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42  作者: 結月(綱月 弥)


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渇望編 - 6

先行した学園生の一人だろうか。

校舎内に居た時には全員の顔を確認出来なかったため、どういう経緯でこの少女がここに居るのか図りかねる部分が大きい。


「君は、先に校舎を出たうちの一人か?」


修は努めて優しい声色で尋ねた。

少女は修の言葉を聞きはしたが、その問いには答えずに戸惑った様子で聞き返してくる。


「ここ……え? はぐれたの? わたし」


落ち着きなく辺りを見回す少女の身に、そう遠くない間に『何か』が起こったのだろうか。

彼女の不安がる様子は、本気そのものだった。

もし、指導員に襲われたのなら、その能力が一体どんな能力であったのか。

不意の事故なら、ここへ至るまでに何が起こったのかを彼女の口から確認したい。


修は怯える少女の前に立つと、疑問に思っていたことを再び尋ねようとした。

瞬間。

『殺意』の塊が霧の中から現われる。

ちょうど。

先ほど修斗が指導員の頭を殴りつけた時のように、今度は少女の頭部を狙う塊。

間に、合わない――!


『圧壊』も、『紡壁』も。


少女を庇おうと手を差し伸べた修ごと葬ってしまえるような、殺意の塊。

だが、不可能を可能にするだけの速さを持つ能力者が――

ここには居た。


「大丈夫っスか?!」


攻撃への対応が間に合ったのは、修斗だけだった。

少女を押し倒すような強引な形ではあったが、コンクリート片の直撃を免れた。

間髪入れずに、再びコンクリート片は飛んでくる。

弧羽は今度こそ、それを遮るように手を伸ばす。

展開される『紡壁』。

中空でせき止められ、推進力を失い、落下する欠片。


「行こう。ここに居たら良い的だ」


修は移動を促した。

逃がさない、とばかりにコンクリート片が飛来する。

次の瞬間には、今しがた居た場所に深々とコンクリート片がめり込んでいた。


「修斗、ちょっと良いか。大事な話がある」


移動しながら、修は口を開いた。


「こんな時に何スか、告白っスか?」


この少年なりのユーモアなのか、単に緊張感が無いだけなのか分からない。

が、それは今は置いておく。


「この娘を見てやって欲しい」


「どういうことっスか」


「もし俺とはぐれた場合、この娘を守ってやって欲しい」


修斗の高速移動と思われる能力は、攻撃にも回避にも十分に使える。

そして、近接戦闘向きではない修とのコンビで、能力の欠点を補いあえる。

相手方の立場からすれば、恐らく修と引き離したいところではないか。

それを見越した判断が必要であると思っての修の発言だった。


「別行動になるかもってことっスね」


「この娘がさっき言ってたことも気になる。はぐれたことについて何も聞けてないからな」


「まあ、うぉッ! と」


素性の分からない少女の手を引きながら、修斗は自分の直ぐ後ろに刺さるコンクリート片を見て青ざめる。

移動しているのを全て把握しているかのように、断続的に飛来する塊。

まるきり、現実離れしたコンクリート片の投擲。


「大丈夫か?」


「あ、まあ……」


「その娘のことは頼みたいけど、俺は可能な限り固まって動きたい」


「どうしてっスか」


「何せ、遠距離戦だろうが近距離戦だろうが、俺たちの能力ならカバー出来る。何でもござれってヤツだ」


「なるほど……そうっスね。了解っ……」


修斗の言葉が終わらないうちに、霧の中から出し抜けに白い手が伸びてくる。


「え……っ?!」


素性の知れぬ少女があげる悲鳴、その腕を掴む白い手。

そしてその手には、少女を霧の中に引きずり込まんとして力が込められていく。

修は指を鳴らそうとして、一瞬考えた。

今、集中力が散漫な状態で『圧壊』を行うと、少女ごと巻き込んでしまう可能性がある。


霧の中に引きずり込まれそうな少女を前に、やはり修斗だけが反応を怠らなかった。

目にも止まらぬ速さで動き、少女の腕を掴んだ――

ところまでは良かった。


だが、負けの決まった綱引きの如く、修斗は少女を掴んだまま、霧の中へ引きずり込まれてしまう。

霧の向こうで、悲鳴すら聞こえない。

修は硬く弧羽の手の平を握り締める。

繋いだ弧羽の手の平も、力を込めて握り返してくるのが分かる。


「これでバラバラ、か」


唇を噛み締める修。

黙り込む弧羽の手を引いて、修は言った。


「行こう」




つづく

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