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僕の場合  作者: とにあ
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進展

 怯えているのぞみちゃんをなだめる。


 周囲を囲むのは知らない人たち。


 そして結界陣の向こうには敵。

 せめてのぞみちゃんは安全に。


 でも、敵ってどうすればかいくぐれるものなんだろう?

 それにしても触手モンスターってエロげの鉄板モンスターポイよね。

 あの触手すっごい再生力だなぁ。

 切断されたところから二股に分かれて再生してる。

 あ、捻れて絡まっているところもあるや。

「なんだか網みたいだ」

 すごくおっきいけど。

『ユーキ。えらい! 網だな』

 さかなの声が届く。

 えらいってなにが?

 触手が捻れて集まっている場所に黒い影が突っ込む。

 え?

 捕まりに行った?


「ぇ? さかな!?」




『撃破』


 静かな声。


 さかなだ。


 撃破の言葉通りグズグズと魔物が崩れていく。

 何が起こったかわからない。



『結び目を壊したぞー。ユーキィ』



 さかなの歓喜の声。


 終わった?




「ちょっ…………」

「来る!!」

 慌てたようなミルドレッドとミスビアンカの声が聞こえた。




 ずん




 重い振動が場に広がった。


風裁(ゼゥ)水縛()





 その振動はその女性が中心だった。

 桜色の髪を緩く風にたなびかせ、彼女は空中に立っていた。

 そこにいた魔物を痕跡なく滅した女性はゆっくりと降りてきて、結界にぶち当たっておちた。


「ミスロゼルカーーー」

 ミスビアンカが慌てて結界を解き、落下してきた女性の元へと駆けて行った。

「ミスビーねえ様、痛いですぅ。アレは敵ですかぁ?」

 打ったらしい顔面を片手で抑えつつ、もう片手でさかなを指し示す。

「さかな?」

「ハイ。この辺りではないお魚です。食用にはむかなさげですぅ」

 残念そうな口調で呟きつつ、顔を抑えていた手をはなす。

 さらりとゆれる髪はもつれなく、薄く透き通る桜色。

 深い色のまつげに縁取られた明るい若葉色の瞳は無垢な色。

「ミスロゼルカ、これで殲滅できました? ミスビーねえ様。やっぱりあの黒いのもやっちゃわないとダメですか?」

 ふと手についている触手の粘液と思わしき汚れにミスロゼルカは動きを止める。

「お、ミスビアンカねえ様。手が腐食してますぅ!! どうしましょうぅ? 創師様、修復してくださるでしょうか?」

「落ち着きなさい。ミスロゼルカ。洗浄すればいいんです」

「せんじょう。真水浄水の流水二十秒以上ですねぇ。ミスロゼルカ、そんなに重症ですかぁ?」


「はい。汚れ取れたよ?」

 ハンカチで汚れは簡単に拭えた。


 若葉色の瞳が僕を映す。

「ミスロゼルカ、こんなに優しくしていただいたの初めてですぅ」

 ふわりふわりと桜色の髪が揺れる。

「待ちなさい。ミスロゼルカ、ローゼ!」

 呼びかけられてミスロゼルカはミスビアンカを見下ろす。

 つややかな金髪を揺らし、ミスビアンカミスロゼルカを見上げる。

「はい。ミスビーねえ様。ローゼって呼び名素敵ですね。愛称にしてもよいですかぁ?」

「いいわよ。ローゼ。って、それはおいておいて、あの黒いさかなは敵じゃないわ」

「はい。わかりましたわぁ」

 ミスビアンカに答え、ミスロゼルカはなぜか僕を見てにっこりしてくれる。

「ミスビーねえ様、ローゼ、運命に出会ったと思うんですぅ」


 え。

 何で僕を見てそんなこと言ってるの?

 運命って何?




「それは運命じゃなくて、刷り込みって言うのよ。世間知ローゼらず」




 気がつくと見知らぬベッドだった。

 クラクラする。

 視界は柔らかな若草色。

「ここ、どこ?」

「あー。起きたー?」


 のんびりと隣からかけられる声にそっちを向くと横にもベッドがあって、そこにいたよろず屋が体を起こして寛いでいた。

「よろず屋の部屋?」

「いや。そうだけど、違うかな?」

 肯定と否定が混じってよくわからない。


「ここは目的地の客室。ゆきちゃんは戦闘終了後意識を失ったらしいよ?」



 せんとう?


「ローゼが心配していたかな」







 ローゼ?




「あの、えっと、それ、誰ですか?」


 パスっと自らの膝に頭を落とすよろず屋。

 肩を小さく揺らす。

「まぁ、イイよ。ゆきちゃんらしいし」

 震える声で『らしい』と言われる。

「疲れている?」

 尋ねられ首を傾げる。

「ああ、大丈夫そうだね。俺はもう少し寝るけど、お腹が空いてるんならベルを鳴らせば誰かが来てくれるから食事を頼むといいよ。じゃあ、おやすみ」


 そのまま寝入ったらしいよろず屋。

 少し不思議な気がする。


「起きたのでしたらこちらへ。お父様の休息を邪魔することは許しません」

 声は低い位置から発せられた。

 茶髪の十歳くらいの少女だった。

 シンプルなエプロンドレスに三角巾。若草色の瞳。

 戸惑っていると棘の含まれた声とまなざしを向けられる。

「お父様は今回のことでお疲れなのです。他の部屋の準備もできましたし、さぁ、さぁさぁ」

 ベッドから起こされ追い立てられるように部屋から出される。

 よろず屋を父と呼ぶ少女は僕を別室へと追い立てる。

 廊下は明るいブラウンで天井からは明かりが降り注ぐ。

 見上げれば水晶がはめ込まれていてそれが煌々と光っていた。

 眩しさに床を見れば若草色の絨毯。



 高そうな場所だった。



 案内された部屋では赤毛の女性、確かえっと司祭の人が、金髪の少女と激しめの口論をしていた。

 少し人が多くて、動悸が激しくなる。



 コワい。




 ふと小さな少女が目に留まる。

 黒紫の髪で簡素な服を着た少女。


 胸の奥がほっこりとなる。


「アディ」


 僕の声に気がついたアディがぱぁっと明るく笑って駆けてくる。


「大きくなったね」


 抱きしめて僕はそう思ったことを口にした。

「アディ」

「ゆーき」

 少し、背が伸びて感じる少女を撫でる。

 知らない人たちばかりの場所で、不安だということもあり、懐かしい存在に安心する。

「ユーキ、起きたのね!」

 赤毛の司祭がキッと睨んでくる。

 ついこわくてアディを強く抱きしめてしまう。

 知っているはずの彼女の名前が出てこない。

 何か言おうにも言葉が出ない。

 体が竦んで震えが止まらない。


 どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?


 どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?


 ぐるぐると同じ言葉が巡る。


 何もできない。

 僕は思考が空回るのを止めることができない。


「ゆーき」

 アディの声に視線を下げる。

「だいすき」

 アディの言葉に僕は微かに落ち着いていく自分を感じる。

「大好きだよ。アディ」

 かわいい、小さなアディ。


「知らない人がたくさんいる場所ってこわいよね」

 ほっそりした男がひらりと手を振った。

「ぼくもコワいよ。この状況が、ネ」

 骨ばった細い指が動く。

 きろりと動く緑の目。ぱさりと艶のない髪と肌。


「ハジメマシテ。ぼくはラーク・ライト。この湖水タフサの里の創師ギマロァ


 軋む声が空虚さを周囲に振りまく。


「ここは安全。しばしの休息を取るといい。対価は導師リゼロァが支払い済みだ」


「リゼロァ?」


「エリコ・タフサ・ロァ。血の希望」


 そう言ってにたりと笑う。

「だからゆるりと過すといい」

 腕の中でアディが怯える。

 だから僕はアディを撫で宥める。

「だれ。それ?」



 なんだろう?


 沈黙が痛い?




「君らはヨロズヤと呼んでいると思うよ?」

 ラークさんが教えてくれる。

 ラークさんは親切な人みたいだ。

「ありがとうございます」


「どーイタシマシテー」

 ぎこちない空気の中での食事。


 その後、ラークさんが使える寝室としてあてがってくれたのは四人部屋がふたつ。女性部屋と男性部屋に別れた。

 さかなと名乗った派手な男がのんびりとあくびをする。

 そして、ハッと気がついたように顔を輝かせ、僕の手を取った。


「ユーキ。お揃いだ!」


 そう言って掌を合わせる。

 さかなの手の方が大きく、指もほっそりと長い。それでも確かに同じ五本の指。

 その事実に嬉しそうに笑う華やかな姿に緊張がほどける。

 しゃらりと揺れる白珊瑚の飾りにひらめくオレンジの衣装。

 オレンジの上に赤のグラデの花が咲く。

 あの巨体を思い起こすことができない線の細さ。

 そして幼い物言いがあくまでもさかなの魅力を損なわない。


「ユーキ。大好きだ!」


 向けられる純粋な感情に僕は笑みを返す。

 そのむこうで円くんがため息をついた。




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