破廉恥はっちんと大人なお仕事
最近、はっちんが破廉恥だ。
なんだか流れで、私達は毎日どっちかのベッドで一緒に寝るようになった。それは良い。はっちんの腕の中は大好きだ。だけれど朝目が覚めると、大きな手に胸を揉まれている事が何度か…いや、頻繁にある。
そして確実にクララは立っている。
当たっている。
おい、クララ!車椅子はどうした!お前もう、全然余裕で歩けるんじゃないか!
「みゃー、辛い…」
「はっちんや、そんなに辛いならば、縛りをやめたら如何かね?」
「嫌だ。耐える。……でも途中までなら…」
「途中とは一体どの辺だろうか?熱海かい?」
「なんで熱海?」
「静岡に旅行に行くならば、熱海で乗り換えだよ。」
「旅行、静岡が良いの?」
「伊豆で海鮮というのも捨て難い。でも夏に向日葵というのも…」
「え?夏までお預け?マジで言ってる?」
ショックを受けているはっちんは、どうやら夏までは待てないらしい。
「知っているかいはっちん?我が家には君と私しかいないのだよ。誰ももう、我が家には帰って来ない。」
「ここは絶対嫌だ。」
「何故だ?」
「………みゃー、ここに良い思い出、ないだろ?」
あぁもう可愛いなぁ。
いつでも私の事を考えてくれるはっちんは、可愛くて超絶カッコイイ私のヒーローだ。
「はっちんとの思い出が、あるよ。」
「……でもダメだ。」
「そうかい。そういえばどちらが買う?」
「何を?」
「我が家を見てわかっていると思うけどね、安易に子供を作るべきではないよ。それとも破廉恥はっちんは直接が良いと」
「うわーっ!!俺が、買います!!みゃーはいつも生々しい!!!」
茹で蛸はっちん。かーわいい!
私は鼻の下が伸びているかもしれない顔ではっちんにチュウをして、起き上がる。
「生着替え、見たい?」
「見たいに決まってる。ごめっ!脱ぐなぁ!!」
バタバタと逃げて行くはっちん。
はっちんをからかうのはとても面白い。
ズボンを脱いだ後で長袖のTシャツも脱いで、鏡の前に立つ。
自分の体を観察して、悩む。
胸の形は悪くないと思うんだ。大きさはそこまでないけど、ツンと上向いてる。昔は浮いて出てた肋骨も、最近ははっちんとご飯を食べているお陰で目立たない。腰の括れもある。昔あった痣は綺麗に消えた。だけど…
「これ見たら泣くかなぁ、はっちん…」
私は人前で着替えられない。中々消えてくれない傷跡があるから。
背中に無数の、丸い小さな火傷跡。だから煙草は嫌い。
「みゃー、着替えた?」
「腹ペコかね?今パンツ一丁だけど見る?」
「すっげぇ見たい。」
「どうぞー」
「いや、着替えろ。俺の忍耐を試すな!」
ドア越しの会話で私は苦笑する。
あんまり意地悪も可哀想だから、素早く制服に着替えた。
最近はこっちで寝ても、角田家で朝ごはんを食べる。お弁当はママンが作ってくれて、夕飯も、はっちんがいなくても角田家で食べてる。
既に私は角田家の嫁らしい。
「今日は?バイト?」
「うむー。はっちんは?」
「学校の後でCM撮影。」
「そかぁ。帰りはいつもと同じくらい?」
「だな。どっちにいる?」
「んー、はっちんのお部屋でエロ本探ししてようかな。」
「ねぇから、探すな。」
「…あるんだね?」
「ない!」
真っ赤になってたら怪しいよ、はっちん。
満員電車の中でハグされながら、小さな声での会話。はっちんが覆い被さって来て耳元で話すもんだから、くすぐったい。でも嫌じゃない。むしろ嬉しくて、私の顔はにやけっぱなし。
電車から降りたら恋人繋ぎで手を繋いで、駅から学校への道を歩く。
「みゃー、また家でな?」
「おぅ!今日も勉強とお仕事がんばー」
下駄箱で別れるの、はっちんは名残惜しそう。そんなはっちんが可愛くて、胸がキュンキュンする。
「みゃー?」
「なんじゃね?」
主に三年が使いなさいって指定されてる階段に向かおうとしたら、止められた。引き寄せられて、唇を奪われる。しかも、濃い。口の中犯されるようなキスされて、離れた私達の唇が、銀の糸で繋がった。それをペロリって舐めて切って、はっちんが男の顔して笑う。
「充電した。頑張るから、みゃーもバイト、頑張れ。」
「こ、ここは、公共の場でござる。」
「だって、したかった。」
「…………お家以外は、軽いのでお願いします。」
「家のがダメ。止まんなくなるから。」
「欲求不満?」
「めちゃくちゃ欲求不満。いつも、みゃーに襲い掛かりそうなの我慢してる。」
なにゆえ!耳元で、色気のある声で囁くのだね!
ふみゃーって変な声出して悶えたくなるのをぐっと堪えた私は、ほっぺにチュウしてから去って行くはっちんを見送った。
おべんきょは、ゆるーくてきとーに頑張って放課後、私は一人、電車の中。
進路は担任の先生に就職で考えてますって伝えた。家族とは話し合ったのかって聞かれて、まぁそうですねって曖昧に笑っておいた。お父さんには就職で考えてるのはまだ、伝えてない。あの人と話すのは、おっきな勇気が必要だ。だから、先延ばし。あんまり良く無いのはわかってるけど、もう少し、自分の中で決意を固めてからじゃないと向き合えない。
「おはようございます!原田、出勤致しましたー」
敬礼して私が入ったのは、都内のビルの一室。雑誌を作ってる編集部。
「都ちゃん、さっそくだけど、これ整理してくれる?」
「はい!任せて下さい!」
はっちんのお仕事見学で名刺をくれた牧さん。私はあの後、現像した写真が出来たってはっちん経由で呼び出されて牧さんと会ったんだ。そんで何故か、モデルに誘われた。牧さんが編集長になって、新しく女性向け雑誌を作るんだって。その雑誌のモデル。
でも断った。
モデルは興味が無いけど、雑用のバイトはありませんかって試しに聞いてみたらお仕事をくれる事になって、私は先週から学校の後でここに通ってるんだ。
「原田ー、こっち来てー」
「はい、なんでしょう塚本さん?」
塚本さんは仕事の出来る格好良いお姉さん。牧さんと新しい雑誌を作るメンバーの一人で、多分二十代後半だと私は思う。
「これ、新作コスメなんだけどさ、使用感の紹介記事書くの。あんたの意見も聞きたいなって。現役女子高生でしょ?」
「なんだか現役女子高生って言葉、エロいですね。」
「制服もエロいよねぇ。女子高生の生足!」
「触り方!エロいっす!」
「いやん、すべすべ!若さが憎い!」
戯れ合ってたら牧さんに丸めた書類の束で頭叩かれて叱られた。真面目に働きます。ごめんなさい。
「このチーク良いですね。使い易くて塗り過ぎにならない。しかも色のバリエーション豊富で、デザインも可愛い。」
「デザイン可愛いのって重要よね。化粧直しの時ワクワクする。」
「重要です。でもあんまり嵩張るのも困るんですよねー」
「原田って化粧直しすんの?」
「学校ではリップぐらいです。体育の後なんかは、顔洗って一から作り直します。」
「はー、女子高生の癖に頑張るわね?やっぱり彼氏がイケメン芸能人だから?」
「瑛都は関係ないです。なんかもう、趣味に近いかな?」
ここの編集部の人達は、私とはっちんの事を知っているらしい。というか、テレビやはっちんの出てる雑誌をあんまり見ない私は知らなかったけど、はっちんは大好きな彼女がいるって堂々と言ってて、事務所もオーケー出してるんだって。一途で彼女にメロメロな所も、はっちんの人気に繋がってるって聞かされた時は驚いた。芸能人ってそういうの、公言したらいけないもんだと思ってたから。でも凄く、嬉しい。
塚本さんと雑談交えながら新作コスメを試して、それについての意見を言って、終わったら今度はまた別のお手伝い。
「これ持って。スタジオ行くよ。」
「はい!」
撮影に使う小物や洋服を乗せたカートを押して、エレベーターに乗る。ここは大手だから、同じ建物の中にスタジオもあるんだ。そこで今日は、雑誌の表紙に使う写真を撮影するみたい。
私はテレビをほとんど付けない。
うちのリビングにテレビはあるけど、リビングは怖い場所ってイメージが強くて今でもあまり近付けない。だからはっちんの仕事の事、よく知らないんだ。
私の知らないはっちん。彼を遠く感じるのが嫌で、積極的に見ようとはしなかった。でも、写真撮られてるはっちんを生で見て、カッコイイって思った。はっちんがやってる事にも目を向けてみようかなって思って、牧さんに仕事をもらえないか、頼んでみた。
「そこ片付けたら、少し見てても良いわよ。」
「ありがとうございます!」
頼まれた物を頼まれた場所に置いて、私は邪魔にならない端で撮影風景を眺める。
モデルさんはやっぱり、背が高くて細くて綺麗。
でもそっちよりも、撮ってるカメラマンの照屋さん、それをアシストする人、メイクをする人、服のコーディネートをする人、そういう人達に、私は興味がある。
たくさんの人達で雑誌は出来てる。はっちんもその中の一部なんだって思うと、凄い。彼は、私が無気力で立ち止まっていた時にも、大人達の中でこうして仕事をしていたんだ。
「都ちゃん、この前の写真、見た?」
モデルさんが衣装替えに行って、私も他に仕事をもらいに行こうかなって思ってたら、照屋さんに話し掛けられた。肩までの髪を一つに結って、お髭生やしたワイルドな大人の男の人。
「見ました!なんだか私じゃないみたいで…あんなに素敵に撮ってくれて、ありがとうございます!」
目尻の皺をくしゃりと深くして、照屋さんが笑う。
「あれは君が持ってる魅力の一部だよ。エイトといるのと、一人の。表情の違いは気が付いた?」
「あー、瑛都とのは、顔がだらしなく緩んでました。」
「そうだね。…僕は、君をピンで撮りたいな。どうしてモデル、断っちゃったの?」
「人前に出るの、嫌いです。」
それに、モデルが出来る程背も高くない。はっちんみたいに、輝く物がある訳じゃない。私はどうやっても、日陰の野花だ。
「都ちゃんは自分で思ってるより遥かに魅力的だ。だからエイトは、君を囲って隠す。だけどそれは、勿体無い。」
「よく、わからないですけど…ありがとう、ございます?」
褒められた、んだよね?
「気が向いたら、また撮らせてね。」
ひらひら手を振って、ワイルドマン照屋さんは去って行った。




