渇望編 - 16
デパートは七階まであり、観戦希望者は一階に集められた。
そこで携帯電話、ICレコーダー、デジタルビデオカメラ等々、録音や撮影が可能な機器は一時預かりが言い渡される。
修が来たのはかなり後の方だったらしく、既に集まった人々は一箇所に固まって試合が始まるのを待っていた。
一階のフロアにはプロジェクタが置かれ、一階エントランス付近にあるデパートの見取り図に各階の様子が映し出されていた。
照明は落としたままでの開催のため、監視カメラはどうやって入れ替えたのか分からないが、定点カメラと共に暗視用のものだった。
対戦参加者は三階から屋上までの任意の階で待機ということらしく、拓も早々と階段を上っていった。
観戦希望者を見ると、皆が皆一様にして思い思いの変装を行っていた。
見たところ、五十人とはいかないまでも、それなりの人数が集まっている。
「本日はお日柄も良く……なんて挨拶は要りませんね」
突然語りかけてきた声は、館内放送のようだった。
「本日余興の主人公となってくれるであろう人物は十と六人。誰に賭けるかお決まりでしょうか?」
「さて、試合開始まで残り二十分を切りました。まだ迷っている方も、そろそろ腹を決める時間です」
まだ賭けていなかったことに気付き、修は近くに居た黒尽くめの男に声を掛けた。
「あの、賭けたいんだけどどうすれば良いんですか」
「それでしたら、こちらからお選びください」
黒尽くめの男は小脇に抱えていたノートパソコンを開いて、ディスプレイを修に見せる。
修が賭ける人物は拓に決まっていたが、賭け方については聞いていなかったので、親切そうな仲介人の存在は有り難かった。
十六人の対戦参加者が映し出されていたが、奇天烈なプロフィール画像が多かった。
修はその中に拓の名前を探したが、全員が全員、仮名で登録されているために名前では判別がつかなかった。
仕方なくプロフィール写真から拓を探すが、見つからないのではないかという心配は徒労に終わった。
黒と赤の際立ったスカジャンを羽織り、スキーゴーグルを掛けて剣山のように逆立った金髪の参加者が居た。
それは数あるプロフィール画像の中でも、妙な存在感を放っていた。
普段よりも妙に気合いの入った出で立ちだが、事前に写真でも撮っていたのだろうか。
それにしても、「Nightmare Seeker」という仮名は如何なものかと、修は思った。
「じゃあ、この人でお願いします」
財布から小銭を取り出そうとした修に対して、黒尽くめの男がたしなめる様に言った。
「一口の掛け金には下限がありまして、それを下回る金額は賭けることが出来ないようになっております」
「……それじゃあ、これで」
少し考えた末、修は紙幣の額面が一番大きなものを一枚だけ黒尽くめの男に渡す。
「ベットする金額はこれでよろしいですか?」
「あ……はい」
金銭的、精神的にかなりの痛手を受けつつ、修は試合開始を待った。
三階、四階、五階、六階、七階、屋上と、六つの階に分かれることが出来るが、拓はどの階に行ったのだろうか。
今回は対戦ルールがバトルロイヤル方式で、最後の一人になるまで戦うらしいが……
十六人が六つのフロアに分かれて行うのはいささか勝負が冗長になりやしないだろうか。
修はプロジェクタが映し出す映像を見ながらそう思った。
待ちに待って他の奴らが潰し合うのを眺めておいて、最後に疲弊した奴を倒すのが一番楽に勝てるのではないか。
そんなことを考えているうちに、試合開始までのカウントダウンが始まる。
つまらなくなりそうな予感を抱きつつ、十五人の競争相手がいる中で拓が勝てるのかどうかも若干疑問に思ったが……
試合は始まった。
雁首を揃えた観戦希望者は、各階の監視カメラの映像に加えて、事前に設置されていたのであろう定点カメラの映像を食い入るように見つめる。
どの階にも変化は見られない。
しかし、息を飲んで変化を待つのも最初の数分程度だった。
四階の監視カメラに異変が映し出される。
漆黒のコートを着込んだ大男が監視カメラの前を横切った直後、画面の隅で何かが動いた。
動きが早かったためか、監視カメラの映像ではややブレ気味に映っていたが、確かに動いた。
一瞬のことだったが、コートの大男が振り返りざまに右腕で頭を庇うと耳をつんざくような金属音が響き渡った。
オレンジ色のパーカーを着た華奢な体躯が監視カメラに映る。
響き渡った金属音は、吹き抜けのあるこの静まり返ったデパートに行き届いたことだろう。
実際、一階のエントランスに居る修の耳にも微かに聴こえたほどだった。
『敵』に遭遇したコートの大男はすかさず、オレンジのパーカーを着た小柄なシルエットに襲いかかる。
コートの下に何を忍ばせているのかは分からないが、鈍器でも仕込んでいるのだろう。
小柄なシルエットの敵に対して重々しく振り上げた両手を落下させた。
オレンジのパーカーがそれを紙一重で避け、パーカーが翻ったように見えた次の瞬間には棒状の物がコートの男に迫っていた。
再び鳴り響く金属音。
肩口にヒットしたであろうそれは、どうやら木刀のようだった。
対するコートの男は、どうやら全身を金属製のもの……おそらく鎧のようなものであろう防具で身を固めているようだった。
ファーストコンタクトを過ぎて睨み合う二人の間には、一触即発の空気が流れていた。
オレンジのパーカーが動くと、コートの大男はそれに反応する。
と、次の瞬間、良く響くウィールの音が耳に入る。
「イヤアァァァッ、ホオオオゥッ!」
声がした吹き抜けの上方、見上げた修の目には滑空する奴の姿が微かに見えた。
その直後、監視カメラの前を一瞬で通り抜ける映し出されたボーダーの姿は、間違いようも無かった。
パーカーとコートの男の前に現れたのは、黒と赤の際立ったスカジャンを羽織り、スキーゴーグルを掛けて剣山のように逆立った金髪の少年である。
「Nightmare Seeker」こと、燈先拓のご登場だった。
つづく




