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はっちんとお正月休み

 膝の上でゴロゴロ甘えて来る人が目の前のテレビに映ってるのって、変な感じだ。

 猫っ毛はふわふわ、猫目はキラキラ、八重歯がキュートな私の大好きな男の人。芸能人のはっちんは、今日もお家では私のニャンコです。


「はっちんが一番カッコイイねー」


 角田(つのだ)家のリビングに置かれたテレビでは、お正月特番が流れてる。若手俳優やイケメンアイドル達がクイズやスポーツで競って勝敗を決めるらしい。イケメンがいっぱいでキラキラしいけど、その中でもやっぱりはっちんがぶっちぎりの一番だ。


「みゃー!好きだ!!」


 膝の上の猫っ毛を撫でてたら、襲われた。

 ぎゅうぎゅうのハグで、覆い被さられてる所為で仰け反る私をはっちんは両腕で支えてる。だから私は脱力して、はっちんに身を預ける。


「はっちんー、重いー」

「みゃーみゃーみゃーみゃーみゃー!」


 グリグリ頬擦り。猫っ毛がほわほわ当たってくすぐったい。

 "エイトの彼女"騒ぎははっちんの所属事務所の対応がしっかりしてたからか、特に被害を被るって事は無かった。まぁ、街中を歩いてると写真撮られたり、声掛けられたりとかはあるけど、追い掛けられたのはあの駅での一回切りだ。知らない人から温かく見守る視線を最近感じるのは、気の所為ではないと思う。


「お正月は良いねー、一日中はっちんとまったりのんびり出来るのなんて久しぶりー」

「そうねぇ、最近は瑛都、ほとんどうちにいないものね?」

「僕らにしたら、都ちゃんを瑛都に取られなくて済んでそれも良かったけどな。」


 そうねって言って、ママンが茶目っ気たっぷりの笑顔。

 パパンの冗談ではっちんの腕の拘束が強くなって、私は苦しい。


「みゃー、俺の部屋行こう?本物がここにいるんだから、テレビはもう良いだろ?」

「待てはっちん。このクイズ中々面白いよー。答えが気になる!」

「全部覚えてる。俺の部屋で、クイズ出してやるよ。」


 はっちんのその表情に私は弱い。

 お願いお願いって、瞳で訴えられると言う事を聞きたくなるんだ。私のニャンコ、侮り難し!


「都ちゃんが御節頑張ってくれて楽させてもらったから、今日は私が夕飯の支度をするわ。」


 今日はすき焼きだって!豪華!楽しみだなぁ。

 年末は大掃除と御節作りを私は張り切ってやった。初給料で材料を買い揃えて、ぜーんぶ自分で作ったんだ。角田(つのだ)家のみんなに喜んでもらえて、すっごく嬉しい。


「みゃーみゃー、キスして?」


 クイズは後回しみたい。

 おねだりされた私は、ベッドに座ったはっちんの膝に跨ってキスをする。

 軽く触れるだけ。わざと焦らして、はっちんの表情観察。

 一回だけ唇に触れて、頬、鼻、瞼ってキスをする。焦れて来たはっちんが自分から唇を合わせようとするけど、私はするりと逃げる。焦らされて不満顔のはっちん、かーわいい!


「意地悪。…飴、食べたくねぇ?」

「あんまり飴ばっか食べると太るよー」

「なら一つだけ。後で筋トレするから、手伝って?」

「うむー、仕方あるまい。何味が良い?」

「チェリーかな。」

「あいよー」


 棚に置いてある掌サイズの缶を取って、私はチェリー味を探し出す。見つけた飴をカランと口に放り込んで、はっちんの隣に座る。

 これ、はっちんが最近ハマってる遊び。飴取りゲーム。口の中の飴を取り合うの。こんなの何処で覚えて来るのか謎だ。はっちんはムッツリスケベだと思う。


「……これさ、勝てる気がしない。」


 飴を死守するも奪われて、今度は奪い返そうとしたけど無理!ベロが筋肉痛になる!


「みゃーはベロも可愛いな。」

「はっちんはベロまで強い。」


 満足したのかご機嫌顔でチェリー味の飴をカラカラ転がして、膝に擦り寄って来る。

 ゴロゴロみゃーみゃーするニャンコが愛しくて、私は猫っ毛をぐちゃぐちゃに掻き回して遊んだ。


「チンダル現象。さっきの答え。」

「天使の梯子のが良いねー。夢がある!」

「だな。だけど理系脳のやつはチンダル現象って言い張るらしいよ。」


 はっちんが出てたさっきの番組、簡単な物からマニアックな物まで、いろんな問題が出たみたい。

 膝の上で寝転がって、はっちんは色んなクイズを出してくれる。楽しいけど、全部覚えてるなんて凄いって感心してしまう。

 二人でちょびっとお昼寝したり、ゴロゴロしてたらいつの間にか夜で、夕飯は四人ですき焼きを食べた。楽しい時間って、あっという間に過ぎちゃう。

 三ヶ日が終わったら、はっちんはまたお仕事。春日さんが車でお迎えにやって来たから新年のご挨拶して、二人にお弁当を渡した。栄養バランス考えて誰かの為に料理するのって、好き。


「俺のまで、いつもありがとう。」


 スーツの似合う春日さん。頼れるお兄さんって感じの人で、"エイトの彼女"騒動から良くお世話になってる。この人がはっちんをスカウトしたんだよね。


「ごめんね、エイトを取ってばかりで。」

「いーえ。春日さんもお仕事お疲れ様です。はっちんも、頑張れー」


 きゅうって抱き付いてお見送り。ここ数日はずっと一緒にいられたから、寂しいな。


「鍵とチェーン、忘れるなよ?」

「あーい」


 二人の乗った車を見送って、私はマンションに戻る。

 原田家の自分の部屋のベッドにうつ伏せになって、携帯と睨めっこ。

 実は少し、期待をしてたんだ。私の顔も、テレビに出てた。だからお母さん、連絡くれるかなって。だけど実際は、お正月でも音沙汰無し。電話もメールも無視されてる。

 お父さんはモデルの事は特に触れて来ない。でも新年の挨拶のメール、返してくれた。

 私って、お母さんの何なのかな?

 気分が暗くなり掛けて、私は起き上がる。こんな時は幸せなお話に浸かるのに限る!ママンとパパンは親戚へのご挨拶に出掛けちゃって今日は帰って来ない。私も誘われたけど、まだ正式に嫁な訳じゃない立場で微妙だから、お断りしてお留守番。はっちんはまた別の時にご挨拶に行くみたいだ。

 シリーズ物のファンタジー小説に没頭して、気付いたら日が暮れてた。ご飯食べなくちゃなって思って、体を伸ばす。

 角田家からもらったお餅があるから、磯辺巻きにして食べる。

 お風呂も入っちゃおうかなって考えてたら、玄関のベルが鳴った。


「都ちゃん、お父さんだよぉ。」


 ぞっとした。

 インターホンの映像に映ってた顔は、知ってる。でもこの人は、私の父親なんかじゃない。


「いるよね?電気付いてるもんね?開けてよ。お話があるんだぁ。」


 猫撫で声が、ぞわぞわする。

 嫌な予感しかしなくて、私は画面を見つめて固まる。映ってるその男は、お母さんを迎えに来た人。


「シカト?酷くないかな?寒いんだけど?」


 ガチャガチャ、ガチャガチャ、ドアノブを回す音。もし男がお母さんから鍵を受け取ってても、はっちんの言い付けを守ってドアチェーンもしてある。

 それでも安全だとは思えなくて、恐怖で身が竦む。


「………どのようなご用件でしょうか?」


 通話ボタンを押して、話し掛けてみた。もしお母さん関係の事なら、聞かない訳にいかないなって思った。

 でもすぐに後悔。

 画面の向こうで男が、にたぁって笑う。嫌な感じのする笑い方。


「とりあえず入れてくれない?」

「それは出来ません。」

「なんで?俺、都ちゃんのお父さんになるんだけどなぁ?」

「……ご用件を、仰って下さい。」

「和子が可愛げが無いって言ってたけど、本っ当、可愛くねぇな?」


 優しい声で、表情で、男はドアを蹴飛ばした。ガンッて、大きな音が響く。


「まぁいいや。ニュース見たんだよねぇ、都ちゃんの彼氏、イケメンで芸能人らしいじゃん?お父さんさぁ、お金に困ってて、助けてくれねぇかな?」


 何度も、玄関のドアが蹴られてる。

 はっちんはまだ仕事中だし、連絡、取れない。

 携帯を取りに部屋に行って、私はアドレス帳を開く。手が震えて、上手く操作が出来ない。


「またシカトぉ?…前チラッと会った時も思ったけどさ、都ちゃんって可愛いよねぇ?モデルやってんだろう?稼げんの?育ててもらったんだからさぁ、お母さんに恩返ししようとか思わねぇの?なぁ?聞いてんのかよっ!!」


 玄関のドアが壊されそう。

 お母さんは、今、何処にいるの?


『都ちゃん?どうかした?』


 携帯から聞こえた声に少し、ほっとする。


「す、すみませっ…お仕事中、ひっ」


 一際大きな音がして、自分の口から悲鳴が漏れた。男は猫撫で声をやめて、怒鳴り始めてる。


『何?これ、テレビの音とかじゃないよね?話せる?都ちゃん?』

「え、瑛都……助けて、男の人が、怒鳴ってるん、です…ごめ、なさい。ど、どうしたら良いか…わかんないんです…」

『電話、このままにして。警察呼ぶ。今、家?』

「自分の、家です。」


 電話の向こうで、春日さんが誰かに話し掛けてる声がする。

 玄関の方では音が凄くなってる。あの人、ドアを壊そうとしてる。


『みゃー?どうした?何があった?』


 春日さんが代わってくれたのか、はっちんの声。一気に涙、溢れて来た。


「はっち、ん…おか、さんの相手が来て、お金貸せって、怒鳴ってる。」

『玄関、鍵は?チェーンもしてる?』

「してる。今、自分の部屋」

『部屋も鍵して。今春日さんが警察に電話してるから、すぐ、警察が来る。』

「仕事中、ごめんなさい…」

『俺の方がごめん、側にいられなくて。』


 電話で見えないのに、私はぶんぶん首を横に振る。

 はっちんの声聞いてたらちょっと冷静になれた。はっちんの顔しか浮かばなくて側にいるはずの春日さんに電話しちゃったけど、よく考えたら、自分で警察に電話したら良かったんだ。


「みーやーこーちゃーん、また来るからな。」


 ドアを蹴飛ばす大きな音がして、走って行く足音がした。


「はっちん…いなくなった。また、来るって…」


 放心状態で、体から力が抜ける。


『みゃー、まだそこにいて。警察来るまで動かない方が良い。ごめん。飛んで行けなくて、ごめん。』

「だい、じょぶ。ありがと…春日さんにも、お礼、言わなくちゃ…」


 警察はすぐに来てくれた。

 どうやら、ご近所の人も通報してくれてたみたい。両親の事を聞かれて、私は答えに困った。全部を正直には話せなくて、男がお母さんの恋人で、連絡が取れていないから居場所はわからないって事だけを伝えた。

 この出来事が私の生活にどんな変化をもたらすのか、私にはまだわからない。あの男が今後何をしてくるのかもわからなくて、それは、途轍もない恐怖だった。

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