私にとってのはっちん
味噌汁の具は、豆腐となめこが一番好き。
洋食より和食派。
和食の時は味噌汁が必ずないと嫌。
甘い物が大好きで、プリン、サツマイモのケーキ、甘々のチョコレートのケーキも大好き。だけど体型気にしてて、甘い物を食べたら必ず走る。
洋服が好きだから、モデルにも興味があった。
演技もやってみたらハマったみたい。
ストイックに何かを突き詰めるのだって好き。
それでいて、私の事はぐずぐずに甘やかすのが好き。
「みゃー、寝てんの?みゃー?」
机に突っ伏して寝てた私を揺すって、心配そうな声。
「お帰り、お疲れさん。」
目を開けたら、あからさまにほっとした顔。なんの心配したんだかって、ちょっと呆れる。
「今何時?」
「十時過ぎ。いつから寝てんの?」
「んー……覚えてない。」
「こんな所で寝たら風邪引くだろ。夕飯は?」
「はっちんは?」
「俺は食って来た。」
「着替えてないね。おばさんには声掛けた?」
「掛けてから来た。大丈夫。」
「そうかい」
会話が途切れて、私は立ち上がる。
ケーキ、食べるよね。
「みゃー携帯は?」
「あー、壊れた。」
「どんな風に?」
「ポッケから落ちてぐしゃりとね。困ったー」
「嘘だろ?」
「……水攻めしてみた。」
「なんで?」
「何処まで耐えられるだろうかとね、耐久実験。」
「嘘だ。」
「何故だ?」
振り向いて聞き返したら、はっちんは真っ直ぐに私を見てた。
はっちんの瞳は綺麗。だから、怖い。
「飯田紗南から聞いた。捨てんの?俺も。」
「そう出来たら、楽だ。」
「それは、捨てられないって事?」
答えたくなくて、目を逸らした。
「ケーキ、焼いたんだ。はっちんが、笑ってくれるって思って。」
「食べる。」
少しぎこちないけど、はっちんが笑ってくれて、ほっとする。
ダイニングテーブルに隣り合って座って、切り分けたケーキをはっちんの前に置いた。私はそのまま、はっちんが食べるのを見守る。でも、想像してた笑顔が見られない。表情が、固い。
「みゃーも食え。どうせ夕飯、食ってないんだろ?昼は?」
「……お弁当箱は、冷蔵庫にいる。」
呆れた溜息。
ずいっと、ケーキが刺さったフォークを差し出されて、私は食べる。
ほろり崩れる自然の甘み、噛み締めてたら、何かが込み上げて来た。
「もっと食え。」
飲み込む度に差し出されて、私はそれを食べる。食べながら、奥歯で噛み締めて、込み上げて来る物を堪えた。
お腹がいっぱいになるまで食べさせられて、満腹だって言ったら、やっと、はっちんが笑ってくれた。ちらり覗いた八重歯に、酷く安心する。
それでもう、堪えられなくなった。
「みゃー?俺は一生、離れないよ。捨てないし、独りにもしない。」
「嘘、だ…」
「一生掛けて、証明する。」
なんではっちんはこんなにいつも、優しいんだろ。
はっちんはいつも、私の心を救い上げる。
「飯田紗南、心配してた。俺があの人に突っかかるのは、ただのヤキモチ。みゃーはあの人、大好きだろ?だからムカつくの。向こうも多分、同じ理由。」
溢れ出したしょっぱい物が止められない私を抱き締めて、髪を撫でてくれながら、はっちんがそんな事を言った。よくわからなくて首を傾げたら、はっちんは優しい、優しい顔で笑う。
「あの人も、俺にみゃー取られるのが気に食わなかったんだよ。みゃーは誰とでも仲良くなれるけど、線引きして壁作るだろ?でも、飯田紗南には、その壁がないだろ?」
聞かれて、こくんて頷いた。
喉が引きつって、上手く息が出来なくて、喋れない。
さっちんはだって、壁作っても壊すんだ。だから、ずっと友達でいたかった。だけどもう無理。私が自分で、終わらせたから。
「諦めんな。あの人は、そんなんで見捨てる人じゃない。だからこそ、みゃーはあの人が好きなんだよ。」
なんでそんなん、はっちんにわかるんだ。視線で訴えたら、はっちんは笑った。
「わかるさ。どんだけ長い事、俺がみゃーを見て来たと思ってんの?ずっと、みゃーの事を考えて俺は生きてんの。」
「お、ばか、ですか?」
「馬鹿だよ。だから言ったじゃん、結婚しようって。あの時も、今も本気。」
「結婚は、しない。」
「するよ。その内、その気にさせる。」
「愛ある結婚は、壊れるんだ。永遠は、ない。」
うちの両親だって、最初は愛し合ってたんだ。昔は幸せな、普通の家庭だった。だけど何処かでボタンを掛け違えて、それを直せずずるずると歪みは大きくなって、ついに壊れた。
涙は引っ込んで、気持ちがすっと冷えて行く。
はっちんの顔は見ない。見たら、またズルい私は縋り付くって知ってるから、体を離してって、両手で押す。
「都は、馬鹿だなぁ。」
柔らかで、穏やかな声。
私の天使はこの声の時、仕方ないなって感じでふわりと笑ってるって、知ってる。
「永遠が無いから、努力をするんだよ。都のうちは、その努力を放棄したから壊れた。諦めるから、そこで全部終わる。」
「そんな綺麗事、壊れてないから、言える。」
「そうだよ。壊れない物を知ってる俺だから、都を引き上げてやれる。」
「そんなん、はっちんが損をする。私は寄生虫だ。はっちんを食い尽くす。」
「いいよ。損だなんて思わねぇから。」
はっちんは、馬鹿だ。
優しい馬鹿。
そんなはっちんの顔を見上げて、あぁやっぱり、この手を放せないって、思う。
独りにしないで。
置いて行かないで。
縋り付いて、だけどはっちんは、受け止めてくれる。
ごめん、瑛都。あなたは私なんかに会ったから、損をする。
「好きだよ、みゃー。俺を利用してよ。」
「キス、して。どろどろに甘いやつ…」
とろり蜂蜜の笑みを浮かべたはっちんの唇が、優しく降って来る。
顔中啄ばむキスの後で唇に落とされたのは、望んだ通り、甘く、甘く、どろどろに甘い口付け。
「私が、欲しい?」
キスの合間に聞いてみたら、途端、はっちんは真っ赤で困った顔になった。
「それ、どういう意味で?」
「全部の意味で。心も、身体も、全部。」
「そりゃもちろん、欲しい、けど…大切だから、今は心だけちょうだい?」
「それをあげたら、はっちんを私に縛れる?」
「みゃーは本当に馬鹿だなぁ。」
仕方ないなぁっていうこの笑顔が、大好き。
「俺はもうずっと、縛られてる。」
「ごめんね、好きになって、ごめん。瑛都が好き。大好き。」
「うん。俺も、都が大好き。」
はっちんはその後、私が水攻めした携帯を救い上げて、苦く笑った。
今度携帯買いに行こうって言われたけど、私は首を横に振る。携帯があると、あの人達から連絡が無いかを気にして、結局無くて落ち込むのが、嫌。そう言ったら、はっちんは悲しそうに、笑った。