第二部 三章「黄金のエリクサー」その四
「デケーー、あの黒いドラゴン、十メートル以上あるぞ」
「主様、あれは黒い炎を吐く黒炎竜です」
「それって強い奴なの?」
「野生なら五メートル程の大きさで群れでいるので面倒ですが、あれは魔造なので一体なら脅威ではありません」
「ターンしてこっちに向かってきてるけど、任せていいのかな」
「はい。問題ありません」
流石アイリスさん。激強クリーチャーにしか見えないドラゴンが相手でも眉一つ動かさず無表情の余裕っぷり。どこまでも頼りになるぜ。
アイリスがロックオンするように黒炎竜を見上げた時、右手の辺りがピカッと光る。すると手には鞘から抜き放たれた剣が握られていた。
まるでアニメに出てくる派手な聖剣のようで、素人冒険者でも魔力の強さが理解できる。とにかく存在感が半端ねぇよ。間違いなく恐ろしい武器だ。
でも鎧や盾は封印石のペンダントから出さず装備していない。フル装備で戦う相手ではないということだな。
アイリスの体がふわっと浮くと、そこから一気に突風の如く15メートル程まで急上昇する。
詠唱したりスキルや魔法が発動した、なんて感じはなく、鳥が空を飛ぶのが当たり前のように、ごく自然にアイリスは飛んだ。
あれのどこが戦闘時にちょっと飛べるだけなんだろ。あの速さで飛んで戦えるって凄いんですけど。
俺があんな風に飛べるようになるにはまだまだ時間がかかる。まずは商人のレベルをMAXにして、それからバトルに特化した職業に転職してまたレベル上げだからな。カッコよく空中戦できるまでの道は険しいぜ。
「おっ、先制はドラゴンか」
猛然と迫るドラゴンは急停止すると大きく口を開き、黒い炎を火炎放射のようにアイリス目掛け吐き出す。
炎は凄まじい勢いだがアイリスに焦る様子はなく既に構えていた剣を炎にカウンターを合わせるように振り抜く。
空を切り裂く音と同時に衝撃波のような巨大な斬撃が繰り出され、凄まじい黒炎をいとも簡単に消滅させた。更に斬撃はあの大きいドラゴンをのけ反らせ少し後退させる。
「スゲーな、剣を振っただけであれだもん」
「ご主人様も同じような感じなのにゃ」
「ご主人はもっと凄いと思います」
「そ、そうかなぁ……」
あらためて自分のチートさを感じた。
この時アイリスは臆することなくドラゴンの胸元まで間合いを詰めており、透かさず剣を繰り出す。
「フラッシュ・フリージング」
アイリスが小さな声で技の名前らしきものを発した瞬間、直撃した剣撃がカメラのフラッシュのように光り、眼前の斬られたドラゴンは一瞬でカチコチに凍結し氷に覆われた。そして落下をする前に氷とその中のドラゴンは粉々にクラッシュされて消滅する。
黒炎竜とかいうドラゴン、本来は物凄く強いんだと思う。でも実力差がありすぎてザコにしか見えない。色々スキルとか魔法を使って戦うんだろうけど、見せ場なく死亡だよ。なんだか可哀想。てかアイリスさん怖っ。
「主様、終わりました」
アイリスは剣をペンダントに収納し、ゆっくりと降りてきて穏やかに小さく言った。
「ら、楽勝だったね。てか聞こえなかったけど、なんていう技?」
「ただの凍結斬りですが、勇者様がフラッシュ・フリージングと名前を付けてくださいました」
「へぇー、そうなんだ」
名付けたのは父さんかよ。まさに瞬間冷凍だな。
「それって魔法やスキルと合わせた剣技なの?」
「私自身のスキルや魔法は使っていません。賢者様と有名な鍛冶職人が作ったこの剣自体が特殊で、様々な属性の力を発動できます」
「そうなんだ……」
やっぱトンでもないチートソードだったか。これはもっと武器の事を詳しく勉強しないと。自分の店で売る商品を造る参考になる。
しかし剣だけの力であれなら、戦士のスキルとか上級剣技を合わせたらどれほど凄い威力になるんだろ。一度は全力を見てみたいかも。まあアイリスが本気を出して戦う相手なんてそうはいないだろうけど。
アイリスは伝説の賢者に無茶苦茶なドーピングされてるからな。ほぼ魔改造だよ。更に究極チート装備。だから一人でも無敵だ。因みにアイリスのHPは恐ろしい数値になっている。
戦士はレベル99でHPは1000ぐらいなのだが、様々な特殊魔法やスキル、レアアイテムを使いまくり、限界突破で3200になっていた。
防御力は少しだけ平均値超えの1000ってとこだが、普通に凄いレベルだ。俺の超人の体と同じで簡単にはダメージを負わない。
本来はあまり上がらないMPは魔道士のレベル99の数値を遥かに超える1800だ。戦士だから魔法はほとんど使えないけどMPを大きく消費する特殊スキルや剣技は使いたい放題。
もうラスボスの魔王になれますよ。マリウスはいったいどんな裏技を使ったのやら。恐ろしい奴だ。
俺のHPなんて50すらないからね。所詮商人なんて村人Aだし。
「ご主人様、原料が落ちてたので拾ってきたにゃ」
「ご苦労。で、なんだった?」
「銀色のピカピカの塊が落ちてたにゃ」
「おっ、それ銀の塊じゃん」
鑑定眼で見ると間違いなく銀で、約一キロある。このまま売っても十万円ほどになる。
だが銀食器や武具の装飾に使って商品にして売った方が儲かる。今は色々と武器作りの事を考えているし、これはいい物が手に入った。
「この辺りからは強いモンスターが出てくるようだし、みんな気を付けるように」
「はいにゃー‼」
「御意」
「はい」
っていうかアイリスさんがいるので何の心配もないけどね。ただアンジェリカ様が出てこなければだけど。
ここからはまるで荒野に見えるほど超巨大な一枚岩の上を西の方角へと進む。
二キロほど歩いたあたりで、何やら建物の残骸、というか基礎とか柱を発見した。
「ここに町があったって感じだな」
どうやら地図の遺跡まで辿り着いたようだ。周囲を見渡すとかなり広い範囲に建物の跡がある。
少し離れた場所には、ほとんど崩れているが神殿らしき物もあった。これだけ広いと探すの大変そうだ。
「本当に賢者のアジトがあるか分からないけど、手分けして探そう。何か怪しいものがあったり気付いたら教えてくれ」
「はいにゃ、お任せなのにゃ」
「御意」
「はい」
地図があって黄金のエリクサーの噂もあるのに、これまで発見されてないなら簡単には発見できないかもな。
で、あっという間に一時間経過して、アジト発見どころか手がかりすらなし。
とりあえず王道の井戸でも探すかな。まあ何もないだろうけど、あのマリウスの事だ、もしかしたらがあるかもしれない。
すでに何個か井戸らしきものは見つけてある。岩山の上なので掘ったところで水なんて出ないけど、底に召喚や移動系の魔法陣をセットしておけば水を運んでこれる。恐らくはそういう仕掛けの井戸だと思う。
一つ目の井戸は円の直径が二メートルありかなりの大きさだ。深さは十メートル程で底が見えている。俺なら簡単にダメージなく飛び降りられるし、よじ登ることもできる。
なので三人に声をかけずに井戸の底へ飛び降りてみた。
「ベタな横穴とかはないみたいだな」
井戸の底も側面も、大中小の様々な大きさの平たい石とセメントのようなもので隙間なく舗装されている。
テンプレだと一つだけ違う形の石があったりするんだけど……って本当にあるじゃん⁉
「すぐ見つかったけど、これが仕掛けかはまだ分からないよな」
とか言ってドキドキしながら、明らかに自然ではない円い石をボタンを押すように押し込んでみる。
「あれ? 動かない……ってなんにもないのかよ⁉」
普通に騙されたぁー‼ 誰も見てないけど超恥ずかしいよ。
そりゃそうだよな。こんなに簡単なら誰かが見つけてるって話だ。いったい何人がここで心を弄ばれたのやら。絶対マリウスの仕業だ。「引っかかったなバーカ」って言われているようで腹が立つ。だがこんなのがあるのなら、本当にここにアジトがあるかもしれない。
「ご主人、一通り見て回りましたが怪しいものはありませんでした」
井戸から出たタイミングでスカーレットが側にきて言った。
「ごめんなさいなのにゃ。クリスチーナもダメだったのにゃ」
クリスは申し訳なさそうな顔で猫耳を手前に下げていた。てかダメなのは想定内ですよクリスさん。
アイリスはまだ戻ってきていないけど、マリウスの事は一番知っているわけだし期待しよう。
それから残りの井戸も念入りに調べた。すると同じような感じで、一つだけ違う星型の石があったり、違う色の石があったりした。だが全てフェイクだった。
おいコラマリウス、ふざけんじゃねぇよ。ワザとらしいんだよ、このお調子者が。
でも確信したぜ、この場所にお前のアジトがあるということが。絶対に見つけてお宝ゲットしてやるからな。
「主様、賢者様のアジトは発見できませんでした」
アイリスが戻ってきたが残念な結果だった。今回のイベントは難易度高いのかも。
「なあアイリス、一緒に居た時に使ってたアジトはどんな感じだったの、仕掛けとかあるんだろ」
「賢者様はアジトとなる建物の周りを特殊な結界魔法で覆っていました。外からは見えず存在も感知できないもので、普通には結界内には入れません。更に空間が遮断されて繋がっていないため、外ではその場所に何も存在せず、素通りすることもできます」
スゲーなその結界魔法、普通にチートじゃん。
「となると、この遺跡にアジトがあっても発見できないよな」
「はい。難しいと思います」
「ちょっと待てよ。マリウスはもう死んでると思うけど、それでも魔法は消えないものなの?」
「普通なら魔力が尽きて魔法は解除されると思います。でも賢者様は魔石や魔力の強いモンスターを封じた封印石を使って魔法を発動させていたので、ご本人が居なくなっても魔法が消えない可能性があります」
「そういえば、魔石や封印石はそんな使い方もできるんだよな」
乾電池とかバッテリーみたいなものかな。魔法やアイテムも奥が深い。っていうかマリウスさん、自分の魔力使わないとか鬼畜だな。
「前はどうやってアジトに入ってたの?」
「賢者様と一緒の時は何もしなくても入れます。一人の時は通行手形となるアイテムを持っているか、決められた手順を踏んで入ります」
「賢者も居ないしアイテムもないから、その手順とやらが鍵だな。で、どんな手順」
「森の中にあった賢者様のお屋敷の場合は、決められた道を通らないと辿り着けません。かなり複雑で前もって知っていなければお屋敷に入るのは不可能でした。ただ小さなアジトなどは簡単な道筋だったり、物を動かしたりするだけで入れました」
「そっか。じゃあここのは簡単な手順であることを願おう。でもまずはその手順を試す場所を探さないとな」
「主様、少しだけ気になる場所があります」
「おっ、いいねぇ。よし、そこに行ってみよう」




