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はっちんと私の決意

 放課後の電車、今日は一人じゃない。はっちんも雑誌の撮影のお仕事で同じ場所なんだって。帰りも一緒に帰れるみたいで嬉しいな。


「あの…エイトさん、ですよね?」


 乗り換えで降りた駅のホームで、話し掛けられた。

 大学生っぽいお姉さん二人組だ。はっちんの顔をじっと見て、繋いでる私達の手を見て、瞳が輝いた。何故?


「噂の彼女さんですか?」

「可愛いー!モデルさんとかですか?」


 うおぅ!興味津々。

 なんだか他の人達にまで、注目され始めてる。


「すみません。彼女、一般人なんで…」


 頭を抱え込まれて、守られた。

 なんか、心臓バクバクする。ちょと、怖い。


「ご、ごめんなさい。握手は…ご迷惑ですか?」

「良いですよ。でも彼女が一緒なんで、写真はごめんなさい。」

「全然!すみません!ありがとうございます!」


 一人一人握手して、お姉さん達は大喜びで去って行く。でもはっちんは、私を離してくれない。


「みゃー、電車やめよう。タクシー拾う。」

「あい」


 抱え込まれたまま階段降りて、改札抜けたけど…なんか、追い掛けられてる!


「ごめん、みゃー、走る。」

「う、うん…」


 手を繋いで走って、でも私、足遅いから足手まといだ。


「大丈夫、おいで。」


 ふわり優しく笑い掛けられて、でも何に追い掛けられてるのかわからなくて怖い。チラリと振り向いたら、若い男の子達だ。

 物陰に隠れてやり過ごして、大通りでタクシー拾って乗り込んで、やっと、安心した。


「巻き込んでごめん。最近テレビの仕事が多いから、気を付けろとは言われてたんだ。」

「な、なんで、追い掛けて来たの?」

「悪戯、かな?みゃーの顔写真撮って、ネットに上げたかったのかも。それか売るか。」

「わ、私?」

「俺の、彼女だから。みゃーの載る雑誌発売したらマズイかも。事務所と、牧さんと話さないと。電話、良い?」


 こくんて頷いたら、片手で私を抱き寄せて、はっちんは電話をする。

 まずはマネージャーさんみたい。もうスタジオにいるから、牧さんにはマネージャーさんから話して、私達が着いたら相談するみたいだ。

 電話が終わったら、両手で抱き締められた。


「有名税は、怖いですね?」

「だな。みゃーが一般人のままなら平気だったけど、モデルになると、騒がれる。」

「私、やっちゃダメだった?」


 不安で見上げてみたら、はっちんは微笑んで、首を横に振る。


「違う。俺が迂闊だったんだ。事務所からは可能性として、こうなるかもとは言われてた。でも俺、隠すの嫌で…。ガキで、ごめん。」

「ううん。ちゃんと言ってくれてたの、嬉しかった。」


 何が起きるのかとかよくわかんないけど…でも、隠されてたら多分、悲しかった。正直は良い事ばかりじゃないってわかってるけど、でも私は、凄く嬉しかったんだ。


「はっちんが側にいたら、怖くないよ。」


 何が起こっても、あなたが側にいてくれたら、私は耐えられるって思う。

 背中に両手を回したら、優しいけどキツく、抱き締めてくれる。


「もしかしたら、みゃーのプライバシー、侵害されるかもしれない。」

「それは、どういう風に?」

「………家の事、暴かれる可能性も、ある。」

「おー、ネグレクト。」

「あと、虐待。みゃーを守る為の相談、これからする。」

「んー、わかった。そんな酷い事にならない可能性もあるんでしょ?」

「……全部、可能性の話だ。でも、俺が悪い可能性無視した所為で、みゃーに怖い思いさせた。」

「そんな責任感じないでー、ダイジョブさ!ちょっとした非日常体験だったね!」


 外だと猫っ毛がほわほわじゃなくて残念。髪型崩すのは悪いから、私ははっちんの頬を撫でる。

 不安そうな顔。

 あーあー、唇噛んじゃって。


「血が出る。噛んだらダメ。」


 タクシーのおじさん、運転に集中してておくれって心の中でお願いして、触れるだけのキスをした。

 そんで私は、意識して穏やかに笑う。


「心配しないで、瑛都。私は大丈夫。」


 だけど何故か、はっちんは更に落ち込んでしまった。


「ガキな自分が、悔しい。」

「焦るなはっちん。大人は無理してなるもんじゃない。気付いたらなってるもんなんだ!多分!」

「よくわかんね。」

「私も、よくわかんない。でも良いじゃん。自分のペースで、生きて行こう?」

「…………うん。やっぱみゃー、大好き。」

「あんがと!私も大好き!」


 空気に徹してくれていたタクシーのおじさんが、支払い終わって降りる時に、良い事言うねお嬢ちゃんって褒めてくれた。そんで、何故か飴玉を二個くれた。

 ほらやっぱり、世の中捨てたもんじゃないよ!



 ビルに入ってエレベーターで十階へ。いつもの部屋に入ったら、注目を浴びた。


「二人とも、怪我はないか?」


 見た事あるスーツの男の人。確か、はっちんのマネージャーしてる人だ。


「すみません、春日さん。牧さんと皆さんも、ご迷惑お掛けします。」


 はっちんが頭を下げたから、私も下げる。

 なんだか重大なのか?

 私だけが呑気か?

 はっちんのマネージャーの春日さんと牧さん、あと知らない男の人が一人。五人で部屋の端にある応接セットに座る。照屋さんも側の壁に立ってて、話を聞くみたいだ。


「怖い思い、させたね。」


 オシャレスーツの春日さんに謝られて、私は恐縮する。


「追い掛けられただけ?写真は撮られた?」

「構えられた時には隠したんで、写ってても俺の顔だけだと思います。」


 牧さんは心配顔だけど、私は内心でびっくり。

 あれにはそんな意図があったのか!なんにも気が付かなかった…。


「エイト、最近売れっ子だからね。私達の方も対策考えるべきだったわ。」

「いえ、自分の落ち度です。公言したのは自分なんだから、もっと考えるべきでした。」

「それを今言っていても仕方ない。都ちゃん、君はモデルの仕事、真剣にやりたい?」


 牧さんとはっちんの反省会を遮った春日さんに聞かれて、私は面食らう。突然話を振られてびっくりしたけど、真剣に答える。


「牧さん達の雑誌以外でもやりたいかって聞かれると、それは悩みます。でも一度始めたので、牧さん達に迷惑掛けるのは、嫌です。」


 途中で投げ出すのは、絶対嫌だ。始めたなら、何かを見つけたい。


「雑誌が発売されたら、君の日常は変わるかもしれない。それでも?」


 私の眉間に皺が寄る。

 変わるって、どう変わるんだろうか?


「よく、わからないです。それは悪い変化ですか?」

「その可能性も、ある。」

「誰かに迷惑を掛けますか?」

「掛ける可能性も無いとは言えない。」


 んー、全部、可能性の話だ。


「でも、私と瑛都は、悪い事をしてる訳じゃないです。悪意ある人が起こすかもしれない可能性に、ビクビクしてたくないです。友達とか、大切な人に迷惑を掛けるのは凄く嫌だけど…悪い事が起きても私は、負けません。」

「私達との仕事、続けたい?」


 牧さんに聞かれて、私は大きく頷く。


「続けたいです。私、やってみたい。……迷惑、なら諦めますけど…」


 雑誌に迷惑な可能性もあるって思い至って、尻すぼみになった。だけど牧さん、だけじゃなくて、大人達がみんな、にっこり笑った。なんだろ…何か、嵌められた感が……


「よく言ったね、都ちゃん。君の意志が固まっているのなら、守るのは僕達大人の仕事だよ。ね、春日くん?」


 壁に寄り掛かってた照屋さんの言葉に、春日さんが頷いた。


「実はね、二人が来る前にこっちである程度話はしてたのよ。後は都ちゃんの意志次第かしらって。怖いから辞めたいって言われたら、無理強いは出来ないしね?」


 牧さんのウィンク、セクシーです。

 大人代表で春日さんが話した事によると、はっちんの事務所でも、"エイトの彼女"が騒ぎのきっかけになる可能性は考えていたらしい。だからはっちんから、私の家庭環境も簡単に聞いてあったんだって。はっちんの事務所がまず第一に、私の事も含めてメディアから守ってくれるみたい。

 雑誌の方は、"エイトの彼女"が出てるって騒ぎになれば、売れる部数が伸びる可能性があるから全然迷惑じゃないらしい。でも、それを売りにする気はないんだって。


「それで都ちゃん、一つお願いなんだけど、こっちの雑誌にも、出てみない?」


 知らないお兄さん、あなたは一体、誰ですか?

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