第二部 三章「黄金のエリクサー」その弐
という事で更に念入りに大木を調べていたら、地面に突き出て四方八方にうねっている巨大な根が、ふと気になった。
一か所だけ一メートル程の高さで形よくアーチ状になっている。
低いから立ったままでは通れない。この間をわざわざかがんだり膝をついたりして通り抜けようとする冒険者はいないはずだ。
「ダメ元でちょっと試してみるか」
アーチ状になっている根の間を、かがんでカニ歩きのようにして通り抜けた。
「ははっ、当たりかよ。凝ったことするなぁ」
その場はいま居たままの森の中で景色も同じだが、魔法で作られた特殊な空間であるのは間違いない。
何故なら景色の中に俺以外は居ないからだ。アーチを通過した先では三人の姿はなく、眼前に今までなかった二メートル程の女神の石像がある。
女神像は両手の平を上に向けて前に出している。その右手には野球ボールほどの丸い水晶みたいな物が乗せられていた。
「……この球を左手に載せ換えればいいんだな」
球を手に取って女神像の左手に置いた。しかしその魔法空間では何も起こらなかったので、また根のアーチを通って元の場所に戻った。すると三人が集まっていた。
「俺の姿って見えてたか?」
「いえ、ご主人は消えていました」
「ご主人様が消えた後、奥に道が現れたのにゃ」
「おっ、やったね。やっぱあの球だったか」
時間がたてば自動的に道がなくなる幻術系魔法の仕掛けだと思う。簡単だけどよくできている。ここまで辿り着けても、木の根に仕掛けがあるとか意外と気付かないだろうからな。
道幅は大型の荷馬車が通れるほど広く、地面にはこれまでなかった馬車や人間の足跡がある。
普通はあるはずの足跡がここまでなかったのは、森全体に魔法の力が発動しているからだろう。
「ご主人、今までしてこなかった多くの人間の匂いがします」
「そうか、じゃあ山賊たちのアジトが近いってことだな」
そこからは道なりに進み十分ほどで開けた場所に出る。
正面には岩山があり、中へと入って行ける洞窟のような入口があった。
どうやらこの岩山の内部とその周辺が山賊のアジトのようだ。洞窟の出入り口には見張りと思われる男が二人いて、俺たちの姿を見るなり笛を吹いて侵入者が来たことを知らせる。
巣の中から次から次に飛び出し一斉に襲い掛かり敵を撃退するスズメバチの如く、山賊たちはあっという間に集合した。その数は五十人ほどで、男が九割を占めている。歳は二十から四十代ぐらいで全員まだ若い。
でも思っていた山賊の恰好じゃなく、みんな冒険者風だ。装備からして低レベルの冒険者崩れだな。強そうな奴は一人もいない。よくこれまで捕まらなかったものだ。
もしかしてだが、暗黙の了解で許されている、必要悪とでもいうやつなのかな。まあ義賊だとは聞いているけど、何人かは強い奴がいないとダメだろ。
「主様、私にお任せください」
「分かった、アイリスに任せるよ。でも大怪我させないように、物凄く手加減しろよ」
「はい。心得ております」
「クリス、スカーレット、少し下がるぞ」
「御意」
「はいにゃ」
山賊たちは会話などするつもりはなく、いきなり襲い掛かってくる。そういうところはちゃんと山賊してやがる。
まずはアイリスのお手並み拝見だ。といってもザコ相手じゃレベル91の力は見れないけど。
冒険者風の山賊たちは雄叫びを上げ津波の如く押し寄せてくるが、アイリスは相変わらず無表情で微動だにしない。てかこいつら攻撃魔法使える奴いねぇのかよ。馬鹿正直に突撃してくるとか素人丸出しだ。って俺もそうだけども。まあ目の前に居るのはロリータファッション姿の小さな女の子だし、舐められて当然か。
眼前に山賊たちが迫った時、アイリスの右手が少し動いたと思った瞬間ピカッと光りその手には剣ではなく、竹の棒が握られていた。
そんな物まで封印石の魔法のペンダント収納に入っているのかよ。と胸の内で思った時にアイリスは動いた。
その場から姿が消えたと思えるほどアイリスの動きは速く、次の瞬間には前衛に居た十人以上の山賊たちがぶっ飛ばされ倒れる。
突然の出来事に驚き山賊たちは動きを止めた。その隙にアイリスは更に十人ほどぶっ飛ばす。
アイリスの移動スピードと体捌きがヤバい。もうよく見えないレベルですよ。
残像を追いかけるので精一杯だ。恐らくあれでも全然本気じゃないはずだ。やはり超上級のレジェンド冒険者は凄い、格が違う。ただ服装があれなので知らない人が見たら違和感しかないだろう。
その時、後ろに居た女の子たちが魔道士だったようで、ファイアーボールを放った。
てかちっちゃ⁉ これが低レベルのファイアーボールかよ。サッカーボール程度の大きさで魔力も弱く迫力なさすぎる。今まで凄いのばかり見てたから拍子抜けだ。
アイリスはファイアーボールを竹の棒で、野球ボールを打つかのように軽く叩いて跳ね飛ばした。
役目を果たせず吹き飛ばされた可哀想なファイアーボールは離れたところの地面に落ちて小さく爆発した。
ファイアーボールさん乙です。
でも攻撃魔法を跳ね飛ばす竹の棒ってなんだよ、マジでミラクルな魔法のステッキじゃん。
そしてアイリスはいとも簡単に、大怪我をさせることなく全員を竹の棒一本で行動不能にした。
女の子たちにも容赦なく一撃入れていたけど、そういうところも流石としか言えない。
「主様、終わりました」
アイリスは汗一つ流さず無表情で言った。
「お、お疲れ様」
冗談抜きでもう当分は俺の出番ないな。
「アイリスちゃん凄いのにゃ。とってもとっても強いのにゃ」
「ま、まあ、あのぐらいは当然だ。あまり調子に乗らないように」
スカーレットは悔しそうにそっぽを向いて言う。
「まさかそんな竹の棒をペンダントの中に、武器として入れてるとはな」
「これは賢者様から持っていろと言われた物です」
「へぇ~、例の賢者が」
「お前は力が強いから、普通の人間と戦わなくてはならない時は、殺したりしないように竹の棒を使う程度で丁度いい。と言われました」
確かに賢者の言うとおりだ。レベル91の戦士が弱い人間と普通に戦ったら、手加減しても死んでしまう。
といっても山賊どもは普通の人間じゃなく、女神の祝福を受けた職業持ちの冒険者だと思うけど。
「その竹って、魔力を感じるから普通の物じゃないよね」
「はい。これは賢者様の魔力が宿っています。弱い魔法なら弾くこともでき、剣を止めても簡単には切れません」
やっぱ賢者の称号は伊達じゃない。色々できるうえに考えていてスゲー奴だ。と一応は思う。トンでもないお調子者だけどな。
「さてと、お仕置きの時間は終わったし、ここからは話し合いをしましょうか、山賊さん」
「話し合いだと……」
三十代ぐらいのリーダーらしき男が、ふらつきながらもなんとか立ち上がって言った。
その男は軽装備の鎧を纏った戦士風で、身長は185センチはある。日本人っぽい顔立ちで黒髪のツンツンヘアだ。
てかモブの山賊までイケメンかよ。お腹いっぱいっていってんだろ。最近こればっかだ。異世界なんだから美少女だけ出てくればいいんだよ。女神どっかで見ててわざと嫌がらせしてんじゃないの。
「あなた達が悪徳商人からしか盗まないのは知ってるし、そういう奴らに騙された人たちを救済しているのも知ってる。だから捕まえに来たんじゃない。ただ訳ありなので、誘拐した商人だけは連れて帰らせてもらう」
「そ、それだけでいいのか」
「まあね。俺はクエストを受けたわけじゃないし。そだ、山賊は逃げたことにするから、俺たちが商人と帰るまで隠れていてくれ。それほどダメージないし動けるだろ」
「分かった、そうしよう」
圧倒的な実力差を理解して、素直に従ってくれて助かるよ。決断力があるっていうのもリーダーの資質だな。
「みんな話は聞いたな、いったんここを離れて隠れるぞ」
リーダーの男の言葉に従い、全員ダメージはあるが立ち上がり、その場から森の中へと消えた。
恐らくここ以外にも緊急避難用のアジトがあるんだろうな。
俺たちは山賊のアジトである岩山の洞窟の中へと入る。幾つか入口はあるが人専用の普通サイズの方から入った。
内部はある程度は舗装されていて、魔法の力で明かりは点いている。
道なりに奥へと進んでいくと牢屋があり、その中にバカ二人のバトルに巻き込まれ、挙句に誘拐された運の悪い商人がいた。
「おーい、助けにきてやったぞ」
「おぉ、助かった。早く出してくれ。積み荷が心配だ」
ってコラ女神コノヤロー、悪徳商人はまたイケメンキャラかよ。
このアルバートという名の商人は、北欧系の色白美形で、髪はブラウンで少し長めのサラサラヘア、瞳はブルー、歳は二十代半ばだ。
細身で身長は180センチぐらい。服装はダブっとした白いズボンとシャツに青いベスト、レトゲーならいかにも商人風だ。
「檻の事なら、カラのが向こうにあったけど」
「それは分かっている。脅されて仕方がなく、俺が開けたんだから。それより中身だ中身、商品は無事なのか」
「もうここにはないみたいだけど」
「そんなぁ……大損だ……せっかく珍しい魔獣や動物を手に入れたのに」
アルバートは心底から落胆した感じで、泣きそうな顔して言った。
しかし悪徳商人のわりに随分とさっぱりした格好だけど、現金に指輪やネックレスなど全て盗られたようだな。
まあ本当は取り返せたけど、こいつ有名な悪徳商人らしいし、このままでいいや。
「クソッ‼ またやられたよ。俺ばかり狙いやがって、あいつら絶対に許さん‼」
またって、既に何回もやられてたのかよ。完全にカモだな。
あこぎな商売してるからだ。これを機に真面目にやれって言いたいけどどうせ無駄だし余計なお世話だよな。
「ご主人様、そこに鍵があったのにゃ」
「じゃあクリスさん、開けてあげなさい」
「はいにゃ。お任せなのにゃ」
とりあえず檻から商人のアルバートを出して無事に救出は成功した。
後は街まで連れて帰って終わりだ。本当に今日は無駄な時間をすごしてしまった。




