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僕の場合  作者: とにあ
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巡る問答

 アディはさかなと一緒に水のある場所を彷徨っている。


 今住んでる場所は湖の真ん中にあるお城(それ以外の表現がわからない)なので、アディたちは訪ねてきやすいらしい。

 さかなのうろこには人が入り込める隙間もあって、たくさんの水の中でも不自由しないと教えてくれた。

「わたしとさかなは意思伝達信号の共有が確立してるの」

 真剣な眼差しで僕に説明してくれる。

「これは失われた技術で、魔力とは関係ない力なの。でも扱える存在はごくごく少ないんですって」

 さかながそう教えてくれたわとアディが笑う。

 不思議なことを聞いている気になるけれど、一生懸命アディが説明している様がかわいらしい。

「だからね、ここでおしゃべりしてることはさかなにも聞こえてるのよ!」

「それはすごいね」

「でしょう?」

 嬉しそうにぱちんと手を打つアディ。

「ねぇ、ユーキ」

 僕は「ん?」と返す。

「ユーキは元いた場所にまだ未練があるの? エンも帰るって言い張ってるし、諦めてないわ」

 未練?

 あそこに、あの場所に、僕の居場所はなかったんだよ?

 家族は優しかったと思う。

 いたたまれないくらいに。

 手を差し出してもらっても、僕はそれをそれと認識するのに時間がかかった。

 それに帰るにはとても苦労するってよろず屋が言ってたしね。

「ユーキは、ずるいわ」

 え?

 ふっくりと頬を膨らませてアディが拗ねる。

「ユーキはここで時間を過すつもりがないのに。ユーキが心からここにいることに納得して生きていくなら、ユーキの時間は流れ出すもの」

 アディ?

 何を言われているのかが理解できない。

「ユーキの時間は止まったまま。いつ帰っても、そこからいた場所に溶け込んでいけるの」

 アディが困ったように笑っている。

「ユーキはここで生きていく心積もりがないの。ねぇ、ユーキ、アディを見て。もう、子供じゃないわ」

 アディは僕を見上げてる。

 それでもその見上げてる角度は前までとどこか違う。

 ゆっくりと身長を伸ばし、その頭のてっぺんは僕の肩あたり。

「大きく、なったね」

 僕は、どうして気がつかなかったんだろう?



「それはゆーきがゆーきだからなのだ」

 頭上から降ってきたのはエライ生き物るぅるぅ。

 ぼにぼにと妙な弾力で額をゆるく叩かれる。アディはさかなに呼ばれてもういない。

「るぅるぅ」

「おう」

 るぅるぅは時々訪れる。

 なにをしているかと言えば、僕の頭の上に居座っているか、部屋の隅を磨きこんでいる。

 ゆるカワアイドルを目指すブサキモ生物と希ちゃんには不評だ。

 ミルドレッドさんがそれを聞くたびにそっと距離をとっている気がする。

「ゆーきはなにに気がつかなかったのだ?」

 なにに?

「アディがいつの間にか随分とお姉さんになっていたことかなぁ」

 問われて、答えて本当かなぁとわからなくなる。

 るぅるぅは急かさない。だからもう少し考える。


 人は時を経て大人になっていく。


 それは当たり前の生物のいきかたで僕でも理解できる。

 僕はずっと変わらないことをアディに望んでいたわけじゃない。

 それなのに、驚いたんだ。そう、とても驚いたんだ。

 アディはアディで変わらない。

 それなのに見知らぬ誰かだと頭のどこかで思ってしまった。

 可愛いアディが失われたと感じたのだと思う。

 生き物は成長し、それまでの支えを必要としなくなる。反抗期とかそういうの? 成長の段階。

 きっと僕はいらなくなる。

「ゆーき」

 そうか。

「寂しかったんだ」

 アディは僕がどうあっても僕が僕であればそれだけで受け入れてくれていた。

 きっとアディは僕の至らない部分を見つけていく。

 好かれ続ける自信なんか僕にはない。

 僕は何もできない。

 変われない。


 この世界でやんわりと受け入れられているけれど、僕が変わったわけじゃない。


 僕は何もできない欠陥ばかりの存在。

「アディに嫌われるのかなぁ」

 ぼにんと額が叩かれる。

 だって嫌われるだろう?

 何の役にもたたないんだ。『そのままでいい』なんてうそだと思うんだ。

「それを決めるのはアディでゆーきが決めちゃダメなのだ」

 るぅるぅの言葉に頭を縦に振る。

 るぅるぅはコレくらいでは落ちない。

「ゆーきはどうしたいのだ?」

 どうしたい?

 なにを?

 そんなことわからないよ?

「取り巻く世界は常に動き変わっているのだ。停滞する世界は常に滅びに向かって邁進するのだ。ゆーきはゆーき自身に求める世界をちゃんと見つめるべきなのだ」

 僕自身に求める世界?

「命は、生きるものは個としては生まれて滅びる。種としては生まれ引き続く。思想は流転し、回帰する。ゆーきは個としては特異であり、生命としては凡庸だ。それであるがゆえにゆーきにはゆーきが求める世界を追求する自由もあるのだ」

 追求する自由?

 僕に?

「同時に、それを放棄し、流れに任せるのも自由なのだ」

「るぅるぅも自由?」

「るぅるぅはなぁ、個としては枠の中に存在し、生命としては特異な義務の内にのみその存在意義を見出し、義務と責務を果たす。それが俺の存在意義じゆうだ」

 えーっと自由?

「るぅるぅは自分で決めれるのだ。ゆーきはどうなのだ?」


 僕は……?


 僕に決められる事なんか何もない。

 僕が決めればきっと良くない事になるだろうと思う。

 だって、僕の選ぶ道は間違いばかりだから。

 僕は決断をするべきじゃないんだ。

「ソレがゆーきの選択なのかぁ?」

 選択?

 違うと思んだ。

「流されて選ばない。それもまた選択なのだぁ」

 るぅるぅが頭の上で厳かぶって語る。

「生きる限り、すべての生命は選択してゆく。生きること。死ぬこと。成長していくこと。心を発芽させた時から選択は常にそこにあるのだ。その選択に弱さも強さもないのだ」

 僕の、選択?

「だって、僕には、何もできない。わからないんだ」

「ゆーき。言葉は呪詛だ」

 呪詛……?

「もっとも簡単で、もっとも大きな力を持つ呪詛だ」

 よく、わからない。


 よくわからないよ。るぅるぅ。


「ゆーきは考えるのだ。まわり道でまっすぐでなくてもゆーきの選びたいモノが見えるのだ。どんな生命でも望むモノはあるのだ」


 僕の選ぶ。

 僕の望む。

 僕の選択肢。


 僕が考える?

「時間はいくらでもあるのだ」

 僕が選ぶ?

「選ばないことだって選択なのだ」

 心を読んでない?

「表層意識ぐらいちょろいのだ」

 え?

「るぅるぅにゆーきは心地イイのだ。理由がわかるか?」

 僕にはわからない。

「ゆーきはゆーきだ。ゆーきの恐れはゆーきの基準。ゆーきの正義はゆーきの基準。そこに他者の基準は含まれないのだ。ゆえに好ましい。心地よい。そのようなモノだと受け入れるのなら我等とて受け入れよう。それだけのことなのだ」





 気がつけばエライ生き物のるぅるぅはいなくなっていて部屋に一人僕は空を見ていた。


 僕はこの世界が好きなんだ。窓の外は鮮やかな色とりどりの緑。

 ペールグリーン。ミントグリーン。モスグリーンにエメラルドグリーン。灰緑色に海松色。それを彩る柔らかな白と黄色。

 いろんなところでいろんな人に会った。

 みんな、親切で優しかった。

 だから、この世界に居られることが望みで……。ああ、僕の望むモノは叶っているんじゃないかなぁ。



 この世界が好きだ。



 それが、望み。


 意味もなく涙がこぼれる。

























「ごめん。僕は振り回してばかりだ」

 希ちゃんは鮮やかに笑う。

「大好きだわ。何もできなくても、自分で決めても。私は、おにーちゃんが、由貴さんが由貴さんならそれだけで大好きだわ」

 迷わない?と覗き込まれる。

「僕はきっと迷ってる」

「それでも、決めたのでしょ?」

 僕は頷く。

 希ちゃんは僕のわからないところで話を進めていく。



 この世界に居たままでもいいんだ。

 それでも、僕は選んだ。

 僕はきっと後悔して懐かしく思うだろう。

 それとも忘れてしまうかもしれない。僕は僕の記憶力に自信がないから。


 この世界が好きだ。


 僕が僕でいて強く否定されないから。

 僕は受け入れられたかった。

 僕はそこにいていいと認められたかった。


 僕はわからないんだ。

 ただ、できないということだけ知っていた。

 その眼差しが忌むモノを見るモノだと気がついた。

 世界が苦しくて苦しくて、辛かった。

 理解できない僕自身が疎ましかった。

 きっと、僕は変わらない。

 何もできない僕のまま。


 僕の場合。


 英雄になんかなれない。

 何もできない僕自身であることは変わらない。

 僕は帰ることを選ぶ。

 僕を生み出し、育んでくれた僕の世界に。

 世界は僕に居場所をくれるだろうか?

 エライ生き物が鼻息で笑う。

 そうだね。

 世界は広いんだ。

 僕にできることもあるかも知れないから。




 きっと、僕は後悔する。


 それでも、僕は選ぶんだ。




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