第二部 四章「二つ名の奴隷冒険者と賢者の試験場」その六
「え~っと、ありのままいま起こった事を話すね」
まだ呆然としているケイティに、死んだことや主従の契約から解き放たれたこと、マリウスの黄金のエリクサーで生き返り、更に意図せず若返ったことなどを話した。
ケイティは自分の顔や体を見たり触ったりしながら思考している。
「そう……あなたは命の恩人ね。色々と思うことはあるんだけど、とにかく今は感謝するわ、本当にありがとう。私にできる事があるなら、どんなお礼でもするわよ」
「恩人とかそんな大袈裟な」
「大袈裟じゃないわよ。まさかもう一度、こんな形で人生を与えられるなんて予想もしなかったわ。奇跡ってこういう事を言うのね」
「しかもそこに昔の知り合いが二人も絡んでますからね。ほんと人生って分かりませんね」
本当に分からないものだよ。俺だってついこの間までは別の世界に居たからな。
「マリウスが凄い賢者だとは理解していたけど、若返りの秘薬まで作っていたとはね。正直少し怖いことに思えるわ」
「激しく同意します」
俺が分量間違えて若返っただけで、もしかしたらこの特殊効果をマリウスは知らない可能性があるのでは……。
「賢者様は不老不死について研究していたことがあります。人間を不死にするのは無理だが、エルフやドワーフのように見た目が不老にはできるはずだ、と言っておられました」
不老不死の研究とかヤバすぎだろ。モンスターの作り方も研究してたし完全にマッドサイエンティストですよ。
「そして不老になった人間の寿命を飛躍的に伸ばすのも可能だ、と言っておられます」
「飛躍的にって、それ何百年とか生きるってことか?」
「はい。もしくはそれ以上に」
「ちょっ、ちょっと待ってよ、私がそうなったってことなの」
「可能性はあります。今のケイティ様は老いることなく数百数千年生きるかもしれません」
「えぇ~、いきなり言われてもねぇ……」
そりゃ動揺するし受け入れられないよな。こんなの魔改造されたのと同じだし。
「確かに生命力とでも言うような力が、体の奥深くから湧き出てくる感覚がある。それに魔力の強さも数倍になっているかも……。とにかく今までの体とは違うのがはっきりと分かる」
黄金のエリクサー秘薬すぎだろ。取説付けとけバカヤローが。てか二つ名の伝説級冒険者が魔力数倍って、チート爆誕してますけどっ‼
「う~ん、若いままか……色々と問題あるかもしれませんけど、楽勝で子供百人ぐらい産めますね」
「ちょっと、他人事だと思って怖いこと言わないでよ。それに、産んでも先に死んじゃうのよ。もう子供や孫に先に逝かれるのはこりごりよ」
「そうですよね、考えなしに言ってすみませんでした」
「でもまあ、私にどれだけの時間があるのか分からないけど、この若い体、ありがたく使わせてもらうわ」
「もう存分に使っちゃってください」
「ふふっ、なんだかアッキーは、マリウスと一緒に居た勇者に雰囲気がよく似ているわ。アイリスもそう思わない?」
「はい。私もそう思います。主様はタケヒコ様に似ています」
「伝説の勇者に似てて光栄です」
てか息子ですけどね。やはり俺はあのお調子者に似てるんだな。忌ま忌ましいDNAだぜ。
「とりあえず、これからどうするのかは、ゆっくり考えてください」
「いえ、考える必要はないわ。魂を縛られていないのだから自由に行動できる。そして若くて戦える体がある。今の私がやることは一つしかない」
ケイティは少し険しい表情を見せて言った。その口調からは怒りが感じられ、なんとなくケイティの考えが分かる。
「どうなされるのですか、ケイティ様」
アイリスはいつも通り小さな声で言った。
「国へ帰るわ」
「もしかして、復讐とか考えてます?」
恐る恐る訊いた。
「主従の契約の事を恨んで、いきなりそんな物騒なことはしないわよ。ただ色々と納得はしていない。だから調べる必要がある」
「家族が死んだことですね」
「えぇそうよ。私の家族がどこでどうやって、何故死んだのか知りたい。時間が経ってしまったけど、そこを放置して前に進むことはできない」
ちょっと話を聞いただけでも怪しいと思うところが幾つもあるからな。ケイティが納得できないのも当然だ。
「五十年も前のことだし、難しい調査になりそうですね」
「そうでもないわ。クラウスや伯爵のグレゴリーは何か知っているはず。だから正体を隠して近くで色々探ってみるわ。今の私の姿を知っている人間はいないだろうしね」
「それは分かりますけど、気を付けてくださいよ。もしも俺にできることがあるなら言ってください」
「ありがとうアッキー。でも大丈夫よ。今はただ調べるだけだから」
調べて裏があると分かれば必ず復讐するでしょ。酷い仕打ちを受けているわけだし。まあ激強の二つ名冒険者だから心配はないんだろうけど、一人で戦うには相手が大きすぎるかも。ただ伯爵一人だけを暗殺するとかなら問題なくできそう。
てか伯爵とかがどの程度凄い存在なのか分かってないけどね。領主とか言ってたし、自分の軍隊を持っていると考えると、かなりヤバめの相手であるのは間違いない。直属の親衛隊とかもいそうだ。
「そだ、体が若返ったのはいいけど、ステイタスはどうなの?」
因みに年をとって戦わなくなっても上げたレベルは下がらない。だが体の老化と比例してパワーやスピードなど全てのステイタス数値は下がる。
「確かめてみるわね……あっ、ステイタスが二十代の全盛期の数値になってる」
ケイティは自分だけが見れる冒険者ステイタスを確認して驚いている。
「やっぱそういう特殊効果があったか」
「この体、魔力だけじゃなく身体能力も全盛期より強くなっているかも」
「あの賢者、天才ですよね。知れば知るほど怖くなる。人間だけど魔王にだってなれますよ」
まあ実際に人間やめて魔王みたいになろうとした、ロイって奴がいたけどね。運悪く訳あり超人に倒されたけど。
「そうね、言えてるわ。普通に怖いわよね」
俺とケイティは自然と目が合い同時に笑った。
「にゃっ、そういえばケイティ様の弓を持ってくるのを忘れたにゃ」
クリスが思い出したように突然言った。
「大丈夫よ。このぐらいの距離なら結界の中からでも封印石の中に戻せるから」
ケイティはそう言うとコロッセオの中にある魔弓に思念を送る。すると封印石の指輪が一瞬だけピカッと光った。
「ほら、これで戻った。ついでに服も着替えておこうかな」
また封印石が光ると、今度は血で汚れ破けていた服が光り、次の瞬間には同じデザインの新しいものに入れ替わっていた。
まさに魔女っ子とかヒーローの瞬間変身だ。てか封印石は相変わらず万能だな。
「アッキーはこれからどうするの?」
「俺たちはもう一度コロッセオに入って、賢者の試験とやらの続きをします。色々とレアアイテムが貰えるみたいなので」
「アイリスがいるから簡単に最後まで行けそうね」
「ちょっとズルい感じもしますけど」
「まさかマリウスもこの子が来るとは想像もしてないでしょ」
「ははっ、ほんとそうですよね」
「アイリス、手加減なんてしなくていいからね、マリウスの作ったゴーレムたち、全部倒しちゃいなさい」
「はい」
アイリスはいつもの無表情ではなく、少し微笑む感じの柔らかい表情で返事した。
「このままもっと話してたいけど、私はクラウスたちを追うわ」
「せっかく自由になったのに、あいつが見える場所にいるっていうのは不快ですね」
「仕方がないわよ。あの子にはちゃんと国に帰って伯爵の側にいてもらわないと。ボロを出すまでは」
北にある国までは物凄く遠いらしく徒歩だと百日以上かかり、更に上級のモンスターが出るポイントが何か所もあって、放っておいたら旅の途中で死んでしまう可能性があるらしい。
仇かもしれない奴の手下を、正体がバレないように陰ながら守らなきゃいけないとは、ケイティは本当に複雑な心境だろう。
「子守をしながらだし、長い旅になりそうですね」
「今なら面倒なことまで楽しめそう。でも帰りに関しては、それほど時間はかからないと思う」
話によると、大きな街には魔獣使いの運び屋がいて、空を飛んで高速移動ができる。あと北のラファエラ領土に入ってしまえば街から街へ行ける移動魔法陣があるとのこと。
この二つの移動手段は凄く料金が高い。普通の冒険者や旅人、商人は使わないし使えない。どうやらお偉い人の許可がいるようだ。まあ貴族の家臣のクラウスは顔パスだし、いくらでも金持ってるだろうけど。
「金……そだ、金だよ金。旅費のお金ってケイティさんが持ってたよね。あいつ思い出して取りに来るんじゃないの」
「大丈夫よ、あのぐらいの額なら」
あのぐらい、って言いますけど、結構な額のように見えましたけどね。
「それにクラウスは自分でもっと所持しているから私が持ってる分なんて覚えてないわよ」
「そ、そうなんですか」
やっぱ俺は庶民だな。セレブの金銭感覚恐るべしだ。
「随分と長く働いてあげたんだから、給金として貰っておくわ」
「ですね。でもそう考えると少なすぎますよね」
「その通り。だから残りの分はこれから回収させてもらうわ」
「いいですねぇ。伯爵を破産させてやりましょう。そのぐらいの年月働いてますから」
「ははっ、破産とかそれいいわね。ますますやる気が出てきた。二つ名が本気だしたら怖いわよぉ」
ケイティはわざとらしく狡猾な笑みを浮かべ言って俺たちを笑わせた。てか最強のいたずらっ子の爆誕だ。
「じゃあ本当にもう行くわ。いつかまた、きっと会いましょう」
「はい、絶対に会いましょう」
「ケイティ様、お元気で」
「あなたもね、アイリス」
ケイティは最後に満面の笑みを見せてくれた。
俺たちはその場でケイティが見えなくなるまで見送った。
さてどうなるのやら。どう考えてもすんなり終わりそうにない。
ケイティの国は北の大国と言われるラファエラらしいが、これから荒れるかもしれない。ただただ嫌な予感がする。
「それじゃあ俺たちは試験の続きを始めようか」
「御意」
「はいにゃー」
「はい」
コロッセオの門を開ける時、今度は自分でやってみることにした。
金貨を一枚入れてまったく同じ手順で合格祈願をした。この一枚が貧乏商人には痛手だ。
コロッセオに入り闘技場に行くと、まだ試験はリセットされていなかった。何故なら召喚の魔法陣がまだそのまま存在していたからだ。恐らく闘技場に誰かが立った瞬間に次の激強ゴーレムが召喚される。




