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42  作者: 結月(綱月 弥)


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渇望編 - 14

ある日、軒先で暖簾を片付けていると、どこからともなくウィールの音が聞こえてきた。


「よーぉ、修っ」


修に呼び掛ける声は右側から聞こえてくる。

声のした方へ視線を移すと、2メートル程先でスケートボードのテイルを蹴る拓が見えた。

ふわりと浮かび上がった拓は、測ったように修の目前で着地する。


「おっス、仕事終わったか?」


軽く右手を上げて拓はそう言った。

暖簾を手にした修は、答えに窮した。

拓がこの質問をしてくる時は、例外なくその後の予定が決まっているからだ。


「……これ片付けて、軽く床掃除したら終わりだ」


「そっか、じゃあ、ちょっと待つわ」


拓は足元にあるボードのテイルを軽く蹴り、持ち上がったノーズを左手で掴んだ。


「待たなくて良いんだけどな」


「ん? 何か言った?」


「や、別に何も言ってない」


少しばかり慌しく片付けを行って、修は軒先でヤンキー座りをしている拓に声を掛ける。


「で、今日は何の用なんだ?」


予想はついているが、修は一応拓に尋ねた。


「遊びに行こうぜ、俺の家にさ」


「家、ねぇ……」


案内されたのは、駅前のビルにフロアを構えるネットカフェだった。


「しかしまあ……この場合、住んでいるというより、『根城』って感じだな」


修は忌憚の無い、素直な感想を口にした。


「ふむ、根城か。そっちの方が響きが良いな、今度からそう言うぜ」


やや会話がかみ合っていないようにも思えるが、とにもかくにも拓は『根城』に修を案内した。

拓が案内したブースは、フロアの隅にあたる場所だった。


「まあ、座れよ」


「それにしても、慣れたもんだな」


「まあ、今じゃ、ほとんど家みたいなもんだからな」


「しかし……落ち着かなくないか」


「結構、リラックス出来ると思うんだけど」


「赤の他人が、ずっと近くに居るのってストレス溜まりそうで、拓の感覚の方が分からないな」


「それ言ったら、おまえはどうなるんだ?」


「……難しいところだな。赤の他人ってほど知らないわけでもなし」


顎に手を当てて、修は少し考えた。


「一緒に居て、他人と過ごすほどストレスが溜まるって感じでもなし。何て言えば良いんだろうな」


「……何か、思ったより上手くやってるんじゃないか? それってさ」


何となく、続ける言葉を失った修は、話題の転換に努めた。


「まあ、な。……それはそうと、拓はあの時、どうしておやっさんの申し出を受けなかったんだ?」


修に尋ねられて、拓は若干視線を泳がせると、口を開いた。


「有り難かったよ。有り難かったけど……まず自分で現状をどうにかしたかったから、かな」


「そういうことか。――どうにも、耳が痛いな」


「ま、オレ自身が人にやっかいになるのが苦手ってのもあるけどな」


そう言って、拓は笑った。


「修たちは怠けてるとか、そういうわけでも無い。だから気にするなよ? これがオレのやり方だってだけだ」


「ああ。分かったよ」


「それにオレ、真面目に働くのって苦手だからな」


「ちょっと気になってたんだが……おまえさ、どうやって稼いでるんだ?」


「ん、オレ?」


「ネットカフェに居座るのだって、タダじゃないだろう」


「そりゃ、そうだ」


「ここに来る代金はどうしてるんだよ」


「稼いでる」


「……どうやって?」


「そりゃ、ほら、オレなりの稼ぎ方ってやつでね」


そう言いながら、拓は親指と人差し指で丸を作る。


「住むところこそ世話になっていないけど、結局オレもおやっさんには借りってヤツがある」


「どういうことだ?」


「稼ぎ方自体はあの人に教えてもらったようなもんだからな」


「……へえ、そうだったのか。ちゃんと働いてるんだな」


「まあ、な。不定期だけど」


「何の仕事なんだよ」


「ケンカやって、ファイトマネーを頂く。ストリートファイターってヤツだよ」


「……」


修の瞳は拓の言葉を受けて、限りなく表情を失った『点』に近い形になっていたに違いない。


「おいおい、何を黙り込んでんだよ」


「そんな仕事が本当にあるのか、と思ってな。ストリート、ファイターね……」


「何か、前にも言ったような覚えがあるんだけどな」


確かに、以前そういうことを言っていたような気がする。


「ふむ……まあ、確かに見世物ってのは間違っちゃいないのか」


だが、その時は本当にそんなことが行われているか半信半疑だったこともあり、気に掛けていなかった。


「オレってば、熱くなれる瞬間が無いと生きていけないからさ」


「……何だそれは」


「刺激の一つも無い生活なんてしてられないってこと」


拓なら、本当にそんな理由で突拍子も無いことをやりそうな感じはある。

しかし、実際に見たことの無い修にはそれはやはり現実味を伴う想像に結びつくことはなかった。


「実はさ、今日、その賭け試合があるんだ」


「ほほう」


「それでおまえを呼んだワケだ。オレも稼ぐつもりだし、がっちり稼がせてやるよ」


「まだ賭けるとも、そもそも見に行くとも言ってないぞ」


「良いから良いから、絶対面白いから来いって。な?」


キーボードを軽快に叩きながら、拓は修に目配せをする。


「……しかしまあ、試合がある割りにずいぶんのんびりとしてるんだな」


「ん、まあな。ここに来ないと、会場がどこか調べられないし」


「決まった場所でやってるわけじゃないのか」


「そ。開始時間はいつも夜中だから、少しぐらいゆっくりしてても問題無い」


「それにしても、ずいぶんと慎重な試合の催し方をするんだな。開催当日に告知とは……」


「今回の会場は……また変わったところでやるんだな、これは」


「ん、どこでやるんだよ」


拓がコツコツとモニタの一部分を指差した。

そこに映っていたのは、デパートの屋上だった。


「デパートの、屋上?」


「いつも変わったとこでやるんだよ。まあ、今回も結構な感じがするけどさ」


開催時間を確認して、拓は軽く目をつぶった。


「じゃ、少し時間あるし、ここで腹ごしらえして行こうぜ」


「行こうぜって……」


「見に来るだろ? 次いつやるかってのは分からないし、そっちの都合とは大抵合わないみたいだからな」




つづく

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