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42  作者: 結月(綱月 弥)


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渇望編 - 5

次の瞬間、修の目には唐突に頭を弾かれた指導員が映った。

まるでアクション映画のワンカットのように吹き飛ばされる指導員。

殴られた勢いのままに、指導員はしたたかに壁へと身体を打ちつけて崩れ落ちる。


「……げほ、ごほッ」


首を締め上げられていた修は、解放された首筋に手を当てて咳き込む。


「案外いけるもんだなぁ。……それにしてもおっさん、運動不足だよ」


突然の闖入者。

床に散らばる金属球、それらは特定の対象を目指し、命を吹き込まれたかのように運動を開始する。


「はしゃぎ過ぎだ。このガ」


次の瞬間には、狙われた『特定の対象』は金属球を操る主を殴り飛ばしていた。

言葉を強制的に中断されて空中に投げ出される指導員の落下予測地点には、既にその少年が待ち構えている。

――何だ、あれは。

無防備な指導員に握り合わせた両手を振り下ろして、とどめとばかりに地面へと叩きつける。

小刻みに痙攣する指導員を無表情で見下ろす少年。


「……いやぁ、やっぱ相性って大事だな」


どこか他人事のように少年は一人つぶやくと、修に手を差し伸べた。


「大丈夫ッスか?」


「あ、ああ。何とか……いや、弧羽は?!」


視線を彷徨わせると、やがて座ったまま廊下の壁に背をもたれかけている弧羽を発見した。


「その人、かなり大事にされてるっぽいっスね」


「え?」


「何か、指導員の扱い違いますよね。何となくそう思ったんス」


良く見てるな、と修は思った。

それにしても、この少年……

瞬間移動――いや、身体能力を向上させるタイプの能力者だろうか。

それならば、能力をキャンセルする能力だって、干渉される前に片付けられる。

能力ではなく、身一つが既に武器と成り得る者に対しては意味を為さない能力ってことか。


「助かったよ、ありがとう」


修は乱入してきた少年に告げる。


「礼なんて良いっスよ。助けてもらったのはこっちっスから」


少年の言葉を聞きながら、修は弧羽の所へ駆け寄る。


「動けるか?」


「……うん、何とか」


修はしゃがみこみ、弧羽に肩を貸す。


「あ、おれも肩貸しましょうか?」


「いや、大丈夫だよ」


弧羽に肩を貸し、修は自らが開け、学園生を逃がした穴へと歩を進める。

西だ。他の学園生にも、拓にも、西を目指すと言っておいた。


「あ、えと、自己紹介が遅れたっスね。おれ、修斗って言うんス」


「俺は修。こっちは弧羽」


修は挨拶だけ手短に済ませる。

崩壊した校舎の外から差し込む光に向かい、そして――

愕然とした。

外周、『壁』へと至るまでの景色には全て、霧が蔓延っていた。


「これは……」


「おれ、ここに来るまでに外の様子、窓から見てましたけど。少なくとも『こう』はなってなかったっス」


「そうか。じゃあ行こう」


「え……、え?」


邪魔が入るのは分かっている。

戸惑うシュウトを横目に、修は弧羽に肩を貸しながら校舎の外へ踏み出した。

校舎を出ることは出来たが、この先だ。

これだけであっさりと引き下がるはずが無い。

到底、考えられない。

だが、校舎を少し離れても追撃は無い。

先に校舎を出た学園生の動向も気になる。

拓もどうなったか分からない今、先行させた学園生たちは西へ辿り着けたろうか。

未来予知らしきことが出来る能力者が居るとは言え、立ちはだかる相手によっては、まるで意味を為さない可能性もある。

先ほどシュウトが呟いていた言葉のように、相性は大事だ。

戦闘状態にもつれ込めば、未来予知なんてしている間に状況が終わっている可能性すらある。


「あの、修さん……ちょっと良いですか」


「ああ」


「ここ、どうやって出るつもりなんスか」


「『壁』を壊す。学園の最も外周に存在する『壁』をな」


「……それなんスよ。あの『壁』見たことあるんスけど、見当がつかなくて。壊し方」


「普通の方法じゃ、破壊は出来ないだろうな」


「そうっスよね。特に、おれみたいな能力だと、同じ人間相手ならともかく、ああいうのは苦手なジャンルなんで」


「苦手、か。身体能力を向上させるようなタイプだとキツいか、確かに」


「あと、あれっスね。遠距離戦闘にも向いてないっス」


「……正直だな」


「思ったこと、すぐ口に出る方なんで」


「そうか」


シュウトと言葉を交わしつつ、周囲に気を配る。


「どうかしたか?」


修は、浮かない顔をしている弧羽に話し掛ける。


「大丈夫、かな。先に行った人たち」


「ああ、大丈夫だ」


根拠は無かった。

でも、ここでネガティブな言葉は出せない。

修は何となく、そう思った。

しかし、西を目指そうにも、霧が深過ぎて方角など見当もつかない。

霧の晴れる気配も、一向にない。

それなりに歩いたはずだが、学園の外周は全く見えてこない。

晴れない霧、見えない外周。

能力者が動いている、か。


「シュウト、変だと思わないか」


「まだ『壁』に辿り着かないことっスか?」


「それもある。けど、俺がそれより奇妙に思うのは、校舎を出てからのことだ」


「――まだ、一度も追手に遭遇していない、ってことっスか」


「校舎の中でのことと、較べるまでもない。ぱったりと攻撃が止んだのは不自然だと思う」


「この状況が、何かの罠だっていう……」


シュウトの言葉が終わらないうちに、霧の向こう、何かの影がうっすらと滲む。

現われたのは、怯えきったように辺りを窺う少女だった。




つづく

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