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42  作者: 結月(綱月 弥)


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渇望編 - 8

土の匂い。

生温い空気。


「……い、痛……」


頬に鈍痛。

どうなってる?


「や……っとお目覚めのようね」


苦しそうな吐息と共に、言葉が漏れる。

弧羽が手を伸ばす先には、歪なコンクリート片が遮られていた。


「これは……」


「もう、まだ、寝ぼけてるの? まだ……終わって、ない、んだから」


弧羽の背には、まるで片羽根をもがれた天使のように血飛沫が映えていた。


「ねえ……何を望むの? 閉じていく、変わりのない、終わりのない日常を? それとも、苦しくとも、生きている実感の得られる明日を?」


勢いを失って落ちる、弧羽の眼前にあるコンクリート片。

息を荒げながら、弧羽は続ける。


「私は……自由が欲しい。今日とは違う明日が欲しい。それが、無意味な下らないものだと、誰に言われようと」


修は、その言葉に全く同感だった。


「俺は……」


言葉を遮るようにこちらを狙うコンクリート片。

弧羽は満身創痍の身体に鞭打って、必死に『紡壁』を形成する。

修の逃避行に加わった当初とは違い、今は能力を使うことがそのまま身体的な負担を弧羽自身に強いていた。

飛来するコンクリート片、形成される『紡壁』。


(交野 ん! 彼 を せとは言わ てい いでし う!!)


乱れた電波のように途切れ途切れで聞こえるやりとり。

傍らに伝達役の能力者が居るのか。

よく見ると、弧羽のすぐ前には、紡壁で防いだものであろうコンクリート片が山と積まれていた。


「起きたなら、早速手伝って欲しいな」


「……ああ、そのつもりだ」


(ちょ、ち っと、何 ……?!)


交野と同行していたと思われる指導員の声は、そこで途切れる。

あれだけ深かった霧が、まるで嘘のように引いていく。

それが当たり前であるかのように、突然に。

晴れた霧の向こうから、とても強大な気配が現れるのが見えた。

鋭い眼光、巨躯の放つ圧倒的な威圧感。


「こいつが……」


コンクリート片の投擲を行っていた、のか?


「よう、小さな反逆者さん」


「一人だけ……か」


「どうした、オレが一人で居るのがそんなに不思議か」


修の考えを先読みするかのように、指導員は随分と大きな声で答えた。


「オレぁ、おしゃべりな奴ってのぁ、好かなくてな。居なくなってもらったよ」


「何だよ……それ」


「はは、お前が気にするこっちゃねえだろ」


「それよりも、今、自分が死に瀕していることを思え」


何故、突然霧が晴れたのか。

『居なくなってもらった』指導員が霧を発生させていたということなら、説明はつく。

だが、それだけでは先ほどまで霧深い中でこちらを狙い撃ち出来たことが分からない。

この指導員の能力か……いや、しかし、一人の人間が複数の『能力』を持つことは出来ない。


「物事ってのはさぁ、いつまでも好転し続けるってことはねえもんだよな」


指導員との距離は、既に十メートルほどしかない。

コンクリート片の投擲による攻撃がどのように行われていたか、分からない。

能力の全容が分からないうちに、こちらから下手に手を出すのは危険であるように思えた。


「うん、うん。まあ――お前さんの気持ちは、分からんでもないんだよ」


おしゃべりな奴が嫌い、と言った割には饒舌に語る指導員。


「でもなぁ、でも、物には順序ってものがある。段階ってヤツもな。そういったものが、どう足掻いたってついて回る、縛りつけてくるもんなんだよ」


小さく息を吸い、交野は言った。


「……分かるか?」


「分からないね」


「だろうな。だからこそ、こんな行動に出た」


「随分、口数が多いな。おしゃべりなヤツが嫌いだって言った割に」


「――ああ、それか。うん、そうだな。これはあれだ。オレがやる分には構わないってことだ」


交野は修の言葉に対して、心底面倒臭そうに答える。


「要するに――オレ以外の奴が嫌いなんだ、オレは」


うんざりするような自分語りを聞かされ、修は微かな違和感を覚える。

この指導員――交野は何故、すぐにでも攻撃を開始しなかったのか。

時間を稼ぐだけなら、共に居た指導員を殺さずに霧深い中で動かなければ良かったのに。

安全圏から出てくる理由は、唯一つ。

これまでの攻撃では、修を仕留められなかった。

――普通にコンクリート片を『投擲』するだけでは組み伏せることが出来ないと分かったから、か。


いや、それでもわざわざこちらの前に姿を晒すだけの理由があったのか?

奴にとって、こちらに接近する必要性があるのだとしたら。

考え得る可能性はいくつかある。

確実に攻撃を行いたいから、能力に限界がきた、それから――


「遊ぼうぜ」


修は耳を疑った。

まさかそれだけの理由で、この場所へ……?


「過去にもさぁ、似たようなのは居たんだよ」


交野はぽきぽき、と指を鳴らす。


「でも、これほどやらかしたワケじゃなじゃったんだよな。

そいつは『外周』までは来れなかったんだから。それに、先刻程度の攻撃で呆気なく終わりだった」


軽く目をつぶり、交野は口元を歪める。


「……ククっ、つまんねえよなぁ。やるんなら徹底的にやれっつうの。それ以来、こんなことも起こらない――いや、未遂はちょくちょくあったかな?」


それにしても、よくしゃべる。

本当に、自らが口数の多い人間を嫌いだと言ったこととは裏腹に――


「少しは骨休め出来たろうな。簡単に死なれても面白くない。でもな。退屈でな。退屈で、退屈で、そうだ。退屈過ぎて死にそうなんだ。つまんねえ」


「つまらない、だと」


この指導員が、何を言っているのか、理解できない。


「なあ、面白いことしようぜ。本気で殺ろう」


「……そんなことのために。

そんなことのために、俺の前に立ちはだかるのか」


修は知らず、拳を握り締めていた。


「『おとな』なんだろう? どうして、こんな――こんなことが出来るんだよッ」


「『おとな』だからだ。ガキを従わせるのはな。それに――嫌いだからだ。こういうのが、お前みたいな奴がよ」


張り詰める、一触即発の空気。


「ああだこうだと能書きを垂れて、人を巻き込んでおいて、肝心な時には何も出来ずにドロン、ってな。ガキは大人しく従ってろ。それも勉強のうちなんだからよ」


弧羽が小さな声で言った。


「挑発に乗らないで」


修は言葉に出さず、弧羽の瞳を見つめて小さく頷いた。

そして、その間にも交野の言葉は続いていた。


「もう、本当、何でクチばっかり達者なお前みたいなのがのうのうと生きていられるのか分かんねえ」


「…………」


修は唇を噛み締める。


「当たり前だろう。簡単に死んでたまるか」


「『だから』殺るっていってんだろ。死ね」


交野は真顔でそう言った。


「大した自信だな」


「当然だ、圧倒的に勝つ。オレが」


そして、その口上通り。

この指導員の能力はほかの指導員と比較しても卓越していた。

否、言葉通り、他を『圧倒』していた。

本人がその能力をどう呼び習わしているのかは分からない。

だが、器物を『投擲』するその能力は未知数で、極めて手強い敵であることは確かである。


「……『壁』、破壊する手立てはあるの?」


弧羽は交野の方を向きながら、修に尋ねてくる。

修は答えられなかった。


「背後には『壁』、前方にはオレ。どの道お前はオレとやるしかない」


修は指をほぐしながら、交野を睨みつける。


「ククッ、良~い顔してやがる」


ここで交野を倒しておかなければ、逃げる際の危険性が増すのは目に見えている。

――ならば、ここで、倒す。


「せいぜい、気張ってくれよ」


交野は、これまでどのように行われていたのか分からなかった『投擲』の構えを静かに取る。

まるで、マウンドの上でピッチャーが投球動作に入るようだった。


「開始だ」


異変に気付いたのは、その直後。

『使える塊』を空間から抉り取るだけの動作が必要なのに、この距離まで来て戦う理由。

遊ぼうぜ、と交野は言った。表情には異様なまでの興奮が見て取れた。

……まさか、まさか本当にそれだけの為に?


「退屈ってのぁな、オレにとっちゃ何の意味も成さない。どうすれば、より面白いか、退屈せずにいられるのか」


純粋に、自らの興味にのみ従って生きているだけだということを。

――まさか、そんなことの為に、こいつはここまで来たのか。

信じられない。

信じ難い事実ではあったが、有り得ないことではなかった。


「おまえは必ず、倒す」


修は、ここで初めて目の前の相手を倒しきることを決めた。




つづく

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