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42  作者: 結月(綱月 弥)


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渇望編 - 9

修は交野の投擲するコンクリート片がこちらを捉えるのを確認しては、破壊する。


「そらッ」


「らァッ!」


「うおりゃッ!!」


指を鳴らす。砕け散る。

拳が空を切る。瓦解する。

振りかぶった拳を叩きつける。霧散する。

これまでに能力を酷使してきた修も、この状況に促されるように力を行使する。


まるで、底の見えない力の応酬。

ともすれば、別の世界にもう一つの動力源を抱えているような、空恐ろしいまでの絶佳。

危険に過ぎる、度重なる能力の酷使は使用者に人間離れした負担を強いる。


動悸が早鐘のようだ。

普段では感じられない、烈しい頭痛が身体能力の限界を警告する。

『学園』が、これまでどうしてこの指導員を抱えていたのか。

この、闘争本能にのみ従うような、危険な人物を。


「やるな、やるじゃねえかッ、ヒヨッコの癖によぉ……!」


交野の表情は歓喜に近い表情に歪んでいた。


「おまえッ……おまえは一体何なんだッ」


表情のみではない。

この指導員は歪んでいる。

普通ではない学園。

普通ではない在籍者。

普通ではない、この状況。

全て、この場所に関わる全てが歪んでいた。

何が正しいかは分からない。


だが、それなら。

それならば、もう信じるしかなかった。

せめて、自分の思いのみは。

自分の目的だけは、裏切る訳にはいかない。


「ハハッ、愚問だなァ……オレはオレだ!」


「指導員が『学園』在籍者を殺すのか?!」


「勘違いするなよ、クソガキが。自分が何のために生かされてるのかも知らずに」


「『何のために』……そうだ。何のために生きているのか。それを知るために、それを手に入れるためにここを出ていく」


「ふふ、く……くくく」


可笑しいのを堪えきれない、といった様子で交野は笑う。


「何だ」


「なんだ、なあああぁんだよ。おまえ。

そんなことで出ていこうとしているのか。

『たったそれだけ』のことで。

自分が認識できる世界しか知らない、知ろうとしない。そんなんで……

よくもまあ、ぬけぬけと。

どうせどうにもならないことを知るのがオチだってのにな。

世界は、自らの知らないところでしか廻っていない。

おまえは蚊帳の外なんだよ、ずっと。

中心には触れやしない。ずうぅっと、部外者のままだ」


ここに居る学園生は、この生活の行く末を知らない。

ただ分かるのは、ここに居れば少なくとも死ぬことはなく、生きていけることだけ。

いつの頃から存在し、いつになればこの偏狭な世界が終わるのか。

それすら、何も、何も分かりはしない。

そのことを、修はよく理解していた。


「――いや、そのままでは終わらない」


「目の前の指導員が、オレでなければそれも有り得たかもしれない。が――

いかんせん、相手が悪かったな。

コンティニュー無しの一回勝負で、最悪の相手にブチ当たったってことを理解していないようだ」


「誰が目の前に立とうと関係無い。ただ、倒すだけだ」


交野は愉快そうに肩を揺する。


「良いなァ、そういうの。

未来を思い描いて、それが希望に満ちていて」


冷徹な、声だった。


「――次に気付いた時にはそれが、跡形も無くなっていることも知らずに。

分かるか? 能力者にとっての幸せってヤツを。

普通の『人間』とは違う。オレたちの生き方を」


「オレたちの生き方……だって?」


「『外』のヤツとは違うんだよ。普通には暮らせない

どう足掻こうと、どこまで行こうと

オレたちは――『人間らしく』なんて生きてはいけない。

こんな、そしておまえのような能力を抱えた人間が、人間らしくなんて、そんな夢物語はな……」


交野の口調には、どこか自嘲気味の雰囲気があった。

修は思う。

繰り返される、日常。

繰り返される、カリキュラム。

繰り返し、内向きに閉じていく可能性。


『それ』を間近に見て、交野はそう感じていたのか。

思考することを、志向することを、試行することを。

唯の一つも為せないまま、また繰り返す『学園』の世界を見て、こいつは――

そして、ある一つの考えに行き着き、修は空恐ろしくなった。

いや、この交野という人間が、もし、本当に『ただ』興味の対象としてだけ学園生を見ていたのだとしたら。


それぞれの命、人生すらまるで関係なく、『ただ』己の好奇心を満たし、暇を潰すための存在としてだけ、人間を見ていたのだとしたら。

そんな考えの持ち主であるのならば、修の、誰かの思いなんてものは、交野にとって一ミリの価値も持たないのではないか。

学園生を『学園』に縛り付けようとする理由が、そんな価値観に基づいているとすれば。


「『学園』でしか生きていけないのさ。

能力者ってのはな。そして――それが能力者にとっての一番の幸せでもある」


熱を帯び始める、交野の演説。


「なァ。下らないことはやめろ。

ここでしか生きられない人間に、ここ以外のどこに行き場があるってんだ」


「ここに居て、この先に――俺たちにどんな未来がある?」


「死ぬことなく、生をまっとう出来るさ」


「それは本当に、生をまっとうしていると、そう言えるのか?」


「死なずに生きていける、それ以上に何を望むんだ、おまえは」


「俺、は――」


『人』と違う――『能力者』である、という事実。

そういった存在である修は、在籍者たちは『学園』の保護下を外れて、何が出来るだろうか。


「答えられないだろう、自分自身の可能性すら。

だから『学園』を外れた能力者の先に――」

言葉と同時、交野は次の攻撃モーションに入った。


「未来は無い」




つづく

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