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はっちんは大切な宝物

 空気は冷んやり、でも良い天気。

 教室の窓辺で日向ぼっこしながら外を眺めてたら、はっちん発見。ジャージ着てるから次は体育みたいだ。確か野球だって言ってたな。

 後ろから駆け寄って来たお友達がはっちんにタックル。ベッドロックで応戦して、プロレス技かけて遊んでる。

 ボールがたくさん入った籠を運んでる女の子に気が付いて、近寄って行く。籠を受け取って運ぶはっちんに、女の子が感謝しまくってる。

 爽やかに優しいな。


「自分の彼氏、盗み見?」

「おー、さっちん。」


 背後からさっちんにのし掛かられて、ちょっとぐえってなる。体重掛け過ぎです。


「そういえばさ、昨日あいつ、バラエティー出てたね。」

「ほえー、バラエティーって何すんの?」

「見てないの?」

「テレビははっちんの家で付いてる物しか見ないねー。昨日はパパンと刑事ドラマ見てたー」


 あ、はっちんが気が付いた。

 両手で大きく手を振られて、私も大きな動作で応える。それを見てた友達にからかわれて笑ってる。可愛いなぁ。


「エイト主演のドラマ、正月明けかららしいじゃん?その番宣だよ、みやちん!お笑い芸人とスポーツ対決してた!」

「ほー、それって面白いの?」

「面白かったよ!エイトはバラエティーもいけるんだね!」


 よっちんは"エイト"のファンらしい。私が知ってる"エイト"情報は、大抵よっちんやクラスの友達から流れてくるんだ。

 いつの間にかわらわら皆が集まって来て、昨日のバラエティーの事とか、ドラマの情報を教えてくれる。

 はっちんが演じるのは実年齢と同じ男の子。便利屋でバイトをしてる彼は推理小説が大好きで、バイトを通して出会う大小様々な事件を解決して行くお話。台詞の練習付き合わされたから内容知ってるけど、それはみんなには内緒。


「最近番宣であちこち出てるよね。」

「それがあそこにいる男の子ってのが、なんか不思議。」

「そういえば、スープのCMも出てたよね!」

「萌え袖だったね!あの笑顔何ー、たまらん!!」


 みんな、大興奮です。


「お仕事してるはっちんは、はっちんだけどはっちんじゃないみたいだ。」


 私が知ってるのは、校庭で友達と戯れ合って、野球ボールでお手玉して遊んでる男の子。お家の中では私だけの甘えたがりニャンコ。それでいて、いつも側にいて、守ってくれる人。


「自分だけの宝物のままが良かった?」


 見上げたさっちんは苦笑してて、頭をぽんぽんって撫でてくれる。

 なんか、照屋さんの言葉、思い出した。大切に囲い込んで隠したかったのは、私の方だ。


「でも、それこそ勿体無い。はっちんの才能だ。それを私が潰すべきじゃない。」


 彼の笑顔が癒しなのは、私だけじゃないみたい。私は、その笑顔を曇らせたくない。


「都はもっと、我儘言えば良いのに。」

「あー……"私以外に優しくしないで!"とか?無理無理。嫉妬は感じてないもん。」

「あいつはみんなに優しいけど、ベッタベタに甘やかすのは都限定だもんね。」

「ヤキモチ妬く隙がないんすよ。」

「惚気か!」

「惚気だ!」


 さっちんに小突かれながら、席に戻る。学校は楽しい。友達もみんな大好き。授業は眠いけど、嫌いじゃない。

 そんな私の学校生活。卒業っていう変化へのカウントダウンは、もう始まっているんだ。



 放課後向かったバイトで編集部入ったら、皆さん難しい顔を突き合わせてた。照屋さんもいる。どうやら、何か問題のようだ。


「おはようございます。どうしたんですか?」


 こっそり、端にいた編集部のお姉さんに近寄って話し掛ける。よく仕事を教えてくれる人。名前は茂木(もぎ)さん。編集部の中で一番私と歳が近い。


「今日撮影予定だったモデルの子、事故って来られないらしい。」

「事故?大丈夫なんですか?」

「命に別状はないけど、モデル生命、終わりかも。看板にするつもりだったから、どうしようって。」

「それは、重い雰囲気になる訳ですね。」


 命があるのは良かった。だけどモデル生命終わりかもって、一体どんな怪我なんだろ。なんだかはっちんと重なって、胃の辺りがざわりとする。

 今まで撮った分は良いとしても、残っている分をどうするか、企画はこのままか変えるのか、そういうお話が目の前で繰り広げられてる。今私が出来る事なんて何も無さそうだから、端っこで邪魔にならないように見守るしかない。

 一番最初の号だから、凄く重要なんだ。


「都ちゃん、助けてくれないかしら?」


 突然牧さんに話を振られて、驚いた。私が何を助けるんだろう?


「照屋さんが目を付けるってあまりないのよ?それに新しい雑誌だから、有名な子ばかりは使いたくないの。モデルの子も、新人が欲しい。だけど良い子達って既存に取られてるのよ。だから、あなたが欲しい。」

「でも私、写真撮られるの、嫌いです。」


 私は醜い。そんなもの写真で撮られて、誰か知らない人達の目に触れるのが、怖い。


「ねぇ都ちゃん、良い機会だと思わない?自分の殻、破ってみようよ。エイトに大切に守られてばかりいないでさ。」


 照屋さんの言葉の選択が、ズルいと思った。

 フィルターを通して見られたから?照屋さんは、何を気付いたのかな?


「就職が決まるまでの繋ぎでも良いわ。でもやる前から断らないで、やってみて、選択肢の一つにいれてみない?都ちゃんの、進路の。」

「私……」


 出来るのかな?はっちんみたいに、この前見た、あの輝いてたモデルさん達みたいに…。そんなの、無理。でも私、前に進むって決めたんだ。

 寄生虫ばかりは嫌だって、決めた。

 それなら、尻込みばかりしてちゃ、ダメなんだ。


「役に、立てますか?素人です。モデルとか、よく、わからないです…」


 大人達がみんな、私を見てる。怖い、けど、この人達は怖い人じゃないって、知ってる。


「みんな最初は素人だ。そして僕はプロ。信用してくれたら、大丈夫だよ。」


 笑った照屋さんは、とっても頼もしい。

 雑誌のターゲットは、若い女の子達。高校生から二十代前半くらいまでの、ファッションに興味がある子達。丁度私の歳だ。メインじゃないし、大丈夫、だよね。


「やって、みます。」


 心臓がバクバクする。

 でも誰かの役に立てるのは、嬉しい。私でも何かが出来るなら、それはとっても、嬉しい。



 返事をしてからは、皆さんの顔付きが変わった。目の前で素早く色んな事が決まって行く。はっきり言って私、追い付けていません。

 スタジオに連れて行かれて、着せ替え人形。どうにでもしてーってメイクされて、寺田さんじゃ無いんだって思った。こっそり茂木さんに聞いてみたら、寺田さんのお師匠さんはお高いんだって。だから、新しい雑誌には来てくれないらしい。

 カメラの前に立たされて、何をどうしたら良いんだって固まってたら、照屋さんがずっと話し掛けてくる。照屋さん、お話上手だ。

 プロのモデルさんの真似なんて出来ないから、照屋さんに身を委ねる事にして、気が付いたら終わってた。


 なんだかほわほわして、ママンに夕飯をお断りしてから自分の家帰ってシャワー浴びて、ベッドにダイブ。

 現実感の無い事をして来た。

 ぼへーっとしてたら、ニャンコくんに包み込まれてた。


「お帰りー、はっちんー」

「ただいま。みゃー、引きずり込まれた?」

「おー、何故ご存知かー?」

「写真、照屋さんからメールで送られて来た。"君の宝物、僕が孵化させるよ"だって。なんか、カチンと来た。」


 照屋さん、はっちんに喧嘩売っているのかね。ワイルド超能力者は謎の男だ。


「そういえばさー、私未成年じゃん?親の許可いらんのかね?」


 バイト始める時は、親に書いてもらう書類があったから電話して、郵送して書いてもらったんだよね。

 今回はそういうの良いのかなって首を傾げてたら、はっちんが苦い顔をした。


「牧さんだから、抜かり無いと思うよ。みゃーのバイトだって、引きずり込むチャンスを狙う為だったんじゃねぇかな。だからおじさんにも連絡して、事前に許可取ってたはずだ。」

「なんとー、策士!」

「その事で、おじさんから連絡は?」

「……ないー。興味が無いと思うー」


 はっちんの胸元に顔埋めたら、そっと髪を撫でられる。

 はっちんの匂い、落ち着く。


「お風呂入って来たんだね?こっちで寝る?」


 首筋に上ってくんくんしてみたら、お風呂上がりの良い匂い。


「みゃー、忍耐試すの、やめて。」

「くんくんもダメ?はっちんの匂い嗅ぐの、好き。」

「首筋、感じちゃう。襲いそう。」

「難しいなぁ。……旅行、春は?卒業と門出旅行。はっちん、空けられるかな?」

「なんとしてでも、空ける。桜?」

「それだとちと遅いかな?三月かな。春休み。」

「なら、その時期で良い場所探そう。」

「うん!それまであんまり刺激しないように頑張るー」

「言いながらスリスリすんなよ。良いけどさ。」


 肩に頬ずりもダメみたい。はっちんは難しいお年頃だ。


「みゃーさ、モデルは良いけど、絡め取られるなよ?」

「どういう意味?」

「引き際、考えないと戻れ無くなる。」

「………はっちんも?」

「そうだな。売れるのなんてほんの一握りだ。実力だけじゃなくて、一番必要なのは運だから。」

「……やりながら、考えてみる。今は色んな可能性を試してみるよ。まだ少し、時間はあるから。」


 カウントダウンは始まってるけど、焦っても良い事はない。それに無からは、何も選べない。


「はっちんー、ラブ。」

「愛してる、みゃー。」

「こそばゆいね。嬉しいけどな!」


 忍耐チャレンジで悪いけど、ぎゅうぎゅうくっ付いて、ちゅちゅちゅって、唇に吸い付く。

 はっちんは緩んだ顔で笑ってくれて、私は、とろとろに蕩けた。

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