第二部 二章「ダンジョン合宿と謎の石像」その弐
「宝箱じゃなくて鍵だったのにゃ。でもやっぱりあったのにゃ」
「黙れバカ猫」
「クリスさん、今はそこから動かないように」
「はいにゃ」
満面の可愛い笑顔で元気よく返事したけど、動くなって言われた意味、分かってないよね。
「あれ? これは……」
金と銀の二つの鍵を見ていると形の不自然さに気付く。
「この鍵、二つで一つなんじゃないかな」
「本当ですね。ぴったりと合いそうです」
二つの鍵を合わせてみると合体するようにカチっとはまり一つの鍵となる。だがその瞬間、鍵は光り輝き手から離れ宙に浮いた。
「なっ、なに始まるの⁉」
鍵からは魔力が感じられ、真下の地面に移動用の魔法陣が現れた。
これは二つの鍵が合体したことで、仕込まれていた魔法が発動したってことか。
「鍵を揃えし者よ、正しき心を持ち、力を欲するならば、先に進むことを許そう」
鍵から何者かの声が聞こえてくる。それは成人男性の声だ。
なんだかますます勇者のテンプレイベントみたいになってきたんですけど。このまま放置して帰るのはありなのだろうか。その場合、この鍵はずっとここに浮いたままになるのかな。試してみたいけど、これを放置したら人として鬼畜だよな。流れのままに行くしかないか。
「ご主人、どうなさいますか」
「いま欲しいのは開店資金であって、力とかはいらないんだよなぁ」
「ご主人様ご主人様、きっと大きな宝箱がいっぱいあるのにゃ」
動くなと命令していたんだが、クリスはそう言いながら近付いてきた。
「ってコラ⁉ お前いまどこに居るんだよ。もう魔法陣の中に入ってるじゃん」
「にゃん⁉」
魔法陣はクリスに反応し、輝きを強め光の柱を上げる。
「仕方がない、行くぞスカーレット」
「御意」
俺たちもすぐに魔法陣の中に入る。そして次の瞬間、今いた場所と同じような森の中に移動した。
「勝手なことをするなバカ猫‼」
スカーレットはクリスのお尻を蹴り飛ばした。
魔法陣は消えたが鍵も一緒に移動していて、まだ宙に浮いて光っている。
「にゃっ⁉ ご主人様、あそこに何かあるのにゃ」
クリスが見ている方向には、高さ二メートル半はある石像が立っていた。
豚のような顔で人型の体、あれはオークの石像だな。
しかし本当によくできている。筋肉隆々で軽装備の鎧とバッファロー角の兜を身にまとい、柄の長い両手持ちの巨大な斧を持っている。こりゃ迫力あるぜ。
「鍵を石像に入れれば門番が動き出す。倒す事ができれば、試練への道を開く」
また鍵が光を強めそう言葉を発した。
なるほどな。まだ強さが足りない場合は戻ることもできるわけだ。
で、レベルを上げてまたここに来て、勝てるまで戦えっていう、レトゲー勇者のテンプレイベントだな。
「ご主人様、石像の胸の真ん中に、鍵を入れる穴があるのにゃ」
クリスがオークの石像に近付き言った。
「面倒そうだけど……いい事あるかもしれないし、やってみるか」
「ご主人なら、簡単に勝てると思います」
「ははっ、俺もそうだと思う」
問題なのは、本当は簡単に勝っちゃいけない場面かもしれないってことだ。
まあ俺は主人公補正のある召喚勇者じゃないし、空気読まなくても知ったこっちゃないけど。
「この鍵、触ってもいいんだよな」
宙に浮いている鍵を掴み取りオークの石像のところまで行き、胸の真ん中の鍵穴に突き刺すように入れる。
鍵は強烈な閃光を迸らせ、石像と共に光の塊になり融合した。
石像の光が消えると石化が解けており、動くオークになっていた。だが普通のモンスターじゃない。
体は茶色くて少しゴツゴツしている。これは泥が固まった感じだ。ってことは、こいつオーク型のゴーレムか。瞳はバーサーカー状態で赤く光っていてやる気満々だ。それなりに強い魔力も放出している。だけどプレッシャーは感じない。
これまでの経験からいって、ハイトロールより少し強い程度だ。と思うんだけど、所詮は素人感覚だからなぁ。ここは油断せずに気合いを入れていこう。奇跡的に突然発生した訳の分からないイベントだし。
「二人は後ろに下がってろ」
「はいにゃ」
「御意」
二人が素早く後退すると、オークゴーレムはその場に残った俺をロックオンして斧を高々と振り上げ、そのまま振り下ろし襲い掛かってきた。
一撃目はゴーレムの動きが大きかったので、素人でも回避することができた。
空を切ったゴーレムの巨大な斧は、地面を豆腐の如く簡単に粉砕しえぐった。
「さっそくバトル開始か。じゃあ斧には斧で勝負だ」
以前に戦った魔人族のイスカンダルから盗んだ、いや、落ちていたのを拾った斧を一つ、魔法の道具袋であるウエストポーチから出して構えた。
これも刃が大きな斧だが魔法空間から取り出すまでは小さくなっているので簡単に出し入れできる。
この時、既にゴーレムは次の一撃を繰り出しており、瞬時に元の大きさに戻った斧で受け止めた。
凄まじい激突音が轟き、衝撃が体を伝い足元の地面がひび割れる。だが、はっきり言ってこの間のボスバトルに比べたらなんてことはない。これは一撃で終わりそうだ。
この先に試練がどうのこうのと言ってたし、これはまだ本番じゃないだろうから、もう倒してもいいよな。
オークゴーレムの斧を力任せに弾き、体勢を崩した隙に一歩踏み込み斧を振り下ろす。
相手が超人パワーの俺じゃなかったら、鎧と頑丈そうな体で大きなダメージを負わなかったかもしれないが、イスカンダルの斧は容赦なくゼリーでも切るように鎧ごと真っ二つにした。
流石に上級魔人、イスカンダルさんの斧だけはある。トンでもない切れ味だ。
ライフがゼロになる大ダメージを負ったゴーレムは、魔造モンスターのように煙を出して消えたりせずに、体がドロドロに溶けて地面に泥の如く広がった。
ゴーレムの体は溶けたが、鎧や兜、斧はその場に残っている。
これはラッキーだ、貰って帰るとしよう。ただ鎧を破壊してしまったのはマイナスだった。まあ熔かして原料にするからいいけどね。
商人の鑑定眼では鎧や兜は普通の鋼のようだが、柄の長い両手持ちの斧の方は、今の商人レベルでは鑑定できない。これは特殊な金属が使われている可能性がある。つまりは高値で売れるはずだ。
「お見事です、ご主人」
「ご主人様は今日も凄いのにゃ。一撃なのにゃ」
クリスはそう言って喜びながらも自分の仕事は忘れず、落ちているゴーレムの装備を拾って、魔法の道具袋であるボディバッグの中に収納した。
だが両手持ちの大きな斧だけは、超人パワーの俺ならバトルで使えそうなので自分の鞄に入れた。
てかゴーレムって倒しても原料とか手に入らないみたいだ。更に悪しき存在が作った物じゃないからか、経験値も入ってないっぽい。
「え~っと、これからどうなるんだ……えっ⁉」
自分の斧をポーチに入れた後、辺りの様子を確認して驚く。
「なにこれ……いつの間に」
いま俺たちの前方には、ぱっと見では全貌が分からないぐらい巨大な岩山が存在している。
といっても高さはそれほど驚くものじゃない。十四階建ての街でよく見るマンションぐらいだ。四十メートルぐらいかな。
恐らくイベントキャラのゴーレムを倒したことで結界が解かれ、今まで見えなかった岩山が姿を現したんだと思う。
「ご主人、あそこに中へ入る入口があります」
それは岩山をくりぬいたトンネルで、自動車なら通れる大きさだ。
「きっと大きな宝箱はあの先にあるのにゃ」
「黙れバカ猫。あってもその宝箱はトラップだ」
クリスは随分と宝箱にこだわっているけど、スカーレットが言ったことが正しいと思うぞ。
「鍵は試練への道とか言ってたな。まあここを進めってことか」
鍵に辿り着くまでの全貌が分からないけど、ここまでは凄く大掛かりなイベントだよな。これ本当にこのまま進めて大丈夫なんだろうか。また心配になってきた。
まあ少しはドキドキワクワクするけど、ざわざわがおさまらない。誰かのために用意されたっぽいし、絶対に余計なことしているよね。
「ご主人様、行かないのにゃ?」
「黙れバカ猫、ご主人はいま思考なさっているのだ」
「……流れのまま先に進もうか」
「御意」
「はいにゃー」
結局は考えたところで的確な答えは出ない。情報がなさすぎる。イベントを発動させたのなら最後まで付き合って責任とるのが人の道だな。
ということで、俺たちは用心しながらトンネルに入り進んだ。
魔法の力で明かりは点いている。一直線の通路なので遠くの方に出口の光が見えていた。
百メートル以上は進んでやっと外に出る。するとそこは巨大な岩山に囲まれた空間だった。
「空が見えてる……」
深い谷底のような感じで様々な植物に覆われ、その場はジャングル状態だ。そこから奥に進むと神殿系の遺跡があった。
見上げるほど大きな柱が並んでいて、まるでパルテノン神殿みたいな造りだけど、これは遺跡系ダンジョンってやつだと思う。
まさか奇跡的な偶然が重なり遺跡系の隠しダンジョンを見つけてしまうとはな。もうクリスさんのドジっ子ぶりが可愛いレベルを突き抜けすぎて怖いっす。
「ご主人様、石碑があるのにゃ」
神殿遺跡の二十メートル以上手前には二メートル程の高さの石碑があり、何やら文字が刻んである。
「我が最強の剣、ここに眠る、と刻んであります」
スカーレットは読んだ後、仕掛けがないか石碑とその周りを確かめた。
最強の剣とかワクワクする。ちょっとテンション上がってきた。
普通に考えたら魔剣か聖剣だもんな。俺が使えなくても召喚勇者に鬼畜な値段で売ってやる。例え売れなくても店に飾ってあるだけで話題になるはずだ。
「どうやらあの遺跡の中に剣があるみたいだな」
でも色々と試練という名の極悪トラップがありそうだ。
「ご主人様、この石像カッコいいのにゃ」
石碑の五メートル先、つまり奥にある遺跡との間に、140センチ程の女の子戦士の石像がある。その足元は様々な花がいっぱい咲いていた。
「この可愛い感じはドワーフっぽいな」
超ロングヘアで服装はロリータファッション、その上にプレートアーマーを装備している。兜はレオンと同じで、額と側面と後頭部だけで顔や頭は出ている流行りのタイプだ。
しかしよく見たらクオリティが凄い。これ作った奴は間違いなく天才彫刻家だ。鎧も細部に至るまで彫られている。
これを店の前に置いたらいい看板代わりになる。魔法の道具袋に入ったら持って帰ろうかな。
でも有名な人の作品だと後々泥棒扱いされて面倒なことになりそう。まあどうするかは、帰る時までに考えよう。
「ご主人様ご主人様、遺跡の中はモンスターの石像がいっぱいなのにゃ」
一足先に遺跡を見て帰ってきたクリスが言った。
「勝手にウロチョロするな、バカ猫」
スカーレットは俺が言いたいことを代言してくれた。
「スカーレットちゃん怒ってばかりなのにゃ。アンジェリカちゃんと一緒でぷんぷこぷんで怖いのにゃ」
「誰のせいだこのおバカ猫」
「とりあえずクリスさん、危ないから俺かスカーレットの側から離れないように」
「はいにゃー」
クリスは元気よく満面の笑みで返事した。
「ご主人、このバカ絶対に分かってません」
「だろうな」
「にゃん?」
クリスは首を少し傾け、何か? と言わんばかりの顔をしている。
ホンと可愛くなかったら、ここに捨てていくところだよ。
「さあ気を引き締めて行こうか」
「御意」
「はいにゃ」
目的地とは違うけど、意味深なメッセージと隠しダンジョン、こりゃもうここを本気で攻略するしかないだろ。
神殿のような遺跡の正面には階段があり、立ち並ぶ巨大な石柱を見上げながら中へと入った。
内部は既に魔法で明るくなっており、広い空間で面積はサッカーフィールドの半分より少し小さい感じだ。
天井が高いので開放感がある。しかしぱっと見、先に進む扉や通路はどこにもない。だがクリスが言ってたように、この空間には様々なモンスターの石像が何体もあちこちにある。ゴブリンにトロール、リザードマンにドラゴン、ワーウルフ、オーガなどだ。
恐らく原寸大で、円の台座に乗っていて、まるでチェスの駒のようだ。
ゴブリンなら大人の男が何人かいれば動かせるだろうけど、ドラゴンとかオーガはデカいから無理だと思う。まあ普通の人間ならだけど。
「この石像たちには意味があるはずだ、調べてみよう。あと床と壁もな」
「はいにゃ」
「御意」
ロープレやりこんでるヒキオタ舐めるなよ。製作者の意図など何もかもお見通しだ。
まず石像を調べたが、これといって怪しいところはなかった。しかし空間奥の隅の床に、円く凹んでいる部分を発見した。
「大きさ的にゴブリンの石像と同じだ。たぶんここに移動させろってことだな」
「クリスチーナにお任せなのにゃ」
クリスは真ん中あたりにあるゴブリン像に走っていき、持ち上げて運ぼうとする。
「小さなゴブリンなのに凄く重いのにゃ。びくともしないにゃ」
「石の塊なんだから、重くて当たり前だ。ご主人の邪魔をするな」
それで俺がゴブリンの石像を一人で持ち上げて床の円い部分に置いた。
すると仕掛けが発動し、地響きがして奥の壁の一部が横にずれて通路が現れる。
「ご主人様、見て見て、大きな宝箱にゃ、やっぱりあったのにゃ」
クリスは大喜びで宝箱に走って行こうとする。だが強く発して呼び止める。
「待て、行くな‼」
クリスはビクッとしてその場で停止した。
「まずはよく見ろ。一直線の通路でたった五メートルで行き止まりだ。その壁の前に宝箱、それでイベントが終わりってことで、誰もが今のクリスのように食いつく。でも普通に考えたらこれで終わりの訳はない」
「にゃん?」
なんか全然わかってないな。どう説明すればいいんだろ。
「いいかクリス、一番小さくて動かしやすいゴブリンで簡単に正解なんてないだろ。他に石像がいっぱいあるのに意味がなさすぎる。つまりその宝箱は絶対に罠だ。断言してもいい」
「にゃん⁉ すぐにそんなことまで分かるなんて、やっぱりご主人様は凄いのにゃ、天才にゃ」
「流石でございます、ご主人」
「ま、まあな。このぐらい楽勝だ」
あの宝箱が本物偽物とか関係なく、開けたら次のステージに進めない、という意地悪なひっかけだと思う。そんな気がしてならない。
で、この後はもう一度他の石像を調べた。するとドラゴンとトロールの台座に矢印があるのに気付いた。
俺たちが入ってきた場所を正面入口とするなら、トロールの像は正面を向いており、矢印は右を示している。
これは石像を右に移動させるか右を向かせるかのどちらかだが、置く場所が指定されてないので、これは向きを変えるのが正解だ。
俺はトロール像の台座を持って横に回すように動かし、右を向かせた。
数秒後、先程と同様に仕掛けが発動し、地響きがして開いていた壁が閉じて、その少し横の壁が動き別の隠し通路が現れる。
「ご主人様、今度は奥まで続いているのにゃ」
「でもまだ行くなよ。ドラゴンの像が残ってる」
「はいにゃ。クリスチーナはお利口さんだから動かないのにゃ」
「お、おう」
「自分で言うなバカ猫」
スカーレットの的確なツッコミが入ったところで、入口近くの一番大きなドラゴンの石像の側に移動する。
台座に印されている矢印は円になっている。これは像をその場で一周回せという事だと思う。
ドラゴンの種類は分からないが、高さは七メートルはあり、大きな尻尾や羽がある。
これを動かそうと思ったら、人間が何十人もいるはずだ。でもここに来るのは数人の冒険者パーティーと考えると、いくらパワー系の戦士がいるとしても動かすのは無理だ。
つまり魔法かアイテムかその他の方法が必ずあるはず。ただ俺は仕掛けの製作者の予想を超える超人パワーがあるから、普通に一人で動かせてしまう。
ホンとすいません。俺は主人公補正ないから裏技という事で許してくださいね。
てか考えても正解が分からないんだよなぁ。本当は色々と情報やアイテム、仲間を手に入れた状態でここに来るんだと思う。偶然に辿り着いちゃったから準備不足すぎる。
ということで、台座をしがみつくように持って、カニ歩きで力任せに石像を回していく。
ドラゴンの像が一周すると、また仕掛けが動く音がした。しかし音がする以外は何も起こっていない。




