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42  作者: 結月(綱月 弥)


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渇望編 - 11

「く……っ、う」


痛む頭を押さえ、修は眼前の敵を見る。

そこに、倒すべき相手がいた。

そして、背後には壊すべき『壁』。

現状をもう一度、修は把握する。


「考えがあるんだ――聞いてくれるか」


「うん」


「壁を壊すには、ただ『当てる』だけじゃダメだと思う……試してみたいことがある。

 奴の投擲したコンクリートを『壁』へめり込ませてやる。それを――」


修は、弧羽の耳元で囁いた。

断続的に続く攻撃は、『圧壊』と『紡壁』が代わる代わる無効化させていた。

そして修の語りかける言葉も、終わりを迎えようとしていた。


「あの……ね、私の能力、そろそろ限界なんだ」


弧羽の言葉に、修は一瞬言葉を途切れさせる。


「――俺もだ」


こんな状況だと言うのに、修にはそれが、何だか可笑しかった。

弧羽も静かに笑っていた。

正直に自らのことを告白して、それが互いに同じだったこと。

自らの抱えていた状況が、不安が孤独なものでなかった。

それだけで、この困難に向き合うには十分な力だった。


「この際、贅沢は言っていられない。だけど……

 可能な限り巨大なコンクリート片が『投擲』された時、その一点に集中したい」


「ええ、分かった」


修と弧羽を睨みつける交野は、心底うんざりした様子で言った。


「しぶとい……よなァ。本当。イヤになるぜ」


アンダースローの要領で振りかぶり、交野の能力は地表を抉った。


「それでやられるかよ……ッ」


修が土くれの塊を砕き、飛び散る粘土や石を弧羽が防ぐ。

交野の付近、抉られた地面には、深く刻みつけられた爪痕。

まるで、巨大な怪獣でも走り抜けていったかのような有様だった。

そして立て続けに、交野は右腕を天に掲げた。

太陽を差すように、高々と拳を掲げていた。

広げた手のひらは、微かに震えている。

空気が変わる。

尋常ではない、極度の緊張を伴った空気。

巨大な塊を待つ必要なんて、なかった。

もう、交野の能力も限界に来ていたのかもしれない。

だが、それを考慮しても、この『塊』は巨大に過ぎた。

修と弧羽の姿を捉え、迫るコンクリート片。

とてもじゃないが、それを『壁』にぶつけるには距離が足りない。

一か八か、だった。


「ぅおおおおおぉッ!」


修は目前に迫ったコンクリート片に対し、直下に潜り込むように走る。


「――間に合え……ッ」


スライディングの要領で滑り込み、指を鳴らし、『圧壊』で軌道を変える。

すぐさま体勢を立て直した修は、コンクリート片の進行方向へ、更に押し出すように修は思い切り宙を殴りつける。


「……何だと……?」


加速したコンクリート片は、最高の威力を発揮すべく『壁』へと激突する。


「おい――おまえらぁッ」


もう遅い。

修はコンクリート片が『壁』に激突するのを見た。

心臓は破裂しそうになり、肺が悲鳴をあげていた。

それ以上に、眼球を押し潰してしまいそうな頭痛が修を苛んだ。

――しかし。

事は成った。

そのためのお膳立ては済んだ。

めり込んだコンクリート片を見ながら、短距離走者のように。

弧羽が居るところまで、修は走る。

『壁』を見渡せるその場所まで。

もう少し、あと少し。

交野がこれ以上、何かをしでかす前に、終わらせる。

ゆるゆると押し出され始めるコンクリート片。

修は走る。

弧羽が微かに上げる腕を見ながら、一心不乱に走った。

身体がバラバラになってしまいそうな痛みに耐えて。

『紡壁』が現われるのを目の前にして、ひたすらに弧羽を目指した。

修が弧羽に話していたのは一つ。

押し出されそうになる物体を留めておくことが出来ないか。

そして、『紡壁』がそれを為せると知った時――

押し出されそうになるコンクリート片を留めるため、弧羽は精一杯の力を振り絞っていた。

弱々しい『紡壁』だった。

再び『壁』の外に押し出されそうになるコンクリート片を押さえる。

コンクリート片を『壁』に繋ぎとめるように、再び『紡壁』は形成される。

塊を貫通して、『壁』へと固定していた。


「――お願いっ、壊し、て……ッ」


弧羽の隣に辿り着いた修は、崩れ落ちる彼女の身体を左手で支えながら。


「ッ! 壊れろおおおぉぉぉッ!!」


前に掲げた弧羽の腕に寄り添うように、修はありったけの力を込めて拳を突き出した。

『壁』の中ににコンクリート片を繋ぎとめた『紡壁』。

そして、それらを『圧壊』で粉々にする。


「おおおぉぉッ、ああああァッ!!」


如何なる能力をも寄せ付けない不可視の『壁』が、その姿を現す。

敷き詰められた正確な六角形の『壁』は、輝きながらその形を崩していく。

『紡壁』を『圧壊』で壊した箇所を中心に、音もなくさらさらと消えていく。

修は、振りかざした腕から力が抜けていくのを感じる。


「――ああ、ぁ」


能力者を弾き、拒み、とどめてきた『それ』が――

消えていくんだぜ? たまらない。

まるで砂上の楼閣が失われる様のように、妙に幻想的だった。


「修っ、うううゥゥゥッ!」


血走った目で修を睨む交野は、両膝を地面に突きながら両腕を大きく振りかぶった。


「こいつ、まだ……ッ」


修の能力はこれ以上、絞り出しても発現しない。

打つ手は無かった。

――それにも関わらず。


「死ぃねえええッ!!」


ヤツは。

最後の最後で、二人分の人間を殺せるだけの攻撃を放ってきた。

放物線を描いて、五メートルを超えるコンクリート片が飛来する。

それとほぼ同時だった。

再び発生した霧が、死に行く二人を包み込むように蔓延っていく。

弧羽を庇うように抱き締めた修は、それを聞いた。


「ぃぃぃいやッほおおおぉぉぉッ」




つづく

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