第二部 四章「二つ名の奴隷冒険者と賢者の試験場」その弐
俺が先頭で扉を通過して光の中へと入った。すると体がフワッと宙に浮く感覚があり、自分の姿がその場から消えるのが分かった。次の瞬間、同じような光の中にいて、眼前には開かれた扉と枠がある。
すぐに三人も続き側に姿を現す。どうやら無事に瞬間移動できたようだ。
扉から外に出ると、そこは樹海と言えるような巨大植物に覆われた場所だった。でもただの森じゃなく遺跡と融合している。遥か昔ここに国があったのは間違いなさそうだ。
全員が外に出ると1分としないうちに、岩山の壁に設置された扉は石化して、ぱっと見は彫刻のようになった。
「ご主人様、向こうに見えているのはコロッセオだと思うにゃ」
「ほんとだ、それっぽい。どうなんだ、アイリス」
巨大建造物らしきものの上部が木々の間から見えているが、思っていたよりずっと大きい。
「はい、あれが地図の場所です」
「そっか、運よく目的地に着けたみたいだな」
てか簡単。もう次の目的地に着いちゃったよ。展開が早いのはいいけど色々すっ飛ばしてる影響で後々面倒なことにならないことを願おう。
「ご主人、近くに何者かが居ます。匂いの感じからして複数……五人以上です」
鼻が利く犬系半獣人のスカーレットはいち早く気付いてくれた。そのお陰で前もって作戦や心の準備ができる。ホンと犬の嗅覚って冒険に役立ちますよ。
「普通の人間が来る場所じゃないし、たぶん冒険者だろうな」
恐らくは、賢者の試験で貰えるレアアイテム狙いってとこだろ。
「同族の匂いがするので、向こうにも鼻が利く者が居ます。故にこちらの存在は気付かれているかと。どうしますか、ご主人」
「まあ冒険者と戦いになることはないだろうし、気にすることないよ。普通にコロッセオに向かおう。向こうが話しかけてきたら相手はするけど」
「御意」
「そだ、正体がバレないように仮面をつけないと」
モンスターが出る場所みたいだし、マリウスの試験とやらでバトルをするかもしれない。そうなれば俺とアイリスは目立つから仮面をつける必要がある。
いつもの黒くてカッコイイ角突きの半仮面をウエストポーチの魔法空間から取り出し装備した。
「クリスとスカーレットはしなくていいけど、アイリスはつけとこうか、バトルになったら目立つし。封印石のペンダントの中に仮面あるんだよな」
「はい、あります」
ペンダントがピカッと光ると仮面が現れアイリスの顔に装備された。
「ははっ、猫の面なんだ、それ可愛いな」
アイリスの仮面は半面タイプで、大きな耳が付いた白い猫面だ。朱色で目のフチやちょっとした柄がペイントされていて、そこそこお値段しそうな伝統工芸品に見える。
魔道具なので固定する紐などはなく顔にピタッと吸い付く。そして目の部分はくり抜かれておらず、俺のと同じで魔石のような赤いパーツがはめ込まれている。このタイプは視界が閉ざされているが、装備すれば魔法の力で全て見える。
「にゃん⁉ 猫なのにゃ、クリスチーナと同じなのにゃ。嬉しいにゃ。猫のアイリスちゃんかわいいのにゃ」
表情は仮面で分からないがアイリスは照れくさそうにモジモジした。この時、犬系のスカーレットは明らかに不機嫌そうにしていた。
「じゃあ一応は慎重に行きますか」
「御意」
「はいにゃ」
「はい」
はっきり言って、訳ありチートと魔改造戦士の無敵無双パーティーだから、慎重にとかまったくもって関係ない。ハラハラドキドキがないと本当の冒険は楽しめないと、声を大にして言っておこう。ただ金色の破壊神という二つ名を持つアンジェリカがエンカウントしたら話は別だ。
それからコロッセオに向かって進み、まずは何事もなく辿り着いた。
近付いて見上げたらマジデケーよ、まさにドーム球場レベルの大きさ。しかも石が綺麗で新築ですかっていうぐらい、どこも壊れていない。
もしかして魔法でそう見えているだけかも。修復したといっても遺跡だからな。
「円形闘技場か……迫力というか存在感あるな」
そう言いながらコロッセオの石壁に触ろうと手を伸ばしたら、見えない壁のような物に遮られた。
「なんだ?」
「主様、この建物は誰にでも見えていますが、結界魔法が発動していますので、そのまま中には入れません」
「今まで通り何かしらの手順が必要ってことか」
「はい」
「アイリスは知ってるんだろ」
「はい。以前と変わっていなければ」
アイリスが言った時、スカーレットが何かに気付き警戒した様子を見せる。
「ご主人、先程話していた匂いの者たちがこちらへ来ます」
「そうか、じゃあいきなりご対面といくか」
その場で待っていると、フードをかぶりベージュのマントで身を隠した半獣人らしき冒険者が五人現れた。
全員男で二十代前半の見た目だ。てか五人ともイケメンって、どこの戦隊ヒーローだよ。だから言ってんだろ女神、もうイケメンはお腹いっぱいなんだよ。流石に多いって。普通の顔してる俺の身にもなれっての。まあこの世界の常識として、半獣人とかエルフって基本が美形だからしかたがないけど。
フードとマントでケモ耳と尻尾がはっきりと見えないが、系統は犬とか猫、狐ってとこだろう。
職業は服装や装備から予想して、戦士三人に魔道士、ヒーラーってとこかな。よく見るとみんな汚れていて凄く疲れている。ここに辿り着くのに苦労したんだなきっと。こういう感じが普通なんだろう。
「おっ、まだ居るな」
冒険者五人の後ろから人間を乗せた栗毛の美しい馬が現れた。
その馬に乗っているのは三十歳ぐらいの体格の良い白人系の男で、短髪の赤毛で青い瞳をしている。そしてやっとイケメンではない奴が現れた。
なんだかほっとするぜ。ただ面長のイカツイ顔で目力が凄い。てか睨まれてるんですけど。
服とズボンは上下とも白で、黒のロングブーツに内側が赤の黒いロングマント、アニメでよく見る騎士風の姿だ。でもこいつ腰には剣を付けているけど、軽装備の鎧すら装備してないし冒険者には見えない。それに他の奴らと違い服も綺麗なままだ。
ここまで一度も戦ってない感じだな。まあこいつがリーダー、というか半獣人冒険者の御主人様なんだろう。
更にもう一人いる。同じように栗毛の馬に乗っており、人間の女性で七十歳以上の高齢者だ。見た感じ凛としていて老婆とは呼べない。
服装は馬に乗っている奴と同じ騎士風で、マントは実戦向きの短いものだった。
後ろに控えているが、その存在感は半端ない。何者なんだろう……冒険者だよな、きっと。
顔の感じは北欧系の白人で、若いときは美人だったと分かる。あと優しくていい人そうだ。
髪はセミロングの長さで完全に白髪、それを後ろで束ねている。老化のせいで少し垂れているが切れ長の目で瞳は濃い青色。装備は何もないが、右手の薬指に封印石らしい物が付いた指輪をしている。きっとあの中から必要な時だけ取り出し装備するはずだ。
封印石を持ってる奴なんて、金持ちか兵の冒険者かのどっちかだ。この高齢女性の場合は後者だと思う。まだバトル経験の浅い俺でもはっきりと、強さ、というものが感じ取れる。
「おいお前、冒険者か、ここで何をしている」
馬上の男が俺の方を見て言った。その声は低めのいい感じのものだが、初対面なのに自己紹介もなく横柄な奴だ。こんなザコに名前を名乗るまでもない、という感じだな。俺こいつ嫌いだ。
「なにと言われても……たぶんあなたたちと目的は同じと思うけど」
「ほう、賢者の遺産が目当てか。だが言っておく、先にここに辿り着いたのは私だ、賢者の試験を受けるのなら後にしろ」
馬上から見下ろして上から目線な物言いがスゲー腹が立つ。
「まあ……別にそれでいいけど」
こいつら先に来ていてまだ外にいるってことは、中へ入るための手順を知らないってことだな。
バカバカしい簡単な手順ばかりだけど、知らなきゃ難しいから、ヘタしたら永遠に突破できない。
「向こう側には中へ入るための門があるが、魔法で閉ざされている。今は我らが調べているから近付くな。分かったな」
「はいはい、分かりましたよ」
「ふんっ、賢者の遺産目当てとは無謀な奴らだ」
謎の男は鼻で笑い俺たちを見下した。
絵に描いたような嫌な奴だ。でもなんだか面白い奴にも思えてきた。マンガやアニメでこういうキャラは見慣れてるからな。安定のボコられ要員。
で、謎の男と一行は、門があるという方へと戻っていった。ちょっとどうするか高みの見物だな。まあ頑張ってくれたまえ。




