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42  作者: 結月(綱月 弥)


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渇望編 - 24

 修は考える。

 もう、奴らに対しては時も場所も関係ないのかと。

 すると、目の前の学園生はある方向を指さした。


「来いってことか……?」


 学園生は頷いた。

 学園生の指した先は、大通りから外れた路地だった。

 先ほど起こっていたこととは別物の対応に思える。

 拓が佳代と待ち合わせていたネットカフェが襲撃されたのは学園生の仕業だと思っていたのだが――

 別人なのだろうか。


 そんなことを考えていると、先導していた学園生は立ち止まる。

 ここが、学園生の戦闘を想定した場所ということだろう。


「やろうってのなら、相手になろう。……てっきり、無差別に襲ってくるのだと思っていたけどな」


 学園生は不思議そうな顔をして首を傾げる。


「戦いたいの?」

「……違うのか?」

「『それ』、わたしの意図とは違うけれど」


 身構えていた修に対して、学園生は自然体だった。

 とても、これから戦闘状態に入ろうとする感じではなかった。


「聞きたいことがあって、でも、あの場所には色々と雑音が多いでしょう?」


 そう言って再び学園生は首を傾げる。

 どうも、ドンパチやろうという感じではないようだった。

 これまでのことを考えると、どこまで気を許して良いものか、計りかねる部分はあったが。


「聞きたいことか……一体何を聞きたいんだよ」

「目的があるのよね? それって、何なのかなって」

「ずいぶんストレートに聞くんだな」

「遠回しな物言いって、嫌いなの。相手を試しているようで」

「なるほど。その考えには共感出来るな」

「それで、何が目的なの? 『学園』を破壊してまで為そうとしたことって」


 目の前の学園生が口にした言葉について、修は一瞬理解が遅れた。


「――今、何て言った?」

「うん? あなたは『学園』を破壊して何をしようとしたのって聞いたのだけれど」

「『学園』を破壊してまで? 破壊?」

「ええ、そう。あなたがしたことよ。覚えてないの?」

「『学園』は存続しているんじゃないのか」

「『学園』はもう、解体したわ」

「解体……?」


 今まで目の前に現れた『学園生』は修を含めた『元』学園生を連れ戻そうとしていた。

 修は混乱した。

 どういうことだ。

『学園』があるから、『学園』から派遣された学園生たちは修たちを連れ戻そうとしていたのではないのか。


「細かい事情は違うけど、自分自身としては、気にかかることを確認したいことは確かだから」

「――いや、こっちの考えについてお構いなしってのが『確か』なことだと思うんだがな」

「言うわね。それは本当、その通りだわ」

「…………」

「実のところ、送り込まれている『学園生』が一定の目的に沿っていることは間違いのだけれど――それが全く同じ道筋を通って為されるものかどうかは知らないから」

「つまり?」

「手段は自由、ということかしら」

「なるほど」

「だから、別に戦う必要は無いのよね。絶対戦闘に持ち込まねばならないってことも無いのだから」

「送り込まれた『学園生』ってのはずいぶん喧嘩っぱやい奴らばかりだったってことか」

「もう会ったのね。……誰に会ったの?」

「珠洲歌と希、あと――」

「あと? 他にも居るの?」

「ああ、相良ってヤツが来たんだけど」

「相良? さがら……」


 目の前の学園生は一人ごちる。

 しかし、知らないのだろうか。

 お仲間のことだというのに、薄情と言うのか、何と言おうか。


「知らないわ、その人」

「学園生……じゃないのか?」

「同じ制服を来ていたぞ、その、黒いの」

「この制服を?」


 学園生はますます不思議そうな顔をする。


「ありがとう」

「え?」

「面白いことを聞かせてもらったわ」

「何だよ、もう良いのか」

「あなたには別の人が執着しているから、わたしの出る幕じゃないもの」

「待て、聞かせてくれ。弧羽をどこへやったのか」


 表情一つ変えず、目の前の学園生は言った。


「ダメ。それが目的なのだから」

「じゃあ、力づくでも――」

「それはこちらの台詞だわ」


 ずいぶんな自信だった。

 修の『能力』に対抗しうるだけの力を持っていないと、その言葉は出てこないだろう。

 だが、そんな台詞を目の前の学園生はさらりと言ってのけた。


「でも、今戦うつもりはないの」

「……どういうことだよ」

「さっきも言ったけど、あなたに用事があるって人がいるから」


 何か、嫌な予感がする。


「手を出したら、怒るからね。その人、かなり短気だから」


 何だか、ペースが崩れる。

 修はそんなことを思いながら、それでも口を開く。

「それでも、弧羽の居場所を聞けないとこちらが困るんだ」

「うぅ……ん、でも、今のあなたにはどうにも出来ないと思う、多分」

「――埒が明かないな。これじゃ」


 しかし、力づくで聞き出そうにも、向こうにその気が無いのであれば、答えるかどうかも怪しい。


「話を戻そう。『学園』は消滅したのに、何故俺たちは追われることになっているんだ?」

「『正確には』、消滅したわけじゃないわ。以前も表に出るような組織じゃなかったけど、更に存在を隠蔽せざるを得ない状況になったってわけ」

「…………」


 読めない。

 断片的な情報では、結局掴めることは少ないと言わざるを得なかった。


「情報は末端には届かないものだから……わたしたちも知らないことの方が多いわ」

「いやに正直に話すんだな」

「この状況については、別に隠すようなことでもないもの」


 唐突に、無機質な着信音が鳴り響く。


「もしもし」


 何の躊躇いもなく、学園生は携帯電話の着信に応じる。

 油断しているのか、ただこちらの戦力を脅威と思わぬことからくる余裕なのか。

 いずれにしろ、未知数の相手にそうそう手は出せない。


「うん、うん……目の前に居るわ。替わる? ……そう。例のネットカフェのある大通から外れた場所よ」

「誰と話して――」


 言い掛けて、ふと修の脳裏にある人物のことが過ぎる。


「ええ。釘付けにしていれば良いのね」


 今この場に関してのみ、状況が読めてきた。


「誰が来る?」

「18番、都嵩……希」

「やっぱアイツが来るのか」


 修は身構える。


「逃がさないわ」

「いや、逃げるね」


 指を鳴らす修は、次の瞬間には目標地点から忽然と消える学園生の姿を探す羽目となった。


「……なっ?」


 目の前、視界から外れたように見えた学園生は、目の前にひょっこりと姿を現した。


「あなたが希に対してとったのとそっくり同じ行動なのだけれど、どうかしら――上手くいった?」


 軽やかなステップ、柔軟な体躯、俊敏に過ぎるフットワークの自由さ。

 ――まずい。

 まるで口付けるような距離にまで迫られると、対処のしようがない。

 能力戦においても接近戦は可能ならば避けたいところではある。

 ましてや素手における近接格闘の心得などはなく、接近戦は全くもって修の専門外だった。


「何を慌てているの? 元『学園』最強さん?」


 そうだった。


 修はかつて『学園』最強の能力者として一定の認識を持たれていた。

 その、余りに強大過ぎる能力の為に。

 ――しかし。

 その修が今、他の能力者に事も無げに扱われている。


「くっ、う――!」


 思わず漏らした小さな嗚咽、素早く殴りかかる拳が学園生を捉えることはなく。


「必死さが足りないわ。狩野、修……」


 学園生の表情は心なしか、修には楽しげなものに映った。


「どれだけ強力な攻撃であろうとも、それが全く当たらないとなると――」


 体勢を崩した修に、またも迫る学園生。


「意味が無いの」


 まずい。

 状況を把握し、即座に修が思考に入りかけた瞬間だった。


「おいッ!!」


 やりとりを断ち切る声。


「芽川、こいつに手を出したのか」

「いえ、攻撃は全く当てていないわ。ほとんどおしゃべりしていただけ」

「――そうか」


 希は少し安堵した様子だった。


「珠洲歌が手こずっているかもしれない。加勢してやってくれ」


 珠洲歌が別の場所に――

 拓か佳代か、どちらかと鉢合わせているということか。


「あなたはどうするの?」

「気にするな。おれは一人で十分だ」

「そう。こだわるのも良いけれど、何事も程々が一番だと思うわ」

「……要らぬ世話だ」

「じゃあ、何も言わないわ」


 希と、芽川と呼ばれていた学園生の会話を見ながら、この場を脱する機会を伺う。

 拓は一人でも問題無いだろう。

 気がかりなのは未だに合流出来ていない佳代、そして杳として行方の知れない弧羽のことだった。


「じゃあ、また後で」

「ああ」


 希がこちらへ視線を移そうとする折、修は指を鳴らした。

 目眩ましになれば、それが一番――

 修の思考を斬り裂くように、希の『斬戟』は砂煙を分断した。

「――くッ」

 素早く身体をずらした先、間髪を入れずに第二波が訪れる。


「ここがデッドエンドだ、修」


 希の言葉を耳にしながら、修はただ攻撃を避けるのに集中する。

 ずっと、追手である学園生のペースだった。

 弧羽が居なくなってから、一度も有力な手がかりを得られていない。

 ここで本当に決着をつけておくべき、だとも思う。


「希」

「――どうした。命乞いでも始める気じゃ、あるまいな」

「もう一度聞く。弧羽をどこへ連れて行ったんだ」

「また、それか。……どうやら、聞かないと気が済まないようだな」

「本気でやり合うのは構わない。だが、『それ』に見合うものがないと張り合いがないだろう? 逆の立場で考えてもみろ。ただやり合うだけなら、こちらにとってプラスになることは何も無い。また適当にやって、逃げるぞ」

「――それは困るな。良いだろう、分かった」

「本気でやり合えば――俺が勝てば、情報を出すんだな?」

「担当は違う。だが、彼女がどうなって、どこへ連れて行かれるのか想像はつく」


 それを聞いて、修は改めて目前の希に視点を合わせる。


「やってやるよ、希」


 両手は柔らかく、いつでも鳴らせるように解す。


「そう来なくては、つまらん――今度こそ、全力で来い」


 希は、つい、と指先で中空をなぞる。

 向かい合う二人は、うず高く積まれた廃車の山に見守られながら――

 戦闘の火蓋を切って落とした。

 身体を前方に倒しながら、それでも姿勢を崩さずに修は動いた。

 直後、廃車の山に一筋のラインが走る。

 定規で計ったようなものではなく、無造作に紙を破いたようにやや歪なラインだった。

 走る修に合わせて、希も併走しようとした矢先。

 希の足下で、小規模な爆発が起こる。


「――臆病者め」


 希は悪態をつきながらも、足を止めずに修の姿を探す。

 遠距離からの一撃がある『圧壊』と『斬戟』の勝負は、動けなくなった方が負ける。

 そして、生きて紡がれるべき物語の上から退場することになるだろう。

 修と希は、互いにそんなことを漠と感じていた。


 負けたものに、未来は無い。

 逃げ出した先に、幸せなど存在しない――

 修はこの状況にそれを感じ、希は修の境遇にそれを読み取っていた。

 ならば、それならば。


『この戦いは、負ける訳にはいかない』


 互いの思考は完全に一致した。

『斬戟』が斬り裂いた廃車を後目に、修は希の足下を吹き飛ばす。

 到達速度で勝る『圧壊』に対して、殺傷能力で勝る『斬戟』。


「はぁ。……はぁっ」


 走りながらの能力使用、長く足を止める訳にいかない状況は、互いの体力を削り取る。

 修は『圧壊』、自らの能力について、弱点を熟知していた。

 どれだけ巨大であろうと、破壊する対象が静止した状態ならば何の問題もない。

 ……だが、動く標的に対しては極端なほど不向きな能力だった。

 そして無機物への効力に比べて、有機物に向けた破壊力の低下も致命的であり、この弱点は克服されるべきポイントであった。


「うおぉッ、らぁッ!」


『圧壊』で砂煙が上がり、『斬戟』でそれが斬り裂かれる。


「何で――おまえはこんなことをする?」

「貴様の知ったことか」


 修は指を鳴らす。


「『学園』は解体したのか」


 乾坤一擲の一撃を与えるために、布石を作りたい。


「おれはっ、そんな話をしに来たのではないッッ!」

「いいや、俺も知るべきだろう? 何が起こったのか……ッ!」


 修の立ち止まった地点に向けて、『斬戟』の亀裂が迫る。

「自分でやっておいて、白々しくもよく言えたものだな――」

 寸でのところでかわされた『斬戟』は目標を失い、まるで見当違いの廃車を両断する。

 自動車の墓場に不釣り合いな轟音を響かせて、車体の破片をぶちまける廃車たち。


「何が起こっているのか、知りたいのか」

「知らずに巻き込まれて、何も分からないまま死ぬのは嫌だ。それは間違いない」


 希は口を開いた。

 幾分か自嘲気味の表情を浮かべているように見えた。


「賽は投げられた。もう以前のようにはならない」

「どういうことだ」

「既に『生粋の能力者』が有り難がられる段階ではなくなった」

『生粋の』とはどういうことだろうか。


 修は言葉の意味を咀嚼する。


「おれたちは試されている。ずっと――」


 希は動きを止める。

 戦いの最中だというのに、ふと、空を見上げる。


「目的を達成し続け、成功を収め続け、成果を前進させ続けなくては意味が無い」


 掌に視線を落とした希は、何だか迷子のように不安げな表情を浮かべる。


「『おれたち』にとって、終わりの無いチキンレースだ。『脳』が擦り切れるのが先か、『能力』が擦り切れるのが先か」


 隙だらけだった。

 今、棒立ちの希に『圧壊』を全力で叩き込めば勝負は終わるだろう。

 なのに――


「おれたちは、何のために此処に居るんだ? 何故、まだ生き長らえているんだ? 望むべく明日なんて何処にも無いのに」


 修は何もしなかった。

 それは、希が口にした言葉は、そのまま『あの日』修が思っていたことと同じことだったからだ。


「おまえたちは『あの日』、出て行った。学園には無い自由を求めて」

「ああ。そして、『この日』が来ることなど、考えの隅に追いやっていた」


 修と希の視線が交差する。


「おまえは何かを、手に入れたのか?」

「解らない。だが、失くしたくないものに――気付いた」


 希は力無く笑った。


「贅沢な感情だ。喪失を怖がる気持ちなんてものは。あの学園には、何も、無かったからな」

「弧羽の居場所を、知りたい」

「……そうか。それが、おまえの――」


 希は修の言葉を噛み締めるように、瞼を閉じる。


「おまえが求めるもの、おれが求めるもの。どちらもが同時に叶う願いじゃない……それでも。それでも、『おれ』たちには必要な――」


 両腕を交差する、掲げる希。


「ああ、そうだ。『俺』たちには失くせない――」


 指を鳴らす直前、修は大きく右腕を振りかぶり――。


「未来があるッ!!」


 振り下ろされる両腕、鞭のようにしなる指、ほぼ同時に放たれた互いの能力は、中空で交錯する。




 つづく

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