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42  作者: 結月(綱月 弥)


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渇望編 - 1 自由思想への希望的観測

ただ生きていることが、尊いと思っているのか?

意志も無く、目的も持たず、それが本当に生きていることだと?

この先が、今よりも良くなると、本当にそう――


俺には分からなかった。

どうしても、分からなかった。


価値のあることだと、そう思っているのか?

生きていることが? 死なないことが?


自分の選択が間違っていないと、どうしてそう思えるのか。

自分の姿が惨めではないと、どうしてそう思えるのか。

そう感じながら、何故、まだ此処に居るのか。


俺は思う。

何故、生きているのだろうか。

硬いベッドの上で、この身を投げ出したまま、考えていた。

脳裏を過ぎるのは、あの時の記憶。

焼きついたそれが、俺を苛んでいる。

お前には価値が無いと。

意味の無い存在だと。


白い部屋で、白い天井で、白い扉で。

俺を囲む全てに、他の色は無い。

まるで、『無』だ。

この部屋も、ここに居る俺も。

繰り返す毎日は、簡単に人間を画一化する。

まるで、無機質なロボットのように、淡々と日常を繰り返した。


思い返そうとする。

この部屋の、『学園』の外に居た時のことを。

それなのに、何故だろう。

笑ったことも、楽しかったことも。

悲しいことも、苦しいことも。

薄くぼやけていってしまう。

眠れない。

そうすると、自分が消えてしまいそうで。

そうならないように、俺は、必死で記憶を辿る。

最後に、一番大きく心が揺れたことを。

そうして行き着いた記憶は、結局――

父親が俺を捨てた時の、その時のものだった。

胸が苦しい。

心臓を締め付けるような感覚が、本当に――辛い。

ずっと考えていた。

指導員の奴らはここを更正施設だ、と言っていた。

更正の意味ぐらい知っている。

『生まれ変わる』、こと。

それなら、俺は今、死んでいるのか?

俺を、ここに居る他の連中も含めて……どうするつもりなのだろうか。

ここに入れられてから、分かったことがある。

少なくとも、社会復帰のため『だけ』の更正施設なんかじゃあ、ない。

白塗りの壁、白塗りの建物、周囲にそびえ立つ外壁。

刑務所のようでもあり、病院のようでもある。

中の人間を逃がさないために、見張りは厳しい。

しかし……それでも、この目の前の、『壁』を壊さなければならない。

修は、外の世界を求めるように、その手を伸ばし――


「――じゃあ、何故、まだ此処にいる?」


その日のカリキュラムはいつも通りの虐待から始まった。

能力の限界値を見る、と言っては『カリキュラム』を繰り返し行われ、疲れ切ったところで追加指導が始まる。

それはもう、訓練でも何でもない。

従わなければ、その気が変わるまでの仕置きが始まる。


しかし、本当に恐ろしいのはそんなことじゃない。

『学園』に在籍している人間――

ここへ連れて来られた者に、他の行き場が無いことを熟知した上で、心からの服従を求めることだった。

虐待を与えた後で、手の平を返したように優しく接する。


何の捻りも無いやり方。

だが、この閉鎖された空間、ここ以外に居場所を持たない者にとってはこれ以上無いやり方。

修は、自分も味わったそれを、他の学園生が強要され続けているそれを、吐き気がする思いで見ていた。

この糞ったれな状況でも、従う限り生き続ける権利を得られる。

疑問を抱かなければ、今日も、明日も、『何も起こらなければ』恐らくは死ぬまで――

生きていられるだろう。偽りの生の中で。

与えられる物だけに縋りついて、『何となく』考えることをやめてしまって……


手の届くものにしか手を伸ばさず、ただ長らえている命に、意味はあるのか?

あの日抱いていた気持ちを嘘にしてまで、何をすることも出来ずに朽ち果てていくのか?

俺はそうなってしまわないために、汚れても崩れても、いつか自らの色を取り戻す空を見上げて、その青を瞳に焼き付けていたんじゃないのか――?


差し込む月明かりにこの身を浸しながら、俺はいつしか眠りについた。





瞼に刃物を滑らせるような鋭い日差しが、変わり映えの無い一日の始まりを告げる。


「……朝、か」


眠りにつく前の問いに、答えは出なかった。

分からない。

だが、今何をすべきなのかは知っている。

ずっと、胸の中にはその想いがあった。

まるで約束事のように、この心を縛り付けるもの。

甘く、苦い日々が、いつの間にか心を蝕んでいた。

『悪いことだ』と漠然と気付いているのに、それを変えることが出来なかった日々が。

ずっと、ずっと、この心に違和感を与えていた。

生きていければ、それだけで良いのか?

このままで、本当に良いと思っているのか?

自分自身に言い聞かせるような、そんな言葉が日に日に心の中で大きくなっていった。


『そんなわけ、ないだろ』


ずっと考えていたことがある。

雲ひとつ無い空、太陽の光を遮るものが何一つ無いその日、狩野 修はここを出て行くことを決めた。




『カリキュラム』の時間が訪れるもっと前に、修は冷たい壁に触れた。

白いコンクリートの壁。

俺を遮る、一つ目の壁。

やれる、問題無い。

修は精神を集中して、小さく指を鳴らした。

何かを弾くような甲高い音がして、弾丸がめり込んだように、白いコンクリート壁には穴が開いた。

それは修の持つ能力――『圧壊』。

感触は悪くない。

左手で前方を掴むような仕草から、再び指を鳴らす。

弾く音。

払い除けるように左手を振り抜き風を切り、その勢いのまま回転して右拳を突き出す。

穴の開いた箇所を中心にして、コンクリートは蜘蛛の巣状にひび割れる。

更にもう一度、とどめとばかりに勢いをつけて回転し、握り締めた左拳を中空に叩きつけるように振り下ろした。

実に呆気なく、しかし耳をつんざく轟音を伴って、目の前にある白い壁は吹き飛んだ。


修の居た部屋は、四階建ての建物の最上階、四階のおよそ中央に近い部分に位置していた。

流石に四階から飛び降りるのは厳しいと考え、廊下に出てから更に行動を起こすことにした。

修の部屋を出て少し先に階段があるのだが、そこには頑丈な扉が設置されている。

学園生が居る部屋の扉とほぼ同じものように見える。

『圧壊』の一撃で壊せるかどうか分からない。

建物の構造上、この下の階も同じような配置をしている。

収容所めいたこの場所で、他の能力者も同じように押し込められているはずだ。

恐らく、自室の下の階にも学園生が居るのだろうし、人が居るのを理解していながら真下に穴をぶち開ける訳にはいかない。


階下の学園生に危険が伴う選択肢を除外し、修は廊下へ出る。

だが、この早朝の廊下なら――

修は廊下へ出ると、右拳を大きく振りかぶる。

そこで、廊下の端に靴音が木霊するのを聞いた。

その音を認識しながら振り下ろした拳の先、崩れる床は蟻地獄のように階下へ注ぎ込む。

廊下の靴音は各階の端に位置する部屋に常駐している指導員のものだ。

そして、先ほど廊下の端を出たはずの指導員は、今、修に一息に飛び込める距離に居る。

「――ちッ」

修は足先に空いた大穴に、階下へと飛び込む。

どんなトリックだかは知らない。

だが、ここに居る『指導員』は全て能力者だ。

しかし、面倒なことに、学園生は指導員の能力を知らない。

三階に落下しながら、修は眼前に迫った指導員へ『圧壊』を見舞った。

鳴らす指先の向こうで四階天井が弾け飛んだ。

眼前に指導員は居ない。「やはり」当たっていない。

幻覚でなければ、この指導員の能力は速さに特化したものだろうか。


階下への着地までに、修は即座に次の退路へ向かう策を講じる。

――着地する前に、四階のものと同じ、階段へ通じる扉へ『圧壊』をぶち込んだ。

最早収容所のそれと変わらない厚さを持った扉が、発泡スチロールを割り折るように吹き飛んだ。

実際に試してみるまで分からなかったが――

やれる。


しかし次の瞬間、修は天地が逆転するのを見た。


「ぐッ!」


――正確には、腹部への痛みが打撃に因るものだと気付いた直後。

上方からの叩きつけで三階廊下に横たわった修が見ることの出来た状況がそれである。

分からなかった。その余りの速度。この状況的不利。


腹部の痛みをこらえつつ、修は立ち上がる。

当然ではあるが、直接的な打撃やそれに類するような効果の能力は『当てなければ』意味が無い。

こちらが相手に当てられないのに、相手はこちらに当てることが出来る。

単純明快な状況的不利がここにある。

加えて、能力の有効範囲に因る戦術の限定。

修は見えない速度で動く指導員を視認しようとするが、見つけられない。


三階廊下で体勢を立て直し、修はぐるりと周囲を見渡すと、視点を動かさずに左手を振り下ろすように指を鳴らし、自らの後方に『圧壊』を行う。

全力で頬を張るような音ともに赤い飛沫を撒き散らし、まるで見えないダンプカーにでも轢き飛ばされたかのように何も出来ずに宙へ投げ出される指導員が振り向きざまに見えた。


痛む背を伸ばし、わき腹を押さえながら修は前後を確認する。

三階にも、物々しい空気が流れ始めた。

左手にあるはずの階段が見えない。

先ほど破壊したはずの扉が何事も無かったかのように、再び廊下と階段を遮断していた。

修復されている……? この一瞬で?

ふと、修は自らに向けられた視線に気付く。

廊下の階段にあった扉と共に、隣り合わせた学園生の部屋の壁も崩壊していたようだった。

剥きだしになったその部屋の中から、こちらの様子を伺う瞳があった。

怯えた様子だった。


視線に耐えられず、修は目を伏せた。

次の瞬間。

三階廊下の端から発生した、とても厭な気配が拡がっていく。

とても曖昧な、ただ厭な気配としか形容出来ない『それ』が津波のように押し寄せてくる。

大きく腕を振り上げて、そこで気付いた。

駄目だ。

ここからあの気配の元を消し去ろうとすると――

廊下の端に程近い場所の両側、幾つかの部屋ごと吹き飛ばしてしまいかねない。

一瞬の迷いが反応を遅らせ、修は『それ』に飲まれた。




つづく

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