渇望編 - 15
ストリートファイトでの賭け試合なんてものは、それこそ絵空事の中だけでの事だと修は思っていた。
そのため、妙な期待半分、拓がそれに参加していることへの心配半分とで見に行くのを決めた。
事前告知、しかも直前にしか場所を公開しない念の入れようだ。
どういうものかは分からないが、余り好ましいイベントでないことは分かる。
「直に観戦出来るのは、出場者の知り合い3人までだ」
「……まあ、集まり過ぎても目立ちそうだもんな」
「だな。とりあえず、修にはその枠の一人として来てもらうことになる。
そう言うと、拓は財布を出してまさぐり、修に金属製と思われるカードを手渡した。
「ほれ」
「何だよ、これ?」
「通行証みたいなもんだ。それが無いと追い返される」
「なるほど」
修は、そのカードをまじまじと見つめる。
「おい、さっさとしまっとけよ。それを欲しがる奴は結構多いんだぜ」
拓は小声で修に注意を促した。
「よほどの人気なんだな。その賭け試合」
「ああ、だからこそ、参加する奴も稼がせてもらえるってワケさ」
「……少し不思議に思ったんだが、そんなに簡単に勝たせてもらえるものなのか?」
「いや、やっぱクセモノ揃いだよ。オレでも気は抜けない」
「『能力』は使っているのか?」
「バレない程度にな」
「それにしても、よく当たり前みたいに参加できるな」
「これも生活のためだ。固い床で寝るのは性に合わない」
「そういえば、いつもはどこで寝泊りしてるんだよ。固い床で寝てるんじゃなさそうだけど」
修は疑問に思っていたことを拓に尋ねる。
「あー、ここだよ。言わなかったっけか、家ってさ」
ぱんぱん、と拓は今座っている狭苦しいブースを叩く。
「話半分で聞いてたぞ……まさか本当だったとは思わなかった。固い床みたいなもんじゃないか、ここは」
「ま、そんなことは置いておけ。ほれ、これ被って、これ掛けて」
拓が修に手渡したのは、ニット帽とサングラスだった。
「これは……」
「必要な備えってヤツさ」
「お忍びの芸能人じゃあるまいし、もっと他に無かったのか」
「スポーツ観戦に行くわけじゃなし、余り面が割れない方が良いんだよ」
「……ま、確かに普通の場所に行くのとは違うからな。備えは必要……か」
「そういうワケだ。と、くっちゃべってたら腹ごしらえの時間が無くなっちまったな」
「もうそんな時間なのか」
立ち上がり、ブースから出ようとする修を拓が引き止める。
「ほれ、時間無いけど、何にも食わないよりはマシだろ」
何やら口に放り込みながら拓が修に手渡したのは、ブロック形の非常食用クッキーだった。
目的のデパートに着くと、周りに人影が居ないかどうか確認する。
営業時間が終わり、シャッターが締まってから時間が経つデパートは普段とは違う感じだった。
修は拓に手を引っ張られ、デパートの入り口が確認出来る近くの物陰に隠れる。
拓は携帯電話を取り出し、どこかに連絡しているようだった。
「非常口から入れるってさ。用意しとけよ、通行証」
「ああ」
修と拓は、揃ってデパートの非常口を目指した。
「ちなみに戦績は?」
「今んとこ、9勝3敗ってとこかな」
「へえ」
「おいおい……これ、戦績良い方だぜ」
「いや、『能力』を使っても負けるんだなって」
「あのな、オレがガチでやったら大変なことになっちゃうだろ」
「……それはそうだな。ガチで能力使ってるトコってのをそもそも見たことはないが」
「あんま勝ち過ぎてもおかしいってこともあるしな。何事も程ほどに、だ」
非常口を開けた先に居た人間に通行証を見せながら、拓は修に笑い掛ける。
「オレに賭けておいた方が良いぜ、勝っちゃうからさ。後でメシでも奢ってくれればそれでオッケーだし」
「何だそれ……ま、せいぜい当てにさせてもらうよ」
修と拓は指定された場所へ向かうため、非常灯しか無い漆黒の闇へと足を踏み出した。
つづく




