アーベント氏
「ノイギーアとユーキは無事なのか?!」
「父上、落ち着いてください」
息子がなだめるように肩に手を置いてくる。
この息子、状況がわかっておらん。
この状況で落ち着けるはずもないというのに。
よろず屋に頼んで再びこちらに渡ってきたユーキの身柄を借り受けた。
力と格の高いモノに好かれる要素の高いユーキがいればアーベント領を安定させうると思ったからだ。
まさか、娘があのような暴挙に出ようとは。
若かりし日の繰り言を厭うことなく、聞き続けてくれた異界のモノ。
理解が鈍い子供とわかっていても、ただ聞いてくれることが嬉しかった。
ユーキが『ベッター様』と微妙に間違った呼び名を呼び始めたのは、聞かせるようになって10回の邂逅を越えたあと。
それまでは個人識別がついていなかったようだ。
しかも、間を開けるとあっさり忘れられる。
それはもう爽快なほどきっぱりと。
そして変わることなく興味深くただ耳を傾ける。
ユーキの忘却は性質なのだろう。
別に構わなかった。
同時に意図してユーキが裏切るコトはないと感じた。
はっきり言えば、そのような考えに至れるとは思えない。
疑うことなく接することのできる相手は少ない。
それだけで価値がある。
おそらく、息子には理解できまいが。
故に、使用人達にはユーキの外見を伝え、捜し、保護するように言いつけた。
それを破棄したと息子が伝えてきたのは、ついさっき。
なまじ座学ができるが故に、凝り固まった思考は柔軟性がない。
妹への扱いもそうだったのかもしれん。
揺らぐ思考の中、刺すような意思を感じる。
『ただですませると思ウナヨ。ユーキを殺意ヲもって扱ったムクイ、安くはナイぞ』
刑場の水の中、鮮やかなオレンジと赤、金のヒレが踊る隙間から漆黒の敵意が突き刺さる。
ああ。
この異形の心もユーキは捕らえていたのか。