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僕の場合  作者: とにあ
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「まぁ、気をつけていけや」

 聞き取りにくいクセのある喋り方でそう告げてくるのは行商のクルゼさん。

「ありがとうございました」

 お礼を言って頭を下げる。

 照れたように耳の裏を掻く姿は愛嬌があると思う。

 『タフサ』から出てさかなでの移動でクルゼさんの集落まで。集落でさかなとは別れた。

 希ちゃんが集落の出迎えを見た瞬間、『変質者!』と叫んで攻撃しかけたから慌てたけど。

 円君は呆れた表情で、希ちゃんを止めてくれていた。


 よろず屋の家は遠い。


 目的地は『神の眠る地』


 ものすごく怪しい。


 この世界には神が実際にいるとミルドレッドは言う。

 選ばれた者はその声を聴く。

 希ちゃんはその声を聴く。

 希ちゃんのすべきコトは神様に出会うこと。

 ただ、ついて行く僕が足手まといになるコトを感じる。

 少し、気が重い。

 クルゼさんが僕に飴玉みたいな食感の木の実をくれる。

「道中の腹の足しにな」

 コロリとした実にノイさんを思い出す。元気かなぁ?


「おにいちゃん!」


 希ちゃんの声。

 視線を向ければ呆れた表情の円君とミルドレッド。

「ぇ……」

 数秒考えて気がついた。


「出発」

「うん。行こうおにいちゃん」


 僕は促す希ちゃんに頷いて、一歩踏み出す。


 危険があるかも知れない。

 お腹がすくかも知れない。

 はぐれて一人になるかも知れない。


 不安は尽きない。


 過去は動かせない。


 まぁ、なるようにしかなりようはないよね?

 目の前にそびえる崖を見上げる。

 道はぶっつりと途切れ崖の上から唐突に始まっている。

「ここが亀裂だったのね」

 ミルドレッドがそう呟き見上げている。

 軽くジャンプしても崖のふちには届きそうにないし、回り道して上ろうにもここが一番低そうに見えた。

 むき出しの地層にふれればぼろりと零れ落ちる土くれ。


 背後で『たん!』と何かを蹴る音が響いた。


「てめ!」

 怒鳴る声は円君?

「ありがとう。円君。じゃあロープ下ろすね」

 にこにこと笑う希ちゃん。なぜか崖の上でこちらを見下ろしている。

 どうやって上ったんだろう?

「由貴さん、先に上がって」

「う、うん」

 円君に促されて何とか上れば、そこにはまた崖があった。

「え?」

 少し開けた場所があり、まるで巨大な階段。

 そのまま道が続いているコトを期待していた僕がぽかんと見上げてると円君とミルドレッドが上がってくる。


「さてとちょこっといい?」


 円君の言葉にそれぞれが休憩モードにはいる。

 地図職人との旅は長期戦。そう言ったのはミルドレッドと今ここにはいないエリコ。

 円君は地面を少し掘って長細い杖を地面に突き立てている。

「よし!」

 旅立ってからは見慣れた光景。

 地図を広げるための行為。

 ふわりとキレイに広がる光に見ほれる。

「おにいちゃん、どうぞ」

 希ちゃんに差し出される甘い白湯を口に含む。

 道中、ミルドレッドが選別して集めた草や実を野営の時に煮出して容器につめた飲み物だ。

 ゲームで言うならスタミナ薬だろうか?

 傷薬にも魔力回復にも役にはたたないけれど、最低限の体力維持に必要な栄養が入っている飲み物で、色は白く、どこかぬるい状況で呑むので『白湯』と呼ばれているのだ。

 ついでに言えば冷やすと効果が薄れるので余裕があればお湯を足して暖かく飲むのがいいらしい。

 今日の『白湯』は甘味が強いなぁ。

「あー。仕込み完了〜。由貴さん」

「え?」

 スッと白湯入りカップが奪われる。

「いただきます」

 仕込みは疲れるらしい。一息で残りを飲み干す円君。

「ぷはっ。……っあっまっ!!」

 円君には甘味が強すぎたらしい。

 疲労回復には甘味が効くらしいよ?


『白湯』を口に含んで噛みこむ。

 空は青くて高い。円君も空の青さが好きみたいでよく空を見てる。

 ふっと視界が翳った。

 きろんっと薄い水色。宝石(コウカソウ)光沢(キラキラ)

 石獣と言われる魔獣らしい。

 僕は『イシチャン』と呼んでいる。

 落ちていた石を何気無く拾った。それは石獣の卵だとミルドレッドが教えてくれた。

 食事は石や砂で人が食べるようなものは食べない。

 だから旅のさなかで拾っても何も言われなかった。

 石獣は石や砂を食べて魔力を通しやすい『石』を排出する。

 地図職人はそれを導石に加工する。

 雑多な魔力を取り込む前の『石』の価値は高いらしく、円君は嬉しそうだった。


「帰りてぇなぁ」


 誰にともなく洩らされた円君の言葉。

 聞かなかったことにした方がいいんだろうかと悩む。

「由貴さんは帰りたいって思わないの?」

 白湯を一口含む。

 ちらり見れば答えを待ってくれていた。

「……思えない。僕はあそこで生きていく自信がなかったんだよ」

 がんばってもがんばっても努力が足りないと判断され疎まれる場所。

 僕はあそこでは心を保てなかったんだと思うんだ。

「僕は小さい頃から、覚えるのが苦手だったんだよ」

 不思議そうに見つめられる。

「俺も覚えんの苦手だけどなぁ」

「僕が覚えれたのはねぇさん、ちょっと寮のある学校に行った兄さんが帰って来た時に『誰?』って聞いちゃって気まずい思いさせたコトがあったよ?」

 人が覚えられない。

 いろいろ繋がらない。

 両親や兄と姉はそれを「しかたない」「お前の面倒ぐらいみてやる」と言った。「心配するな」って。

 僕は、家族が受け入れてくれてるのを知っている。おかしいのが自分なのも知ってる。

 覚えてられるコトと覚えてられないコトがわからない。「不安だろう?」と聞かれてはじめて不安を覚えるべきだったらしいと気がついた。

 家が息苦しくなったんだ。


「身内まで忘れんのかよ。ある意味徹底してんなぁ」


 忘れられない言葉もあるんだよ?


『がんばって、努力するだけじゃ意味がありません』

 面接の場所で向けられたどうすればいいのかわからない言葉。

 僕には頑張ってどうにかしなきゃってしかないのに。

 それじゃ、ダメなんだって。


 手を押し上げてくる感触に下を見れば、イシチャンが僕の指にじゃれていた。

「うーん、それってそのぐらい言われても崩れないか試されてたんじゃね?」

 円君の言葉にそうかもしれないとは思う。

 それでも僕はそこで納得したんだ。

 駄目な僕は駄目なままで変わることなんか出来ないということが初対面の人にもこうも明らかなんだと思ったんだ。

 いろんなことを忘れてしまうのにあの時のあの言葉が忘れられないんだ。

 イシチャンが僕の手の下で転がる小石を食んでいる。

 カリカリと響く音は真夜中、寝ぼけた時に聞こえると少し怖い。イシチャンはずっと食べている。

 移動中はあまり食べれないと言う事を覚えてからは止まっている時はいつも土や石を食べている。

 ちょっとかわいそうかなぁとは思う。

「忙しい時に足手まといの面倒をみるって苦痛だと思うわね」

「ミル姐さん」

 苦笑をもらす円君より、ミルドレッドの方が正しいと僕も思う。

「進歩進展がまず望めないとなるとなおさらだわ」

「いやぁ、適正な居場所ってあると思うけど?」

「見つける労力を考えるべきね」

「きっつー」

 円君はきついと言う。

 でも、僕より能力のある人たちすら職が見つからなかったりしてる時勢だった。

 やっていこうと思うだけじゃ駄目だった。

 どうせ、できたはずもないけれど。

「おにーちゃん」

 希ちゃんの声。

「イシチャン、よく食べるね」

「そうだね。それでもサイズは変わらないけど」

「なんて羨ましい!」

 イシチャンが希ちゃんの声に怯える。

 希ちゃんは気にしたふうもなくイシチャンを撫でている。

「太ってないのに?」

 沈黙。

「そ、そうかな?」

 僕は頷く。すらりとした身体に無駄なお肉は一切感じられない。

 嬉しそうに笑う希ちゃんの様子に僕は首をかしげる。でも、楽しそうならいいよね?

「さ、移動するわよ! 出来れば町に着きたいのだから」

 ミルドレッドに見られて円君がさっと視線を逸らす。

「この辺で引っかかる導石の反応はないんだから町の場所なんかわからないって」

 僕はイシチャンを撫でる。


「イシチャン、おなか空いて食べちゃったのかな?」


 まさかねと思いつつ、僕はイシチャンを撫でていた。


 みんなと旅を続けながら僕は自分の何も出来なさを自覚する。

 のびのびと強い力を身に付けていく希ちゃんはまさにチート主人公。

 円君もその地図作りの腕と魔力を上げていく。

 僕だけが、取り残される感じ。

 この世界には普通に魔物がいて、この世界の食物連鎖は過酷で。

 立ち寄った荒廃した神殿で希ちゃんは失われゆく神の残滓を吸収する。


「私は信仰はしないけど、力になってくれるのなら歓迎なの」


 そんな風に笑う希ちゃんだから、そんな風に力を集めることが出来るんじゃないかと思うんだ。

 イシチャンが心配そうに擦り寄ってくる。

 手のひらに入るサイズだったイシチャンは今では荷物を運んで、僕と、希ちゃんものせて運んでくれるぐらい大きくなった。

「ゆーき?」

 魔族の少女が不思議そうに僕を見上げる。

「こわいか? ちゃんと結界張ったから大丈夫だぞ!」

 力強く、僕に向かって胸を張る少女。

 彼女は訪れた神殿で、失われる神のそばにいた少女。そこに誰もいなかったから、町まで連れて行こうとなった。一人で神も残らぬ場所には置きざれなかった。

 結論としては町にも残してはいけなかった。

 護るための結界を張ることを得意とする少女の魔力は町の住人に『土守』として引き取ろうと言わせた。

 それに怒ったのは誰でもなくミルドレッド。僕らにはその意味がわからなかったから。

『土守』とは地震の影響を町の地下室で一手に引き受ける人柱だと彼女は教えてくれた。

 町に置いていけば、彼女には情など与えられず、ただ閉じ込められるだろうと。

 それは、僕も、希ちゃんも、円君も望まなかった。

 だから、一緒にいる。正しいかどうかなんかわからないままに。

 魔力の高い者が場所にいればそこは安定する。クサビのようなものだと希ちゃんがミルドレッドに説明を受けている。


「変な世界」


 希ちゃんの感想に苦笑いのミルドレッド。

「場所がその個人の魔力に染まりやすいから思考力はあまり求められないわね。恨まれた土地は不幸の連鎖や魔物を生成するから」

「魔物だろうが、人だろうが生きているだけだから特に善悪はないって言うのも聞いたけど?」

 円君がミルドレッドに尋ねる。

 少し考えをまとめるように沈黙したミルドレッドは納得したのか口を開く。

「確かに。それぞれの生態と本能に合わせてそれぞれ生きているわね。集落ごと、宗教ごと、民族ごと、職業ごとで、重要視する項目は変わるわね。人を殺すのがイケナイことなら生贄を捧げる宗教は邪教と言われるけれど、そこに所属する者からすれば儀式をジャマする邪教徒。善悪は変わるわ。この世界に生きている善悪のないものという意味では魔物。と見下して聞こえたのかしら?」

 頷く円君にミルドレッドは笑う。

「魔物と神はどこが違うのだと思う? この世界における魔物と呼ばれる生物は総じて魔力が高く」

 ミルドレッドの説明は続く。

 背中にごつりとした感触。

『撫でて』とばかりに甘えてくるイシチャン。

 今日も荷物を牽いてがんばってくれた。撫でればより嬉しげに擦り寄ってくる。

「ゆーき?」

 魔族の少女アドウェサ。一緒に旅をするにあたって希ちゃんが少女につけた名前。教えてもらったというけれど、それがどういうことかは僕にはわからない。

「アドウェサもなでなで」

 甘えて擦り寄ってくる小さな子供。

 言葉をたどたどしくも使えるようになったアドウェサはきっと対応できるようになるんだろうなと思うんだ。

 ほっとする。

 それと同時にどこまでも心細くなる。

 円君は疑問が出るたびにミルドレッドに問う。

 ミルドレッドは記憶を確認するように、勿体をつけながら説明する。

 それを聞きながら質問を思いついてそれをそのまま問いかける。そんなことができる円君や神具を磨きながら時々突っ込むように口を挟んでいる希ちゃんはすごいなぁと思うんだ。


「ゆーき。すき」


 そっと背伸びしてアドウェサは僕を撫でる。

 その仕草が可愛くて僕はアドウェサをくしゃりと撫でたんだ。



「アドウェサはゆーきをまもるよ。だから、アドウェサをそばにおいてね」





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