04-寒村の少年-
遅くなってごめんなさい。
アレンが村に着いたのは3時になるところだった。
本来であればさほどかからないのだが、雪道を慎重に下りたことと、途中で雪狼の群れと遭遇したからである。
雪狼は滅多に雪深き山奥から降りてはこないのだが不運にも移動する群れと出会ってしまったらしい。
それをやり過ごすために時間が伸びてしまった。
無事に帰ってきたアレンは村の様子が慌ただしいことに気づいた。
どことなく不安を感じたアレンは家へ急ぐ。
「父さん、ただいま。村の様子が慌ただしいけど一体どうしたの?」
「アレンか、おかえり。説明するのは後だ。ちょっと手伝ってくれ」
「一体何を?」
「そこの箱を村はずれのディオンの家に持って行ってほしい」
「これって儀礼用の道具だよね」
「ああ、ディオンのところに持っていけば彼が指示してくれる」
「わかった、行ってくる」
村はずれにあるディオンの家にはすでに幾人かのものが届けられているようだった。
浅黒い肌をした狩人ディオンが、地下の貯蔵庫に届いたものをしまい込んでるのが見える。
「ディオン、来たよ。一体何ごとなの?」
「よう、アレン。父さんからはまだ聞いてないのか?」
「帰ったらこれ持って行けって言われて。何も聞いてないんだ」
「どうやら王都で大変なことが起こったらしいぜ。俺も狩りから帰ってきてブレイナン様に突然貯蔵庫を貸してくれって言われただけだしな」
「そっか、ありがとディオン。じゃあよろしく」
「任せろ。あとこの兎やるよ、食ってくれ」
「ありがとう」
ディオンはと殺した兎を手渡すとにかっと笑った。
「夏になったらアレンにも狩りのやり方教えてやりてえな。ブレイナン様とはなそうぜ」
「いいの?ディオン!」
「もちろんブレイナン様に許可もらえたら教えてやるとも」
「ありがと。約束だよ!」
アレンももう15になり、年頃の男の子のいないこの村でディオンはアレンに狩りを教えたがっていた。
ブレイナンには15の夏には教えていいと言われていたので楽しみにしていたのだ。
アレン自体も狩りには興味があった。
「じゃあな、気を付けて帰れよアレン」
「兎ありがと!楽しみにしてるね!」
そう言葉を交わすとザクザクと夕日で赤く染まった雪道を歩いて帰った。
その晩、夕飯の片付けも終わった後。
ブレイナンが口を開いた。
「アレン。今日は帰ってくるのが遅かったな」
「えっと……ごめんなさい。そのことについては」
「責めているわけではないよ。アレンの話は私の話が終わってからにしようか」
「うん、今日やけに慌ただしかったけど一体何が?」
「そのことなのだがな……」
といってブレイナンは昨日届いた手紙をアレンにも読ませた。
読み終えたアレンはひどく驚いている。
「父さんこれって本当!?」
「残念ながら本当のようだ。それで用心のために祭具などは全部隠させたのだ」
「四竜教を迫害するなんて……。」
「四竜教を本当に信奉している者など王都や大都市にはそうそう多くはないからな、今回のこともあり得ないことではない」
「200年前に宣教師が伝えてきた新しい宗教のこと?」
「そうだ。あれは市政の人間たちには受け入れられている。自然とともにという四竜教の考えより受け入れやすいからな」
アレンとブレイナンの話す新しい宗教とは、200年前に宣教師クレメアの伝えた『三位教』と呼ばれるものである。
勇者と巫女の登場する物語として書かれた神話をもとに作られた宗教であり、じわじわと人間の中には浸透してきていた。
三位とは『勇者』『巫女』『神官』を差している。
特に人の可能性を説くことから、若者や商人には人気がある。
大都市では四竜教信者より多いこともあった。
「どうやら新王は三位教を国教にしたいようなのだ」
「うちの村にも来ると思って?」
「ああ、辺境だけに時間はかかると思うがな。こんなところに大部隊も来ないだろうが……」
「そっか……平和だと思っていたのに」
「そういうものなのだろうな、平和というものは」
ブレイナンは珈琲に口を付けると息を吐いた。
「いざという時はディオンの家に行け。あいつなら助けてくれる」
「わかった。でもきっと大丈夫だよ」
「ああ、そう信じているよ」
さて、次はアレンの話を聞こうか。とブレイナンが言うと、アレンは今日あったことを話した。
「四竜様にあったのか……」
「父さんも昔あったって話してたよね」
「ああ……。正しくはその使いが来たのだけどな。私が村の長役を引き継ぐときにいらっしゃったよ」
「……追放されるって言ってた」
「竜の血を継ぐ王の命令だ。仕方のないことだろう」
「それでもやっぱり納得できない……」
「父さんもだよ。アレン」
静まった部屋に、パチパチと薪の燃える音だけが聞こえる。
二人は自然とうつむき祈りを捧げていた。
「……アレン、今日はもう遅い。そろそろ休もうか」
「そうだね、おやすみ」
「ああ……」
アレンが部屋に戻ると、ブレイナンは深いため息をついた……。