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42  作者: 結月(綱月 弥)


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◎前夜迄/弧羽『終わりに託された希望』

どうして疑念が生まれるのだろう。

どうして行き違いが生まれるのだろう。

どうして、互いに騙し合うのだろう。


全て争いに繋がる種は、何故須らく芽吹いてしまうのだろう。

立派な言い訳でさえ、時の流れの前に悉く意味を失ってしまうのに。

残るものは、再び新たな諍いを生じさせる種となってしまうのに。

何故、大切な想いは忘れ去られてしまったのだろう。

守られるべき尊い心は踏みにじられてしまったのだろう。

永い眠りの中、間断無く繰り返されてきた、誰にするでもない問い掛けの数々。

答えは無い。


それぞれの問いに全て答えられる解など、およそ見当たりはしないのだ。

「そんなもの」が無くとも、この世界は存在し続けてきたから。

誰も、本気でそんな「下らない」問い掛けに答える必要が無かった。

決まりきった代わり映えのしない歴史がそれを証明しているではないか。

ただ、それでも。


応えてくれる人がたった一人でも居るのなら――



自我の形成は、随分と曖昧なものだった。

この振る舞いであればこの人物だ、という演じ分けが可能となってしまうぐらいに。

それは他と区別する際に於いて、記号的な意味合いでの境界でしかなかった。

この人格は、数ある要素の集合体の順列、組み合わせの結果である。

そして、この人格が体験する人としての生もまた、その結果を受けて定義されてしまっている。

ヒトの形を与えられ、『根源』から引き摺り出されたもの。

そして、揺らぎのある世界に秩序をもたらす力を内包している。

欠けた要素のある世界に対しての、危うさを孕んだ天秤としての役割しか持ち合わせていない。


しかし、限りなく、人に近い偽りの生命である。


本来ならば、そうして造られた「孤羽」は唯、一人の存在であるはずだった。

しかし、ある特性が確認されてから、ヒトは彼女の力を更に求めた。

孤羽は根源と繋がっており、触れた相手に何らかの変化をもたらすことが出来る。

それがヒトの枠を超えた力であると分かった時、生命倫理は何の意味も持たなくなった。

まだ足りない。更に、力を持つ人間を生み出す者を創り上げるのだ、と。

人道を外れた研究の末、破られることのなかった漠たる秩序は崩れた。

そうしてもう一人の「こはね」が同一世界に存在することとなった。

根源から引き摺り出され、この世界に再び生まれた「こはね」には『弧羽』と言う名前が与えられた。

だが、造り出された彼女が目覚めた時、「孤羽」は深い眠りに落ちた。

彼女は根源に還ったのではないか、そう嘯く研究員も居た。


『弧羽』には能力発現の兆候が見られなかった。

研究員の中には、『弧羽』を活動停止させてしまえば良いと考える者も居た。

そうすれば、『孤羽』が目覚めるのではないかと考えてのことだった。

必要とされているのは、『根源』と程近く、バイパスとしての役割を果たせる人間。

能力開発の施工者と成り得た『孤羽』は、今や瞬き一つ叶わぬ眠り姫だった。

引き換えるように現れた『弧羽』は人に力を与えることは叶わず、出来ることは身を守る障壁を作ることのみ。

研究員が焦れ、眠り姫たる『孤羽』を揺り起こす方策も尽きた頃だった。

『夢』を見る者が頻発したのは。

夢に現れた「孤羽」が、力を与えてくれるのだと言う。

それは、やがて『学園』を形作る決定的な要素となった。

能力を与える夢を見せる、眠り姫の存在。


これは願い焦がれていた最高の成果の一つでもあった。

能力者の発現は、計画の根幹を成す最大要素である。

そうして、可能な限り健康体であり、未来のある人間が集められた。

『夢』を見せるために。



この場所に立つと、全てが見渡せた。

分からないことは何一つ無かったし、何も問題なんて起こらなかった。

時は流れず、変わるものは存在しない。

ただ、『壁』越しに見えた世界には、失われることの無い流れがあった。

消えていく運命を理解しても尚、決まりきった流れをただ由とせず、もがき、抗い続ける誰かが居た。

その誰かは、必死にこの場所へ届こうとしていた。

叶うはずも無いことなのに、何度も何度も。

この場所とその少年の間には、計り知れない距離があった。

絶望よりも深く、両岸に相容れぬ溝が横たわっていた。

ただ、見つめていることしか出来なかった。

叶うはずが無いことを、それでも諦めない姿は、滑稽にすら見えた。

でも、それを、その姿を貶める気持ちを持つことは出来なかった。

本当に尊いことは、何者にも冒されざる矜持を孕んでいる。


ただ、人に触れたかった。

人の感情には、『変える』力があったからだ。

時代を経て、かつて人に崇められた存在はその身体を横たえて眠りについていた。

世界に繋がっているのは意識だけだった。

相手に本当のことなどは分からない。


触れることすら出来ない世界に、『こはね』は視線を落とした。

何かがある世界。

誰かが居る世界。

変化を続ける世界は、『こはね』にはとても眩しく見えた。

滅びに向かう世界の流れですら、儚さを湛えた物語のようにいとおしかった。

過去と未来を作り出す『現在』の存在が不確かになっている場所で、憧れは静かに息づいていた。

楽園を守る者は終われ、管理者を失った果実はやがて腐れ落ちていく。

最後の果実は、そこに残された希望と意味を同じくしていた。

全智の果実は万能で、それ故に欠け落ちたものの多いこの世界では異質な存在だった。

ヒトとしての戯れは、その瞬間のみの心地良さにおいて甘美なものであると言えるだろう。

しかし、その戯れも長くは続かない。

甘い痺れを伴うような、ヒトが望み、求めるものほど特に。

絶望はその数を増し、希望は潰えていく。


青味を帯びた果実は収穫の時を忘れられ、ついにその実を腐らせる。

そのはずだった。

だが、『求める者』がいた。

それは底冷えのするような暗闇の中で、たった一つの――

唯一筋の光であり、希望だった。

諦めない心を持った彼のように、私はその希望に近づくように――

見下ろす空へ手を伸ばした。



『終わりに託された希望』 了

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