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僕の場合  作者: とにあ
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戦闘


重力加重グラビティヴィズ




 そんな『小さな声』が響いた。

 魔力を帯びた音。

 音を認識したモノに影響を与える音響魔法。





「きゃ」


 加わった重圧感に少女たちが声をあげる。


 僕らを囲っていたヒレの壁に亀裂が走る。


「さかな!」


『……アディ……』


「はい」


 いつもより低い声にアディが短く答え、僕の手を引く。

「ユーキ、さかながね、戦闘に参加するから下りてって」


 拙い喋りでアディが促す。

 僕は頷いて、のぞみちゃんの手を引く。

「行こう」

「うん。なんだか一瞬苦しくて。いったいなに?」

 のぞみちゃんが怯えたように自分の体を抱きしめる。


「うんっとたぶん、重力操作系の音響魔法」


『ナニ、それ?』

 僕の言葉に揃って首を傾げるのぞみちゃんと円君。

 えっと、こえの届く範囲に効果を展開させる魔法。だったかな?


「早く。さかなのヒレにヒビ入るのはやい」

 アディがぐいっと引っ張る。

 焦った瞳は潤んでいる。


「のぞみちゃん、いこう」


「うん。おにいちゃん」


 僕はアディに引かれながら、のぞみちゃんの手を引いて足を早めた。


「由貴さん。大丈夫?」


 円君が心配そうに背中を押してくれた。


 気がつくと石畳を踏んでいた。










「固まりなさい!」


 ミルドレッドの声が響く。

「ミスビー!」


「はい!」

 よろず屋の声に答える聞き覚えのない声。

 水煙を割って一人の少女が飛び込んできた。






 ぎゃりぃいっと異音が響く。








 波打つ金髪。桜色のひらりとしたワンピース。襟元と裾のレース飾りが揺れている。






防壁ガレルカ結晶クロズィ









 少女の発する呪文に答えて真紅の障壁が広がり消えていった。


「なに?」


 少女は金髪と桜色のレースの裾を揺らし、こちらを振り返った。

「円から出ないでくださいまし。私の術はまだ精度が低く、範囲から出てしまわれると守護の力がおよびませんの」

 そう、少女が言っている間にゆっくりと水煙が晴れてゆく。

 きらめく緑の瞳が楽しげに見えた。

「お父様! お戻りください!」


 少女がどこかに向かって叫んだ。


 一拍おいて真紅が瞬間だけ瞬いた。

「怪我は? ミル」

「ないわよ。って、何時の間に子持ちなの?」

「ああ、この子はミスビアンカ。今はこのあたりの守備を担っているんだ」

「ミスビアンカと申します。お見知りおきを」

 少女、ミスビアンカはミルドレッドと僕らに優雅にお辞儀をしてみせる。

「答えになってないわね。エリコ」

「お父様に問題はありません。そのお言葉を理解することのできぬ我が身を……。お父様?」

 ミスビアンカの口を慌てた表情で塞ぐよろず屋。

「ミスビー、彼女は説明が足りないと言っていて、それは決して間違っていない。状況は適切に判断されなくっちゃいけない。わかるね?」

 言い聞かせるよろず屋。

 よろず屋の言葉に神妙に頷くミスビアンカ。

「まだ、学びが足りぬことを恥じたいと思います。申し訳ございませんでしたお父様」


「いいから。それよりさかなによる戦闘は参考になるからちゃんと見ておくよーに」


「はい。お父様」


「それよりまず、私に謝りなさい」

「必要性を感じません」

 ミルドレッドとミスビアンカは妙に険悪だった。

 うぞり


 円の外で何かが動いた。

「由貴さん、もう少し、こっちです」


 軽く円君に引かれる。

 ふと見るとのぞみちゃんもアディも不安そうに見ていた。


知覚鏡スペクルーグ

 ミスビアンカが呪文を唱えると紅い鏡が表れた。


 そして鏡面に映る触手の魔物と漆黒の影。

「ユーキ、さかなの戦闘形態」

 アディが説明してくれる。

 全体像は見えない。

 アディが指すそれは漆黒の影だった。


「ドヴェストの一種かよ」

 よろず屋が青い髪を掻き上げつつ、鏡を覗き込む。

「ハイ。捕食攻撃性の高い個体の養殖調教に失敗致しましたが侵入者排除に役立っておりましたので放置しておりました」

 ミスビアンカが平坦な声でよろず屋に報告する。


「な、何をしてるのよ!」

「防衛・敵性物質の除去です」

 ミルドレッドの糾弾に胸を張って応じるミスビアンカ。

 よろず屋は鏡から視線を外さない。


「怪獣大決戦みたいだなー」

 円君がキラキラした眼差しで鏡に映る映像を見ている。

 言われて、そういえばと思わなくもない。


 よろず屋にドエスと呼ばれていた触手がゆらりうぞりとさかなに向けて動きはじめた。


 鈍い光沢をもつ影が触手を掻い潜るように水路を泳ぐ。

 よく見ると触手を持つ魔物のむこうには地底湖のような広がりが見えた。


 鏡を前によろず屋が考え込んでいるのか、軽く指を動かしている。

「ミスビー」

 よろず屋に呼ばれたとたん、ミスビアンカはミルドレッドとの口論を止め、そちらへ姿勢を正す。

「ラークは何か言っていた?」

創師ギマは何もおっしゃってません。ミスブランカ姉さまがお父様がいらっしゃってるので迎えに行くようにとおっしゃられて」


「ミル、ちょっとむこうへ行って来るよ」

「は?」

 険しい表情でミルドレッドはよろず屋を睨む。

 ちらりと向けた鏡には吹き飛んだ先から再生する触手という気味の悪いものが展開している。

「いってらっしゃい。気をつけるのよ。あんたにあるのは逃げ足だけなんだから」

 厳しく言われてよろず屋は明るく笑う。

「ああ。わかっているさ。基本、戦闘は不向きなんだ」

「危険です! お父様。興奮してるので血の判別ができずに攻撃を仕掛けてくると……」

「わかってるよ。ミスビー。だからこそ行く。さかなは様子見しているけど、もうじき血の匂いに寄ってくる魔物が出てくる。その前にできれば退避か、大物の除去ができないとまずいんだ」

 悔しげに俯くミスビアンカの髪を撫でてよろず屋はミルドレッドに視線を向ける。

「じゃあ、頼むねミル。ミスビーも今回はミルの指示に従うように。障壁維持が難しくなったらすぐ報告だよ?」

「はい。お父様」

 きゅうっとスカートを掴んで生地にしわができている。


「じゃあ、いいね。ミスビー」

「はい」

「ミル」

「なによ? ちゃんと様子は見るわよ?」

「障壁を一回外すから気をつけて」

「なっ! 先に言いなさいよっ!」

「ミスビー」

「はい」


防壁ガレルカ結晶クロザ瓦解ユガ


 ミスビアンカの呪文に応じて真紅の破片が高音で弾けていく。


『偉大なる我らが御神

 汝を称えしわれに裁きの刃を揮う事を許したまわん!』


錘炎牙レスミュート!!』


 ミルドレッドの放った緑の炎が周囲にあった触手を焼いていく。


防壁ガレルカ結晶クロズィ


 再度唱えられた呪文。

 真紅の障壁が再生されていき、見えなくなる。

 僕は再び守護の中にある状況をよくわからぬままただ見ていた。


「あれ? 希、アディちゃんは?」

「しらないけど?」






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