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42  作者: 結月(綱月 弥)


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渇望編 - 17

どう考えても、有利な行動とは思えない。

だが、拓らしいと言ってしまえば、正にそういう行動だった。

拓が静かに待っていることの苦手な性分だということは理解しているつもりだったが、それでも修は驚いた。


少し考えれば、長く身を隠しているのが得策なのだろうが、敢えて前線に飛び出した。

突然の闖入者に対して、睨み合っていた二人は軽く距離を取る。

猛スピードで二人の前を通り抜けようとする拓に対して、コートの男は体躯に似合わぬ俊敏な動作で、膝元へ足払いを行った。


次の瞬間、極端に縮められたバネがその抑圧から解放される瞬間を思わせる動きで、拓は跳んだ。

ふわりと浮かび上がる拓の足元に、想い人に焦がれる乙女のようにぴたり寄り添ったスケートボードが見えた。

当たらない。

コートの男の足払いは、完全に空を切ることになった。


足払いを外したコートの男に続いて動いたのは、オレンジのパーカーだった。

それは微小なものだった……が、確かに手元が動き、何かが閃いた。

動作の制限される滞空時間を狙ったであろう『それ』は、がら空きになった拓の背中を襲う。


だが、拓はこの状況を予測していた。

空中でしゃがみこむような体勢になりつつ、ノーズウィールを空中で180度回転させ……上半身から下半身に連動する方向転換動作の途中、拓はオレンジのパーカーが居る方向へ右拳を振り抜いた。

小さく煌めく銀色の光点が一瞬見えた直後、拓の目前で火花が散る。

中空で綺麗にバックサイドワンエイティを決めた拓は、コートの男とオレンジのパーカー双方の位置に対して均等な距離を測る。

オレンジのパーカーが狙いすました攻撃は不発に終わった。

どうやら、拓は両手にブラスナックルと思しき物を装着しているようだった。


三つ巴の様相を呈する四階のフロアで、次に状況を打破すべく動いたのは黒コートの男だった。

腕を振りかぶってオレンジのパーカーに殴りかかると、それに合わせて拓も動く。

拓の動きは、完全に相手の頭部狙いだった。

テイルウィールの片側を当てに行く。

オレンジのパーカーが黒いコートの男の一撃をかわすと、そこに割り込むように拓のアタックが入る。

拓のアタックはコートの男に対して、頭部へ打撃を与えたかに見えた。

だが敵もさるもの、しっかりと腕で打撃を防ぎ、半歩後退して体勢を立て直しにかかる。


拓はアタックを防がれた次の瞬間には、その勢いを逆に利用して安全圏と思われる箇所まで後退していた。

黒コートが拓の着地点へ視線を移し、意識の逸れた一瞬をオレンジのパーカーは見逃さない。

素早く木刀を構えると、大きく踏み出し、黒コートの懐に飛び込んだ。

かなり慣れた様子から見て、何かしら心得があるのだろう。

オレンジのパーカーは、黒コートが体勢を整えきる前に木刀を水平に薙いだ。


まるで避ける様子もなく、黒コートは木刀を敢えて受ける。

黒コートが木刀を掴みにかかる動作よりも早く、木刀は次の目的地へ到達する。

首筋、脇腹と黒コートに打ち込んでいく様子が見て取れる。

オレンジのパーカーが翻るのを遠めに見ながら、拓は再び地面を蹴りにかかる。

打ち込まれる木刀の回数は目に見えて増えているが、何故だか対決は均衡しているかに見えた。


拓が乱入してから一度も、対決の均衡は崩れていない。

そもそも、オレンジのパーカーは、拓の方に一度も仕掛けていない。

考えられる理由としては、相性が良くないから、というあたりだろうか。

ヒットアンドアウェイの戦闘スタイル、機動力の点で分が悪い拓を狙うのは実が無い。

そんな風に見てのことかもしれない。

対する拓の方も、まだオレンジのパーカーには攻撃を仕掛けていない。

こちらの方は少し見当がつかない。

目ぼしいと思われる理由を敢えて出すなら、黒コートの方が攻撃を当てやすいから、だろうか。

拓が地面を蹴る音と同時に、防戦一方に見えた黒コートが動いた。




つづく

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