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第六章 「漆黒の魔剣使いとボス戦と裏ボス戦」その壱





 西のダンジョンへの移動中、先輩冒険者のスカーレットに色々と質問してバトルやダンジョンで注意すべき点などをそれとなく訊いた。

 スカーレットは盗賊でレベルは20。バランスのいいパーティーなら中ボスと戦える強さだと思う。なので心強い存在だ。しかしその心強さを全て帳消しにする天然星人が我がパーティーにはいる。

 気になるのは商人のレベルがバトルでどのぐらい上がるかだ。戦闘に向いている冒険者系の職業じゃないから、自分メインのバトルで得られる経験値で一気に上がるかもしれない。スゲー楽しみ。ただゲームみたいにレベルアップ音はないらしいから淋しい。

 馬車にいる間に俺とスカーレットはステイタスを出しパーティー設定をした。この設定をしていればバトルで得られる経験値が振り分けられる。

 二人とも前衛でバトルすれば均等に振り分けられ、後衛で回復や補助担当なら振り分けられる数値は少なくなる。更に後ろに位置してバトルに参加しなければ、予備兵力扱いでほとんど経験値は入らない。


 それから程なくしてダンジョンへ無事に到着した。たぶん一時間ぐらいだったと思う。

 その場は森林で既に何台もの馬車が止まっている。周りは冒険者のパーティーだらけだ。これはテンション上がる。

 戦士に魔法使いにタンクにヒーラーなど、皆ちゃんとした装備で一目で冒険者と分かる。普通なのは俺たちぐらいだ。てかジーパンにTシャツ姿ってスゲー恥ずかしい。冒険者を舐めるな、って怒られても仕方がないところだ。

 でも今の俺は冒険者じゃなく商人なんだよな。商人なのにモンスター狩りに来てるとか噂になるから言えないけど。

 とにかく冒険者系の職業の人たちとは現場ではあまり関わらないようにしよう。

 ダンジョンの入口は巨大な洞窟で、次々にやる気に満ちた冒険者パーティーが入っていく。それに続くように俺たちも入口に近付いた。


「あっ⁉ あれは……」


 驚いて思わず声が出た。


「どうかなさいましたか、ご主人」

「いや、何でもないよ」


 まず間違いない。入口付近の人だかりの中央に居る奴が、噂の二つ名、漆黒の魔剣使いだ。マジで一目で分かった。

 二つ名の冒険者は長身で190センチはある。白人系で精悍な顔立ちのイケメン。金髪のショートヘアで瞳はブルー、歳は二十五ぐらい。そして一目で分かった理由の装備が凄い。ヘビーな全身鎧と大きな盾は当然のブラック。アクセントにパーツのフチの部分は赤色で、それがクールに見える。とにかく物凄くカッコいい。

 腰には魔剣らしきものがあるが大剣ではなくただの長剣、いわゆるロングソードだ。柄の上の部分には赤い魔石がはめ込まれている。少しだがまがまがしい気配と魔力を感じる。

 まさかいきなり会ってしまうとは。俺が変な奴を引き寄せてるってことはないよな。

 ここは初心者ダンジョンだが最近は奥に行けば強いモンスターとエンカウントするようになったとサクラが言ってた。だから上級の冒険者がいるって訳だな。

 とりあえずアンジェリカみたいにバカじゃないことを願おう。冒険中にダンジョンごと破壊とかそんな無茶は止めてほしいものだ。流石に超人の俺でも生き埋めにされたら助からないもんな。


「私は誰とも組まない。一人で戦うのが性に合っているから」


 二つ名が苦笑いして、そんなことを言っているのが聞こえた。声までイケメンかよ。もう主人公にしか見えませんよ。


「おおっ、カッコイイ」

「流石二つ名の戦士」

「一匹狼とか最高」

「あまりに強すぎて、一人じゃないと巻き込んでしまうからだきっと」


 取り囲んでいた連中が次々に称賛する。たぶん全員初心者だ。

 関わり合いたくないので、ちょっとカッコよさに見とれたけど足早に移動してダンジョンに突入した。

 さあやるぞ、やってやるぜ‼


「そだ、クリスさん、色々と気を付けるように」

「はいにゃー」


 満面の笑顔でいい返事。うん、返事だけはいい。でも分かってないだろうな。だってバカなんだもん。


「壁とか含めて変なところは触らない、踏まない、ズッコケないでよろしく」

「はいにゃー」

「ご主人、この猫、全然わかってません。迷子にしてここに捨てていきましょう」

「スカーレットちゃん酷いのにゃ」

「うむ、前向きに検討しよう」

「にゃっ⁉ クリスチーナはいい子にするのにゃ。だから捨てないでほしいのにゃ」

「冗談だっての。とにかくお前は真ん中を普通に歩け。それでもトラップ発動するなら仕方がない」

「はいにゃー」


 うん、やっぱり分かってないや。まあスカーレットが居てくれるから大丈夫かな。


 洞窟系ダンジョンの中は普通なら真っ暗だが、魔法の力で火の玉が現れ自分たちの周辺は明るくなっている。ただ俺は魔道具である仮面を付けているので暗くても夜目がきく状態だ。

 進んでいくと三本に分かれた道があり、クリスにどこがいいか聞いた。


「右の道がいいのにゃ」


 普通に考えれば反対の左か真ん中の道を行くのが正解だが、今回はモンスターに遭遇しなければならない。なので右に行くのが正解のはず。

 それに正規ルートで進んだらモンスターは居ないと思う。既に何組ものパーティーが先行しているからモンスターは倒されているはずだ。


「よし、右に行こう」

「わーいわーい、クリスチーナの意見が役に立ったのにゃ。嬉しいにゃ」

「はしゃぐなバカ猫。ご主人は運の無いお前が選んだ方ならモンスターが居ると思っただけだ」


 流石スカーレットさん、考えを見抜いてらっしゃる。


「にゃっ、そうだったのにゃ。でもクリスチーナは嬉しいのにゃ。運が無いことも役に立ったってことなのにゃ」


 そうとも言えないことはない。馬鹿と鋏は使いよう、ってやつだな。

 それにしても天然キャラって前向きだよな。折れないもん。ある意味メンタル最強なのかも。

 で、右に行ったのだが、まだモンスターは出てきていない。それから二度、二又の分かれ道をクリスに選択させて進んだ。すると天井が高く広い空間に辿り着く。大きさは学校の体育館ぐらいで、魔法の火の玉が上部に幾つも現れ全体を明るく照らす。


「冒険者は来てないか。って行き止まりかよ。でも今までの経験からして隠し扉かトラップがあるとみた」

「はい、私もそう思います」

「にゃっ⁉ 足元に踏みたくなるような石があるのにゃ」

「それ絶対にトラップだろ。勝手に踏むなよ」

「三歩下がって座ってろ、バカ猫」


 スカーレットは眉間に皺を寄せて牙を剥き威嚇した。


「にゃん、スカーレットちゃん怖いのにゃ」


 そう言いながらクリスは後退るが二歩でコケて豪快に尻餅をつく。その時クリスのお尻の下からガコンという音がした。

 はいもうそれトラップゥゥゥゥゥゥッ‼ さっそくデカ尻で発動させちゃったよ。ホンとどこまでも裏切らずお約束だな。


「なにやっているバカ猫‼ あっ⁉」


 スカーレットは激怒してクリスに詰め寄ろうとした。だがクリスが発見した踏みたくなるような石を自分で踏んでしまい驚きの声を上げた。

 その石は見事にトラップで、ガコっと音がして地面に沈んだ。

 しっかり者のスカーレットさんまでもがまさかのイージーミス。どうやらクリスの天然ドジっ子スキルは伝染するようだ。まったくもって天才とは恐ろしい。


「あわわわわっ、あの、その、ご、ご主人……」


 スカーレットは思いがけない失態で、今にも泣きそうな顔で振り返りオドオドしている。


「スカーレットちゃんが踏んだらダメな石を踏んじゃったのにゃ。力一杯踏んじゃったのにゃ」


 クリスさん説明乙。大事なことなので二回言いました、ってか。


「う、うるさいうるさいうるさいっ‼ お前のせいだバカ猫‼」


 スカーレットは顔を真っ赤にして恥ずかしさを誤魔化すように吠えた。

 その時一番奥の左右の壁が激しく揺れ動きゆっくり横にスライドしていく。どうやら隠し扉のようだ。前にもあったが、こりゃモンスターが出てくるな。


「別にいいんだけどね。ホンといいんだけど、もう少し気を付けようよ」


 モンスタートラップだから問題ないけど、あまりにもお約束すぎる。テンション低くて疲れてる時なら精神的ダメージ大きいかも。


「申し訳ありません、ご主人。どうかお気のすむまでお仕置きしてください」


 スカーレットは半泣き状態で四つん這いになってマントを捲りお尻を突き出す。

 いやいやいやいや、今からモンスター出てくるとこ‼ なにやってんのもう。ちゃんとバトルしようぜ。緊張感なさすぎだ、このヘッポコパーリィーは。


「にゃん、お仕置きは全部クリスチーナが受けるのにゃ。それはクリスチーナの大事なお仕事なのにゃ」


 はいそこ黙りなさぁぁぁい。てかお仕置き受ける仕事ってなんだよ。そんなこと人に聞かれたら白い目で見られるだろ。どんだけ鬼畜なご主人様なんだよ。

 で、クリスはスカーレットの横で同じように四つん這いになり、叩いてくれと言わんばかりにデカ尻を突き出している。

 なんなのこの子たち、お仕置きがご褒美にしか思えないよ。それにまだハードル高すぎるプレイだっての。


「お仕置きは無し。ミスはバトルで挽回しよう。さあ来るぞ、集中しろ。あとクリスは後ろに下がってろ」

「御意」

「はいなのにゃ」


 スカーレットは気持ちを切り替えすぐに立ち上がり、愛用のロングナイフをウエストポーチの魔法空間から取り出して構えた。

 クリスは元気なく残念そうに言って後ろへと下がった。この変態ドM奴隷は前のご主人様に調教され過ぎだっての。ちょっとジェラシー感じるじゃねぇかよ。

 既に隠し扉は全開しており、ぞろぞろとゴブリンの群れが扉の中から現れる。


「んっ⁉ 前に見たのと色が違う」


 現れたゴブリンは身長100センチぐらいで尖った鼻と耳、目は赤く狂気的で全身が緑色のスタンダードタイプだ。体は小さいが手足には鋭い爪があるため注意しないといけない。

 扉から出てきたゴブリンは20匹ってとこだな。じりじりと間合いを詰め今にも飛び掛かってきそうだ。

 こっちも既に刃渡り30センチあるダガーナイフを抜いて戦闘態勢は整っている。


「ご主人、このゴブリンは一番低級の弱い奴らで、攻撃は噛み付きか爪で引っ掻くかです。スピードもパワーもないので一気に殲滅しましょう」

「了解。じゃあ戦闘開始だ」


 言うと同時に動き先制したのはゴブリンの方だった。だがスカーレットは猛然とダッシュし、手前にいたゴブリンを切り裂いた。

 早い、流石レベル20。低級相手だし圧倒的だ。こりゃトロトロしてたら全部スカーレットが倒してしまう。気合い入れて頑張らねば。

 ライフがゼロになるダメージを負ったゴブリンはその場で爆発するように、ボンっという音と白い煙をモクモクだし消滅した。すると煙の中から何かが地面に落ちる。

 目線をやり確認すると、それは一円玉より少し小さい感じの小銅貨だった。これは倒した時にゲットできる原料か。ならばこのゴブリン達は魔人か魔王が作った魔造モンスターだ。

 魔造は斬られても血を出さないし臓器とかもないと聞いている。実際にいま斬られた奴は出血していなかった。

 モンスター製造に様々な鉱石を使うのは知っていたが、金銀銅貨をそのまま使う場合もあるんだな。その方が俺としては有り難い。まさにゲーム感覚で一気にテンション上がる。

 全部がお金じゃないだろうし、小銅貨は一枚で百円程度だけど、倒せば目の前にチャリンチャリン落ちてくるならスゲー楽しい。

 とか考えてたら眼前にまで迫られ、ゴブリンが容赦なく襲い掛かってくる。


「おらっ‼」


 反射的にナイフを振り下ろす。実力というより偶然直撃し、ゴブリンは煙を出して消滅した。

 こいつら弱い、いくらでも倒せそう。面白くなってきた。しかも煙の中から出てきたのはまた小銅貨だ。

 少し心配してたけど前にモンスターと戦った時と同じで、斬った感触を気持ち悪く思わないし嫌悪感もない。これなら普通に戦っていける。

 ははっ、超ヤベぇぇぇ、ゴブリンが金に見えてきた。こうなったらもう、狩って狩って狩りまくりのゴブリン祭りじゃい‼


「おわっ⁉」


 また考え事してたら先制されてしまった。ゴブリンがジャンプして襲い掛かり胸元辺りに爪を振り下ろす。

 しかしスピードが遅いので難なく反応し、俺のナイフが先にゴブリンを切り裂く。そして煙を出して消滅するとまたも小銅貨を残した。

 危ない危ない、テンション上がりすぎだっての。力が弱くても首をやられたら致命的なダメージを負ってしまう。素人なんだから気を付けねば。

 って今更だが、冒険に来てるのにポーションとか薬草みたいな回復系のアイテム持ってくるの忘れてるじゃん。スーパーウルトラミスだろ。自分が超人だから基本をつい忘れてしまった。しっかり者のスカーレットが持ってることを願おう。いやきっと持ってるね、持ってるに違いない。だってできる子だもの。

 スカーレットの方を見ると既に十匹は倒している。美人で強いとか素晴らしいね、我が家の忠犬は。


「よし、俺も本気だすか」


 テンションが上がってる状態で深く考えず、全身に力を入れて踏ん張りダッシュするように前進しようとした。すると足元の地面が軽く陥没した。

 えっ⁉ マジかよ。今のでパワー出しすぎなのか。力加減がどんどん難しくなる。

 動きを止めず流れのまま踏み込み眼前のゴブリンを斬った。当然のように一撃でゴブリンは消滅したが、斬撃が衝撃波のように飛んでいき、後ろにいたゴブリン達を数メートル吹き飛ばす。

 軽く振ったつもりだけど凄いパワーが出た。危ないぞこれ。前にスカーレットが居なくて良かった。

 しかし軽く振って衝撃波出せるなら、速攻魔法みたいに使える。バトルのバリエーションも広がるかも。

 この後は一気に低級のゴブリン達を斬りまくり殲滅した。と言っても、ほとんどスカーレットが倒したけどね。


「ふぅ~、なんとか無事にファーストバトル終わったな」

「はい。お疲れ様でした、ご主人」


 スカーレットは尻尾をブンブン振って褒めてほしそうな顔でこっちを見ている。


「スカーレットは凄いなぁ、よくやった」


 仕方がないから褒めて頭を撫でてやった。すると気の抜けた幸せそうな顔をして、泥酔したようにフニャフニャした感じになった。


「凄いのにゃ。あっという間だったにゃ」


 バトル中はクリスのこと忘れてたけど、どうやら我が家の猫は無傷のようだ。


「クリス、ゴブリンを倒した時に出た原料がいっぱいあるだろ、それ全部拾い集めてくれ。これから原料集めはお前の仕事だぞ」

「はいにゃ、お任せなのにゃ」


 そだ、商人レベルを確認してみよう。ステイタスがどこまで上がるか楽しみだ。なんと言ってもゴブリン20匹分だからな。最低でもレベル一つぐらいは上がるだろ。

 ステイタスを確認したら、なんと一気に3まで上がっている。経験値をスカーレットと半分に分けているが、低レベルの間は簡単に上がるようだ。

 でも商人のステイタスにはガッカリする。レベル上がってもただの村人Aのままだし。HPもMPもそのままで身体能力もほぼ変わらない。まさかここまで普通とはな。そりゃ誰も商人で冒険者しないわけだ。

 ただそれなら商人スキルの鑑定眼は使えるようになったのでは、と思ったが、まだちゃんと発動しない。

 まあ今はこれでいい。とにかくバトルで簡単にレベル上げができる事が分かったのが大きい。


「ご主人様、全部集めてきたのにゃ」

「ご苦労さん」


 クリスが拾い集めた原料は、運がいい事に全て小銅貨だった。やったね、このまま使える。20枚だから二千円ゲットだ。


「クリス、ウエストポーチ預けるから腰に巻いておけ。それで拾った原料は中にどんどん入れていこう」

「はいにゃ」


 ただの雑用だが、自分のやるべき仕事が見付かってクリスは凄く嬉しそうだ。こういう時に素直に表情や動きに出すのが半獣人の可愛いところなんだよな。


「しっかしテンション上がるなぁ。もう少し強い奴らなら、金貨とか宝石も出るんだよな」

「はい、普通に現れます。原料は本当に様々で、銀食器や金の置物、時には珍しい武器や魔道具の場合もあります」

「それそれ、楽しみなのは。ボスクラスの魔造モンスター倒せば伝説の武具が手に入る、みたいなの超燃える」


 さーてと、強いモンスター求めてガンガン行くぜ。


「ご主人、ゴブリンが出てきた扉ですが、左右ともに通路があります」

「クリス、どっちだ」

「左がいいのにゃ」


 ということでモンスターが居るだろう左へ進んだ。すると五十メートルほど歩いただけで、また先程と同じぐらいの広い空間に出た。


「おっと、今回はいきなり敵いるじゃん。しかも強そうだ」


 広い空間の真ん中あたりに冒険者を待ち構えるようにモンスターが仁王立ちしていた。

 そいつは体毛の無い緑色の体で身長は二メートル、ボディービルダーのようにゴリゴリのマッチョだ。特に上半身が異常に大きく腕が太い。顔はゴブリンと似ていて鼻と耳が大きくて尖り、瞳は赤く狂気的に光っている。服は着ていないが獣の皮のような物を腰に巻いている。手には大きくて重そうなハンマーを持っていた。

 マジで破壊力ありそうなハンマーだ。レベルの低い冒険者なら一撃で終わりそう。


「ご主人、あれはトロールです。とても力の強いモンスターなので、接近戦は注意が必要です」

「パワー系か、まあ俺も自信あるけどな。スカーレット、ここは任せろ」

「御意」


 超人パワーを見て知っているからか、スカーレットは素直に従い後退した。

 先に動いたのはトロールだった。怖い顔でこっち見てるなと思ったら透かさず突っ込んでくる。しかしスピードは遅い。逃げようと思えば普通に逃げられそう。


「それじゃあ力くらべといきますか」


 ダガーナイフを鞘に戻し格闘勝負を選択した。一応は理由があってのことだ。自分の超人パワーが完全にチートなのは分かってるけど、バトルで防御力がどれだけ上がってるか試しておきたい。だからパワー系のトロール相手は都合がいい。

 トロールは一直線に間合いを詰めると片手で軽々と大きなハンマーを頭上まで振り上げる。

 トロールの体、特に上半身と腕は近付くと半端なくデカく見える。自分が普通の人間だったらと思うと超怖い。

 トロールは容赦なく脳天目掛けてハンマーを振り下ろす。

 速さが凡人でもこれだけ動作が大きければ回避はできる。だが、あえて躱さないし反撃もしない。防御力が超人かどうかここでこの瞬間に試す。

 普通の奴らが見たら正気の沙汰ではないだろうが、全身に力を入れて踏ん張り、迫りくるハンマーを左手の手首から肘までの前腕で受け止め防御する。

 ハンマーと腕が激突すると強烈な打撃音が轟き、ちょっとした痛みとともに衝撃が全身に広がる。その衝撃は地面にも流れひびが入っていた。

 ビビりのはずなのに不思議と恐怖を感じなかった。超人パワーを使い慣れて自信があるからだろうけど、流石に無茶な方法だった。少しズレたら顔面直撃だし。そう考えると今更だが怖くなってきたかも。


「ははっ、なんともないぞ」


 ステイタスでHPを確認してもまったく減ってない。商人になっても超人ボディーは健在。よし、実験終了。ここからは反撃だ。

 軽く右の拳を握り眼前のトロールの腹にパンチを入れる。するとトロールの体がくの字に曲がり後方へ吹き飛び、地面に落ちる前に爆発するようにモクモクと煙を出し消滅した。


「なるほど、今のでも力入れ過ぎか」


 バトルでテンション上がってるから微妙な力加減が難しい。


「あっ⁉ ハンマーそのままじゃん」


 トロールハンマーが消滅せずに残っている。これって戦利品として貰っていいんだよね。職業戦士で体のデカい人になら売れるでしょ。熔かして原料にしてもいいし。


「あの一撃を軽々受け止めるとは、流石です、ご主人」

「本当にご主人様は凄いのにゃ。あとコレ、拾ってきたのにゃ」

「それトロールの原料か。やった、またお金ゲット」


 クリスが持っているのは百円玉程度の大きさの中銅貨二枚だ。一枚が千円ぐらいだから二千円となる。

 トロール結構凄いぞ、ゴブリン20匹分だからな。もしかして低レベル冒険者には強敵だったのかも。

 てかこのダンジョンのモンスター造った奴、原料を集めるの面倒臭いから簡単に手に入る硬貨を使ってるんじゃないの。


「クリス、これからは原料だけでなくモンスターが残した武器とかも回収するぞ」

「はいにゃ。お任せなのにゃ」


 ハンマーは重くてクリスには持てないので俺が拾って、今はクリスの腰に装備している魔法の道具袋に入れた。このハンマーのように凄く大きくても魔法の力で収縮して吸い込んで収納するからホンと便利だ。

 とりあえずトロールを倒したのでステイタス確認だ。一匹だけだし期待はしてないけど。

 おっ、レベルがまた一つ上がってる。これで商人レベル4だ。もうスキルの鑑定眼使えるかも、と思ったが、スカーレットのロングナイフを見ても発動はしていない。まだまだ修行がたりないようだ。

 その時、何者かの強い気配を感じ奥へとつながる通路に目をやる。するとトロールらしきモンスターが一匹現れた。

 さっきの奴とは少し違う。このトロールは気配とかオーラ的ものが俺TUEEEって主張している感じだ。

 体の色は濃い緑で、頭には兜、肩や胸、腕など上半身に軽装備の鎧を纏っている。下半身も獣の皮の腰巻ではなく、昭和のプロレスラーが穿いてたような黒パンツ姿だ。手にはゲットしたのと同じハンマーを持っている。

 今度の奴は確実にレベルが上だ。ただプレッシャーは感じない。この世界に来てから勝手にどんどん強くなっているから、危機感知能力がおかしいのかも。

 ここは気を引き締めていかねば、油断大敵だ。調子に乗って魔王のところまで行って予想以上に強くてフルボッコ食らうって、ゲームではテンプレだからな。俺はそんな馬鹿な真似はしないぜ。まずは地に足付けて商売とレベル上げだ。って、ついさっきバカな実験やったばかりだけど。


「ご主人、あれはハイトロールです。物凄く強いわけではありませんが、初心者ダンジョンに出るモンスターではないはずです」

「それほど奥に来てないし、このダンジョンで何か異変が起こってるのかもな」


 サクラ情報ではここが怪しいと言っていた。原料が硬貨のモンスターって、誘拐されたロイ・グリンウェルが造ってたりして。先のこと考えたら嫌な予感で胸がざわざわする。


「こいつも俺がやる」


 そう言って前に出るとハイトロールは怒れる闘牛の如く突進してくる。二メートルのマッチョのくせに動きが速い。

 あっという間に眼前に迫ったハイトロールは素早くハンマーを振り上げ、ロックオンした脳天に容赦なく打ち下ろす。

 さっきのトロールとスピードは違うが同じ動きだったので、先読みして素早く後方へと回避した。

 凄まじい勢いで打ち下ろされたハンマーは空を叩き地面に激突した。すると轟音とともに地震のように空間が揺れ、大きく足元を陥没させた。

 スゲーパワーだ。地面が月のクレーターみたいになってる。上級冒険者でも直撃受けたらヤバいかも。

 さてどうするか、ナイフを抜くかパンチでいくか迷うところだ。まあ剣術も格闘も素人なんだから、どっちでも同じかな。

 攻撃コマンドを決めかねていたらハイトロールは空気を読まず突撃してくる。しかもさっきより踏み込みが速い。だがまた同じように眼前でハンマーを大きく振り上げた。

 舐めているのか攻撃パターンが少ないのかは分からないが、単調だったので思わず正面にいるハイトロールの腹にパンチを入れた。たぶんノーマルを倒した時より強めに。するとまさかの状況になった。パンチの威力が強すぎて、ハイトロールの胴体が大穴が開いたように吹き飛び、その後に煙を出し消滅した。


「あれ? 簡単に倒しちゃったなぁ。もっと強いかと思ったけど」


 雰囲気だけの見掛け倒しだよ、あまりにも手ごたえがなさすぎる。


「ハイトロールは防御力も高くそれなりに強いはずです。簡単に倒せたのは、ご主人の強さが遥か上をいっていたからです」

「ご主人様は凄いのにゃ。お忍びだけど伝説の勇者なのにゃ」


 そういえば、そんなおもしろ設定を口にしたことがあった。おバカなのに変なことはちゃんと覚えてるな、我が家の猫は。

 それにしても超人パワーがどんどん鬼畜なことになってる。本当に気を付けないと誰かを巻き込んでしまう。特訓が必要かもしれない。


「ご主人様、戦利品を持ってきたのにゃ」

「あっ⁉ やった銀貨だ。やっぱあいつ強かったんだな」


 ハイトロールが残した原料は銀貨一枚だった。一万円ぐらいの価値だからトロールの五倍。こりゃ思ってたよりサクサクと大金稼げそう。

 ここでステイタスを確認すると四つも上がっておりレベル8になっている。ハイトロールの原料と経験値スゲーよ。ゴブリンみたいに群れでいてほしい。

 レベル上げは一日にして成らず、って思ってたけど超人には関係ない。地道に努力することの大切さを忘れてしまいそうだ。

 まあハイトロールが低レベル冒険者には本当に強敵ってことだな。恐らくパーティーで取り囲んで戦う相手だ。

 でもレベルは上がったけど身体能力はほぼ変わらない。しかしついにスキルの鑑定眼が使えるようになった。

 まずはハイトロールが残したハンマーを拾い鑑定眼で見る。


 【販売価格・?】

 【買取価格・中銅貨二枚~三枚】

 《魔力・特殊能力なし・ノーマルタイプ》


 ステイタス画面から確認できる、これは便利だ。レベルが上がればもっと詳しい情報が分かるようになる。職業商人がやっと楽しくなってきた。

 しかしトロールのハンマーがそこそこ高く売れるのが驚きだ。ただ問題なのは需要と供給なんだよ。デカい武器を使う目立ちたがりの戦士が多くいないと売れないもんね。

 あと販売価格が不明なのは店によって値段が違うからだと思う。人間が造った商品じゃないし、定価がないから値段は自由ってことでしょ。

 因みにスカーレットのロングナイフは販売価格が金貨二枚、買取は金貨一枚だ。けっこういい武器持ってるなって思った。だって俺のダガーナイフ、販売は銀貨一枚、買取は銅貨一枚だし。まあ拾ったものだけどさ。

 ハンマーに限らずモンスターの武器をゲットできるわけだし、値段が分かるようになったいまバトルが更に楽しくなる。

 売買できない時は自分で使うか物々交換、それか誰かにあげても捨ててもいい。どうせタダだし。


「スカーレットも経験値入ってるだろ。レベルは上がったか?」

「いえ、残念ながらそのままです」

「そっか、レベル20だし、その辺りからは簡単には上がらないよな」


 商人レベルが一気に上がるのもそろそろ終わりかも。


「よし、更に強いモンスターを探しにもっと奥まで行くぞ」

「はいにゃー‼ 魔王と戦うのにゃ」

「魔王が相手でもご主人なら勝てるかと」

「はははっ……」


 やだもうこの子たち、おバカすぎる。本当に分かって言ってんのかな。てかツッコミ入れませんからね。


「あの、ご主人、少し前から後ろに気配を感じるのですが、どうしましょう」

「なにっ⁉ まさかアンジェリカか⁉」


 後方を確認すると何者かが岩陰に隠れているのが分かった。


「あれは……」

「匂いからしてあのエルフではありません」

「そだね。っていうか色々見えてるね」


 もう一目で誰か分かるよ。物凄くデカい盾が丸見えなんすけど。関わり合いになりたくないのに、何故お前がそこにいるんだよ。ただ最悪暴君の方じゃないから良しとするけど。


「なに隠れてんの、出てきたら。漆黒の魔剣使いさん」


 声をかけると岩陰から例の二つ名の男が現れる。

 近くで見るとこの人ほんと主人公級の金髪イケメンだな。しかも身長190はあるし黒い全身鎧や盾もカッコいい。有名な二つ名だしチートな主人公補正あるんじゃないの。


「そ、その……」


 二つ名は何やらモジモジしている。よく分からないけど面倒臭そう。


「ご主人、この御方はご主人とお友達になりたいのでは」

「ははっ、真顔で何言ってんだよ。面白過ぎるだろそれ」


 思わず笑ってしまったが、二つ名を見るとまんざらでもない顔をしている。やっぱ俺には何か変な奴を引き付ける特殊能力があるのかも。怖いからそんな能力いらないんですけど。


「あの、君って凄く強いんだね、驚いたよ。あんな風に素手でハイトロールを倒す人なんて初めて見た。しかも一撃だし」

「たまたま運が良かっただけですよ」

「あれが運……おもしろい言い方をするね。職業はモンクか武闘家アルティメットファイターかな。それとも新しい職業のデストロイヤーとか」

「え~っと、それは秘密です」


 何そのデストロイヤーって、そんな職業あったんだ。超強そう。


「じゃあ名前は?」

「アキト様なのにゃ」

「こらこら、勝手に言うんじゃないよ。仮面つけてる意味ないだろ」

「バカ猫、ご主人に迷惑をかけるな」

「うううっ、ごめんなさいなのにゃ。クリスチーナはダメな子なので、お仕置き受けますのにゃ」


 クリスは半泣き状態で透かさず四つん這いになりお尻を突き出す。


「知らない人の前でお尻を出すんじゃないよ。俺が変だと思われるだろ」


 我が家の天然猫娘は自分の名前も簡単に言っちゃったよ。

 まあクリスの場合は問題ないか。この世界の人間は半獣人奴隷の事なんか気にもしないし名前も憶えないだろうから。


「そうか、秘密か。なら聞かなかったことにする。で、どう呼べばいいかな。因みに私の名はレオンだ」


 名前までカッコいい。それよりこの流れ、仲良くなる感じなんですけど。ダッシュで逃げようかな。


「呼び方……」


 考えてなかったけど、あだ名とかでいいのかな。って引きこもりでリアル友達いなかった俺にあだ名なんてないじゃん。なんという悲劇。悲しすぎる。


「名前も職業も秘密とは、訳ありのようだね」

「訳ありなのにゃ。ご主人様はお忍びの勇者なのにゃ」


 こらこらこらこら、口が軽いんだよこの天然星人は。


「だから個人情報を漏らすんじゃないよ」


 しかも誤報だし‼


「にゃっ⁉ またやっちゃったのにゃ」

「いい加減にしろバカ猫‼」


 スカーレットはクリスのお尻に蹴りを入れお仕置きした。もうこの流れ何回目だろう、既にテンプレだ。


「勇者……どうりで強いわけだ。ならば勇者殿と呼ばせてもらおう」


 どうすんだよこれ、もう完全に信じちゃったよ。冗談なんですけど。

 天然おバカキャラに不用意に勇者とか言ったのがイージーミスだ。


「いや、その呼び方はちょっと。というより絶対にやめてほしいかな。あっ、そうだ、アッキーって呼んでくれればいいです」

「アッキーか、分かった。これから勇者殿のことはそう呼ぶとしよう」


 思わず出たけど、ゲームやる時の名前なんだよな。まあ、あだ名っぽいしいいか。


「それよりアッキー、このダンジョンおかしくないかな。確か初心者専用と聞いてたんだが」

「最近変わったみたいですよ」


 二つ名の冒険者が初心者ダンジョンに何しに来たんだろ、謎すぎる。


「そうなんだ、知らなかったよ。トロールでも驚いたのに、まさかハイトロールが出るなんて」

「驚く? 何か問題ありましたっけ。二つ名の魔剣使いなら簡単に倒せるでしょ」

「えっ、あぁ、まあね」


 なんだろうレオンのこの態度は。オドオドというかソワソワというか、よく分からないな。でもレオンの表情とか態度って漫画とかアニメで見たことある。隠し事とか嘘をついている奴がバレそうになって緊張している感じだ。


「あのさぁ、私も君たちについて行っていいかな。じゃ、邪魔はしないから。本当に後ろで見てるだけだから」

「さっき入口辺りで偶然聞いたんだけど、誰とも組まないって言ってたよね」

「そ、そうだったかなぁ、聞き間違いじゃないかな」


 なにこれ面白い。スゲー焦ってるよ、汗かきすぎだろ。分かりやすい人だ。こういう性格の人って優しくていい人なんだよな。


「レオンさん何か隠してるよね。話すなら考えるよ」

「……わ、分かった。勇者殿になら全てを話せる。でも秘密にしてくれるかな」

「勿論です」


 しまった、またしてもウルトライージーミス‼ 自分から聞いてどうすんだよ。もうお約束の面倒臭そうなの始まったよ。


「実は二つ名などで呼ばれているが、私は全然強くないんだ。一度たりとも強いモンスターと戦ったこともない」


 これって、運がいいのか悪いのか分からない勘違い系のよくあるパターンかな。


「弱そうには見えないけど。凄い装備だし、その魔剣も本物でしょ」

「あぁ、本物だ。でもこんなのお金を出せば誰でも買えるから」


 はい出た金持ち思考。それだけの重装備だもの、そりゃ持ってるよね。


「鎧とか盾はそうだとしても、魔剣だよ魔剣。使いこなすにはそれなりの実力がいるでしょ」

「そんな事はない、これは低級の名もない魔剣だから。とにかくお金でどうにかなるんだよ」


 そんなにセレブなのかよ。まったくもって羨ましい。

 しかし魔剣って簡単に買えるし使えるんだな。ちょっとレオンの装備を鑑定眼で見てみよう。

 だが残念なことに今のスキルレベルではレオンの装備は不明としかでない。恐らくトンでもなく高価だ。

 話からしてレオンって超お金持ちのお坊ちゃまなんじゃね。


「私は凄く臆病というか、慎重な性格なんだ。だからまずは防御重視で装備を強化していた。だがそのせいで凄く目立ってしまって、いつも上級者と勘違いされてしまうんだ」


 レオンは温厚で気弱そうな性格みたいだし、オドオドしてる間に周りが勝手に騒いで最後まで否定できなかった、って感じだな。しかも主人公風のイケメンだし、勘違いする奴らの気持ちもわかる。

 でもこの違和感は何だろう。装備とか関係なく弱そうに見えない。職業に何か秘密があるのかな。


「レオンさんって魔剣持ってるけど職業は剣士なの、それとも戦士?」


 まさかレベル99まで極めて二つ目の職業ってことはないよね。


「私はずっと戦士だよ」


 ですよねぇ。装備見れば聞くまでもなかった。

 因みに剣士は剣技を極める者で剣の特別なスキルが使え、バランスよくステイタスが上がる。戦士はパワーと防御力が上がり、剣や槍、斧に棍棒などパワー系の武器が使い熟せビッグシールドも片手で扱える。ヘビーアーマーとかプレートアーマーみたいな全身鎧も装備可能だ。ただ武器ごとの特別な大技などは使えない。

 となると、気になるのはレベルだよな。


「戦士のレベルってどこまで上がってますか?」

「30だけど」

「えっ、30⁉ それ凄いじゃないですか。全然弱くないでしょ。胸張って上級の冒険者だと名乗っていいレベルですよ」


 違和感はレベルのせいだったんだ。レベル30の戦士でこのフル装備なら一人でステージボスと戦えそう。


「いや、違うんだ。レベルなんて関係ないよ。先に言ったじゃないか、私は強いモンスターと戦ったことはないと。そんな臆病者を上級の冒険者とはいわないよ」

「でもレベルが証明しているじゃないですか。伊達じゃないでしょ、レベル30の戦士は」


 レベル30だぜ、上級モンスターを狩りまくらないとそこまで上がらないだろ。何か裏技があるのなら別だけど。


「私は……本当に本当に慎重な性格なんだ。基本的に低級モンスターのスライムやゴブリンとしか戦ってない。強いモンスターが出る時もあるけど、いつも運よく逃げられるんだ」

「んっ⁉ ってことは、ザコだけでレベル30まで上げたってこと?」

「ま、まあ、そうなるかな」

「マジですか……それ」


 超絶スゲーー、凄すぎる‼ こいつ天才だ。本物の努力の天才。っていうか変態だろ。低級モンスターどんだけ狩ったんだよ。狩られた奴らがかわいそうに思えてくるよ。

 てか初心者冒険者のために低級モンスターは残しておけよバカヤローが。お前の近くにいた初心者の奴ら困ってたんじゃないの。そもそもなんでそこまで臆病な奴が冒険者やってんだよ、村人やれ村人。その地道さがあれば冒険者以外ならなんでも成功するだろ。


「ご主人、世の中は広いですね。このような冒険者がいるとは」

「凄いのにゃ。なんだかよく分からないけどレオン様は凄いのにゃ」

「あの、アッキー、私はいま半獣人に褒められているのか貶けなされているのかどっちなんだろ」

「素直に褒めているんですよ。ある意味、本当に凄いですからね」

「そう、ならいいけど」

「レオンさんの性格からして冒険者に向いてないと思うけど、なんで冒険者やってるんですか? そのうち死ぬかもしれませんよ」

「それは……すまない、秘密だ。まあくだらない理由だから気にしないでくれ」


 そう言った時のレオンの顔は深刻そうだった。その訳ありは絶対に面倒臭い事だから、これ以上は聞かずにおこう。


「分かりました、もう訊きません」

「えっ、聞かないの……」


 レオンは残念そうな顔をして小声で言った。

 って聞いて欲しいのかよ、面倒くさいなぁもう。理由に関してはスルーが得策だ。このまま話を変えて放置してやる。


「でも装備が凄いとかそれだけの勘違いでは二つ名の冒険者までにはならないよね。どういう経緯でここまで成り上がったの」


 とか聞いてはいるが想像はつく。俺のこれまでの旅が関係してそうなんだよな。

 ここでクリスとスカーレットに余計なことは喋るな、と耳打ちする。


「冒険者になってからずっとそうなんだけど、何かあるたびに関係ないのに私の手柄になるんだ。特にモンスター討伐などは」

「ははっ、やっぱそのパターンか。誰かが強いモンスターを倒した時にたまたま側にいて、周りにいた他の冒険者が勘違いした、ってことね」

「流石勇者殿、いやアッキー、話が早い。その通りなんだ」


 アニメとかマンガ好きの日本人なら誰でもわかる、それテンプレすぎるから。ただそのイケメンぶりと装備なら勘違いもするっての。

 本当にこんな面白いラッキーマンいるんだな。やはりファンタジー世界の住人は侮れない。


「最近は勘違いが特に酷くて困ってるんだ。北のジャングルで上級モンスターが倒されたときも、たまたま近くにいて私が倒したことになってるし、その後の砂漠の盗賊も、サンドブールの町に居ただけなのに、やはり私が退治したことになってる」


 クリスはポカンとしていたが、俺とスカーレットは何も言わず顔を見合わせた。

 うん、間違いなくそれやったの俺だね。ややこしくなるから絶対に言わないでおこう。


「本当にどうなっているんだろう」


 レオンは困惑した表情で言った。可哀想に、こういうのって自分じゃどうにもできないからな。しかも性格が真面目だからその状況を利用して楽しめない。


「まあ今更違うとは言えないよね。ご愁傷様です」


 きっとそういう星のもとに生まれているんだろうな。宿命とか運命ってやつだ。諦めるしかない。


「それで、その、アッキー、先程の答えは……」

「あぁ、一緒に行動するってやつね」


 想定外の強いモンスターが出るから一人で帰るのが怖いんだな。


「レベル30なら戦えば強いってことだし、一人で大丈夫でしょ」

「いや、そんな事はない‼」

「逃げ運もあるんでしょ」

「それはこれまでの事で、次は逃げられないかもしれない‼」


 おいおい、語尾にキリッが聞こえそうなぐらい、はっきりと情けないことを清々しく言いきったな。ある意味男らしいぜ。


「俺たちもっと奥に行ってからしか帰らないけど、それでいいなら一緒に来たら」


 そう言ったらスカーレットが嫌そうな顔をしたように見えた。足手まといが増えるんだしスカーレットにしたら当然だな。


「ありがとうアッキー、同行させてもらうよ」


 変なオマケが付いてしまったが、何かあったら守らなきゃならないのか。考えただけで疲れるなぁ。俺の方が素人なのに。

 いやまあ展開によっては別に途中で捨てていっても問題ないよな、遊びに来てるんじゃないんだから。冒険バトルは命懸けだし、ここに居る以上は死ぬことも覚悟の上のはずだ。


「それじゃあ気を取り直していきますか」

「はいにゃ」


 クリスは元気に返事したがスカーレットは近付いてきて、なにやら小声で話しはじめた。


「ご主人、実はもう一人、後方に居るようです。気配の絶ち方からしてかなりの兵つわものかと」

「えぇ~、まだ居るのぉ」


 もうヤダこのパターン。変な人はいりませんよ。お腹いっぱいだからね。


「例のあの人じゃないだろうな」

「匂いからして違うと思います」

「それならまだいいけど」


 考えてみればあのかまってちゃんの暴君エルフが、いつまでも隠れているわけないよな。


「少し距離はありますがどうしましょう。悪い気配はしませんが」


 隠れているってことは、俺たちかレオンを監視しているのか?


「殺気とかないなら放置していいんじゃないの」


 なんて誰が言うか‼ 意表を突いて猛ダッシュし、さっき通ってきた通路に戻る。


「こっちから行ってやんよ」


 後に回すと凄く疲れそうなので、面倒ついでに誰か知らないけど正体暴いてやる。

 だが通路を数十メートルほど戻っても誰もいない。逃げられたか。


「気配は完全に絶っていますが、まだ近くに居ると思います」


 俺の動きに合わせてダッシュし、すぐ後ろに居たスカーレットが言う。


「おおぉぉぉいっ‼ 居るの分かってるぞ、分かってるんだからな、お前が誰かも全て分かってるぞ、逃げても無駄だ、出てこいコノヤロー、何もかもお見通しなんだよ‼」


 通路の奥に向けて大声で言った。恐らく聞こえているはずだ。

 言ったことは嘘だけども、これで自分の存在がバレているのが分かっただろうし、しばらくは近付いてこないだろう。


「ご主人、私が仕留めてきましょうか」

「いやいいよ。それより先に進もう」

「御意」

「はいにゃー」


 出遅れていま追いついたクリスがタイミングよく返事した。ホンと可愛いだけで冒険には役に立たないよ。

 クリスに女神の祝福で職業を与えたら少しは変わるのかな。いまいち想像できないし、どの職業が合うのかも分からない。

 しかしもっと役に立たないかもしれないのがレオンだ。今やっと追いついてきた。


「なっ、なにかあったのか、アッキー」

「いや、勘違いだったみたい」


 それから俺たちは強いモンスターを求め更に奥へと通路を進む。するとすぐに下層へと続く階段があり用心しながら下りた。


「ご主人、奇跡ですね」

「あぁ、奇跡だな」

「にゃん?」


 クリスとレオンは会話の意味が分からずポカンとしてたが、本当に奇跡だ。だってこの階段、けっこうな長さだったよ。なのに何事もなく下りきれたんだぜ。これを奇跡と呼ばずになんという。こっちはトラップ発動すると思って一段目から心の準備してたからね。

 だがしか~し、そんな奇跡が続かないことを俺は知っている。さあバッチこいやトラップ。どんなお約束でも跳ね返してやる。


「にゃん? この壁に押したくなるようなでっぱりがあるのにゃ」


 おっ、さっそくドジっ子スキル発動ですかクリスさん。ってそれ絶対に押すなよ。


「はははっ、そんなの罠に決まっているだろ。触るんじゃないぞ」


 レオンはイケメン特有のキラキラオーラを放出しながら爽やかなスマイルを見せて言った。

 実際にはオーラなんて見えないが、ひがみのせいかはっきり見える気がするんだよ、少女漫画のイケメンが背景に纏う煌びやかな効果が。


「こっちの壁のでっぱりだが、これはいかにも罠に見えるが実はそうではないのだ」

「凄いのにゃ。見ただけで分かるなんて天才なのにゃ。レオン様はベテラン冒険者なのにゃ」


 我が家の猫はなかなかにおだて上手だ。レオンは褒められて嬉しそうな顔してやがる。


「まあ見ていなさい」


 レオンはドヤ顔で壁のでっぱりを押して見せた。

 おいおい大丈夫かよ、と思った瞬間、そのでっぱりはガコンっと音を出し押し込まれる。


「えっ⁉」


 レオンは鳩が豆鉄砲を食ったように、きょとんとして俺の方を見た。

 って「えっ」じゃねぇよ。やっちゃうのお前かぁぁぁいっ‼ もう一人ドジっ子いたぁぁぁぁぁっ‼

 なんなのこいつら、どんな思考してんだよ。ホンと天才って理解不能だよ。


「グラグラ揺れてきたんですけど。確実にトラップ発動したんですけど」


 お約束すぎるだろコノヤローが。どっちにしても覚悟してたからいいんだけど、これはヤバめのやつがきそうな予感。

 それにしてもレオンは、これでここまで生き抜いてきたとはな。どんな冒険をしてきたんだろ。自叙伝が出たらマジで買って読むよ。


「アッキー、どうしよう」

「これもうどうにもならないやつでしょ」

「にゃははははっ、レオン様は面白いのにゃ」

「そ、そこの猫、わ、笑うな‼」


 レオンは顔を真っ赤にして大きな盾ごと腕をバタバタさせた。その照れ隠しの動き面白いけど今はそれどころじゃない。

 このトラップ地震みたいに揺れているけど何が起こるんだ。間があるのが気味悪い。


「アッキー、なぜ君はそんなに普通なんだ、怖くないのかい?」

「いやまあ、普通に焦ってますよ」


 砂漠のダンジョンがトラップ地獄だったし、それで慣れたから平然としてるように見えるのかも。

 それよりレオンさん焦りすぎの汗かきすぎ。自分でトラップ発動させといて、どんだけビビってんだよ。なんか腹立ってきた。


「ご主人、奥の方から凄い地響きが」

「この揺れと音、巨大な扉が開いた、そんな感じだな。上級の強いモンスター来るんじゃないの」


 間違いなく何かが襲ってくる。正面からのプレッシャー半端ない。

 通路全体が揺れ、壁の岩が削られるような音が迫ってくる。もしかして巨大モンスターなのかも。


「クリス、ちょっとこっちへ」

「はいにゃ」


 クリスに持たせているウエストポーチの魔法空間からゲットしたトロールハンマーを一本取り出した。迫ってくるモンスターが巨大なら、ナイフよりハンマーの方が戦いやすいはずだ。

 右手で大きなハンマーを持ち、何度か素振りしてみる。本当なら凄く重くて扱えないだろうが、超人にとっては剣道の竹刀程度だ。


「よし、これ使える」

「す、凄い力だね。そのハンマーを片手で軽々と扱うなんて」

「えっ、別に軽々ってわけじゃないですよ。普通に重いかな……」


 あまり超人パワーを見せない方がいいんだが、そんなこと言っている場合じゃないよね。今は仮面で顔を隠しているから良しとしよう。


「うわっ、でたっ⁉」


 通路の奥にモンスターの姿が見えた。やはりギガとかメガ系の巨大モンスターだ。


「ご主人、あれはダンジョン・ワームです。でもあんなに巨大なものは見たことありません」


 そのワームは名前の通りミミズみたいな感じで通路を埋め尽くすほど巨大だ。

 ボディーは紫色で赤く光る丸い目が左右に三つずつあり、正面には大きく開いた口が見える。その口にはホホジロザメみたいな鋭い歯が剥き出していた。

 いくら超人でもあの歯に噛まれたら終わりだ。これは今までのように簡単にはいかないかも。ただ巨大モンスターを見ても恐怖で体が動かないなんてことはなく、不思議と冷静だ。


「大丈夫、俺がやる。三人とも階段の真ん中あたりまで逃げろ」

「御意」

「はいにゃ」

「お、お前たちは何故そんなに普通でいられるんだ。あれはどう見ても、上級かそれ以上のモンスターだぞ、おかしいだろ」

「ご主人が大丈夫と言ったら大丈夫なのです」

「レオン様、早く逃げるのにゃ」


 レオンは戸惑いと恐怖で少し体が固まったようだが、素直に命令に従い階段まで避難した。

 ワームはその巨体で壁を削りながら猛然と迫り眼前まで来た。こりゃ凄い迫力だ。鋭い歯とか関係なく丸飲みにされそう。この位置で戦ったら正面に口があるわけだし本当に食われてしまうかも。

 こいつの頭に一撃入れるには大ジャンプすればいいが天井が邪魔だ。ここは階段を利用しよう。


「さあついてこい」


 その場から階段まで猛ダッシュしたら作戦通りワームは追ってくる。階段を十段ほど駆け上がり透かさず方向転換した。

 ワームは階段のすぐ下まで迫っており、計算通り頭上に空間ができている。よし、このタイミングだ。


「一撃勝負‼」


 自分の方が高い位置からジャンプして巨大ワームの頭の辺りにハンマーを叩きこむ。

 逃げ場がないのでこの一撃で倒せなかったら食われてしまう。なので最大出力ではないが少し強めに叩いた。

 シリコーンゴムの塊を攻撃したようなグニャリという感触だが、同時に打撃特有の手応えもあった。その証拠にワームは断末魔の叫びをあげた。

 ワームの頭部は地面を陥没させてめり込み、すぐにボンっと爆発するようにモクモクと大量の煙を出して消滅した。


「ははっ、このハンマー気に入ったかも」


 売ってよし使ってよしだな。しかしトロールハンマーぐらいでこの威力なら魔剣とか使ったらどうなるんだろ。借りて使ってみようかな。


「お見事です、ご主人」

「ご主人様は凄いのにゃ。ここからはクリスチーナのお仕事なのにゃ」


 クリスはそう言った後にワームの原料を拾いに行った。偉いぞクリス、言われなくても仕事をするとは。


「す、凄すぎる。勇者の力がこれほどとは……」


 レオンは小刻みに震えながら俺を見て驚愕している。

 ちょっとやりすぎたか。やはり力を見せすぎると後で面倒だ。噂ってすぐ広がるし尾ひれがつくからな。


「レオンさん、俺の強さの事は秘密ですよ。誰にも言わないように」

「あ、あぁ……分かった」


 まだ放心状態なんだがそこまで驚くことなのかよ。上級冒険者の戦いはもっとトンでもなく派手なんじゃないの。攻撃魔法とか必殺技的な剣技があるわけだし。


「いくらなんでも驚きすぎですよ。レオンさんも一応はレベル30の戦士で魔剣使いなんだから、本気だしたら凄いはずでしょ」

「そうかなぁ。だといいんだけど」


 レオンは人が良さそうなのでペラペラ喋ったりはしないと思うけど、問題なのは後方で隠れている奴だ。何者か分からないけど、どうにかして撒けないものか。


「ご主人様、金貨三枚あったのにゃ」

「マジで⁉」


 やったね。あの程度で金貨三枚かよ。いきなり九万円ゲットだぜ‼ もっと出てきてくれ。てかトラップ発動させたレオンに感謝だな。ホンとグッジョブですよ。

 ただこれだけの額ってことは巨大ワームが上級ってことだよな。やはりこのダンジョンで何か悪巧みが起こってる可能性大だ。

 あまり関わり合いになりたくないけど、金になるなら今は有り難い。なんといっても貧乏だから。


「よしっ、テンション上がってきた。次だ次、どんどん狩りまくるぞ」

「御意」

「はいにゃー」

「…………」


 一人元気なく沈黙しているが、ハンマーを装備したままでワームが来た通路を奥へと進む。


「あっ、これさっきのでっぱりなのにゃ。レオン様が罠だから触るなと言ったけど、きっとこれは罠じゃないのにゃ」


 とクリスが言うのが後ろから聞こえ立ち止まった。さっき巨大ワームが通ってもトラップ発動しなかったわけだし大丈夫なのかな。

 まあいくらお約束製造機のクリスさんでも流石にそれ、お触りしないよね。俺もう振り向かないよ。信じてるから。


「そうかもしれないな。私の間違いを認めよう」


 ちょっとまてぇぇぇいっ、ミスして意気消沈なの分かるけど、そこ認めないとこでしょうが。


「両方とも罠ということもあるのでは」


 スカーレットさぁぁぁぁん、ナイスアシスト。頼りになるぜ。


「ふっ、分かってないな、これだから素人冒険者は困る」


 ちょっ、レオンさん何言ってんすか。もうついさっきの自分忘れちゃったの。記憶力をどこに落としてきたんだ。


「左右の壁の同じ場所に罠があるなどセオリーではない。よし猫、押してみろ」

「はいなのにゃ」


 やっぱそうきたか。信じた俺がバカだった。

 で、クリスがでっぱりを押すといつも通りのガコン音がして奥に押し込まれる。


「あっ⁉」×2


 「あっ」じゃねぇよ、この天然ブラザーズが。責任取れないくせに何故押した。

 レオンがここまでおバカだったとは想定外だ。バカが二人もいたらグダグダすぎて手に負えない。

 そしてトラップはすぐに発動し、いま下りてきた階段の上の方で何か巨大な物が落ちたような轟音がする。


「アッキーすまぬ、またしてもはめられた」

「って誰にだよ‼」


 天然って学習しない生き物なんだと改めて思い知ったよ。

 でだ、何が起きたかというと、階段から巨大な岩の玉が猛然と転がり落ちてくる。

 はいキタお約束ぅぅぅっ、これ前に何度も見た定番のやつぅぅぅっ‼


「ちょっ、アッキー、なぜ逃げないんだ⁉」


 レオンはビビッて逃げようとしているが、大きさ的に逃げるところなんてない。しかも転がるスピードも速いからすぐに追いつかれる。


「一撃で砕く。破片が飛び散るから、二人ともレオンさんの後ろに隠れてろ」

「御意」

「はいにゃ」

「えっ、私の」

「そのデカい盾は飾りじゃないでしょ。さあいきますよ」


 その場で踏ん張って眼前に迫った巨大な岩の玉にパンチを入れる。

 直撃と同時に凄まじい破壊音が轟き、打ち上げ花火のように破裂した岩が四方八方に飛び散る。

 これまで何度も岩を破壊しているが、今回も楽々で一撃勝利だ。とはいえ少し体に岩の破片が当たってしまった。けど防御力が異常に高いから当然ノーダメージ。心配していたTシャツも破れたりせず無事で、後ろに居た三人も無傷だ。

 こういう時はレオンのビッグシールドや全身アーマーは役に立つ。戦士なんかやってないで防御特化のクルセイダーとかシールダー、タンクとかやればいいんだよ。ただ今みたいにボッチだと意味ないけど。


「ははっ、もう笑うしかないよ、あんな大きな岩を素手で破壊するなんて……そんなことあるの?」

「レオン様の気持ちは分かります。が、見てのとおりです」

「ご主人様にとっては普通の事なのにゃ」


 普通とか言ってんじゃねぇよ。誰のせいですかコノヤロー。何度も言うけど超人の俺じゃなかったら死んでるからね。

 それからもクリスは触って踏んでお尻で押して次々にトラップを発動させた。更にもう一人の天才、レオンもデカい盾をあっちこっちに引っ掛けぶつけトラップを発動させた。

 落とし穴に矢に槍に、もうお腹いっぱいですよ。ワザとにしか思えないけどワザとじゃないんだよな。天然ってなんて恐ろしい生き物なんだろ。

 ただモンスタートラップも多かったのでお金はいっぱい稼げた。まあワームの後は低級のゴブリン系ばかりだったけど。

 因みにさっき巨大ワームを倒した時にレベルが11にアップしていた。勿論商人だから身体能力はほぼアップなし。

 そんな天才たちの夢の共演で生まれた奇跡の時間が、いや、カオスな時間が一時間ほど続いた時、前方から冒険者と思われる男女の悲鳴が聞こえてくる。


「何かあったみたいだな。声の大きさからしてすぐ近くだ」

「い、行くのかい、助けに」


 レオンが弱々しく言った。


「当然行くでしょ。強いモンスターがいるかもしれないし。今はそれが目的だからね」

「そう、だよね……」

「心配しなくても、いざという時は助けますよ。二人も頼んだぞ。あっ、ごめん、一人だった」

「承知いたしました」

「にゃっ⁉ 酷いのにゃ。クリスチーナが数に入ってないのにゃ」

「お前はとにかく全力で逃げるように。自分の事だけ考えてよし」

「はいにゃ。お任せなのにゃ。クリスチーナは見事に逃げるのにゃ」


 スゲー自信満々で言ってるけど、全然頼もしくないからね。バトル時は存在を忘れるほどの空気キャラで、そもそもいつも捕まってるし。

 この時まだレオンは不安そうな顔をしていた。レベルを30まで上げた上級か中級の冒険者だし、これまでの経験からなにか嫌な予感がするのかも。

 そこから走って移動するとすぐに開けた空間に出る。体育館四つ分の大きさで既に魔法の力でライトが点いており昼間のように明るい。そして十人以上の冒険者と大きめのモンスターがいた。

 モンスターは気配からしてワームより上級と思う。が、いま気になるのはモンスターの後方の地面だ。移動用と見て取れる大きな魔法陣が光り輝いている。

 冒険者たちに襲い掛かっているモンスターは一体で、ボックス系のワゴン車なみに大きく、見た目はカバっぽい四足歩行型だ。体の色と瞳は濃い赤で、背中には恐竜のようなヒレと太く長い尻尾がある。

 スピードが速く体当たりや尻尾を振り回し冒険者を吹き飛ばしていた。更に口を大きく開けて炎まで噴いている。

 こりゃ低級の冒険者には無理な相手だ。でも今のところ死人は出てないみたいでよかった。この場に居る奴らはちゃんとしたパーティーを組んでて防御や回復系がいる。王道バトルをやってて羨ましい。


「誰かあのモンスター知ってるか?」


 すぐに近付かず、まずはバトルの様子を観察した。


「見たことはないが、あれが普通のレベルでないことは分かる」


 レオンは眉間に皺を寄せた険しい顔で言った。顔だけ見るとイケメンで頼もしいのに足は小刻みに震えていた。せっかく声までイケメンなのに残念過ぎる。でも結局は女子にモテるんだろうけど。


「私も知らないモンスターです。恐らくご主人でないと倒せない高レベルかと」

「クリスチーナもしら」

「黙れバカ猫、お前の情報はいらない」

「にゃっ⁉ それは酷すぎるのにゃ、スカーレットちゃん酷いのにゃ」

「いやまあ、いらないけどね」

「にゃんっ⁉ ご主人様まで。これはお仕置きを受けるしかないのにゃ」

「どんな思考回路してんだよ。とりあえずケツを出すなケツを」


 目の前でバトルやってるのにどこまで緊張感ないんだよ、我が家の猫娘は。

 それにしてもあのカバモンスター、冒険者を吹っ飛ばしたあと放置してるよな。普通なら止めを刺すために追いかけていくだろ。まるで後方の魔法陣を守るガーディアンのように見える。その事に冒険者たちは気付いてないようだ。攻撃魔法が使えるんだから距離をとって戦うか、追ってこないんだから逃げればいいのに。

 勝てると思ってるのかな。どれも低レベルのパーティーっぽいし、戦うだけでいっぱいいっぱいで冷静に考えられないのか。

 ここで冒険者たちが漆黒の魔剣使い、レオンさんに気付く。


「やったぁ、助かったぞ、レオンだ‼」

「ほんとだ、レオンだ‼」

「ありがてぇ、俺たちを助けに来てくれたんだな」

「二つ名の力を見せてくれ」

「素敵、レオン様の雄姿が見られるわ」


 苦戦していた冒険者たちは一気にテンションが上がる。

 そりゃこの場面での登場なら期待するよな。だってもう「まてぇい‼」とか「そこまでだっ‼」とか言って助けにくるヒーローカットインだもの。


「流石二つ名、大人気ですな」

「ど、どうしよう、アッキー」


 レオンは皆の前だから表情は崩さず、すがるような眼をして呟く程度に発した。


「とりあえず他の奴らは邪魔だな。レオンさんは俺のやることに上手く合わせてください」

「えっ、なに、何が始まるの?」

「オドオドしないでドヤ顔で、カッコよくポーズ決めててください」

「分かった、こ、これでいいか」


 レオンは胸を張って少し足を開いて右手を腰にそえて立った。表情も精悍でまさに威風堂々の言葉が当てはまる。裏事情を知ってても本当にカッコよく見える。


「スカーレット、お前のスピードであのカバみたいなの引き付けて時間稼いでくれ。その間にみんなを逃がす」

「御意」


 一言発するとスカーレットは疾風の如く動き、カバモンスターを牽制に行った。

 その場から少し前に出て他の冒険者たちに大声で話しかける。


「みんな、あれは上級のモンスターだ、ここは漆黒の魔剣使い、レオンに任せて逃げるんだ‼」

「えっ、私に、ちょっとアッキー」


 レオンは俺にだけ聞こえるように弱々しく小声で言った。


「合わせてって言ったでしょ。ほら、カッコいいポーズちゃんと決めて」


 こっちも小声で返す。てかレオンさん、意図が分かってないじゃん。


「なにしてる、みんな早く逃げろ‼ お前たちが居たらレオンさんが魔剣を使えないだろ。魔剣の力の巻き添えを食らわないように、通路の奥まで逃げるんだ‼」


 ここで止めの一言をレオンに言わせれば完璧だ。


「レオンさん、決め台詞言って」

「なにを言えば、ってこれ、また私が勘違いされるんじゃ」

「もうされてるんだから、ここで伝説が一つ増えるぐらい今更いいでしょ。なんでもいいから早く言ってよ」


 俺たちは少し早口で小声で会話する。それにしてもレオンはホンと面倒臭い人だ。


「みんなを怪我させるわけにはいかない、ここは私に任せろ‼」


 レオンは一歩前に出て力強く言った。そうそうそれよそれ、スゲーカッコいい。もう間違いなく主人公だよ、見た目だけ。

 そしてやはり二つ名の言葉には重みがある。俺が言ってもすぐに動かなかった冒険者たちが一斉に逃げ出した。


「分かった。そういうことならそうさせてもらうぜ」

「ありがとうレオン。後は頼んだ」

「やはり魔剣の力は凄いようだな、見られないのが残念だ」


 冒険者たちは逃げる際に声をかけていき、レオンはドヤ顔で見送った。

 てかイケメンっていいよね、立ってるだけで絵になるし。まあ別にそれほど羨ましくは……やっぱ羨ましいかも。


「さてと、こっからは俺の仕事だ。スカーレット、もう下がっていいぞ」

「御意」


 スカーレットは無理をせず牽制に徹して無傷で戻ってくる。


「よくやったな。本当にお前は頼もしい」


 そう言いながらスカーレットの頭を撫でてやった。


「あわわわわっ、も、もったいないお言葉」


 スカーレットは赤面してあたふたした後、可愛らしくモジモジした。それを見ていたクリスが透かさず頭を撫でてほしそうに下げる。


「お前は何もしてないよね」

「にゃん⁉」

「下がれバカ猫‼」


 スカーレットはクリスの頭にパンチしてツッコミを入れた。我がパーティーは相変わらず緊張感がない。


「よし、気合い入れていきますか」


 この赤いカバモンスターは間違いなく今までで一番強い。恐らくダンジョンのボス的存在だ。といっても恐怖を感じる程のプレッシャーはない。バトルに慣れて自信がついたからか普通にやれる気がする。

 ハンマーを片手で持って肩に担ぎ、ゆっくりと歩き間合いを詰める。

 モンスターは威嚇したりせず冷静に観察していた。普通のモンスターなら空気を読まずがむしゃらに突撃してくる。やはり今までとは違うようだ。一定の距離に近付かない限り攻撃してこない。


「来ないなら、こっちから行くぞ」


 正面から猛ダッシュしてモンスターが動き出す前にジャンプする。超人パワーを上手く制御して跳んだが、普通の人間の跳躍より数倍高い位置にいる。そして落下のタイミングに合わせハンマーを持つ右手を大きく振りかぶってモンスターの額辺りに振り下ろす。

 だがハンマーが当たるより速くモンスターは俊敏に横回転し、太くて長い尻尾を鞭のようにしならせ攻撃してくる。

 攻撃体勢だったので防御できず尻尾の直撃を食らった。更にジャンプしていたこともあり踏ん張ることができず、トラックと衝突したように軽々と十メートル以上飛ばされ地面に何度も叩きつけられた。


「ご主人⁉」

「ご主人様⁉」

「だっ、大丈夫かアッキー⁉」

「お、おう、大丈夫大丈夫」


 まさかの直撃を食らってしまった。ちょっと痛かったしヒリヒリするけど大きなダメージはない。

 クソっ、失敗だったか。流石に正面からは舐めていた。でもバトル素人で商人の俺には魔法も剣技もスキルもないから、結局は力任せにいくしかない。


「あぁ~あ、やっちまったよ」


 お気に入りのTシャツがボロボロのビリビリになってしまった。また一枚、向こうの世界の貴重な物資が天に召されることになるとは。まあ油断した俺が悪いんだが、このカバ許さん。

 すぐに立ち上がり、Tシャツと呼べなくなった物を引きちぎり地面に叩きつけた。因みにこの時、仮面は取れていなかった。流石に魔道具だ。しかもフィットしているので付けていること自体忘れていた。


「このカバヤロー、敵討ちだ‼」


 吹き飛ばされた時に手放していたハンマーを拾い、また懲りずに正面から突撃する。今度は食らわずにカウンターとってやる。

 間合いを詰めるとモンスターが先に動く。先程と同じように横回転して尻尾で攻撃してくる。


「ワンパターンなんだよ‼」


 ハンマーをテニスのラケットのように片手バックハンドで振って、迫りくる尻尾と激突させて受け止めた。この時、甲高い金属音が鳴り響き周りの空間がビリビリと震えた。

 今ので尻尾が破壊されないとはなかなかの硬さだ。やっぱ強いぞカバモンスター。


「今度はこっちの番だ」


 更に間合いを詰めモンスターの横っ腹辺りにハンマーを振り下ろす。

 モンスターはその巨躯からは想像できないほどの速さで回避し、空振ったハンマーは地面を大きく陥没させた。


「コノヤロー、速いじゃねぇかよ。マジで残像見えたぞ」


 パワーとスピード、防御力もある上級モンスターとか、もう原料が楽しみだ。またモンスターが金に見えてきた。

 今度はカバモンスターのターンで透かさず逆回転し、また尻尾で攻撃しようとしている。普通なら回避か防御だろうが、俺はそこから踏み込んだ。


「させるかよ」


 モンスターは回転途中で後ろを向いており、振り下ろしたハンマーはタイミングよく尻尾の付け根に直撃し、粉砕するように断裂させた。

 モンスターが痛そうに叫び、ちぎれた尻尾はモクモクと煙を出し消滅する。血が出てないし間違いなく魔造で決まりだ。

 ダメージを負ったモンスターだが痛みで動けないなんて事はなく、透かさず俺の方を向き口を大きく開こうとした。これは炎を吐いて攻撃するつもりだ。さっき冒険者たちとの戦いを見てたから、大体の攻撃パターンは分かっている。


「お前のターンはないんだよ‼」


 高く振り上げたハンマーをモンスターの額にぶち込むと、凄まじい打撃音がして空間全体がグラグラと揺れた。

 直撃したハンマーはモンスターごと地面を陥没させてめり込む。そして大ダメージを負ったモンスターは煙を出し消えた。


「よっしゃー、完全勝利‼」


 ってことはないか。一撃食らって貴重なTシャツがご臨終だし。でもド素人丸出しの戦い方で、今までと同じように簡単に勝ってしまった。


「お見事です、ご主人」

「ご主人様はカッコイイのにゃ」


 後方に居た三人が駆け寄ってきた。我が家の犬と猫は嬉しそうだが、レオンは困惑するような、何とも言えない表情をしている。


「あの、アッキー、本当に体は大丈夫なの?」

「問題ないですけど」

「問題ないのが問題のような……アッキー、君はどんな体をしてるんだ」


 レオンが驚くのも無理はない。鎧や盾、防御力が上がる魔道具の服を装備してない状態での一撃だったからな。骨や内臓がやられたりするのが普通だ。

 嘘でいいから痛がって薬草とかポーションを使った方がよかったかも。まあ持ってないけど。


「鍛えたんですよ。それはもう、思い出したくもない地獄の猛特訓を何年もしたから」


 思わず嘘をついてしまった。何年も引きこもってしてたのはゲームばかりだ。ある意味では地獄の日々とも猛特訓とも言えないことはない。


「何年も鍛えた体には見えないけど」


 ですよねぇ~。普通の体型ですもんね。スポーツとかすらやってませんから。でも不思議とガリガリでもぽっちゃりでもないんだよな。


「アッキーのステイタスが気になるんだが、教えてもらえないかな。冒険者歴や今のレベルを」

「そういうのは秘密でお願いします。それ次に言ったら、ここに捨てていきますよ」

「わ、分かった。もう聞かない。だから置いていかないでくれ」


 ははっ、焦り方が面白い。あたふたして汗かきすぎだっての。


「ご主人様、金貨拾ってきたのにゃ」

「おっ⁉ やっぱワームより凄いことになってる」


 謎のカバモンスターの原料は金貨五枚だ。つまり十五万円ゲット、おいしすぎる。

 次にステイタスを確認したらレベルも13に上がっていた。

 簡単簡単、どんどん商人レベルが上がっていく。普通ならこのスピードで上がるとかありえないだろ。商人は年月かけて地道に経験を積んで上げていく職業だからな。

 とにかく今日は色々と楽勝だ。でもダンジョン冒険やバトルがこんなに楽しくていいのだろうか。体が超人で死を感じることがほとんどないから、今のところゲームをやってる感覚になる。

 この後はクリスに持たせてるウエストポーチの魔法空間から白Tシャツを取り出して着た。この時ふと思う、金が簡単に稼げるのも分かったし、必要はないけど鎧とか買って装備しようかなと。だって冒険なのにTシャツ姿とか味気ない。やっぱ形から入らないと。その方が楽しめるはずだ。なによりカッコいいし。

 バトルが終わり静かになったので、程なくして通路の奥に避難していた冒険者たちが戻ってくる。


「流石二つ名のレオンだ、あのモンスターを一人で倒すなんて」

「素敵、レオン様」

「やはり見たかったぜ、漆黒の魔剣使いの戦いを」

「ありがとうございます、レオンさんは私たちの命の恩人です」

「なにかお礼をさせてくれ」

「レオン最高‼」

「二つ名の最強はレオンで決まりだ」


 などと冒険者たちは次々にお礼や称賛を口にした。レオンの方を見るとなにやら申し訳なさそうな顔をしていた。


「レオンさん、この人たちに帰るように、うまく言ってください」

「あ、あぁ、分かった」


 他の者に聞こえないように小声で会話した。


「みんな、聞いてくれ。この辺りはもう上級モンスターが現れる、だから今すぐ引き返すんだ」


 流石主人公級イケメン、絵になってるし威厳がある。何故だか対処の仕方の慣れてる感が半端ない。結局レオンは勘違いされるのを楽しんでたんじゃないの。


「レオン様はどうするんですか? まさか更にダンジョンの奥へ」


 魔女帽子をかぶった黒魔道士風の小柄な女の子冒険者が言う。コスプレみたいでかわゆい。


「当然だ、どんなモンスターも私を止めることはできない」


 レオンは仁王立ちで力強く発した。いやマジでレオンさんカッケーっす。いま背景にドドンって効果音が見えた気がしたよ。

 低級の冒険者たちはそのカッコよさに歓声を上げる。なるほど、こうやって作られていくんだなピエロって。いや違った、伝説とか英雄って。

 そしてみんなお利口さんで、レオンの指示に素直に従いその場から上層階へと引き返した。


「ちょっとレオンさん、あの冒険者たちと一緒に帰ったら。俺はまだまだ先に行くよ」

「いやそれは……だって途中で上級モンスターと戦いになる可能性もあるし。アッキーといる方が安全のような気がする」

「そ、そうっすか。まあ別にいいですけど」


 もう正体バレてるから完全に開き直ってるよ。ある意味清々しい態度といえる。

 てかこの人は本当に低級モンスターとしか戦う気ないな。でもなんだろう、何故か突き離せない不思議な雰囲気を持っている。残念な子、特有のスキルでも働いているのかな。

 我が家の猫もそうだけど、ウザかったりするのに無視できなくて、ついつい構ってしまう。ただなぁ、この二つ名はそのうちパーティーに入れろとか本気で言ってきそうなんだよな。あぁやだやだ。考えただけで面倒臭い。


「ご主人、進むにしても通路や階段はないようです。まあ隠し扉があるかもしれませんが」

「そうか。じゃあここからは、あの魔法陣を使うようだな。あれって移動用のだろ」

「はい、そのようです」


 ダンジョン内で怪しく光るその魔法陣は、俺がこの異世界に来た時に使ったものと似ている。どうやらいつでも魔法が発動するみたいだ。

 この魔法陣が初心者ダンジョンに上級モンスターが出るようになった事と関係しているはずだ。あとセバスチャンのマスター、ロイ・グリンウェルにも。


「どこかにあるモンスター工場からこの魔法陣を使って送り込んでいる。俺はそう予想するけど、どう思う?」


 スカーレットの方を見て言った。だが透かさず返事したのはクリスだ。


「絶対にそうなのにゃ。それしかないのにゃ。クリスチーナもずっと前からそう思ってたのにゃ」

「ずっと、っていつからだよ」


 思わず天然ボケにツッコミを入れてしまった。なんだろこれ、ツッコミ入れたら負けたような気分になる。


「黙れバカ猫。そもそもご主人はお前になど意見を求めていない」

「にゃん、スカーレットちゃん酷いのにゃ。相変わらずの怒りんぼさんなのにゃ」

「誰のせいだバカ猫‼」


 スカーレットはクリスのお尻を蹴っ飛ばし言った。


「話がよく分からないが、これだけ大きな魔法陣を発動させたままで維持するには強大な魔力が必要だ。恐らく魔人族だろうな」


 レオンは眉間に皺を寄せた険しい表情で魔法陣を見ながら言う。

 確かロイを誘拐したのは魔王配下の魔人族という情報だった。やれやれだぜ。まったくもって嫌な予感がする。でも何故だか金の匂いもする。職業が商人だからだろうか。


「俺たちはこの先に何があるか確かめに行くけど、レオンさんはどうしますか?」

「い、行くよ、勿論行くとも」

「でも魔人族どころか、魔王が出てくるかもしれませんよ。冗談抜きでいま帰った方がいいかも」

「ははっ、お、脅かすなよアッキー、流石にこんなところに魔王は出ないよ。まあ魔人族の戦士がいたらそれだけで怖いけど」


 レオンさん足が震えてますよ。魔人族は本当に強いらしい。でもモンスターじゃないから原料とかはないんだよな。ただ倒せば経験値は入る。それにトロールのように武器などがあればゲットできる。

 どこに行ってどうなるのか分からないけど、今は怖いよりもドキドキワクワクの方が大きい。


「さあ、行こうか」

「御意」

「はいにゃー」

「お、おう」


 四人のヘッポコ変則パーティーは無謀かもしれないが、勢いと軽いノリのまま魔法陣の中に入った。


 移動専用の魔法陣は強く輝くと同時に光の柱を上げる。次の瞬間にはもう出口となるどことも知れぬ魔法陣に移動していた。その場所は洞窟系ダンジョンの中ではなく巨大な岩山が聳える峡谷だった。時間は正確に分からないが昼過ぎぐらいで空は晴れている。


「こりゃ凄い眺めだ」


 空を見上げるように巨大な岩山に目をやる。まさにテレビで見たグランドキャニオンみたいだ。

 今いたダンジョンより西の方にこういう場所があると聞いていたが、西ってことはもしかして本当に新しい魔王の領土に来てしまったのかも。

 とりあえずロイ・グリンウェルが魔王やモンスター製造と関係していないことを願うよ。


「人間の寄り付かない場所って嫌だよね。強い魔人やモンスターとかの根城がありそうで」


 レオンは辺りを見渡した後、不安そうな顔で弱々しく発した。


「モンスターは居てくれていいんだけどね」


 今のところ生物の気配は全くしない。凄く静かで不気味な感じだ。

 その場は岩山に左右から挟まれており正面に一本の道しかない。移動魔法陣は行き止まりにあったので俺たちは道なりに進んだ。するとすぐに道を完全にふさぐ大きな門のついた城壁っぽいものが現れる。

 観音開き式の門は閉ざされているが、兵士やモンスターなど門番になるものは居ない。


「ご主人、お気を付けください。何者かの匂いがします」


 鼻の利く犬系半獣人のスカーレットは険しい顔で言った。その時、城壁の見張り台らしき場所に人影が見えた。


「何者だ、貴様たちは‼」


 猛々しく発せられたその声の主を見上げる。そこには全身が濃い水色の肌をした身長二メートルはあるだろう男がいた。


「アッキー、魔人族だ」

「あれがそうか……見た目は強そう」


 姿は人型だが噂通りゲームや漫画に出てくる悪魔キャラっぽいから一目で分かる。

 その魔人は背中の黒く大きい蝙蝠羽を広げると宙に浮かび、仁王立ちの状態でゆっくりと俺たちの前に降りてくる。

 髪は黒く四方にはねた感じの無造作ヘアで、頭の左右に白い角がある。顔は北欧系のイケメンで瞳と白目の部分は色違いのグリーン、歯にはヴァンパイアのような牙があり耳はエルフ程は長くないが尖った感じだ。体はムキムキのマッチョで完璧な仕上がり。足首辺りからは恐竜のような感じで、三又にわかれた足指には大きく鋭い爪がある。

 素人冒険者の俺でも強い魔力を感じる。やりがいありそうで面白くなってきた。けど、こいつの服装がヤバい。昭和のプロレスラーの定番、黒パンツ一丁だ。その上にドクロのついた太いベルト、両手首と足首に赤い魔石のついたリストバンドぐらいの金のブレスレットとアンクレットをしている。恐らく魔石は魔力アップ系のアイテムだが、見たところ武器は持っていない。

 ってまたパンツ一丁のイケメンキャラが出てきたよ。あと登場人物のメンズ率が急に増えてる気がする。


「ふはははははっ、我が名はイスカンダル、この場を任されし者。そう、将軍と言ってもいい存在だ」


 うわぁ~、いきなり高笑いからの聞いてないのに自己紹介だよ。しかも名前と性格もテンプレっぽい。もう分かっちゃったよ、こいつ超絶ウザい奴だ。


「なんだか怪しい感じなのにゃ」


 ははっ、初対面でいきなりクリスに言われたら終わりだな、イスカンダル将軍。


「ご主人、奴は嘘をついていると思われます。魔王軍の将軍がアレということは」

「激しく同意」

「確かにそう思える。将軍が一人でこんなところに居るはずがない」


 レオンの言ったことはもっともだ。普通なら自分の軍があるはず。今のところただの門番にしか思えない。


「なっ、なにを好き勝手に言っておるんだお前たちは。怪しくもなければ嘘も言っておらぬ。私は強く美しい誇り高き魔人族、イスカンダル様だ。いずれは大魔王になる男だぞ」

「いずれねぇ。じゃあ今は?」


 相手するつもりはなかったけど、思わず意地悪な質問をした。


「いま? それは……まあ雇われではあるが」

「雇われの門番なのにゃ」

「誰が門番だっ‼ 失礼だな君は、口の利き方に気を付けたまえ‼」


 イスカンダルは少し赤面して慌てた感じで否定した。しかし流石クリスさん、空気読まずにそれ言っちゃいますか。俺も空気読まずにいきなりやってやろうかな。一撃で終わりそう。

 このイスカンダルって魔人族のキャラ設定はもう理解した。プライドが高くナルシストで自己中、で高笑いばかりする嫌な奴、なのに憎めない、って感じだろう。どこにでも出てくるよね、こういう奴。


「貴様たちは何者で何をしに来た」

「一応は冒険者で、色々と訳ありで先に進みたいんだけど」

「ふははははっ、バカめ、行かせるわけなかろう。通りたければこのイスカンダル様を倒すことだ。まあ天地がひっくり返ろうと無理だろうがな」

「じゃあ戦うとしますか、イスカンダル将軍」

「ふっ、よかろう、相手になってやる。さあ、かかってこい」


 そう言ってイスカンダルは飛び上がる。

 ちょっと待て、飛ぶのかよ。反則じゃないけど俺のハンマー意味ないんですけど。しかも空から攻撃魔法とか使われたらヤバい。さっき隙だらけの時にやっておけばよかった。

 どうしようかな、一か八かハンマー投げたら当たるかな。とりあえず、まずは防御といくか。


「レオンさん、そのデカい盾、借りていいかな」

「分かった。怪力のアッキーなら使いこなせるはずだ。存分に使ってくれ」


 レオンから黒いビッグシールドを借りて左手に持った。本当なら凄く重くて使えないだろうが、あまり重さは感じない。


「ご主人、魔人族は戦いの中で変身して更に強くなるものもいます。油断はできません」

「了解だ」


 こりゃ思ってたより簡単にはいかないかも。初めてのボス戦ってとこかもな。


「三人とも、安全なところまで下がってくれ」

「御意」

「はいにゃー」

「後は任せたぞ、アッキー」


 おいおいレオンさんよぉ、そのイケメンボイスで、今まで頑張ってたけどここからは任せる、みたいな言い方するなよ。ホンの少しだけムカッとしたぞ。


「まずはその実力を見せてもらう。こちらから行くぞ、冒険者」


 先制はイスカンダルで、上空から放たれた矢のように一直線に突撃してくる。

 近付いてくれるなら有り難い。ハンマーの間合いに入れば一撃で決めてやる。


「おらあっ‼」


 馬鹿正直に正面上から迫ってくるので、タイミングを合わせハンマーを振り抜く。


「なっ⁉」


 ハンマーが直撃したと思った瞬間、空を叩きそのままの勢いで大きく体勢を崩し転びそうになった。


「残像か⁉」


 マジかよ、気付かなかった。このスピードは厄介だ、まったくついていけない。


「ふははははっ、バカめ、後ろだ後ろ」


 せっかく後ろを取ったのに攻撃しないとは随分と余裕だな。まあこいつの場合はバカなだけだと思うけど。ただそのバカか余裕のおかげで今は助かった。

 そういえばこいつ、バカデカいハンマーを片手で軽々扱っているパワーに驚いてない。魔人族にとってこの程度なら普通ってことか。


「どんどんいくぞ、冒険者」


 7、8メートルの高さにいるイスカンダルは、右手の拳を握り力をためるように少し後ろに引くと、俺に向かってパンチを繰り出す。

 まさか腕が伸びるのか、と思った瞬間、本当に伸びてミサイルの如く凄まじい速さで向かってくる。だが反射的に盾を前に出して防いだ。

 盾から伝わってくる衝撃は凄まじく、パワーがあるのも分かる。超人じゃなかったら吹き飛ばされていた。

 この時イスカンダルは正面から消えておりまた見失った。


「バカめ、隙だらけだぞ、仮面の小僧」


 また後ろか。こいつ本当に速い。でも余裕見せすぎだろ。強烈なパンチを背中か後頭部にぶち込めば大ダメージを与えられたかもしれないのに。俺の体が異常に防御力の高い超人だと知った時に、驚くより後悔するだろうな。

 とにかく余裕見せてるうちに勝負決めないと。しかし空を飛ぶ敵とどう戦うか。こうなったらデカい岩でも投げて撃ち落とすか……そだ、岩だよ岩。いっぱいあるし使えるっての。

 この後もイスカンダルは高速で飛び回り、少し接近しては腕が伸びるパンチを繰り出しすぐに離れる、ボクシングのヒットアンドアウェイ戦法で攻撃してくる。

 後ろを取られないように気を付けながら盾でパンチを防ぎ、少しずつ岩のあるところまで移動する。その岩は縦長系で三メートル程あり、イスカンダルが正面から迫ってきたときにハンマーでフルスイングして、小さく砕いた岩を弾丸みたいに飛ばしてやる。


「食らえっ‼」


 タイミングを見計らい作戦通り岩をハンマーで破壊した。

 凄まじい破壊音と共に砕かれた岩がマシンガンから放たれた弾丸の如く襲い掛かり、イスカンダルに次から次に命中した。


「おわっ⁉ いたたたたたたっ⁉」


 よし、大成功だ。でもこの程度ではダメージを負ってない。今も普通に宙に浮いている。


「ふははははっ、岩を飛ばすとは、そんな面白い攻撃をしたのは貴様が初めてだ」

「油断大敵だぜ、イスカンダル将軍」


 岩で地面に撃ち落として一撃で止めを刺す予定だったんだけど、さて次はどうするか。


「同じ手はもう通じぬぞ」

「それはどうかな」


 バカは自分の失敗をすぐに忘れるからな。


「ふふっ、貴様のその盾が邪魔だな」


 イスカンダルは口元に狡猾な笑みを浮かべて言うと、空から何かを撃つように右手を開いて俺に向けた。その右手からは凄まじい炎が噴き出し火炎放射の如く一直線に襲い掛かってくる。

 透かさず盾を突き出し防御する。この盾は体が全部隠れるぐらい大きいから炎だろうと問題ない。

 しかし凄いのは魔力を高めたり詠唱したり、技の名前を言ったりせずにいきなり炎を作り出し攻撃したことだ。本当に魔人族は基本スペックが高く強いようだ。


「凄い炎の量だ。これいつまで続くんだ」

「ふははははっ、ドロドロに熔かしてやるぞ」

「大丈夫だアッキー、その盾には炎耐性がある」


 後方からレオンが言うのが聞こえた。値段は伊達じゃないぜ。ナイス耐性、超有り難い。よく見たら盾にぶつかった炎がこっちに巻き込んでこずに逆方向に弾かれている。


「だとさ、将軍殿。炎は無駄だ」

「耐性か。それで熱くならず、いつまでも持っていられるわけか」


 イスカンダルは潔く炎の放出を止めた。だが口元の狡猾な笑みはそのままだ。


「ならば爆裂系魔法ではどうかな」


 ついにくるか攻撃魔法。しかも爆裂系。かなり怖いけど強力な盾があるし超人ボディーだから大丈夫なはずだ。

 イスカンダルは魔力を高めながら上昇していく。高まり強大になった魔力はオーラのように全身から噴き出している。マジで凄まじいプレッシャーだ。

 火炎放射を放つ時と同じようにイスカンダルは右手を向ける。すると手の平の前方に炎の玉が現れ勢いを増しながら巨大になっていく。


「では、いくぞ」


 魔力と炎の塊と思われる玉は直径二メートルはあり、下から見るとまるで太陽がもう一つあるみたいだ。なにこれ超怖いんですけど。思ってたより迫力半端ない。


「ファイアーボール」


 その聞きなれた言葉と同時に容赦なく炎の玉は弾丸の如く放たれる。

 嘘だろ⁉ あれがただの初心者攻撃魔法のファイアーボールだと。使い手のレベルが高ければあんなことになるのかよ。

 逃げ出したいけど逃げるところはない。この盾と自分の体を信じて受けきるのみ。

 ハンマーを足元に置き両手で盾を持って踏ん張った瞬間、盾にファイアーボールが直撃して大爆発を引き起こす。その衝撃は今まで感じたことのない強烈なものだった。だがなんとか吹き飛ばされずにとどまっている。

 仮面のおかげで爆煙の中でも目は開けていられる。が、何も見えないし煙を吸い込むので息もできない。いま分かるのは火傷もなくノーダメージだということ。この盾スゲーよ、びくともしない。


「あっ⁉」


 煙が晴れてきて気付いたが、大事なTシャツとズボンが黒くなってるじゃねぇかコノヤロー。


「もう怒ったぞ、フルボッコにしてやる」


 独り言を発しながら足元のハンマーを拾いあげ強く握った。


「ふははははっ、よくぞ耐えた。ほんの少し驚いたぞ。そのパワーと防御力、認めてやろう。喜んでもいいのだぞ、このイスカンダル様が褒めているのだからな」

「えっ、なんて? よく聞こえない」


 爆音のせいで少し鼓膜をやられたかも、聞こえにくい。この時、俺を心配か応援してる三人の声が後方から微かに聞こえた。


「ふっ、面白い奴だ。強いのに動きは素人だし、空も飛べなければ剣技も魔法も使えないとは」


 イスカンダルがそう言ったのがギリで聞き取れたけど、そりゃだって、商人ですから。


「なにか問題あるのか、それが」

「ふふっ、問題はない。ただ面白いから、お前の間合いで戦ってやろう」

「いいのかよ、そんなに余裕で」


 やったラッキー。近付いてくれるなら仕留めるチャンスだ。


「どのような戦い方でも、このイスカンダル様に死角はない」


 イスカンダルは俺に合わせて地上に降り接近戦に切り替えた。

 どんな風に戦うのかと思ったら、イスカンダルの両手が野球のグローブをはめた程に大きくなり、爪が鋭い牙のように伸びた。


「じゃあ有り難く、こっちからいくぜ」


 先制してハンマーを振り下ろす。だがイスカンダルは回避する様子を見せず、ハンマーを左腕の前腕部分で受け止め完全に防御した。


「マジかよ」


 これまで戦ったモンスターとは強度が違う。片手で軽く振っただけで本気ではなかったが、やはりあなどれない奴だ。


「何を驚いている。まさかこの程度で倒せると思ったのか、このイスカンダル様を」


 雇われで勝手に将軍とか言ってるけど、強さは本物の将軍級かも。





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