認できた。魔王を倒したぐらいだし、流石にこの程度では終わらない。


「軽く出した斬撃がこの威力か……」


 ロイは大ダメージを負ってはいないが片膝を地面についていた。

 素直に飛んで逃げればいいのに意地を張るから痛い目に合うんだよ。イスカンダルもそんな感じだったけど、これって強い奴のテンプレの病気みたいなものか。

 まあ受けてはね返して圧倒的な力の差を見せつけたいんだろうけど、超人相手だと裏目に出るんだよな。なんだか反則してるみたいで申し訳ない気持ちになる。


「まだ俺のターンだ、連続で行くぞ」


 さっきと同じぐらいの魔力を込めた斬撃をイメージして、右上から魔剣を振った後、連続で左上からも魔剣を振る。二発の斬撃はイメージ通り飛び出しバツ印のように見えた。

 ロイは羽を広げ素早く飛び上がり直撃寸前で回避した。斬撃はそのまま飛んでいき奥の壁に激突して大爆発し、岩壁に大きな穴をあける。この爆発で天井や地面など空間全体に大きく深いヒビが入った。

 これはちとヤバい。下手したら自分の攻撃で生き埋めになるかも。長引かせるのは得策じゃない。本気の一撃で決めるか。


「魔力を瞬時に高めそれほどの斬撃を連続で出せるとは、流石に魔剣使いと称されるだけはある。だが連続で技を出せるのは、こちらも同じことだ」


 ロイは天井近くまで飛び上がりながら魔力を高める。そして両手の平を俺に向けて突き出す。すると手の平の前に、物凄く強大な魔力を感じる巨大な炎の玉が作り出される。

 これはあれか、ただの初心者攻撃魔法だけど魔人が使えば上位魔法級の威力になっちゃうよ、っていうファイアーボールか。


「食らえっ‼」


 ロイが言い放つと同時に魔力の塊である巨大な炎の玉は猛然と落下し襲い掛かってくる。

 見上げていると太陽が落ちてくるように見えた。だがイスカンダルとの戦いで似た経験をしているのでそれほど恐れはない。


「撃ち落としてやる」


 斬撃を小さくイメージしてファイアーボールに向けて魔剣を振り抜く。

 イメージ通りに飛び出した斬撃は見事にファイアーボールと激突すると互いに大爆発した。

 よし、上手くいった。ホンと飛び道具使えるって最高だな。魔剣様様ですよ。だがロイは巨大なファイアーボールをやけくそのように何発も撃ってくる。


「無駄だっての」


 こっちも斬撃を撃ちまくり応戦し、全て空中で爆発させた。

 なんだかシューティングゲームやってるみたいで楽しくなってきた。でも次から次に大爆発が起こるのでその場は凄惨な光景になり、もうぱっと見では研究室とは分からない。と言うより煙と炎しか見えない状態だ。


「あっ、しまった⁉」


 何やってんの俺。さっきから斬撃何発も撃ってんのに、またカッコいい技の名前言ってないじゃん……てか全然思いつかないけど。

 とかバカなこと考えてたら、ロイはこれまで以上に魔力を高めていて、なにやら必殺技を出そうとしている。


「メテオ・ディザスター‼」


 ロイの前方にファイアーボールっぽいものが十発以上現れ、まさに流星のように一斉に落ちてくる。

 これはもう全部は撃ち落とせない。と、普通なら思うけど、俺は普通じゃなくて訳ありなのさ。

 魔力の強さは今まで通りだけど斬撃のイメージを巨大かつ横長にして、縦横斜めに連続して放つ。落ちてくる無数の炎の玉と中間地点で激突した巨大な斬撃は、物の見事に爆発させて無効化した。

 またしても大成功だ。魔剣のスペック高すぎて笑えてくる。流石金貨千枚、三千万の実力は伊達じゃない。


「おわっ⁉」


 天井からデカい岩が落ちてきた。この空間ヤバいかも。ダメージが大きすぎて崩れそうなんだが。


「やってくれるな、漆黒の魔剣使い。魔法攻撃が通じないなら剣で勝負をしてやる」


 ロイは急降下して猛然と襲い掛かってくる。この時に突然、魔法の道具袋から取り出したように、どこからともなく大剣が現れる。

 出た、魔人族のチートスキル、どこでも兵器。便利なんてものじゃない、その魔法空間反則だろ。更にロイは体に取り付けていた魔石を全て体内へと取り込んだ。すると次はシルバーの全身鎧を装備した状態で呼び出す。

 鎧カッケー、まさにドラゴンの戦士、超絶強そう。

 ロイは眼前に着地すると同時に両手で持った大剣を振り下ろす。三メートルの巨躯が繰り出す大剣の迫力は凄まじいものがある。チート超人じゃなかったらチビってるところだ。

 臆することなく盾を突き出し大剣の一撃を受け止める。甲高い金属音が空間を突き刺すように轟き、体にズシっと重い衝撃が伝わる。そして足元の地面が陥没した。


「やはり受け止めるか。ならばその盾を破壊してやる」


 ロイは容赦なく連続して大剣で盾を斬りつける。しかしその攻撃は大振りかつ単調で、素人でもカウンターを合わせられそうだ。


「いまだっ‼」


 ロイが大剣を振りかぶった時に盾を引き、振り下ろされるタイミングに合わせ魔剣で斬りにいった。

 魔剣と大剣が衝突した瞬間、鍔迫り合いにはならずロイの大剣が真っ二つに折れて吹き飛んだ。


「バ、バカな、化け物かお前は」


 ロイは隠すことなく驚愕と恐怖が入り混じった表情を見せた。って言っても顔がドラゴンみたいだからそこまで表情ないけど。

 驚いている隙をついて斬りかかる。が、ロイは俊敏に飛び上がって逃げた。ここが勝負のポイントと見た。タコモンスターを倒した時よりも大きい魔力で一撃勝負だ。

 魔力を炎に見立て大きく強く激しく燃え上がるイメージをした。魔剣はそのイメージに反応し、魔力を黒い炎のように放出する。だが明らかに今までと違う。魔剣を持つ右手前方が、刃から噴き出す黒い炎で覆われる。

 自分で出しといてなんだが、凄まじい魔力が伝わってくる。まるで暴れる猛牛の角を握ってるみたいだ。こりゃ本気で強く握ってないと、魔剣が手から吹き飛んでいく。

 このまま斬撃を出したらどんな威力になるのか分からないけど、自分のチートにビビってる場合じゃない。ここは思い切りやってやるぜ。


「これで終わりだっ‼」


 巨大な三日月形の斬撃をイメージして、飛んで逃げて距離をとったロイ目掛けて魔剣を振り抜く。

 その瞬間、広い空間全てを切り裂くような巨大な斬撃が放たれ、凄まじいスピードで襲い掛かる。

 何だよコレ、イメージより遥かに凄い斬撃なんですけど。


「魔力には魔力だ、受けきってやるぞ‼」


 ロイは瞬時に魔力を高め全身に纏うように放出すると、両手を突き出し自分から斬撃に突っ込む。


「うおおおおおおっ‼ 人間ごときに負けるわけがない‼」


 半狂乱状態なのか、ロイは眼前に広がる巨大な斬撃に臆することなく、自分の魔力をその体ごとぶつけた。

 だが一秒たりとも止めることはできず、そのまま一気に押し込まれる。


「この私が……死ぬ……」


 岩壁に激突した瞬間、斬撃は想像を絶する大爆発を引き起こす。

 その場で踏ん張り反射的に盾を前に出して身を守った。自分でもビックリするほどの爆発だ。ガチで死を感じるぐらい怖い。チートもここまでいくとただのヤバい奴でカオスすぎる。

 爆煙で何も見えないが普通の人間なら立っていられないぐらい爆発の衝撃で大きく揺れ続け、強烈な地響きがしている。

 この時、既にロイの気配は感じられなかった。爆発の中心点にいたわけだし、恐らく消滅したと思われる。てか本当にやっちまったよ。なんだか胸の辺りがモヤモヤする。悪党とはいえ元は人間だし後味が悪い。でも、ただそれだけだ。この世界に来てからどんどん今までの常識が薄れて、こっちの感覚に慣れていっている。

 程なくして煙が晴れてくると眼前の光景に驚愕した。正面奥の岩壁、というか巨大な岩山の中腹から上部が、全てごっそりと爆発で消し飛んでいる。いま俺の目には外が、青空が見えていた。


「はははっ……もう笑うしかねぇよ」


 自然と力ない笑いが出て呆れ口調でそう言った。

 魔力を強くイメージしすぎたのか……恐ろしい威力だ。まだ本気とか全開というレベルじゃなかった。恐らくもっと上の力がある。

 魔剣と超人パワー怖っ。下手したら街ごと破壊しかねない。戦闘経験が少ないうちは魔剣とか使わない方がよさそうだ。アンジェリカみたいに破壊神とか呼ばれるの絶対に嫌だし。


「ん……あっ⁉」


 ある事に気付き驚愕した。借り物の魔剣に大きくヒビが入ってる。更に刃がボロボロに欠けていた。ちょっ、これ、どうすんだよ。

 何でこんな事に。俺の強さがチートすぎて、魔剣が制御できる魔力の許容範囲を超えてしまったのか?

 べ、弁償……金貨千枚とか破産&借金の地獄のコンビネーションなんですけど。

 いや待て、これ全壊じゃないし修理すればなんとかなるだろ。盾も傷だらけでへこみもあるけど、魔法の力で自動修復するとか言ってたし、魔剣もそんなお助け能力あるはずだ。まだなんとかなる、人生諦めるな、逃げる道はある。

 それよりも今はロイの事だよ。止めを刺してしまったし、セバスチャンにどう話そうか。


「はぁ、色々と気が重い」


 とりあえず人間かモンスターか魔人族か、どれに分類されるのか分からないけど敵を倒したわけだし、ステイタスを確認する。

 レベルが二つ上がって16になっていた。なるほど、経験値が入ったのなら、ロイは既にモンスターか魔人扱いになってたわけだ。

 ただここで一気に二つ上がるとは、ロイは本当にボスクラスだ。まあ魔王を倒したって言ってたしな。って待て待て、魔王どんだけ弱いんだよ。やっぱ真正の魔王じゃなく、自分で勝手に名乗ってる奴の強さはあてにならない。

 しかしせっかくレベルが上がっても、新しい魔法もスキルもなければ身体能力も上がってない。分かっていても淋しいレベル上げだ。でもこれだけのハイペースで商人レベルを上げている奴はいないだろう。

 このまま一気に夢の大商人になってやる。まってろ男のロマン、異世界風俗&カジノ営業許可‼

 この後は帰るために下への移動用魔法陣や通路を探した。が、今のところ見当たらない。さて、どうやってこのバカデカい岩山から下りようか。

 困りながら遠くの空を見ていたら、何かが空を飛んで近付いてくるのが見えた。

 鳥? 飛行機? いや、あの見覚えのあるシルエットは、ってまたお前かイスカンダル‼ どこまでもかまってちゃんだな。アンジェリカ級の出現率だ。まだ鎧を装備したままだし警戒してるみたいだな。

 ちょっと待てよ、あいつ本物のバカだし、これは脱出に使えるかも。

 イスカンダルは上空からこちらを確認した後、安全と思ったのか、ゆっくりと降下して俺の前に悠然と立った。


「黒鬼、先程の大爆発は貴様がやったのか?」

「あぁ、そうだけど」

「えっ⁉ ……ええぇ~」


 イスカンダルは本気で驚いた後、困惑した表情になった。そりゃ驚くよな。巨大な岩山の中腹から上部が爆発で消滅しているし。


「ふっ、さ、流石、我がライバルだ。このぐらいはやってもらわないと。で、本当に本当に貴様がやったのか?」

「そうだけど、なにか?」

「そ、そうか……ははっ、流石、我がライバルだ」

「それさっきも言っただろ」


 なに焦ってんだ、落ち着きなさすぎだろ。別に襲い掛からないっての。


「ということは、あの男を倒したんだな」

「ロイ・グリンウェルの事ならそうなるな」

「貴様、よく倒せたな。あれを人間一人で倒すとは」

「強かったよ、本当に。でもイスカンダル程ではなかったかな」


 天然対策マニュアルがあるならば、ここで使うのは必殺おだて作戦、のはずだ。上手く乗せて下まで運んでもらおう。


「なにっ⁉ い、今、なんと言った黒鬼」

「だから、トンでもなく強かったけど、イスカンダル程じゃなかった、って言ったんだよ」

「ふははははははっ⁉ よく分かっているじゃないか黒鬼、その通りだ。その通りなのだよ」


 天然って何故か同じ言葉を繰り返すよね。ダチョウ並みに脳が小さいから、言った瞬間に忘れてしまうのかな。


「俺が戦った中ではイスカンダルが一番強いよ。最強だな。それに自由自在に空を飛べるし、ホンと凄いよ」

「ふははははっ、凄くて当たり前だ。なんといってもイスカンダル様だからな」


 簡単簡単、さっそくノリノリだよおバカさんは。このまま言いくるめてやる。


「一度でいいから空を飛んでみたいよなぁ。飛んでる感覚でいいから味わってみたいなぁ」


 普通の奴なら白々しいと思うところだが、いま目の前に居るのは超ド天然、餌に食いつくのは間違いない。


「なんだ黒鬼、そんなに空を飛びたいのか。仕方がない奴だ、私がその願いを叶えてやろう」


 はい釣れた。空飛ぶタクシーいっちょ上がり。


「あざっす、イスカンダルさん。流石次期大魔王。でも大魔王に甘えすぎるのも悪いので、下まで降りるだけでいいっす」

「ふははっ、それだけでいいのか」

「もうそれだけでいいんです」


 盾を持っている左手を寄せて脇を締め、そこに魔剣を挟んだ。そして宙に飛び上がったイスカンダルの左の足首を、右手を上げて掴む。

 イスカンダルは俺をぶら下げたまま軽々と上昇した後、ゆっくりと前方に進みながら峡谷の底へと下りていく。


「スゲー、飛んでるよ。気持ちい~」

「ふっ、こんな事で大喜びだな。これだから人間というやつは」


 利用されていることに気付いてないイスカンダルは上機嫌で言った。


「一つ聞きたいのだが、私の斧を知らぬか?」

「なにそれ、知らないけど」

「貴様と戦った時に出したはずなのだが、どこにも見当たらぬ」

「そんなの持ってたっけ? なかったと思うけど」

「そうか、私の思い違いか。いったいどこでなくしたのやら」


 我が家の猫が盗みました、とは言えない。てか盗んだんじゃなくあくまでも拾っただけだから、ギリギリセーフってことでお願いします。

 それから遊覧飛行を楽しみ、遺跡のような岩山の入口に無事到着した。


「ありがとうな、イスカンダル。楽しかったよ」

「今日は特別だ。いいか黒鬼、次に会った時は必ず貴様を倒す」

「あぁ、次に会ったらな」

「さらばだ、我がライバルよ」


 そう言ってイスカンダルは空高く舞い上がり疾風の如く彼方へと消えた。ここだけ見たら、なんて爽やかなライバル関係だと勘違いする奴がいそうだ。とにかくもう危険人物認定してますから、見つからないようにしよう。


「ふぅ~、ちと疲れたな」


 思わずため息が出てしまった。魔剣にかなり体力を食われた気がする。少し休みたいけど先にみんなと合流するか。

 あの強烈な大爆発を見ただろうし心配してるはずだ。三人にはどんな風に見えてたんだろう。

 少し早歩きで来た道を戻り、すぐに城壁を通り抜け行き止まりの魔法陣があるところまで帰ってきた。ダンジョンに帰れるか心配だったけど、まだ移動用の魔法陣は消えてない。これは助かった。


「お帰りなさいませ、ご主人」

「ご主人様、お帰りなさいなのにゃ」


 二人は嬉しそうに駆け寄ってきて満面の笑顔で迎えてくれた。


「アッキー、先程の爆発は、まさか魔剣によるものなのか?」

「えっ……まあ、そうかな」


 ですよねぇ、早速その話しになるよね。魔剣を壊したことは素直に言って謝ろう。


「予想通りあの先にボスがいて、色々あってバトルになったけど、レオンさんの魔剣と盾のおかげで勝てました」

「そうか、役に立ってくれたか。それにしても物凄い爆発だったぞ。空に巨大なキノコ雲が見えたからな。いったい何がどうなったら、あれ程の爆発が起こるんだ」

「相手の魔力が凄かったから、魔剣が頑張ってくれたのかも。ただ、活躍した魔剣と盾がボロボロになってしまって。あの、ほんとごめんなさい」

「えっ? ボロボロって」


 恐る恐る魔剣と盾を手渡した。


「本当だ、これは凄い。魔剣がこんな風に傷つくのを初めて見たよ」

「な、直ります、それ」

「あぁ、大丈夫だと思う。魔剣などの特殊な武具を修復する店があるから」

「それはもしかして、お高いんでしょうか」

「そうだなぁ、ここまで壊れていたら、金貨五百枚はいるだろうね」

「五百っ⁉ そんなにかかるの……」


 オーマイガー‼ 誰か嘘だと言ってくれ。


「あの、レオンさん、いまお金があまりなくて払えないんですけど、48回ぐらいの分割払いでいいでしょうか」

「はははっ、そんなのいいよ、勇者のアッキーからお金なんか取るわけないだろ」

「マジですかっ、超絶神なんですけど‼」


 レオンさん中身もイケメンすぎる。真正セレブオーラが仏の光背の如く放出されてて眩しいぜ。

 ホンとこの人の金貨五百枚をなんとも思わない経済力、憧れるっす。


「あの、アッキー、お金は必要ないけど、その代わりに一つお願いがあるんだが」

「えっ、お願い……ですか」


 やっぱりなにもないとかそんな都合のいいことあるわけなかった。でも金貨五百枚の代わりだし、どんな願いも断りませんよ。


「実は込み入った訳があり、私は冒険者として旅をしているんだ。いま詳しくは話せないが、とあるアイテムを入手しなければならない」


 うわぁ~、テンプレっぽいのきちゃったよ。

 指定のアイテムをゲットしたら、かぐや姫みたいな美女と結婚できるとか、王位継承とかそんな感じじゃないの。

 平穏無事にずっとスローライフを望んでるわけじゃないけど、そろそろゆっくりしたい。だから超面倒臭いよ、本気で関わり合いたくない。

 国家、戦争、陰謀とか、トンでもなく大きい事に巻き込まれそうな気がしてきた。


「アイテム探しの手伝いをしろってこと?」

「そういうことになるかな。簡単には入手できない物だし、他に狙っている者もいるはずだ。だから強い仲間が必要なんだ」


 レオンは真剣な表情で言った。余程の訳ありなんだろうけど、訳ありだから嫌なんだよなぁ。

 レオンと一緒に居たら目立つし、俺の訳ありの訳を探られるのが怖い。強い人を紹介したら見逃してくれるかな。それならぜひアンジェリカ様が一押しなんだけど。勿論、俺流の取扱説明書も付けよう。ダメ元で、ちょっと話してみようかな。


「あの~、レオンさん、強い人が必要なんでしょ。俺より強くて頼りになる人、紹介しましょうか」

「いや、それはいい。私はアッキーが気に入ったんだ。使命の事がなかったとしても、私はアッキーと冒険がしたい」

「そ、そうですか」


 逃げれねぇぇぇぇっ。スゲー力強くて真っすぐにこっち見て言われた。


「アッキー、それほど大きく考えないでくれ。別にパーティーに入れろと言っているんじゃないんだ。有力な情報が手に入った時に、冒険に同行してくれればいい。勿論料金の方も奮発するつもりだ」

「えっ、お金出るの?」

「私がアッキーのパーティーを、護衛に雇うと思えばいい」


 なるほど、護衛の仕事か。それは考えてた商売だし、ありっちゃありだ。ただレオンのは大仕事になりそうだけど。


「まあ、たまになら」

「よし。交渉成立だな」


 レオンが爽やかな笑顔で差し出した手を握り、力強く握手してしまった。因みに護衛の料金は、その時に何日間とか仕事の内容で決めることになった。

 問題なのは街で連絡を取る手段だ。俺が身元を秘密にしてて家とか教えないからだけど。

 それで話し合って決まったやり方は、レオンが出入りしている冒険者ギルドの掲示板でのやり取りだ。そのギルドの建物の一階は酒場も兼ねていて、しかも半獣人も入れる。だから俺たちがこまめに行って、掲示板にレオンからの張り紙がないかを確認する。まあ我が家には犬と猫がいるから毎日の仕事として任せるとしよう。


「そだ、スカーレット、俺がさっきボス級のやつ倒したから、レベル上がってるんじゃないの」

「確認します……はい、一つ上がって22になっています」

「やったな。この調子でどんどんレベル上げていこうぜ」

「はい。全てご主人のおかげですが、これからも頑張ります」


 スカーレットは嬉しそうに尻尾を振ってハキハキと言った。なんか可愛いから頭をなでなでしておこう。するとスカーレットは更に喜んで、空でも飛ぶつもりですか、ってぐらいプロペラの如く尻尾を高速で振った。


「スカーレットちゃん羨ましいのにゃ。クリスチーナもお役に立ってレベル上げしてみたいのにゃ」

「それは無理だ。何故ならバカだからだ」

「うむ、同意しよう」


 スカーレットとレオンは容赦なく真顔で言った。


「にゃにゃん、二人とも酷いのにゃ」


 クリスは眉毛を八の字にして悲しそうな顔をした。


「ははっ、そんな顔するなよ。近いうちに、クリスに合う職業を探しておくよ」

「わーいわーい、嬉しいのにゃ。クリスチーナは頑張るのにゃ」


 まったくもって期待してないけど、今回の冒険でまとまったお金も入ったし、無駄遣いになっても問題ない。

 俺とスカーレットが頑張ったら勝手にクリスのレベルも上がるし、そしたらスキルとかも増えてパーティーレベルも高くなる。こんなに簡単にレベルが上がると知ってたら、クリスにも職業を与えておけばよかった、と今は後悔している。


「よし、今回の冒険はこれで終わりだ。魔法陣が消えないうちに向こうのダンジョンに戻ろう」

「御意」

「はいにゃー」


 そしてダンジョンへと無事に戻った。

 そこからはスカーレットのスキルのおかげで簡単にスタート地点の出入口に辿り着いた。その盗賊スキルは『足跡』というもので、自分がダンジョンの何処をどう動いたかが分かる。なので来た道を迷わずに帰れた。

 ただダンジョンに戻るとまた後方に誰かいると、スカーレットが臭いで探知した。何者なのかは分からないが、今は疲れているから放置する。

 戻ってすぐに人気者のレオンは他の冒険者たちに取り囲まれた。ダンジョンに現れた謎のボス級モンスターを、既にレオンが倒したと噂は広がっており、冒険者たちのテンションは高かった。


「さっき西の峡谷の辺りで凄い爆発があったけど、あれもレオンなんだろ」


 レオンを憧れの目で見る戦士系の男性冒険者が言った。

 どうやら空に上がった巨大なキノコ雲は見えていて、この辺りも爆発で地震のように大きく揺れたようだ。


「えっ、いや、あれは……」


 レオンが否定しようとしたので透かさず退路を断つ。


「その通りですよ皆さん。漆黒の魔剣使い、レオンが魔王を討伐したんです。いや~、あの魔剣の一撃は凄かった」


 そう言った瞬間レオンを取り囲んでいた冒険者たちがテンションMAXの歓声を上げ、拍手喝采が舞う。

 思った以上に皆のテンションが高いのでビックリした。やはり魔王討伐というのは凄い事なんだな。

 盛り上がる中、俺はレオンと目を合わせ、みんなの夢を壊しちゃいけないよ、レオンさん。いや、漆黒の魔剣使い。という感じのことをアイコンタクトで伝えた。

 恐らく伝わっているはずだ。その後、恨めしそうな目をして苦笑いしてたし。

 ホンと身代わり乙です。改めてお礼が言いたい。ありがとう、レオン。ありがとう、漆黒の魔剣使い。そしてこれからも目立つことは身代わりよろしくお願いします。

 とにかくこれでダンジョンのボスと魔王を倒したのは、二つ名冒険者レオンということになった。

 色々な嘘や勘違いがあるけど、本当に西に現れた魔王は消えたわけだし、まあこれでいいでしょ。

 しかし魔王討伐となれば、レオンは他の二つ名より格上と言ってもいいはずだ。そのうちアンジェリカ級の有名人になったりして。

 残念なのは、ロイにフルボッコにされた魔王は新参者なので、どこの国からもまだ冒険者ギルドに討伐依頼がきておらず、懸賞金が出ないということだ。今回はタイミングが悪かったと諦めるしかない。そもそも倒すどころか見たことすらないし。

 魔王には興味あったしどんな感じか一目でいいから見たかった。まだ魔王城がロイに破壊されずに残っているなら、ぜひ行ってみたい。

 弱いとはいえ仮にも魔王の城、お宝やレアな武具があるかもしれない。近いうちに場所を調べて行くのもありだな。


「俺たちは先に帰るとするか」

「御意」

「はいにゃ」


 ここにレオンを放置して、来た時と同じ馬車に向かった。

 一応は「じゃあまたね」って感じでレオンに手を上げて挨拶はした。てか物凄く盛り上がってて近づけない。


「ふうー、疲れたなぁ」


 馬車に乗り込み座ると急に疲労感に襲われた。


「クリス……」

「はいにゃ」

「俺がこんなに疲れているのは誰のせいだと思う?」

「それは……分からないですにゃ」

「お前のせいだバカ猫」

「スカーレットさん正解‼」

「はにゃっ⁉」

「ご主人、このバカ猫が悪いのです。ここに捨てていきましょう」

「あわわわわわっ、とりあえずお仕置き受けるのにゃ」

「コラコラ、ケツを出すなケツを。冗談だから」


 本当は冗談じゃないけどね。何十年前か知らないけど、お前が過去にやらかしたドジのせいで、みんな色々と大変な事になったんだからな。

 ロイだって大賢者の魔導書を手に入れなければ狂わなかったかもしれない。まあいまさら言っても仕方がないけど。

 そして馬車が街に向かって動き出したらすぐに眠っていた。

 魔剣を使い過ぎたせいか思った以上に疲れており、クリスとスカーレットの呼ぶ声で起こされた時にはゴールディーウォールに到着していた。

 今日は本当に予想外の事ばかりで疲れましたよ。変な因縁に巻き込まれたり、複雑そうな厄介ごとと関わってしまった。

 けどレベル上げや金銭的には実りがあり、最終的には無事に帰ってこれたし楽しい冒険だった。





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