05‐寒村の少年‐
だいぶ日にちが開いてしまい、申し訳ございません。
どうぞ。お楽しみいただけたらと思います。
ようやく、晴れの日が増えてきた。
山に重くのしかかっていた雪雲は消え、抜けるように青い空が広がる。
陽光にきらめく雪はすでにだいぶ溶けていた。
春の訪れを感じると、村の人たちはすぐに畑仕事に取り掛かる。
少し残った雪をどけ、耕して眠っていた畑を起こすのだ。
そんな忙しない村を横目にアレンはまた祠へと向かう。
雪の解けた一番目は祠の掃除と決まっている。
アレンも掃除の道具を携えて家を出てきた。
「アレン、今から狩りに行くんだが、途中まで一緒に行かねえか?」
村を出る途中でディオンに呼び止められた。
「今から狩りに出るの?」
「今日は昨日かけた罠にかかってないか見に行くのさ」
「いいよ。一緒に行こう」
二人は並んで歩きだした。
アレンは掃除用具を、ディオンは弓とナタを担いでいる。
雪解け水かぬかるみをところどころ作り出しているが、ディオンは器用によけていた。
対してアレンは時々ぬかるみに足を取られてしまう。
「なんでディオンはそんなに汚れずに済むの?」
「ん?ああ、これは動物たちに学んだのさ」
「動物たちに?」
「ああ、彼らは器用に森の中を歩くだろ?それを真似しているのさ」
「俺にもできるようになる?」
「動物たちをよく見て真似ればいずれはできるようになるさ」
「そうか、ならまずはディオンを観察するところからだね」
「そうだな。俺の踏んだところを踏んでいくといい」
そういうとディオンはアレンの前を歩き始めた。
アレンは慣れない足遣いに悪戦苦闘しながら一歩一歩彼の後を追っていく。
いつもなら息の上がらない道も普段とはまるで違うようだ。
「ディオン……はぁはぁ、これきついね」
「まあな、人間と違う歩き方してるからよ」
「すごいな動物って」
「ああ、だがそれを狩ってくる俺もなかなかのものだろ!」
「言ってろよ、ディオン」
ハハハッ……!と二人の笑い声が山にこだました。
祠まであと少しのところでディオンとアレンは分かれた。
ディオンは森の中へと分け入っていく。
アレンは祠に着くと、まずは入り口周りのものを片付けだした。
秋の落ち葉が隅にたまっていたり、雪のせいで折れた枝なども散乱している。
それをどかして丁寧に片づけていくと、段々とすっきりとしていった。
「よし、入り口の片付けは終了だ」
気合を入れなおすと、中に入っていく。
先週、四竜に出会った広間は静けさを取り戻していた。
四つの椅子を掃除しようと中に入ると、真ん中に先週の供え物のかごとともに手紙が入っていた。
『アレンよ。
先週は楽しいひと時を感謝する。
貢物はありがたくいただいた。
その返礼としては何だが、われらの持つ宝物からそれを授ける。
また会える時を楽しみにしておるぞ』
かごの隣には一本の短剣が添えてあった。
手に取るとほのかに温かみを感じる、どうやら彼らの魔力が封じ込めてあるらしい。
鞘から抜くと磨かれぬいた刃に竜のレリーフが彫り込んである。
「すごい……。きれいだ」
アレンはほぅっとため息をついたことにも気づかずに見入る。
差し込む陽光に煌めく装飾は価値を付けることのできない輝きを見せた。
「……ああ。掃除しなきゃ」
思い出したようにつぶやくと、短剣を腰に差して四竜の椅子を拭き始めた。
優しく丁寧に拭いていくと、輝きを取り戻していく。
一つ一つを丁寧に磨き上げた後でアレンは持ってきた供物を置いて外に出た。
振り返るとどうしてかガランとして空虚な感じを否めない。
そこに最早竜の息吹は感じられなかった。
アレンは外に出て一息つくと、汗をぬぐう。
まだ肌寒いがさわやかな風を肺いっぱいに吸い込むと心地が良かった。
遠くに山の頂が見える、その山を越えたもっと先に四竜は去ってしまった。
彼らは言った、また会えると。
アレンは持ってきたものを持つと坂を下り始めた。
ディオンが教えてくれたことを実践してみようとするけどやっぱり難しい。
額に汗をかきながら降りて行くと、先にディオンが見えた。
「ディオン!なんでここに?」
「一緒に帰ろうと思って待ってたのさ。ほら、獲物もかかってたぜ」
そう言って見せてくれたのは茶色の兎だった。
冬のせいで太ってはいないがうまい燻製になるだろう。
「かかってたんだ、おめでとう」
「三個仕掛けて一個にかかってたからまずまずだな。ありがとよ」
二人は並んで歩きだした。
「……なんかさ、祠が寂しかった」
「四竜様達は、行っちまったらしいな」
「俺さ、四竜様に先週会ったんだ」
「……そうだったのか!」
「うん、その時に話して、また会おうって」
「ならまた会えるんだろう。その時が来るのを待つさ」
「そうだね、それからさっき祠に入ったらこれをもらってさ」
そういうとアレンは腰に差していた短剣をディオンに見せた。
陽に剣をかざすと剣身がきらめく。
「これ、大事にしろよ。すごい短剣だ」
「うん、わかった」
「たぶんだけど魔法の力が宿ってるぞ。何の力かは俺にもわからないけど」
「そっか、すごいものなんだ。教えてくれてありがとう、ディオン」
「俺にもよくはわからないけれどな、それでもすごいものだと思うよ」
そういうと、ディオンは歩きながら解説を始めた。
「剣身のもとのほうに彫ってあるの古代文字なんだが俺には読めないな」
「古代文字って魔法を使う人たちが使う……」
「ああ、そうだ。しかも四竜様が持ってたものだとしたらすごいものの可能性のほうが高いな」
「でも、僕に渡すぐらいだしそんなすごいものじゃないかもしれないよ」
「ああ、そうかもしれな……」
突然ディオンが黙ると顔が険しくる。
アレンにしゃがむよう手で合図すると、小さな声でアレンに言う。
「アレン、こっちにこい」
「どうしたの?ディオン」
「……まずい。鉄と火の匂いだ」
「どういうこと……?」
「村が襲われたかもしれない」
「な……っ?!」
「……お前も来い、アレン。急ぐぞっ」
そういうとディオンは素早く走り始めた。
アレンもあわてて後を追う。
ディオンは道を外れて草むらのほうへはいって行った。
アレンも遅れないように後ろを追っていくとやがてアレンにも匂いが届いてきた。
と同時に怒号と悲鳴も聞こえる。
肉が焦げる匂い、鉄と鉄が響きあう音。
「くそっ、もう来たのか!」
「ディオン、これって……!?」
「……襲われた、もう来たのか」
「くそ……っ!!」
視線の先には兵士に髪を捕まれたレナが。
その時、ふつふつと煮えたぎった怒りが爆発した。
アレンは短剣を抜くと茂みを駆け抜けレナをつかんでいる兵士の手を切り落とす。
「ぁぎゃあぁぁぁあっ!?!?」
手首から先を切り落とされた兵士は絶叫すると剣を抜いた。
アレンは、相手が構えるより先に兵士の首に短剣を突き立てる。
根元まで埋まった短剣を抜くと、首から血を噴出して兵士は倒れた。
「な……っ!?小僧がっ!!」
近くにいた兵士たちが剣と槍をアレンに向ける。
「クソガキが!短剣一本で勝てるとでも思ったか」
右手にいる兵士が斬りかかる。
アレンは短剣で敵の剣の軌道をそらしながら反撃の機会をうかがうが、さすがに短剣一本では太刀打ちできない。
じりじりと詰め寄られていく。
「レナ!逃げろっ」
アレンはそう叫ぶと敵の懐へととびかかった。
一人の胸を突くと、左手で剣を奪う。
レナはアレンを一度見ると走り出した。
だが、横から出てきた兵士に抱きかかえられてしまった。
「アレンッッ!!!」
レナが叫び、アレンが振り向いた一瞬の隙を逃さず兵士が槍を突き出した。
アレンのわき腹をかすめる。
じわりと血があふれた。
「いやーーーーっ!!」