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はっちんと未来のご相談

 はっちんの家のリビングでおじさんおばさんと向かい合ったら、なんだか緊張した。

 はっちんと並んでフローリングに正座してソファに座ってる二人を見上げて、私は土下座をしてみた。


「夜分遅くに申し訳ないのですが、ご相談が御座りまする!」

「え?みゃー、なんで土下座?」


 それはやってみたかっただけだと心の中で答えて、私は土下座キープ。


「なんだ、遂に結婚か?」

「まぁ!私お姑さん?仲良くしましょーね、都ちゃん!」

「いっそ籍入れちゃいたいけど、俺まだ十七だから。とりあえずみゃー、顔上げろ。」

「ここは、"面をあげーぃ"って言ってもらいたい。」

「えー……俺が?」

「誰でも良いよー。頭に血が上るよー」

「ここはあなたがやるべきね。」

「大役だな。」


 おばさんに促されたおじさんが背筋を伸ばす音がして、咳払いをした。


「面をあげーぃ!」

「ははー!……うぉう、くらっとするぜ。」


 遊びに付き合ってくれたおじさんにお礼を言って、はっちんには苦い笑みを向けられた。ちょっと緊張が解れて、私は本題を口にする。


「携帯が壊れたんです。うちの親の携帯番号、知ってますか?」

「……知ってるよ。だけど連絡をするなら、おじさんも一緒に、ご両親とお話をしたいな。」


 柔和な笑みで、だけど有無を言わせない大人の威厳みたいな物を感じる。だけどそれは、おじさんの優しさだ。私を、心配してくれてる。


「瑛都から、おじさんとおばさんはうちの事情を知ってるって聞きました。何処まで、ご存知ですか?」

「難しい質問だな。もしかしたら逆に、都ちゃんが知らない事も知っているのかもしれない。」


 なるほど、その可能性は考えてなかった。


「構いません。私も、そろそろ進路を決めるギリギリの時期です。全てを知った上でないと、親と対等に話せないんじゃないかって思います。……私を、助けてくれますか?」

「もちろんだよ。そう言ってくれるのを、ずっと待ってたよ。」


 おじさんに八重歯は無いけど、笑顔がはっちんみたいに優しい。だからなんだか、安心する。


「足、痺れるでしょう?都ちゃんも瑛都も、そっちに座りなさい。」


 おばさんに促されて、私達はダイニングテーブルに移動した。足は既に、ちょっと痺れてる。


「あー、はっちん、触ってはならぬ!」

「みゃーはほんと、締まんねぇよなぁ。」

「逆に聞きたい、はっちんは痺れていないのかと!」

「これぐらいなら大丈夫。みゃーが軟弱なんだよ。」

「なにをぅ!」

「はいはい座ったー。みゃーは緊張する程ふざけるよな。」


 仕方ないなって笑われて、私はぐっと詰まる。はっちんには全てお見通しのようだ。


「怖いなら、手、繋いでてやるよ。」

「うむ。そうしてくれると、助かる。」


 そろりと伸ばした手を握られて、なんだか逆に、緊張が増した。


「夜遅いのに、ごめんなさい。瑛都がいないと、一人だと、怖くて…」

「気にしなくて良いよ。未来の嫁に頼られるのは、僕達も嬉しい。」

「そうよ。ずっと何かしたかったけれど、難しい問題だから、都ちゃんから来てくれるのを待とうって決めてたの。」


 本当なら、他人の家庭の事情に巻き込まれたくなんて無いはずだ。厄介事を持ち込もうとしてるのに、二人の笑顔は、どこまでも優しい。


「みゃー、余計な事考えんな。」


 きゅっと手を握ってくれたはっちんを見返して、私は頷いた。

 私は、私の知ってる両親の事を話す。

 私の誕生日だった今年の五月十三日に、お父さんが出て行った事。仕事は毎日行ってて、今は浮気相手の家にいる事。お母さんはそのすぐ後、五月の末には男が迎えに来て、出て行ってしまった事。毎月父親名義の口座にお金が振り込まれていて、渡されているキャッシュカードで下ろして生活をしていた。お父さんが出て行く時に、大学費用を出す代わりに生活費は高校を卒業して一年後までだと言われた事を、話した。


「生活費と言っても、今の所公共料金は父の別の口座から落ちているみたいなので、食費とおこづかいです。」

「ちなみに、毎月いくらだい?」

「五万です。全額下ろして、自分名義の口座に移しています。キャッシュカードも通帳も印鑑も、自分で確保してあります。」


 おじさんが微笑んで、しっかりしているねって、褒めてくれた。


「でも、問題は大学なんです。もし大学に入ったとして、その学費の支払いを最後までしてもらえるという保証はありません。もし途中で投げ出されたら、私は私の首を絞める事になります。」

「そうだね。相手は若い子のようだ。これからあちらに子供が出来る可能性もある。その場合、支払いをしてもらえなくなる可能性は高い。」

「かと言って、高卒で働くというのも考えてしまうんです。大卒よりも稼ぎが落ちます。行けるのであれば、大学には行きたい。でも私、貯金は百万も無いです。」


 しょんぼり落ち込んだら、おじさんとおばさん、はっちんまでが何かに驚いてる。なんだろって首を傾げてみたら、はっちんが口を開いた。


「貯金、いくら?」


 はっちん達ならいっかって思って、私は指で大体の額を示す。


「き、九十って…みゃー、バイトした事ないよな?」

「ない。お母さんが許してくれなかったから。」

「それで、なんでそんなに持ってんの?毎月五万の生活費全部貯金してたって、そんないかないよな?」


 そこに驚いたのかって納得して、私はニヤリって笑う。ちょっと脱線して、私の悪事を披露した。

 中学入る前には家庭崩壊の危機を感じていたから、小遣いは全額貯金。何かを買いたい時には、お母さんが側にいない時お父さんにこう言うのだ。


『欲しい物がね、あるの。でもお小遣いじゃ足りなくて…我慢、だよね?』


 悲しそうに目を伏せて、尚且つ身を寄せるのがポイントだ。しかもほろ酔いぐらいの時は、ちょっと多めにくれる。


「あとはね、お母さんの手伝いをするの。その時に、強請る。父、母、各個攻撃作戦!」


 ぐっと拳を握り締めて語ったら、はっちんの顔が引きつった。おじさんとおばさんは苦笑い。


「本当はね、大学費用も確保しようって、私用に貯金してるって聞いてた通帳も確保しようとしたんだ。でもそれ、使い込まれた後だった。」

「それ、誰が?」


 はっちん、眉間に皺が刻まれた。


「多分お母さん。男に貢いだんだよ。それをお父さんが怒ってるのを聞いた。それからずっと、お父さんがうちのお金管理して、お母さんに渡すのは生活費だけだった。」


 だから生活費のキャッシュカードも、お父さんは私にくれたんだ。


「なるほどね。都ちゃんは僕らが思っていたよりもかなりしっかりと、自分の両親を観察していた訳だね。」

「これが、私が知ってる事全部です。補足はありますか?」


 聞いてみたら、おじさんは少し間を開けた後に優しく笑った。


「大まかな事を知ってるなら、それで良いと僕は思う。それとも、もっと細かい事を知りたい?」


 やっぱり、私よりも知ってる事は多いんだ。お母さんとおばさんは友達だったから、何か相談を受けていたのかもしれない。

 私は、悩む。興味はある。でもそれを聞くのは怖い。

 はっちんの手を強く握って、私は深呼吸した。


「例えば、どんな事ですか?」


 真っ直ぐおじさんを見て、聞いてみた。おじさんは困った顔で、教えてくれる。


「例えば、都ちゃんの大学費用が消えた先。それぞれいつからか、お母さんを迎えに来た男は何者か、とかかな。」

「浮気はお父さんが先というのは知ってます。お母さんの男は、見た感じあまり良い印象はしませんでした。多分その内、捨てられます。」

「…お母さんが帰って来たら、都ちゃんはどうする?」

「……………わかりません。」


 受け入れるのか、拒絶するのか、自分の反応が見当もつかない。


「ごめんね、都ちゃん。キツイ事を言うよ。」


 前置きされて、私は頷く。

 元気付けるみたいに、はっちんの手に力が入った。


「彼女は弱い人だから、男に捨てられれば君の所に戻ってくるだろう。だけどね、安易に受け入れてしまえば、都ちゃんの人生まで、共倒れになる危険があるよ。」


 ヒステリーに泣き叫ぶお母さん。

 お金の事を責められて、彼女は全部、お父さんが悪いんだって、詰った。確かにきっかけはお父さんだ。でも、お母さんだって間違えた。そして出て行く時、あの人は男しか見ていなかった。私の存在を、彼女は、無い物とした。


 ダメだ…心が、負ける……

 私という存在が…崩れそうだ……


「みゃー、吐く?」

「吐く…かも……」


 ぐるぐる、ぐるぐる、気持ちが悪い。

 はっちんにそっと抱えられて、トイレに連行された。

 不甲斐ない。

 向き合おうって決めた癖に、なんて私は、ダメなんだ。


「みゃー、無理する必要は無い。焦るな。続きは、また明日にしよう?」

「こんな、タイミング…おじさん、気にしちゃう…ごめっ……」


 ごめんなさい。

 だけど、気持ちが悪い。すごく怖い。


「親父は大丈夫。……震えてる。そりゃ、怖いよな。ごめんな、みゃー。」


 なんで、はっちんが謝るんだ?

 聞きたいけど、口を開けたら、吐く。


「みゃーが逃げようとしてんの、知ってる。でも俺、逃がさないから、ごめん。守りたいのに、辛い思いをさせる。」


 私は手を伸ばして、はっちんの手を握った。それで無理矢理、笑う。


「側にいて…?頑張る……」


 でも今日は、ごめんなさい。

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