土守を望んだ村
世界がいきなり暗転した。
土守りを得られなかったがそれでも変わらずに生活があるはずだった。
森から村を見ていた。
祀る神を失った巫女と旅人たちを送り出した後、俺は一人狩りに出ていた。そのついでの薪拾いで帰りが思ったより遅れたんだ。呆然と立ちつく前で真っ黒な闇が村を覆い隠して、空気を震わせる。
森の木々が強い空気の振動で折れんばかりの悲鳴をあげる。細く脆い枝は折れ、容赦なく俺を打っていく。
逃げれなかった鳥や蝙蝠達が大きく騒めく。
離れるべきと知っていた。村は、おそらく滅んだのだ。
それでも、村に戻った。未練が、捨てられなかった。
村には誰もいなかった。
死体すら残っていなかった。
生活の名残を残して俺以外が消えた。
次の日に十日に一度流れくる行商人が訪れた。
呆然とした俺に商人は「幸運ですね」と笑う。
何が、幸運だと言うのだろうか?
両親も友人も恋人も失ったというのに。
麻痺してささくれた心を逆撫でされた。
「この村の継承者、相続人は貴方ですからね。安定した土地は欲する人が多いんですよ」
ああ、それは当然だろう。一夜で水没する恐怖。一瞬で引き裂かれる建物、そうでない場所がどれほど望まれるか!
それでも、誰も戻らないんだ!
「ここは五十年は安定してそうですからね」
高い家賃をとれると商人は笑う。安く仲介しますよとも。
ふっと欲が流れた。
そう。そのくらいいいじゃないか。
失ったたものは多い。このくらいの得があってもいいじゃないか。
何も取り戻せない俺に運命が慰めを贈ってくれたんだろう。
そして、俺は恵まれた生活をはじめる。
金はいくらでも入ってきた。
村の土地は俺のもので、それを貸すだけで良いのだから。
女だって寄ってくる。
それこそ、いくらでも。
金も女も思うままで、新しい家族すら思うままだった。
その瞬間まで。
「アレ? 生き残ってたの? アドウェサ、驚愕です」
若い娘が笑う。
「じじさまぁ」
孫の声が聞こえた。
「あら」
娘が笑う。
小首を傾げて思案する様子。
孫が娘に近づいた。
「決めた。お前は残したげる」
娘の手が振るわれた。
ぱきり
軽い音を立てたのは孫の首。
「アドウェサを怖れ恨めばいい。思いは思念は力だ」
動かない孫を抱きしめ、息をしろと揺する。
視界を緑を帯びた闇が埋めていく。
呼吸出来ない振動に恐怖することもできない。死ねるなら共にいきたかった。
町からは人の気配がない。
俺は再び全てを失った。
そして、再び全てを、失った以上の富を得た。
俺は幸福なのか、これ以上ない不幸の中にいるのかがわからなかった。
そして、あの娘を思い出す。
祀る神を失った巫女の少女を。
土守りとしようとした村を滅ぼしたのは今は無き神の巫女だったのだ。




