表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42  作者: 結月(綱月 弥)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/33

渇望編 - 25

 砂煙が晴れるのを待たず、修は素早く身体を希の正面からずらした。

 直後、後方で裂かれた廃車の部品が地面に落ちる音がした。

 弧羽の場所を聞き出さなければならない。

 ――しかし。

 この状況で手加減など、出来るはずもない。

 手を抜いて勝てる相手でもない。

 目の前に居るのは――過去の自分でもある。


「修ッ、貴様の全力を見せろッ!!」

「――そのつもりだ!」


 修は希の言葉に応じた後、どう戦闘を進めるか、残りの体力を鑑みながら脳内で組み立てていく。

 希の能力は、「物質を斬り裂く」もの。


「くっ」


 真一文字に『斬戟』が砂煙を裂いた。

 修はまるでビーチフラッグのスタートポジションにつくかのように身を屈める。

 希の攻撃は目標への到達速度を見ると『圧壊』と比較して、余り遠距離攻撃には向いているとは言えない。

 確認してから、何とか避けることが出来る。

 修は指を鳴らした。

 数メートル先で爆発音が響き、新たな砂煙が舞い上がる。


「はぁ……はぁ」


 陽が傾き始めるのが見えた。

 修は息が上がり始めてくるのを感じる。

 頭痛が始まったことを気に掛けながら、思考を継続する。

 希の攻撃は当たれば致命傷であるのは間違いない。

 しかし、修の攻撃は動いている相手を狙うのには不向きであった。

 この差、攻撃に至る想定と現実を縮めなければならない。


「逃げ回っているばかりでは、おれを倒すことは出来ないぞ……!」


 うず高く積まれた廃車の山、その向こうから希の声が響いてくる。

 幾つもの山が形成する廃車置き場は、まるで賽の河原のようだ。


「この期に及んで姿を隠すばかりなのか? おれを失望させるな。真正面からぶつかってこい」


 希の言い分も分からなくはないが――

 身を晒すとそれだけ、修にとって分が悪い。

 しかし、逃げ回ってばかりで終わらせるつもりも毛頭無い。

 修は残った体力と『能力』の限界を計りながら、希に仕掛けるタイミングを狙っていた。


「ただ直情的な人間なのかと思っていたが、やはりそこは『学園』を抜ける器、と言うべきか、修。『能力』を使っての戦闘も心得ているようだな」


 修は答えない。

 一言も答えていないにも関わらず、話し続ける希。

 徐々に違和感が強くなってくる。

 何故、さっきからずっと『自分の居場所を知らせるような』ことをしてくる?


「だが――慎重過ぎると仇になることを教えてやろう」


 その言い方に妙な違和感を覚え、修は声のする方へ走る。


「これは……!」


 そこには、今まさに希の声を流している小さなスピーカーが置かれているのみだった。


「『斬戟』」


 背中側から、希の声がした。

 とっさに身を引いたが、避けきることは出来なかった。

 修の鎖骨を通過する斬戟。


「ぐっ、おぉぉッ」


 藁半紙を破るように、空間の裂け目が肩口に出現するのを修は見ていた。

 しかし、見えるところに姿を現すのは希にとってもリスクに他ならない。

 修は指を鳴らした。

 素早く身体をよじろうとした希の胸部に『圧壊』が炸裂する。


「――ぐッ、う」


 人体への攻撃には向かない『圧壊』を、それでも人体への攻撃に対して使う方法だった。

 身につけたもの、ここでは衣服へ『圧壊』を用いて間接的に人体への攻撃を行う。

『学園』から脱出する際にも指導員に対して行った攻撃方法だった。


「うおおぁあッ!」


 仰け反りながら『斬戟』をこちらへ放つ希。


「おおおぉおッ!」


 応えるように『圧壊』を放つ修。

 どちらも、可能な限り攻撃を行った瞬間、その地点から身体を移動させて被害を最小限に抑える。

 だが、その回避行動の微々たる遅れがダメージの蓄積につながる。

 希が退けば後方に『圧壊』が炸裂し、修が水平に避ければ『斬戟』が行く手を阻む。

 互いが互いの『能力』によって行動を制限する。

 迂闊に移動することは出来ない。

 最早、消耗戦だった。

 息の上がる希、その様子を伺う修。


 修は『学園』を出る際、『能力』戦において一つのことを心得ていた。

 ――それは、全力の攻撃は確実に当てられる時にしか行わない、ということ。

 相手がどんな『能力』を持っているか分からない時に、最後の最後で強力なカウンターパンチを狙うためだ。

 そして、この展開。

 修が想定した状況へ、徐々に向かいつつあった。

 じわりと汗が滲むのを感じる。

 張り詰めた空気がこの空間を支配している。


「希……おまえは、俺を倒した後、どうするつもりなんだ」

「これはおれたちにとって――解放されるための『最後の試験』となる。いわば卒業試験だ」

「そうか……そういうことか」


 修には何となく、この『卒業試験』の顛末が予想出来た。

『交換条件』による状況誘導に、目的遂行の期待を掛ける。

 それはつまり――人質を取られて身代金を要求されているようなもの。

 そして、その『約束』が本当に守られるのかどうか。

 まして、『能力者』などという、好きに泳がせておくには危険過ぎる存在に対しては。

 利用されるだけされて、その後は――


「そんなことはどうでもいい。この戦いが終わった後のことなど」

「……何だと」

「おれは貴様が倒せればそれでいい。そのために志願したのだからな」

「おまえ……」

「おれの目的は、貴様を倒すこと。それのみだ」


 分からない。

 その執念の源が何に根ざしているのか。

 だが、少なくとも希が放った言葉に嘘は無かったように思う。

 戦いたい、と。

 決着をつけたい、と。

 歪んではいるが、それはある意味真っ直ぐな視線だった。


「――――おまえ」

「何だ」

「俺が勝てば、弧羽の居場所を知ることが出来る」

「飽くまで、そうだと思われる場所だがな」

「ああ。だが、おまえが勝ったら」

「おれが勝てば、だと?」

「まあ、俺の知ったことじゃあ、ないのかもしれないが」


 希は修を睨みつけながら言った。


「おれが勝ったら、か。そうだな――終わらせることが出来る」

「……何を?」

「貴様に対する、この感情の滾りをなッ!!」


『斬戟』が修の首筋へ迸る。

 テイクダウンを奪いに行くような姿勢でそれをかわし、修は指を鳴らす。

 強烈なパンチをもらったかのように後方へ吹き飛ぶ希。


「修ッ、うううぅぅッ!!」


 姿勢を崩しながらも指を振る希、出鱈目に切り裂かれる空間。

 修は横っ飛びにそれを回避する。


「くッ!!」


 腕に、脚に刻み込まれる『斬戟』の傷痕。

 よろめきながらも中空を殴るように『圧壊』、希は更に後方へ吹き飛ぶ。

 修は痛む傷痕も構わず、回転しながら勢いをつけ、握り締めた拳を振り下ろす。

 風を切る音が、そのまま『圧壊』の発動プロセスへと変化して――


「おおおぉぉッ、らあぁぁぁ!」


 希の身体へ渾身の『圧壊』が炸裂する。

 まるで見えない巨大なハンマーで思い切り殴られたかのように、地表へ叩きつけられる希。

 空を見上げるような姿勢の希を中心に、数メートルの小規模なクレーターが出来ていた。

 辛うじて立っている修、起き上がらない希、辺りには静寂が漂い始めていた。

 空を見上げる形で横たわる希を見ながら、修は小さく溜め息を吐き出した。

「続きをやろう」と言われたら、今度こそどうなるか分からない。

 それを感じながら、修は動く気配の無い希へと近づいていく。

 刹那。

 ――ぴり、と空間のめくれる音がした。

 希はまだ力を残していた。


「おれを見くびっていたようだな」


 修は希への認識を改めなければならない、と思った。

 こいつは、本当に難敵であると。

 そう認めなければならないと。


「ああ。――さっきまではなッ!」


 起き上がる希に対して、修は指を鳴らす。

『圧壊』が、希の胸部に炸裂する――はずだった。


「空振り……か!」


 先ほどの一発を受けているとは思えない俊敏さでそれをかわし、希はお返しとばかりに『斬戟』を修に見舞う。

 ただ線を引くだけのものではなく、避けられた経験から十文字にクロスさせることを忘れずに。

 とっさに身を捻った修だが、避けきれずに肩口に傷痕が刻まれる。

 まずい。

 長期戦になればなるほど、この細かい傷は影響を及ぼしてくる。

 運動能力の慢性的な低下、それに伴うリスクの増加。

 ――そして、想像以上だった希のタフさ。

 これら全てが、今度は修を不利にする要因となって襲いかかってくる。

 だが、それでも――

 負ける訳にはいかなかった。


 目的の為に。

 誰かの為に。

 ――自分の為に。


 描き出される『斬戟』、寸でのところで身を捩る修。

 呼応するように『圧壊』、スウェーの要領で直撃を避ける希。

 弧羽が言っていた。


「辛いのなら、それを誰かに伝えないと」


 修は出来なかった。

 怖かった。

 纏まらない想いを口に出すことが。

 それを、誰にも聞いてもらえないことが。

 理解されないんじゃないか、ということが。

 意思を表すことが、こんな争いでしか出来ないなんて、そんなの――

 悲しすぎる。

『斬戟』は空間を断裂し、希が咆哮をあげる。

 それは『怒り』に似た慟哭だった。

 修は確かに、言葉にならないその想いを聞いた。

『俺たち』には、平和に生きる『現実』がかけ離れたもので――

 何かの為、『戦う』為、この身体、想いが粉微塵にされても、


(そう、あの人たちは止めないだろう)


 誰だ?

 誰が割り込んできた?

『能力』で語り掛けてきたとおぼしきその声。

 希の向こう、遙か向こうであったが、修には見えた気がした。

 奴だ。

 学園生に『知らない』、と言われたそいつ――

 相良、収。

 何かを知っている。

 こいつは、この出来事について、事実として外すことの出来ない何かを。


「――やかましいぞッ!!」


 希は右手を自らの後方へと回し、『斬戟』を放った。


(何だ、すごいな。『斬戟』の射程は十メートルが良いところだと思っていたのだけれど。まあ、それは置いておこう。君たちには……)

「しつこい――」


 言い掛けた希が再び動く前に、今度は修は先んじて指を鳴らした。


「――しつこいな。邪魔だ」


 希が狙った地点へ、今度は『圧壊』が到達する。

 しばしの静寂。そして。


(あはは、まあ、今度聞いてくれればいいさ)


 それきり、相良の声は聞こえなくなった。

 そして、奴の言ったことも気になるが――まず。

 まず、目の前の希を倒す。

 お互い、『能力』の威力は戦闘開始直後から著しく低下していた。

 息も上がっている。

 既に泥仕合いの様相を呈していた。

 体力も消耗しきっている。


「おおおォッ!」

「はああァッ!」


 斬れない。壊れない。

 にらみ合う二人。

 致命的な一打を与えることなく、二人の戦闘は最終局面へと突入する。

 肩で息をしながら、機会を伺う。

 最後に残ったのは、やはり身一つでの近接格闘だった。


「おおぁ……ッ!」


 修が殴りかかり、希は呼応するようにカウンターを狙う。


「くっ、あぁッ!」


 しかし、狙いは他にあった。

 もう『能力』を使う体力が無いと見せかけて、最後に最大の一撃をぶち込んでやる。

 そのために、あえて『ただの殴り合い』に持ち込んだのだ。

 踏み込む、殴りかかる、かわす、動きの止まったところを狙う、かする、食いしばった歯が軋みをあげる。

 射殺すような希の目つきが、一層鋭くなる。

 当たらない。

 修にとって、そこで出来る隙はそのまま攻撃のチャンスであった。

 希の攻撃が全て外れるのを目の当たりにしながら、修は違和感を覚えていた。

 余りにも当たらなさ『過ぎる』。

『斬戟』が至近距離で放たれる。


「これで終わりだッ!!」


 とっさに身をよじる修。

 実のところ、この回避行動はほとんど運に拠るものだった。

 やはり、ただの『学園生』とは違った。

 希も修と同じことを狙っていたのだ。

 ――だが。


 だが――それを、希は乾坤一擲の『それ』を外した。

 最早、修には全ての動きが鈍く感じられていた。

 遅い、時間の流れを感じながら指を鳴らす。

 伝わる音、揺れる大気、届く『圧壊』。

 学生服の上から全力の『圧壊』を受け、希は吹き飛んだ。

 呆気なかった。

 ――呆気ない、幕切れだった。

『圧壊』を受けた希は動かない。

 さっきのこともある。

 修は、注意深く希の様子を見ながら、歩を進める。


「希」


 希は答えない。


「希、どうする。まだやるのか」


 空間をなぞろうとした指が、力無く下ろされる。


「貴様が探している、『弧羽』は――」

「『学園』に連れ戻されたのだろう、おそらく。この町にはおそらくもう居ない」

「弧羽は無事なんだろうな」

「解らん。どういう扱いを受けるのか、おれたちは知らない。ただ、確かなのは彼女が特別である、ということだけだ」


 特別――か。


「彼女を求めるなら、『学園』へ行け」


 修は希に尋ねる。


「いやにあっさり負けを認めるんだな」

「もう『能力』を使う余力も、まともに喧嘩をする力も残っていない。これ以上続けたところで恥を上塗りするだけだったからだ」


 もし続けていれば……

 いや、もし、ということは有り得ない。

 希は続けないことを選択した。

『起こらなかったこと』を想像したところで、全く無意味だ。


「おまえは……これからどうするつもりなんだ」

「貴様には関係の無いことだろう」

「だろうけどな。任務に失敗したことになるんだぞ」

「……。直ぐに追いかけた方が良い。知っているだろう、奴らがおれたちを実験動物程度にしか認識していないことを」

「――ああ、そうだったな」


 修は意識を集中しながら、希に背を向ける。

 不意打ちをしてこない、とも限らない。

 が、そんなこともなかった。

 希は本当に負けを認めていたのだった。


「なあ、希」


 修は希に背を向けたまま、声を掛ける。


「……何だ」

「変なことを言うかもしれないが……」

「なら言うな」


 取りつく島も無かった。


「いや、言わせてくれ」


 修は少し、息を吸い込んだ。


「死ぬなよ」

「何を言うのかと思えば……そんなことか」

「ああ、そうだ。言いたかったのはそれだけだ」


 修は歩を進めていく。

 拓と、佳代と合流しなければいけない。

 駅で合流する、とのことだったが――


 修は馬鹿正直に駅の構内に入ったりはせず、改札付近の様子を一望出来る場所を確保する。

 そして、辺りの様子を伺いながら、修は弧羽の携帯電話をコールする。

 無機質な電子音の後に、電話は繋がった。


「拓か?」

「修、無事か。今どこに居るんだ?」

「駅の近くだ。『学園』の追手を倒した」

「……そうか、分かった。オレはもう、駅の中で待ってる。早く来てくれ」

「もう着いたのか」

「ああ」


 違和感があった。


「どうやら、弧羽はここには居ないらしい」

「そうか……逃げきれないなら、学園に戻って奴らをぶちのめすだけだ」

「学園に?」

「そうと決まれば、修、行こうぜ」


 何か、おかしい。

 何かが。

『オレは』と拓は言った。

 拓は佳代と合流していないのか?

『ここに居ない』と言っただけで、こいつはどうして学園に戻ろうとしている?

『学園』に連れ戻そう、とする奴らが来ているから、推測して話をすることはあるだろう。

 しかし。

 微塵の迷いもなく、それが確定事項であるかのように話を出来ることには違和感を覚える。

 何故、そういう流れに持っていこうとしているのか。

 その理由があるとするなら、それは一つ――


「なあ」

「どうした? 修」

「すまん、すぐに合流するのは厳しいんだ」

「待ち合わせは前に言ってた場所でいいか?」

「ああ、いいぜ」

「ええと『西教育学区』だよな?」

「そうだ、そこで落ち合おう」

「……ああ、分かったよ」


 返答をしいてから、電話を切る。

 修の違和感は現実のものとなった。

『中央』で会おう。

 拓が緊急時の集合場所に指定したのは、間違い無くその地点だった。

 だとするなら、今、電話に出ている人物は一体誰なのか。


「じゃあ、そこで待ってるぜ」

「了解だ。すぐに行く」


 拓はやられたのか……?

 携帯電話を閉じながら、修は駅の構内に視線を移す。

 誰が敵なのか、分からない。

 もしこれまでの学園生のように制服でも着ていれば、一番区別しやすいのだが……

 弧羽の携帯電話は、またも持ち主とは違う人物に渡っていた。

 どうする? 連絡の手段が――

 修は考えた。

 もう一度、佳代に電話をかけてみよう。

 さっきは通じなかったが、今となってはその可能性に頼るしかない。

 耳に当てた携帯電話から、無機質な電子音。

 一応、圏外ではないようだ。


「もしもし」

「よかった。今度はつながったか」

「狩野くん、今どこなの?」

「ちょっと待ってくれ。悪いんだけど、こちらから質問しても良いか」

「あ、う、うん……どうぞ」

「さっき六道にかけた時はつながらなかったんだが、何かあったのか?」

「さっきは『学園』の人と遭遇して、出られなかったの」


 なるほど、だが、それらしい答え過ぎるといえなくもない。

 確証が欲しい。

 差し当たって思いつく方法は、一つしかなかった。


「そうか……なあ、拓はそこに居るか?」

「うん、居るよ。替わろうか?」

「ああ、頼む」

「修、無事だったか」


 拓の声だった。


「何とかな。さっき、おまえの偽物から電話がかかってきた」

「何だと?」

「佳代と合流した、とも言っていなかったし、緊急時の集合場所も違っていたからな。適当に答えて切ったよ」

「そうか。それで……結局古河はどうだったんだ」

「此処にはもう居ない、らしい。『学園』に連れて行かれた可能性が高いと言っていた」

「――結局、逆戻りせざるを得ないのか」


 電話越しだが、拓が眉根を寄せるのが見えるような気がした。

 その心境は修も同じであったからだ。


「弧羽を取り戻さなければならないのは最優先だ。だが、他にも気にかかることがある」

「相良、か」

「ああ。奴は『学園』の制服を着ていたのに、他の学園生は奴の存在を知らなかったんだ」

「……どういうことなんだよ、それ」

「『学園』が学園生には知らせずに何かをしようとしているか、もしくは――『学園』以外の何かが絡んできているか」

「どっちにしても、面倒なことになりそうのは確かだな」


 拓はうんざりしたような口振りでそう言った。


「全くだ」

「修、オレたちは今この町を出て他の町に居る。別の町の駅から『中央』へ行く。そこの待合室で待機しているからな」

「分かった。俺もこの町の駅を使わずに『中央』へ向かう。その後は――」

「『学園』へ向かう、だな」

「そうだ。それじゃあ、合流したら、また詳しい話をしよう」


 少し間を置いて、拓が再び口を開いた。


「……修」

「何だよ」

「なあ、全部終わったら、またここに戻って来ようぜ」

「……急な話だな」

「おまえが他のところへ行ったら、『さんみ』のおやっさんが寂しがるぜ、きっと」


 色んなことが起こり過ぎて、修は『そのこと』から自然と思考を遠ざけていた。

 また、ここに戻って来られるのだろうか。

 修は、思い出していた。

 この町へ来た時、あの時、おやっさんに助けられていなければ、そこで終わりだったろう。

 おかみさんにも優しくしてもらった。

 見ず知らずの自分たちに、温かく接してくれた。

 楽しいことばかりでもなかった。

 辛いこともあった。

 でも。

 でも――

 こんなことに巻き込まれる謂れはなかったはずだ。

 何となく、無為な、それでも大切な日常が続くと思っていた。

 何の根拠も無く、そう思っていた。

 もう居ない。

 ここには、おやっさんも、おかみさんも……

 それでも。


「拓」

「ああ」

「弧羽を取り戻したら――、全部終わったら、また、ここに戻って来よう」

「そうだな、それが良いぜ。オレもここに戻って来たい」

「……じゃあ、目的の地点で合流しよう」

「了解だ。気を付けろよ」

「そっちもな」


 そうして、どちらからともなく、電話を切った。

 修は今、立っている場所から周りを見回した。

 行き交う人々。

 店先で談笑する誰か。

 公園で遊ぶ子供。

 ただ、ただ平和なところだったのに、それなのに。

 修は考える。

 これから何をすべきか。

 今すべきことは、一つ。

 そして、それから、それから――


「また、戻ってきてもいいかな」


 口をついて出た言葉。

 答えは無い。

 けれど、想いは決まっていた。

 風が凪いだ時、修は走り出した。

 修を知る人が居なくなった町を。

 未来なんて見えない。

 分からないけれど、そんなことは問題じゃない。


 俺にはまだ、やるべきことがある。




 渇望編、了。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ