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僕の場合  作者: とにあ
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日常

 状況はいつもわからないうちに流れていく。

 僕にとってそれは当たり前の光景。

 僕にとって世界は認識しにくいものでうまく生きていくことができない。

 できることが普通で出来ないことが罪だった。

 息苦しかった。

 僕はどうしてわからないのかがわからない。

 世界が変わって、認識できるのかと聞かれたら違う。ただ、できなくても受け入れてくれる誰かがこの世界には多かった。

 常に死と隣合わせは誰にでも当てはまる命の軽さ。

 生きたいと望んで生き延びれるかどうかは運次第。

 理不尽で不条理で平等だった。

 僕にできることは疑わないことだけ。

 受け入れることだけ。

 僕は変われない変わらない。

 記憶はパリパリ剥離していく。

 六年九年かけた知り合いも僕の中では止まらない。記憶に残らない。覚えられない。

 それは僕が生きてた世界では許され難いことだった。

 嫌いだったのかと聞かれれば、嫌いじゃないけど苦しい世界だったと答えられる。

 構わないと受け入れてくれる家族すら劣等感を刺激された。

 出来ないから受け入れてくれる。そんな家族。

 だって、家族が一番出来ないことを理解出来ないから。理解しようと努力してくれる様がそのままでいてはいけないと考えさせた。

 息苦しかった。

 苦しかった。

 それを継続させれず、記憶から落としてしまう自分が嫌いになっていった。

 この世界は呼吸がしやすい。

 誰もが人に興味を持ち、興味を持たないから。

『そういうもの』として受け入れて、嫌ったりかまったりしてくる。

 それが、どれほど楽なことか僕は知っていた。

 だから。

 手を貸して差し伸べてくれた相手が望むなら命は軽くていいと思う。僕は異世界に来たからって認識力も判断力も変わらない。ただ、この世界にはそのままで受け入れてくれる人が多かったんだ。


 湖だったはずの場所に古びた建物。

 鋭い棘を持った硬質の蔓が建物周りを覆ってる。

 難しい話は僕にはわからない。

 たださびしそうにする小さい子達を少しだけ慰めることならできると思う。

 少しとはいえ、僕にでも出来ることがあってほっとする。

 床は木片を組み合わせた格子模様。壁は真っ黒くて触ると土の感触。

 天井をはしるあの支えになってる棒はなんていうんだろう?

 絵の描いた板がいくつも壁や柱に貼り付けられていて小さい子たちがそれに触れれば光が放たれた。

 まるで照明器具のようだなぁと思う。

 ここでもポトカの実は手に入ってほっとした。

 スライスして干しておく。

 小さい子の一部が外から花の蜜や、樹液を集めてきてくれた。

 小さい子たちは臆病でミルドレッドや円君が部屋に入ってくると隠れてしまう。

 ミルドレッドは外で狩ってきた獲物を台の上におく。ざっくりと血抜きと大まかな解体は終らせた肉隗。

 旅の間にその手順は見慣れたものになった。

 はじめて見た時は円君も希ちゃんも少し遠巻きにしてたと思う。

 僕はボーっとノイさんを思い出す。

 ナイフを変えて解体された肉を保存しやすいようにスライスしていく。

 台の上にフライパンをおく。

 台の上には絵の描いた板が貼り付けられてあって対応する小さな板に触れればフライパンに熱が伝えられる仕組みになっていた。

 スライスした肉をフライパンに落としてアドウェサが見つけてきてイシチャンが不純物を取り除いたと言う塩の塊を焼けていく肉の上で削る。

 フライパンの中にじゅわりと赤みを帯びた肉汁が広がる。

 少しフライパンの中で滑らせる。ひっくり返して、ミルドレッドが『ガゼ』と呼ぶ樹形魔物から切り取って乾燥させた乾物を潰して肉汁で煮ていく。タイミングが遅かったのか少し肉が焦げた色になっていた。

 少し乾燥させたポトカの実をサイコロ状にカットして追加する。

 乾燥が甘いせいで肉汁をあまり吸わずに逆に果汁が染み出してフライパン内の液体量が増える。

 じゅうじゅうと液の端から泡が匂いと共にたちいく。

「美味しくできるといいな」

 きゅいきゅいと小さい子たちが鳴いて様子を覗いている。

 少し温もったポトカの実をフライパンから抜き取って小さい子たちに与える。

 ノイさんが使ってた香草。全部は覚えてないし、アレはヒトの調理法用の味付けだったと思う。

「それでも、お肉はお肉だよね」

 音もなく闇の中に銀色の線。

 線は溜まって円になり蛇行して流線を描いていく。

 細かった銀の線はいつしか緑を帯びていく。

 白蝋が流れを導いていく。

 そんな夢を見た。と思う。

 動きを止めた僕をアドウェサが見守っている。ローゼも不思議そうに首を傾げている。

 目の前にある銀色の液体は銀水糖。甘味料だ。

 この世界にはいろんな甘味料がある。

 植物が生み出す蜜。ひたすら甘い果実。生物の体液を魔力精製した甘味料。それこそ判別しきれないほどに甘いものがあふれてる。

 僕が興味を持って好きなのは苦味すら感じるほどに甘い果実。


『ルア・シャイア』


 固い殻を割ってやわらかい果肉を押しつぶすと無色の液体がほとばしる。

 たっぷりの真水の中にその液を混ぜて、粗めの濾過をかける。

 ビー玉ほどの果実から、おそらく一升瓶数本分の液状甘味料が作られる。そのまま口に含めばとてつもなく甘く、使用は少量に限る。

「あま〜い」

 アドウェサが幸せそうに微笑む。

 ルア・シャイアを使った肉の甘煮。

 アクセントの香草や香辛料は選びどころで楽しかった。

 ローゼが楽しげに香草を摘み食い。

 香草に含まれる魔力生命力が美味しいらしい。

 干してあったりしたら生命力は欠けてる気もすると呟けば、にっこり笑って魔力が高まるのです。と教えてくれた。

 精製することで余分な雑味がなくなり、魔力質とやらが向上することで味わいに深みが増えるとか。

 もう少し説明してくれたけど、『美味しくなぁれ』という心からの気持ちが大切と言われて納得した。

 美味しいのが一番だよね。

 今、僕の前にあるのは銀水糖。

 ゆっくりと炒った香草を混ぜていく。

 銀にぽつんと落ちた黒がじわりじわじわと薄い緑へと変化しながら広がっていく。

 出来上がりが楽しみだなぁ。





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