逃避行?
話はさらりと流され、食事や軽い下準備。
いつきちゃんはついてくるなと言われてふてくされていた。
「移動は下水道を使う」
そう言われて円君とのぞみちゃんがぎょっとした表情をした。
下水道という響きに反応したのか、窓の外の水量が二階部分を越えてることに心配してるせいかなと思う。
水が逆流してきたことはないから大丈夫だとは思うけど。
よろず屋はのんびりと笑う。
「魔物は確かに出るけど、俺とミルがいたら大丈夫だから」
「まぁそうよねぇ。でも下水、大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫。影響は受けてないよ」
よくわからないよろず屋とミルドレッドの会話。
そして当日の朝、厨房の奥の扉から地下へ下りたのだ。
「よろず屋」
「うん? まどかちゃん、なにかなー?」
「これは」
「うん」
「下水道じゃなくて地下水道じゃないかっ!」
滑らかな石造りに舗装された川。
雰囲気は明るく水の流れるお手軽ダンジョン。壁の中ほどのくぼんだ場所に設置された照明に照らされる流れの中には魚だって棲んでいそうだ。
「潜り川だよ。その川の上に水上都市はあるんだけど、流れている水の源流がまた違うんだよ」
「え?」
「この川は千年を越えてこの位置で流れ続けてるんだよ。少し歴史があるんだ」
「少し?」
「そ。すこーし、ね」
よろず屋と円君の会話に疲れたようにミルドレッドが息を吐く。
「そろそろ移動すべきね。追跡があるかもしれないんだから」
「そう、だね。るぅるぅの目を掻い潜れるとは思えないけどね」
不審げなまなざしがよろず屋に集中する。
「あんなどこかチャラそうな男に何ができるの? ふざけた名前だし」
「るぅるぅってファニーなゆるキャラ目指してるんだろう?」
ミルドレッドと円君にダメだしされて苦笑をもらすよろず屋。
「るぅるぅは結構生真面目だよ? あと高位魔法種だからね、ラヤタから来る程度の調査員くらい力技で追い返せるし、そこに辿り着くまでにもるぅるぅ付きメイド、シンねぇちゃんがいるしたぶん、ケリーもいる。連絡手段もある。大丈夫じゃなかったら危険速報がくるから二人とも安心して」
「程度の、調査員、くらい?」
足に、ひたりと何かが絡んだような気がして僕は下を向く。
照明は道を辿るに不自由はないがすぐ足元を見るには向かない感じの灯り。
「え?」
闇にきらめく何かが見えた。
「おにいちゃん!!」
切羽詰ったのぞみちゃんの声。
「魔物っ?!」
ミルドレッドと円君が声をあげる。
足に絡みついた何かが僕を軽く引きずる。
『ユーキぃ』
気がつくと僕はさかなの背中でしりもちをついていた。
「さかな?」
『うん。そー。さかなー』
さかなの子供っぽい声が反響する。
「さかなっ! 私もお兄ちゃんと一緒がいい!」
のぞみちゃんが主張する。
『巫女も乗るのぉ~?』
さかなはのんびりと尋ねている。
「途中まで乗せてもらえると助かるかな」
そう言ったのはよろず屋だった。
口々に『不気味』『乗りたい』『喋ってる』と何か言い合っていた。
「……ユーキ」
ぺとりと小さな感触が手の甲に触れた。
そこにあるのは小さな指。
「アディ」
小さな少女アディ。
さかなの相棒の少女。
その柔らかな黒紫の髪を撫でればふわんと微笑む。
「あ、のね」
アディはさかな以外とあまり会話しないので言葉がおそい。
おかげで僕にはちょうどいい。
「……おかえり、なさい」
ゆっくりしみこむ言葉。
アディは淡いスミレの瞳を潤ませ、はにかみながらも視線をそらさない。
「あのね。……うれしいの」
可愛いな。
そしてその気持ちが嬉しい。
「うん。ただいま。アディ」
どぉん!!
そんな感じの音と衝撃。
アディが怯えたように僕の手を握りしめる。
「おにいちゃん!」
声をかけてきたのはのぞみちゃん。
泣きそうな顔で駆け寄ってくる。
「魔物の襲撃」
淡々としたした口調でよろず屋が教えてくれた。
姿は見えない。
戦いになっている表面上にいるんだとは思う。
外から何か音が聞こえる。
オレンジ色のさかなのヒレがゆっくり動いて視界を覆う。
『危ないからなぁ。ユーキは奥にいろぉ』
「ユーキ」
アディがぎゅうっと僕の手を握る。
「おにいちゃん」
のぞみちゃんが抱きついてくる。
「さかなとよろず屋は強いから、大丈夫だよ? あ。円君は?」
周囲を見回しても見える範囲にいない。
「お? 覚えててくれたかぁ。忘れられてるかと」
軽く笑ってこっちに寄ってくる。
「邪魔って言われてさ。つーか、こっちでもお邪魔っぽい?」
僕は首を傾げる。
邪魔?




