渇望編 - 11
「く……っ、う」
痛む頭を押さえ、修は眼前の敵を見る。
そこに、倒すべき相手がいた。
そして、背後には壊すべき『壁』。
現状をもう一度、修は把握する。
「考えがあるんだ――聞いてくれるか」
「うん」
「壁を壊すには、ただ『当てる』だけじゃダメだと思う……試してみたいことがある。
奴の投擲したコンクリートを『壁』へめり込ませてやる。それを――」
修は、弧羽の耳元で囁いた。
断続的に続く攻撃は、『圧壊』と『紡壁』が代わる代わる無効化させていた。
そして修の語りかける言葉も、終わりを迎えようとしていた。
「あの……ね、私の能力、そろそろ限界なんだ」
弧羽の言葉に、修は一瞬言葉を途切れさせる。
「――俺もだ」
こんな状況だと言うのに、修にはそれが、何だか可笑しかった。
弧羽も静かに笑っていた。
正直に自らのことを告白して、それが互いに同じだったこと。
自らの抱えていた状況が、不安が孤独なものでなかった。
それだけで、この困難に向き合うには十分な力だった。
「この際、贅沢は言っていられない。だけど……
可能な限り巨大なコンクリート片が『投擲』された時、その一点に集中したい」
「ええ、分かった」
修と弧羽を睨みつける交野は、心底うんざりした様子で言った。
「しぶとい……よなァ。本当。イヤになるぜ」
アンダースローの要領で振りかぶり、交野の能力は地表を抉った。
「それでやられるかよ……ッ」
修が土くれの塊を砕き、飛び散る粘土や石を弧羽が防ぐ。
交野の付近、抉られた地面には、深く刻みつけられた爪痕。
まるで、巨大な怪獣でも走り抜けていったかのような有様だった。
そして立て続けに、交野は右腕を天に掲げた。
太陽を差すように、高々と拳を掲げていた。
広げた手のひらは、微かに震えている。
空気が変わる。
尋常ではない、極度の緊張を伴った空気。
巨大な塊を待つ必要なんて、なかった。
もう、交野の能力も限界に来ていたのかもしれない。
だが、それを考慮しても、この『塊』は巨大に過ぎた。
修と弧羽の姿を捉え、迫るコンクリート片。
とてもじゃないが、それを『壁』にぶつけるには距離が足りない。
一か八か、だった。
「ぅおおおおおぉッ!」
修は目前に迫ったコンクリート片に対し、直下に潜り込むように走る。
「――間に合え……ッ」
スライディングの要領で滑り込み、指を鳴らし、『圧壊』で軌道を変える。
すぐさま体勢を立て直した修は、コンクリート片の進行方向へ、更に押し出すように修は思い切り宙を殴りつける。
「……何だと……?」
加速したコンクリート片は、最高の威力を発揮すべく『壁』へと激突する。
「おい――おまえらぁッ」
もう遅い。
修はコンクリート片が『壁』に激突するのを見た。
心臓は破裂しそうになり、肺が悲鳴をあげていた。
それ以上に、眼球を押し潰してしまいそうな頭痛が修を苛んだ。
――しかし。
事は成った。
そのためのお膳立ては済んだ。
めり込んだコンクリート片を見ながら、短距離走者のように。
弧羽が居るところまで、修は走る。
『壁』を見渡せるその場所まで。
もう少し、あと少し。
交野がこれ以上、何かをしでかす前に、終わらせる。
ゆるゆると押し出され始めるコンクリート片。
修は走る。
弧羽が微かに上げる腕を見ながら、一心不乱に走った。
身体がバラバラになってしまいそうな痛みに耐えて。
『紡壁』が現われるのを目の前にして、ひたすらに弧羽を目指した。
修が弧羽に話していたのは一つ。
押し出されそうになる物体を留めておくことが出来ないか。
そして、『紡壁』がそれを為せると知った時――
押し出されそうになるコンクリート片を留めるため、弧羽は精一杯の力を振り絞っていた。
弱々しい『紡壁』だった。
再び『壁』の外に押し出されそうになるコンクリート片を押さえる。
コンクリート片を『壁』に繋ぎとめるように、再び『紡壁』は形成される。
塊を貫通して、『壁』へと固定していた。
「――お願いっ、壊し、て……ッ」
弧羽の隣に辿り着いた修は、崩れ落ちる彼女の身体を左手で支えながら。
「ッ! 壊れろおおおぉぉぉッ!!」
前に掲げた弧羽の腕に寄り添うように、修はありったけの力を込めて拳を突き出した。
『壁』の中ににコンクリート片を繋ぎとめた『紡壁』。
そして、それらを『圧壊』で粉々にする。
「おおおぉぉッ、ああああァッ!!」
如何なる能力をも寄せ付けない不可視の『壁』が、その姿を現す。
敷き詰められた正確な六角形の『壁』は、輝きながらその形を崩していく。
『紡壁』を『圧壊』で壊した箇所を中心に、音もなくさらさらと消えていく。
修は、振りかざした腕から力が抜けていくのを感じる。
「――ああ、ぁ」
能力者を弾き、拒み、止めてきた『それ』が――
消えていくんだぜ? たまらない。
まるで砂上の楼閣が失われる様のように、妙に幻想的だった。
「修っ、うううゥゥゥッ!」
血走った目で修を睨む交野は、両膝を地面に突きながら両腕を大きく振りかぶった。
「こいつ、まだ……ッ」
修の能力はこれ以上、絞り出しても発現しない。
打つ手は無かった。
――それにも関わらず。
「死ぃねえええッ!!」
ヤツは。
最後の最後で、二人分の人間を殺せるだけの攻撃を放ってきた。
放物線を描いて、五メートルを超えるコンクリート片が飛来する。
それとほぼ同時だった。
再び発生した霧が、死に行く二人を包み込むように蔓延っていく。
弧羽を庇うように抱き締めた修は、それを聞いた。
「ぃぃぃいやッほおおおぉぉぉッ」
つづく




