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はっちん専属鬼マネージャー

 夏が終わって、夜は少し肌寒くなって来た。

 私は薄手の長袖パーカーを着て自転車に跨る。

 はっちんは薄手のトレーニングウェア着て、マンションの前で軽く準備運動。


「うっし!行くぜ、みゃー!」

「おー、頑張れー」


 走り出したはっちんの後を、私はシャコシャコ自転車を漕いで着いて行く。はっちんはここから一時間くらい走る。私は走るはっちんをただ眺めるだけ。私としてはのんびり自分の部屋で小説か漫画でも読んで待っていたいけれど、いつもはっちんは私を力尽くで連れ出す。

 シャコシャコシャコシャコ、自転車の音。

 はっちんの短い呼吸音。

 はっちんが立てる足音。

 静かな住宅街の中。私はそんな音を聞きながらはっちんの背中に着いて行く。

 走るコースは三種類。

 今日はその中の一つ、土手沿いコース。

 私の自転車のライトが足元を照らして、鼻をくすぐるのは草と土の匂い。

 頭の上には薄い星空。昔、山に連れて行って貰った時にはっちんと見た天の川を思い出す。私の思い出には、必ずはっちんがいる。

 今も、私の側にははっちん。

 はっちんは、いつまで、私の側にいてくれんだろ。


「みゃー、どうした?」


 はっちんがゆっくり止まって、私も止まった。

 なんだろって首を傾げてたら、はっちんの汗臭いタオルで顔を拭われる。


「うぇー、汗臭い。」

「仕方ねぇだろ、これしかない。で?どうした?何考えてた?」

「なんにもー」

「泣いてたじゃん。」

「汗なりよー」

「心の汗か?」

「それそれー」


 はっちんは、こういう時には誤魔化されてくれない。

 真剣な顔でじっと見られて、でも私はへらりと笑う。


「星がねー、綺麗だなって。」

「それだけか?」

「それだけさー」

「…………そういう事に、しておいてやる。」

「あんがと」


 はっちんは私の全部を知ってる。だから私は、時々はっちんが怖い。

 再び走り出した背中を追って、私は黙って自転車を漕いだ。


「今日、そっち泊まっから。」


 宣言したはっちんは自分の家に入って行く。私も自分の家に入ってシャワーを浴びる。丁寧に髪を乾かして、スキンケアも丁寧に。唇のケアだって忘れない。

 寝る準備を全部終えて、私は自分の部屋で読み掛けだった小説を開く。

 静かな部屋。

 本を捲る音だけが、部屋を満たす。

 しばらくそうして本に没頭していたら、部屋のドアが開いて私のニャンコが現れた。


「鍵、開けっぱにすんなって言ってんじゃん。不用心。」

「はっちん来るって言ってたからだよ。いつもは閉める。」

「俺が来る時はいつも開いてる。」

「それははっちんが来るからさ。」


 一つ、大きな溜息吐いたはっちんが私のベッドに潜り込んで来る。


「また、今日も遅いの?」

「んー……そだね。」


 本に視線を落としたまま、だけど私の目は、文字を追ってない。

 じっと見つめて来るはっちんの視線を見返すのが嫌だから、私はそうしてる。


「みゃー。みゃーには俺がいる。」

「そんなん言って、いつかきっと、いなくなる。」

「そう思うなら思っておけ。俺はみゃーから一生離れてやんねぇから。」


 嘘だ。

 思っても、口にはしない。

 永遠なんて無いんだよ。それは、物語の中だけ。だから私は、小説や、漫画や、映画、夢のある物語にのめり込む。いつも、その世界に浸っていたいと思う。


「俺を舐めるな。みゃーが考えてる事なんてお見通しだ。」

「だから、はっちんが怖い。」

「でもみゃーは、俺から離れられない。」

「うん。私はズルいから、優しいはっちんに縋る。」

「良いよ。好きなだけ縋って。」


 本を閉じて、横になる。

 目を閉じたら、はっちんが守るみたいに抱き締めてくれる。

 いつもすぐ側にある、はっちんの香り。

 優しいはっちんは私から離れない。

 そんなはっちんに縋ってたら、私は自分で、立てなくなる。

 私とはっちん、どっちがズルいのかなって考えながら、私は眠りについた。



 目が覚めた時、はっちんの腕の中で安心した。

 髪をずっと優しく梳かれてる。

 はっちんは、本当は朝に弱くなんか無い。部屋だって、自分で片付けられる。はっちんの行動は、全部私の為なんだ。

 朝起きないで寝たふりして私を待つのは、私に朝食を食べさせる為。

 部屋を毎回散らかすのは、私がここから出る口実を作る為。

 私がいないとはっちんはダメなんだって、私に思い込ませる為のアピール。


「都…」


 優しい優しいはっちんを、私はずっと利用してる。独りになりたくないから。


「好きだ。」


 でもこれは、本当の気持ちだよね、瑛都(えいと)…?



 私とはっちんの名前には、同んなじ漢字。それが母親同士が仲良くなったきっかけ。

 私が二歳の時にここに引っ越して来て、角田家が先にこのマンションにいた。お互い普通の家庭。家族ぐるみで仲良くして、だけどうちは少しずつ、壊れた。


「みゃー?そろそろ起きろ。飯、食おう。」

「…………はっちん、今日は?」

「今日は午後抜け。」

「ケーキでも焼きましょか?」

「おぅ、頼んだ。…うちにいる?」

「いんやぁ、こっちいる。」

「……わかった。」


 言いたい事、飲み込んだ間。

 壊れた原田家。ここにはもう、私しかいない。

 毎月生活費は入ってる。大学費用も出してくれる。私が十八になって、都はしっかりしてるし大人だからもういいだろう、だって。わかってたから、いいよって、私は答えた。

 お父さんがいなくなって、お母さんも、帰って来なくなった。

 でもそれは、誰にも話してない。はっちんにも、角田のおじさんおばさんにも。

 でも多分、はっちんは気付いてる。

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