アーベントの血統
「ふざけているのは貴女ですよね?」
黒紫の髪を持つ女に尋ねる。
ここでの会話はユーキには聞こえない。
さかなが聞かせたくないと考えているから。
「ユーキを殺そうとしてユーキに助けられて。生かされている」
言葉にすると腹立たしさが増す。
空を仰げば星がきらびやかに瞬く。
「ユーキは優しいからそこに付込まれても見ようとしない」
笑いかける。
「ですから、死なないでください。生き抜いて傷ついてください。わたしはけして貴女を許しません」
さかなの施した救命術。
魔法を使わないその手法は魔力の篭った血を流し込み、『遺伝子』に改変を加えて生かすという手法。
その調整手法をわたしは教え込まれている。
すぐに崩壊するようにも、数度の死滅現象にも耐えれるようにでも調整することができる。
「そうそう、アーベントの街には繋ぐ魔力が降ったので災害の影響は減ることになります。よかったですね」
メテオライトで弾けた天井の破砕片が街に降り注いだ。高濃度の魔力をまとった破砕片は落下すると同時に魔力爆発を引き起こした。
広がる衝撃波が多くの人を切り裂き、土地を繋ぐ魔力は浸透していった。
死者はこの刑場で調理された人々の数より多いだろう。
それをユーキが知る必要はない。
呆然とする女に笑いかける。
さぁ、この女、どうしようかと思う。
素直に奴隷として売り出すか、それとも街の救世主として称えられるように差配するか。
どっちがより苦しむのか悩ましい。
ユーキを害そうとし、さかなを怒らせた。
わたしの絶対者の二人。
殺そうとし、怒らせた。
でも、殺せない。
なら死なさない。
死にたい。殺してと懇願し、すがるようになっても死なせてあげない。
正気を手放すことも許さない。
「あど、れっと」
女が力弱く呟く。
「わたしはアディよ?」
さぁ、絶対に許さない。
◇◇
慌てて街へと馬を走らせた。
メテオライトの攻撃で破壊された天井。その魔力を帯びた天井の瓦礫がアーベントの街に降り注いだ。
城壁も街の住宅も燻る煙をたて、多くの嘆きが聞こえる。
「そんな……」
レーゲンが呆然と呟く。
街道にも瓦礫がいくつも突き立って小さな火をあげる。
「レーゲン様!」
兵士が駆け寄ってきて観客としてきていた者の宿が瓦礫に降られ貫かれ呻いているという報告だった。
笑いがこみ上げる。
あの水の異形は支払いに対する対価を怒りのまましっかりと支払った。
この犠牲の元、この土地は安定する。
安定するに足る魔力の楔が打ち込まれ、恨みや苦悶の怨嗟が楔をより強く留める。
他者の死を楽しんだ観客に相応しい末路かもしれない。しかし、争いの尖端となるかもしれない状況でもある。
「父上、何を笑っておられるのですか!?」
レーゲンがほえる。
「何を言っている? これがお前の望んだ結末であろう?」
嘆きと血が周囲から迫ってくる。崩壊した街。死の香り。
「そんなはずがないでしょう!」
「落ち着かんか。経過と、犠牲に問題はあるが目的は果たしたのだ。事後処理は我らに残されたつとめだ」
「目的を果たした?」
わかっていない息子の姿にあきれが混じる。
「この地は魔力が足りぬがゆえに揺らぎの影響を受けたり力の薄い子が産まれる」
レーゲンは不満げに頷く。
この地のそばには影響を与えうる強きモノがいない。
半端に強きものがこの地に来たとしても数年でこの地に馴染み、強き頭角は失われる。
私とてこの地に留まることなく力を求め歩くがゆえに強きを求めることができた。
その力を受け継ぎ、この地にその力を還元せずに済む特性を持ったノイギーアは魔力は高いながらもこの地の楔とはなりえず、他に力を求めるしかなく、作られたのが『刑場・口減らしの門』
そこに水の異形が惹かれてきてその力をこぼすことでかろうじてこの地は維持されてきた。
あの異形はおそらくもうこの地には来ないだろう。
しかし、かの水の異形による楔がアーベント領を安定させる。
その楔が力あるものを呼び込む。
「破壊と共に、死と共にこの地に楔は穿たれた。魔力の楔の影響を受けた子らは魔力、力をもった子らだろう。なぜ、ユーキの保護を反故にした?」
ユーキを無事保護できてさえいればこの犠牲はなかっただろうに。
「この罪は我らアーベントの領主を務める我らが責任だ」




