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第二部 四章「二つ名の奴隷冒険者と賢者の試験場」その参




「あの、あるじ様、お話があるのですが」

「なに、中に入る手順の事か?」

「いえ、違います。馬に乗っていた女性の事です。恐らく知っている方なのですが……」

「知り合い? さっきの人って人間だよね。アイリスは百年以上石化してたわけだし、人違いだろ」


 人間の寿命は向こうの世界と同じぐらいだし、何百年当たり前に生きる人外ならともかく、人間ではありえない。


「私もそう思ったのですが……」

「アイリスが石化する前の記憶で、その女性は何歳ぐらいだったの」

「正確には分かりませんが、二十代でした」

「なら最低でも百二十歳以上になるし、普通は生きてないだろ。それに見た目も百歳とかじゃないし」

「はい、主様の言うとおりです。でも、だからこそ気になります。あのお方に何があったのか」


 辻褄が合わないが、アイリス的には確信があるようだ。


「あのお方って、気になる言い方だな。仮に知り合いとして、何者なの?」

「賢者様も一目置いていた二つ名の冒険者で、ケイティ・ミラー様です」

「二つ名の冒険者……嫌な予感しかしないなぁ」


 とりあえず一通りの話を聞いたところ、そのケイティは、氷炎ひょうえん魔弓まきゅう使い、と呼ばれていて、弓の名手で上級職の魔道弓士まどうきゅうしらしい。

 二つ名のマジックシューターとか超カッコいい。因みに魔弓は魔剣の弓バージョンだ。庶民には到底買えないお高い物で、使いこなせれば攻撃力はエグいとのこと。

 父親の勇者タケヒコとは違う勇者パーティーにいて、魔王討伐経験もある伝説級の冒険者だ。ガチで強くて知略に長け、マリウスが何度もスカウトしたほどだ。ただ全部断っている。きっとケイティは見抜いていたんだろう、あの二人が底なしのお調子者だと。つまり人を見る目があり、本当に頭のいい人と分かる。


「主様、実は人間の老いが止まる方法があります。主従の契約と呼ばれる呪いに近い魔法を受ければ、その時点から老いが止まります」

「主従って、もしかして奴隷みたいなものなんじゃないの」

「はい、その通りです」

「マジかよ……」


 半獣人やエルフなどの人外相手じゃなく、人間が人間を魔法の契約で縛り奴隷のように使う場合もあるんだな。なんだかヘビーな話になってきたぞ。どうやら国によっては禁呪で、その魔法を扱える者もほとんどいないらしい。

 この世界は絶対的なルールとして人間が上位種族だから、魔法で契約などしなくても下位種族を奴隷にできる。多くの者が何故か普通に階級ルールに従っているからだ。俺の場合もそうだ。クリスやスカーレット、アイリスもただ口約束しただけのようなものだ。

 しかし下位種族がみんな素直に従うわけじゃない。スカーレットだって出会ったときは、色々と訳ありで人間と敵対していた。ちゃんと自分の考えや心があって自由に動ける。つまり人間の命令に従わず奴隷にできない場合は多々ある。そういう時は魔法の力が宿った魔道具が使われる。種類は様々で、首輪、ネックレス、指輪、ブレスレット、アンクレット、手枷足枷、などだ。これらのアイテムを装備させられると指定された人間に逆らえなくなる。

 命懸けの職業の冒険者などは戦闘中に逃げられたりしたら困るので多くの場合、奴隷契約のアイテムが使われている。後は貴族や商人などもよく使っている。ただこのアイテムは人間相手には効力がないとのこと。


「あの年齢で契約をしたなら、何か普通じゃありえないことがあったんだろうな」

「人間が相手の場合、主従の契約は受ける方が認めないと発動しません。だから無理矢理でないのであれば、理由を知りたいのです」


 合意がないとダメでも、脅されて仕方がなくって事もある。世の中悪い奴っていっぱいいるからね。


「アイリスの気持ちは分かったけど、いったい何十年、魂を束縛されているのやら。ケイティって人の体は大丈夫なのかな」

「そこも気になっています。老いが止まっているのは外見だけで、体の内部は確実に老いて衰えていきます」

「えっ⁉ じゃあ中身は百二十歳以上ってことになるぞ。てか立ってるだけでも凄い事だろ」

「魔法や魔道具で無理矢理に身体強化していると思われます」

「そっか、そういう裏技があるんだよな」

「主様、ケイティ様と話す許可をいただけないでしょうか」


 アイリスはどうしても何があったか確かめたいようだ。まあ当然といえば当然だよな、生きてるはずのない人と出会ったんだし。


「なら確かめてみようか」

「はい、お願いします」

「ただなぁ、いますぐ近付くのは面倒な事になりそうだし、夜になってあの嫌な感じの男が寝てからにしよう」

「はい」

「色々やるのは明日の朝からってことで、まずはゆっくり休める場所を探そう」

「はいにゃ、クリスチーナにお任せなのにゃ」

「じゃあクリスに任せるよ」

「にゃにゃん⁉ ご主人様に任されたのにゃ。凄く凄く嬉しいにゃ」


 クリスは本当に嬉しそうに小躍りしている。てかさっさと行きなさいっての。


「スカーレットは奴らの様子を見てきてくれ。近付き過ぎないようにな」

「御意」


 スカーレットはすぐに門がある方へと移動する。命令に忠実で動きに無駄がない。ほんと犬系は頼りになる。

 クリスはコロッセオに沿って謎の一行とは逆方向に移動し、俺とアイリスは後ろに続いた。


「にゃっ、ご主人様、開けた場所があるのにゃ」

「そだね。ここにしようか」


 五分程度歩いただけだが、二十メートル四方に開けた場所を発見した。

 後ろはコロッセオが壁になって安全だし、横と正面だけ気にすればいいから、休憩だけじゃなく野宿するにも適している。今は植物に侵食されているがその辺りには石畳が残っており、遺跡となる前は広場だったと思う。

 それから三十分してスカーレットが偵察を終えて帰ってきた。


「あいつら手順が分からず、門を開けれないんじゃないの」

「はい、ご主人の予想通りです。試行錯誤していましたが、開く気配はありません」

「あの男、短気そうだしブチキレて、門に攻撃命令とか出しただろ」

「はい、その通りです」

「ははっ、超強力な結界があるから無駄なのにな。ただ可哀想なのは半獣人の冒険者たちだ。どうせあの威張った男にいびられてるんだろ。「この役立たずが」とか怒鳴られて。見なくても手に取るように分かる」

「流石ご主人、まったくもってその通りです。あの男、イライラしていて怒鳴り散らしていました」

「まあ今日は無駄な努力をしてもらおう。そだ、アイリスの知ってる門の開け方ってどうするの?」

「はい、まずは」

「あっ、ちょっと待って、今は何も聞かないでおくよ。答えを知らない状態で、明日どんな感じか見てみたいから、その門を」


 これまでの傾向から、どうせ単純なものだろうし、ちょちょいと解けるかもしれない。だから謎解きゲーム感覚で挑戦してやる。


「はい、分かりました」


 それから俺たちはその場で火を起こしテントを張り、本格的にキャンプの用意をした。

 既に仮面を取ってリラックスしており、クリスの作った軽食を食べながらくつろいだ。

 夜になるまでの間にコロッセオと周辺の遺跡を探索したが、ここが大きな国だったのは間違いない。何がどうなって滅んだのやら。国対国、人と人との戦いか、それとも魔王にやられたのか、こういう遺跡を見るたびに考えてしまう。

 滅んでいるんだから、多くの命が失われた悲劇が起こったんだろうけど古代遺跡とかってロマンを感じる。こういう感覚って男だからなのかなぁ。あとお宝があるかもしれないしワクワクする。

 そうこうしているうちに時間は流れ夜になり、盗賊スキルが使え隠密行動に向いているスカーレットを偵察に出した。

 チャンスがあれば訳を話してケイティだけを連れてくるように、と言ってある。主っぽい男は自分一人だけ豪華なテントで寝てそうだから、気付かれることはないだろう。

 問題は半獣人の奴隷冒険者だ。寝ずに番をしろと命令されてるだろうから、何人かは間違いなく起きている。だからもめ事にならないか心配だ。やはり一緒に行けばよかったかな。

 とか考えながらハラハラドキドキしていたら、スカーレットがケイティを連れて帰ってきた。といっても今の段階では本物か分からないけど。因みにケイティかもしれない人は馬には乗っておらず、スカーレットと一緒に徒歩できた。


「スカーレット、よくやった。お前は本当にできる子だ」


 マジで頼りになります。なのでご褒美で頭を撫でてあげた。すると興奮して赤面しながら尻尾をブンブンと激しく振った。


「ケイティ様が私の存在を感知して近付いてくれたので、話すことができ上手くいきました」

「来てくれたってことは、二つ名冒険者、ケイティさんなんだな」

「はい。そのようです」


 この時、俺とスカーレットのやり取りを、ケイティは優しい表情で見ていた。


「初めまして、ケイティさん。俺は冒険者のアッキーです」


 今は仮面をつけていないが最近使い始めた冒険者名を名乗った。


「私はケイティ・ミラー。こんなお婆さんだけど冒険者よ。ところであなた、異世界の人かしら。召喚された勇者ってとこかな」


 ケイティは穏やかな笑顔で言った。不意を突かれた感じでドキッとしてしまった。


「そんなのいきなり分かるんですか?」

「えぇ、分かるわよ、奴隷との接し方でね。きっとあなたにとってその子たちは奴隷ではなく、仲間とか家族なんでしょうね」


 ケイティはまた微笑みながら穏やかに言った。声は歳を感じさせない綺麗なものだ。


「俺が異世界からの召喚勇者か何かは秘密だけど、奴隷たちの事はあなたの言うとおりです」


 三人の方を見ながら言ったら、クリスとスカーレットは号泣した。アイリスも凄く嬉しそうな顔をしている。


「ケイティ様、ご無沙汰しております。もう一度会えて嬉しいです」


 アイリスが一歩前に出て話しかけた。そのアイリスをケイティは数秒ほど凝視した後、ニコっと微笑んだ。


「マリウスが残した最強の剣と聞いて、すぐにあなただと分かったわ、アビゲイル。いえ、今はアイリスという名だったわね。とにかく、私も会えて嬉しいわ」


 アビゲイル。それがマリウスから与えられたアイリスの昔の名前のようだ。

 もう二人が知り合いであるのは間違いない。だがそれは同時に、ケイティが主従の契約で精神と体の自由を縛られている可能性も高くなった。




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