朝の厨房
朝、ソファーで目を覚ます。
ベッドの方を見て円君がまだ眠っているのを確認。
音を立てないよう注意しながら身繕いする。
置いてある水の入ったボールで手と顔を洗う。
着替えたら、そのボールを持って井戸場へ向かう。
部屋の扉は何故かスライド式。
よろず屋も理由を知らないらしい。
客間や応接室以外は基本スライド式なのは普通ではないらしい。
井戸場で使用済みのボールの水を捨て、新しい水を入れて部屋のサイドテーブルへと置きに行く。
よっぽど疲れているのか円君はまだ眠っていた。
昨日の導石作成はかなりのスパルタだったと思う。
乗り切った円君はすごいと思う。
起こさないように気をつけながら、厨房へと移動する。
厨房は常に火があるせいか、他の場所より少し暖かい。かまどが二つにオーブンを併設した暖炉が一つ。
暖炉のそばには乾燥棚があり、食パン触感の木の実ポトカやその他の野菜が干されている。
昨日がんばってスライスしたし。
甘粉の濾過で柔らかくなったポトカの実(樹液まみれ)を乾燥させたポトカの実スライスと交換する。そして上から樹液を注ぎいれ放置。
ボールにポトカを千切り入れながら、昨夜の根野菜のスープが残っているかを覗く。
かまどに放置された鍋の中にスープは残っていた。と、いうか増えているように見える。
よろず屋は残った焼き魚を投入したようだった。
べたべたになった手をすすぎ、ボールに卵と雑穀を足して混ぜこねる。
金属板に適当なサイズに丸めたタネを並べ、かまどに併設されたオーブンへ入れる。
蓋をしてから専用の場所に水を少量注ぎいれる。
これで蒸しあがる。
放置されたスープを二回くらいくるくるかき混ぜ、魚肉を薄くスライスする。
朝食とのぞみちゃんたちのお弁当用に。
「おはよう。ゆきちゃん」
あくびをしながら入ってきたよろず屋はやかんに水を入れかまどに乗せる。
ポットとカップ、四角いキューブの入ったビンを取り出す。
「甘いのがいい? さっぱりなのがいい?」
「さっぱりで」
「ん」
頷いたよろず屋はそのままキューブを包みごとカップに放り込む。以前、教えてもらったことによると木の実らしい。お湯に皮も残らず溶けると言う不思議な木の実だ。
「ゆきちゃん朝早いね~」
よろず屋は言うがそんなことはないはずである。何しろよろず屋は好きなときに寝て、好きな時に起きる。
起きた時が朝である。
引き篭もってた僕でもそんな生活はしてない。
でも、それで仕事をしているよろず屋と比べるのが間違ってるのはわかっている。
「水中に広がる烏賊墨のような黒髪。鮮度の良いナスのように黒に近い紫の瞳。艶やかかつ滑らかなカスタードクリームのようなこの肌。こーんなに特徴的なボクを忘れて雨の中、放り出す気じゃないよね! よろず屋」
よろず屋の後ろで僕と円君はその口上を聞いた。
ちなみに。
烏賊墨のような黒髪。
鮮やかな黄緑色のターバンでほぼ隠れている。ターバンに付いている止め金具には赤い宝石があしらわれていて目を引く。
ここからではナスのように黒に近い紫の瞳は見えない。
カスタードクリームのような肌はほとんどターバンと雨用のマントに覆われていて、見えない気がする。
少し、変わった感性を持ったお客さんらしい。
それとも普通なのかな?
「追い返さないけどね。いつきちゃん。ゆきちゃんと、まどかちゃん。今うちに来てる迷い客たちねー」
あれ?
いつきちゃんって、その響きって……。
「おー! どっちが地図職人ー? ボク、地図職人に会いたいんだよねー」
「ほら、中に入って、さっさと雨具を脱ぐ。風邪引いちゃうぞー」
はしゃぐ人物をよろず屋が面倒臭そうに促す。
「はい。はーい。お風呂借りるねー。湯上りドリンクはコーヒーフロート希望ー」
「アイスはないから、フロートはムリ」
ポンポンと会話が進む。
マントの水気を払いながらいつきちゃんは当たり前のように要求を突きつける。
「んじゃ、お風呂いってきまーす。地図職人君、後でお喋りしよーぜぃ」
見送ったよろず屋がポツリと漏らした言葉が聞こえた。
「厄日かよ。残念どもめ……」
のぞみちゃん達を送り出して間を開けず、やってきたいつきちゃん。
よろず屋にとってはたぶん、僕も含めて残念な存在なんだろうなぁ。
面倒じゃなく残念って、表現されるのがちょっと不思議だった。