はっちんの手は魔法の手
夕飯は食べて無かったから、吐く物が無かった。だけど気持ちが悪いのは、精神的な物だっておばさんが言ってた。
一人になってから、ずっと逃げてた現実。
口に出した事によって、抱え込んでたストレスも表に出たんだろうって。そんなに弱かったのか、私。びっくりだ。
「すぐ片付ける。横になってろ。」
散らかった部屋、はっちんがテキパキ片付ける。
私はベッドで、はっちんの香りに包まれる。
「はっちん、いいよ、そのままで。」
手招きしたら、側に来てくれた。
頭を撫でられて気持ちが良くて、目を閉じる。
「仕事、疲れたでしょう?ご飯はちゃんと食べた?」
「食べたよ。ちゃんと食べないのはみゃーだろ?」
「一人のご飯はおいしくない。お腹も、最近減らない。」
変な間。目を開けたら、はっちんが泣きそうだ。
「はっちんがいる時は、食べてる。学校のお昼も、さっちん達がいるから、食べるよ。」
「それ、以外は?」
「食べないねー。明日は、食べるよ。…お風呂、入っておいで。一緒に寝よう?」
「……待ってろ。すぐ、戻る。」
触れるだけのキスをくれたはっちんは、着替えを持って出て行った。
はっちんの部屋は、はっちんの存在を感じて、落ち着く。
枕に顔を埋めるとはっちんの匂い。二人同じ香水の香りも、少しする。
あの香水、仕事で使ったんだって。ユニセックスで甘すぎない、森の中で咲く野花ってイメージの香り。それが、私のイメージだって言って、くれた。
あの香水を付けてると、ふとした時に、はっちんに守られてるような気がするんだ。側にいない時でも、はっちんは私を守ってくれてる。
こんな風に、お母さんも、あの男の人を好きになったのかな?
お父さんの浮気を知って、辛くて、どんどんどんどん、悪い方へと進んで行く。修復しようとしても、上手く行かない。
一度ハマると、簡単には抜け出せない泥沼。
娘はまだ子供で、頼れなかった。
だから、あの男の人に縋った?私がはっちんに縋ってるみたいに。そう考えると、私は、お母さんを捨てられない。だけどお母さんは、私を捨てた。
思考の泥沼。誰か、助けて……
「みゃー?泣いてんの?」
「……ほんとにはっちんは、天使だなぁ。」
雫が垂れそうな、濡れた髪。本当に急いで戻って来てくれたみたいだ。
起き上がって手を伸ばして、私ははっちんの肩に掛かってたタオルで髪を拭いてあげる。はっちんは、大人しくされるがまま。
「みゃー、具合は?」
「んー、くらくらは、治まったかな?でも、胃が痛い。」
「胃薬、飲む?」
「胃薬、嫌い。」
「マズイもんな。でも、その我儘は聞かない。」
八重歯が覗く、可愛い笑顔。
はっちんは私の頭をぽんと撫でて、苦い胃薬を取りに行っちゃった。
多分この感じ、飲んだ方が良いとは思う。ギリギリする。
なんだろ?一気にあちこち、具合が悪い。
「なんか、顔色悪いな。胃薬飲んだら、寝よう。今、なんか食えそう?」
「無理。胃が、痛い…」
覚悟を決めて、苦くてマズイ胃薬を飲んだ。
胃を摩りながら、また横になる。
ギリギリ、ギリギリ。
胃が、締め付けられるみたいだ。
なんか、溜息が出る。胸が苦しい。
「みゃー、おいで。」
薬のゴミとグラスを片付けたはっちんが戻って来て、隣に横になる。
呼ばれて擦り寄って、はっちんの腕の中におさまる。
「腕枕、腕、痺れない?」
「みゃーが眠るまで。痺れたら、枕と入れ替える。」
「ねぇ、胃、摩って?」
「わかった。そんなに痛い?」
「痛い。胸の所も、何かあるみたいな感じで、苦しい。」
「……明日、病院行くか?」
「精神科って事?やだ。」
「胃だろ?内科とか?」
「どっちにしろ、やだ。はっちんがいたら、治る。」
「俺は医者でも薬でもねぇよ?」
「大丈夫だから、ぎゅってしてて欲しい。」
「……わかった。おやすみ、みゃー。」
「おやすみ、はっちん。大好き。」
「俺もだよ。」
体からほっと力が抜けて、はっちんが手を当ててくれてると胃の痛みも和らぐ気がして、私はすごく、眠たくなった。
起きたらはっちんがいなかった。それに、気分も体も、なんだかどよーんって感じ。風邪とは、違う。
無性にはっちんに会いたくて、探しに行く。
はっちんはリビングで、おじさんとおばさんといた。なんか、真剣なお話中。だけど私に気が付いたら、お話は終わっちゃった。邪魔したみたいだ。
「みゃー、顔色ヤバイな。」
「そうかね?なんだかどよーんとする。」
近付いて来たはっちんの大きな手がおでこに触れて、熱を計られた。でも熱は無いと思う。
「都ちゃん、食欲はある?」
おばさんに聞かれて、首を横に振る。
「なんか、胃がシュワシュワする。」
「やっぱ病院」
「やだ」
はっちんの困り顔。そんな顔されても、嫌なもんは嫌だ。
「はっちんがハグしてくれたら治るー」
ぽてんてくっ付いたら、はっちんの手が背中と髪を撫でてくれる。
ほらやっぱり。楽になった。
「朝ごはん、消化に良い物にするわね。」
「手伝うー。」
「今日は良いわよ。学校は行けそう?」
「行く!着替えて来るなりよ。」
角田一家に見送られて、私は自分の家に一人で戻った。
顔洗って歯を磨いて、制服に着替える。髪の手入れと顔面改造をしようとして、手が止まる。なんだかやる気が湧かない。
こりゃ、マズイ。
「みゃー?ぼーっとして、どうした?」
どれだけ時間が経ったのか、完璧に準備を終えたはっちんが洗面所に顔を出した。のろのろしてた所為か、髪をまだ梳かしただけだ。
「おぅはっちん。タイムスリップー」
「何言ってんの?」
「顔、いつもと違うけど問題かな?」
「?顔色は悪いけど、いつも通り可愛い。みゃーに化粧はいらないと思う。」
「じゃあいっかー。髪だけ結う。すぐ終わる。」
「……なぁ、そんな具合悪いなら、学校休むか?」
「行く。この前休んだばっか。あんまり休むと内申に響く。」
「無理はすんなよ。」
「あいあいさー」
ちょちょちょいっと頭の上にお団子を作ってみた。顔はいつもより薄いけど、まぁ良いだろう。
「はっちん、濃ゆーいチューして?」
待っててくれたはっちんにおねだりしてみる。
真っ赤で照れて、可愛い。
シャツの胸元掴んで引き寄せたら、抵抗なく唇が重なる。
ちゅちゅちゅって音を立てるチューの後、ぬるりと舌が絡まる。
腰をぐって引き寄せられて、体が密着した。なんだかはっちんの唾液が美味しいって感じて、夢中で舐めた。私は変態か。
「やば…勃った。」
「あれまー、鎮まりたまえー」
「みゃー、色気あんのか無いのかどっちだ?」
「両方?クララは車椅子に戻ったかね?」
「あー…戻った戻った。」
苦笑したはっちんに手を引かれて、鞄を持って角田家へ。今日ははっちんのお仕事が無いから、私の体調次第でお話は夜にしましょうってなった。
やっぱり、誰かと食べるご飯は美味しかった。