渇望編 - 9
修は交野の投擲するコンクリート片がこちらを捉えるのを確認しては、破壊する。
「そらッ」
「らァッ!」
「うおりゃッ!!」
指を鳴らす。砕け散る。
拳が空を切る。瓦解する。
振りかぶった拳を叩きつける。霧散する。
これまでに能力を酷使してきた修も、この状況に促されるように力を行使する。
まるで、底の見えない力の応酬。
ともすれば、別の世界にもう一つの動力源を抱えているような、空恐ろしいまでの絶佳。
危険に過ぎる、度重なる能力の酷使は使用者に人間離れした負担を強いる。
動悸が早鐘のようだ。
普段では感じられない、烈しい頭痛が身体能力の限界を警告する。
『学園』が、これまでどうしてこの指導員を抱えていたのか。
この、闘争本能にのみ従うような、危険な人物を。
「やるな、やるじゃねえかッ、ヒヨッコの癖によぉ……!」
交野の表情は歓喜に近い表情に歪んでいた。
「おまえッ……おまえは一体何なんだッ」
表情のみではない。
この指導員は歪んでいる。
普通ではない学園。
普通ではない在籍者。
普通ではない、この状況。
全て、この場所に関わる全てが歪んでいた。
何が正しいかは分からない。
だが、それなら。
それならば、もう信じるしかなかった。
せめて、自分の思いのみは。
自分の目的だけは、裏切る訳にはいかない。
「ハハッ、愚問だなァ……オレはオレだ!」
「指導員が『学園』在籍者を殺すのか?!」
「勘違いするなよ、クソガキが。自分が何のために生かされてるのかも知らずに」
「『何のために』……そうだ。何のために生きているのか。それを知るために、それを手に入れるためにここを出ていく」
「ふふ、く……くくく」
可笑しいのを堪えきれない、といった様子で交野は笑う。
「何だ」
「なんだ、なあああぁんだよ。おまえ。
そんなことで出ていこうとしているのか。
『たったそれだけ』のことで。
自分が認識できる世界しか知らない、知ろうとしない。そんなんで……
よくもまあ、ぬけぬけと。
どうせどうにもならないことを知るのがオチだってのにな。
世界は、自らの知らないところでしか廻っていない。
おまえは蚊帳の外なんだよ、ずっと。
中心には触れやしない。ずうぅっと、部外者のままだ」
ここに居る学園生は、この生活の行く末を知らない。
ただ分かるのは、ここに居れば少なくとも死ぬことはなく、生きていけることだけ。
いつの頃から存在し、いつになればこの偏狭な世界が終わるのか。
それすら、何も、何も分かりはしない。
そのことを、修はよく理解していた。
「――いや、そのままでは終わらない」
「目の前の指導員が、オレでなければそれも有り得たかもしれない。が――
いかんせん、相手が悪かったな。
コンティニュー無しの一回勝負で、最悪の相手にブチ当たったってことを理解していないようだ」
「誰が目の前に立とうと関係無い。ただ、倒すだけだ」
交野は愉快そうに肩を揺する。
「良いなァ、そういうの。
未来を思い描いて、それが希望に満ちていて」
冷徹な、声だった。
「――次に気付いた時にはそれが、跡形も無くなっていることも知らずに。
分かるか? 能力者にとっての幸せってヤツを。
普通の『人間』とは違う。オレたちの生き方を」
「オレたちの生き方……だって?」
「『外』のヤツとは違うんだよ。普通には暮らせない
どう足掻こうと、どこまで行こうと
オレたちは――『人間らしく』なんて生きてはいけない。
こんな、そしておまえのような能力を抱えた人間が、人間らしくなんて、そんな夢物語はな……」
交野の口調には、どこか自嘲気味の雰囲気があった。
修は思う。
繰り返される、日常。
繰り返される、カリキュラム。
繰り返し、内向きに閉じていく可能性。
『それ』を間近に見て、交野はそう感じていたのか。
思考することを、志向することを、試行することを。
唯の一つも為せないまま、また繰り返す『学園』の世界を見て、こいつは――
そして、ある一つの考えに行き着き、修は空恐ろしくなった。
いや、この交野という人間が、もし、本当に『ただ』興味の対象としてだけ学園生を見ていたのだとしたら。
それぞれの命、人生すらまるで関係なく、『ただ』己の好奇心を満たし、暇を潰すための存在としてだけ、人間を見ていたのだとしたら。
そんな考えの持ち主であるのならば、修の、誰かの思いなんてものは、交野にとって一ミリの価値も持たないのではないか。
学園生を『学園』に縛り付けようとする理由が、そんな価値観に基づいているとすれば。
「『学園』でしか生きていけないのさ。
能力者ってのはな。そして――それが能力者にとっての一番の幸せでもある」
熱を帯び始める、交野の演説。
「なァ。下らないことはやめろ。
ここでしか生きられない人間に、ここ以外のどこに行き場があるってんだ」
「ここに居て、この先に――俺たちにどんな未来がある?」
「死ぬことなく、生をまっとう出来るさ」
「それは本当に、生をまっとうしていると、そう言えるのか?」
「死なずに生きていける、それ以上に何を望むんだ、おまえは」
「俺、は――」
『人』と違う――『能力者』である、という事実。
そういった存在である修は、在籍者たちは『学園』の保護下を外れて、何が出来るだろうか。
「答えられないだろう、自分自身の可能性すら。
だから『学園』を外れた能力者の先に――」
言葉と同時、交野は次の攻撃モーションに入った。
「未来は無い」
つづく




