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42  作者: 結月(綱月 弥)


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3/33

◎前夜迄/希『望むもの』

誰か、俺に教えて欲しい。

……この感情が、一体何なのか。


抑圧されているからなのか、それとも、元来の持ち得る気質なのか。

およそ、希は何かに固執することがなかった。

だが、ある出来事を通して、それまでの無関心が嘘のように

興味を感じる対象は、常に漠然とした、言葉にならない己の内から生まれる度し難い何か。

感情の仄かなうねりを起こすもの、それが一体何なのかと言う問いかけだった。

そしてその問いかけから生まれるものは最早うねりに留まらず、苦悩の坩堝と化していた。

自分以外の人間を感じることが出来ない。

いや、最初から、受け入れるも何もなく、拒絶していたからかもしれない。

それでも、希は本質的な問題を感知することすら出来ていなかった。

ある一つの選択に行き着いたのは、そんな懊悩の果ての穏やかな日のことであった。

変化に乏しいこの学園の中で、それでも訪れる変化があるとすれば。

それは、他人に触れるということ。

希が触れたのは、感情の希薄な、それでいて何処か凛とした印象を与える少女だった。


元々自分には、欠落したものがあると、希はそんな風に考えていた。

しかし、希が見たその少女は――

何故、外見を見ただけでそう思ってしまったのかは定かではない。

だが、希の目から見て、大きな何かが欠落しているような気がした。

錆び付いたベンチに腰掛けている、漆黒の瞳の少女。

ここで、希としては随分と久方ぶりに自らの悩みの他に、気がかりに思うことが増えた。

彼女に興味を抱いた理由を知りたいと思うようになったからだ。

今にも消え入りそうな少女の存在が、希の中に途轍もなく大きなものとして居座るようになっていた。


気に掛ける理由が分からない。

それは不安なことでもあると同時に、不思議な感覚を希に与えることとなった。

その理由を知りたくて、希は機会が許す限り少女に話し掛けることにした。

開口一番、希は衝撃を受けることとなる。

「きみ、寂しいの?」

一瞬、それが自分に向けられた言葉だと分からなかった。

それほど、希はその言葉に動揺していたのかもしれない。

少女の言葉が希の求めていた答えであるかは分からなかった。

だがそれは少なくとも、希が抱いている今の心境に対して一定の説得力を含むものだったからだ。

とにかく、初めて話しかける人間にここまで見透かされたような感覚を味わわされるとは思っていなかった。

「そうかもしれない」

希は、少女の言葉に対してそう答えるのが精一杯だった。

「そう。だったら……私と同じね」

そこで、希は気付いた。

その少女が自分を見ていないことに。

少女の瞳は希の方ではなく、どこか別の方向へ視線を泳がせていた。

「目が……見えないのか?」

「うっすらとは、何があるか見えるけどね」

希はなおさら、先程掛けられた言葉に対して驚きを加えることとなった。

感覚、雰囲気だけで自分のことを言い当てたのか、と。


希はそれから、時間の空きを見ては少女を探した。

会える機会は少なかった。

それでも、言葉を交わせるだけで良かった。

少女との面会を繰り返すうち、希の中で何かが変わろうとしていた。

だが、まだ名前すらつかないような淡い感情は、芽生える前に潰えてしまうこととなった。


目に見えるきっかけは、ある少年の登場だった。



ある時、希がその少女に声を掛けようとすると、先客が居ることに気付いた。

傍らには、あの少女が居る。

少年の方は、会話の間にも表情を変えることはない。

その様子を見るに、『談笑』とまではいかないのかもしれないが――

少なくとも、あの少女の方は表情に緩みが見られるようだった。

そして、その少年が現れてからというもの、希に対する学園側の態度が変わった。

希の出す結果や不調に対して、決まって口にされた言葉が『シュウ』と言う学園生の名前だった。

シュウが、シュウが、シュウが……

希自身の価値など、どこにも無いような物言いだった。


凄い奴が居る、という指導員の会話を耳にすることがあった。

最初は、ただそれだけだった。

しかし、次第にそいつの名前を耳にする回数は増えていき、それはついに希自身を脅かすことになった。

新しく入った学園生の存在によって、希は立場を振り返ることになった。

元々、希に対する指導員からの評判は芳しくなかった。

そして今、希は事実を突きつけられる。

能力の強大さ、稼働時間の長さに於いてその学園生に劣っているということを。

希の抱いた苦悩は、その色を強めていく。

せっかくの時間を、居場所を、そいつはいとも簡単に奪っていった。

物理的に『破壊する』という能力にかけて頂点に君臨していた希を退けて。

ああ、許せない。

どうにも、どうしても、許せない。

あいつが手に入れたのは、持っていた全てだった。

ささやかなプライドも、秘めやかな感情も。

ああ、その感情には、微かな未来さえ含んでいたのに。

この現状がどうにかなるかもしれないという、ほんの少しの――

でも、戻らない。

あいつが居る限り、それは戻らない。

希はそんな風に考えていた。

その少年と、ただの一度も言葉を交わすことなく。


そんなある日、希は少女に対して考えていることを打ち明けた。

「それ……辛いね。自分のことが認めてもらえないのって」

少女にとっては、何気無く口にした一言だったのかもしれない。

それでも、希にはとても大きな言葉のように思えた。


話しかけることが出来なくなってから、希はついに少年の名前を知ってしまった。

「シュウ」

いつも奴らが口にしていたのは、この少年のことだった。

その「シュウ」は、いつの間にか少女と行動を共にしていた。

希が少女に話しかけることはなくなった。


何となく、声を掛け辛くなった。

少年と言葉を交わす少女には、これまでに見たことの無い柔らかな微笑が浮かんでいた。

二人を遠目に見ながら、希は思い出していた。

シュウが来るまでのことを。



「私? 私はコハネって言うの」

「コハネ、か」

「どうかした?」

「いや、そうか……コハネって言うのか」

「何よ。おかしい?」

「何となく。何となく、イメージ通りの名前だと思って」

「ふうん、どんなイメージだったのかしら。私のイメージ」

「掴みどころが無い。それこそ、ひらひらとしたような」

希は、自分自身でも変なことを言っているな、と思った。

でも、それ自体は気にならなかった。

それは希の本心からの言葉だったから。

それに、その言葉を聞いて、コハネは穏やかに笑っていたから。


コハネと話したことを、シュウが来るまでのことを……

思い返せば、それだけ寂しさが募った。


近頃、『シュウ』の姿を見ない。

そして、『コハネ』の姿も。

今まで、自由な時間を一人で過ごすことが寂しいとは思わなかった。

――でも、一度話し相手を得てから、再び一人の時間を過ごすのは辛く感じられた。

もう会えないのだろうか。

学園の中に居る限り、会う機会はあるのだろうけど、希はふとそう思った。

希は『コハネ』と初めて言葉を交わしたベンチへ視線を移す。

行き場を失ったやるせない気持ちを、どこへ向ければ良いのか。

錆び付いたベンチの手すりは冷たく、ここで時間を過ごすことさえ拒んでいるように思えた。


また同じ日が始まる。

何の変哲も無い今日が。



『望むもの』 了

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