よろず屋と円
「よろず屋。ゆーきさんは?」
まどかちゃんが尋ねてくる。
「んー。お使いに行ってもらってるよ。それより、気を抜かずに導石を作る。地図作りの旅に出て三日で導石が尽きてろくに進めません。なんて洒落にならないぞ」
導石は一箇所配置するにつき三つ使う。
範囲は五歩程度の距離で三角形を描くように配置する。
それは地殻変動が起きて配置がずれても導石の共鳴範囲が外れないようにだ。
熟練の地図職人ともなれば導石と導石の共鳴範囲は広がっていくし、他の地図職人の導石を補助共鳴させる手段すら心得ている。
ただ、まどかちゃんにはそこまでの実力も熟練もない。
ついでに言うと魔力も。
どうやって効率的に魔力を上げさせようかなぁ。
総量と錬度の均衡も考えて上げれるように考えないとな。
ここまで思考してまどかちゃんから返しがないのに気がつく。いつきちゃんは客間で読書中だ。
「まどかちゃん、聞いてる?」
まどかちゃんは目を見開いてこっちを見ていた。それこそ信じられないものを見るかの眼差しで。
妙におずおずと、
「まじ? この雨の中お使い?」
「いや、あっちはたぶん、雨降ってないよ?」
情報によるとアーベント領は水不足の上に特に魔力の強い者もおらず、格の強い人外も付近に棲んでいない。
魔王が出現している不動期ならばこれ以上なく平和ないい土地だ。流れの魔物や魔王からのちょっかいだけ気に留めていればいい。
だが、魔王休眠期。存在しない時期は地殻変動が多い。
大陸の流動。大地が海に沈み、海底から新たな土地が隆起する。
それに伴う地震に津波、地割れ。土地枯れに植物の異常繁殖。生態系が変わる。
魔王の存在する時期を不動期。
魔王の存在しない時期を活動期と呼ぶ。
どちらが被害が多く、死者が多いかは一概には言えないため、必要悪としての『魔王』を認める意見が長寿種族の間で多いのもまた事実である。
そう、アーベント領は活動期のデメリットを中途半端に受けた。
土地枯れが起こり、水不足が始まり、街が滅びるには足りない地震が頻発する。そんな土地へとなったのだ。
現領主レーゲン・アーベントはウチの上得意、ヴェッター・アーベントの紹介で依頼をよこした。
「大丈夫かよ」
不安げにまどかちゃんが呟く。
確かにゆきちゃんの任務遂行能力は限りなく低い。
そう指摘されると不安がないとは言えない。
簡単に野垂れ死んでそうだ。
ただ、ヴェッター氏にも、もう片方の依頼者にもゆきちゃんは気に入られている。
だからこそ、『使いの者に何かあったらこの依頼は失敗する』『アーベントは沈む』と脅しもした。
ゆきちゃんが迷っていたとしてもアーベント側が死に物狂いで探すだろう。
ヴェッター氏にとってはお気に入りだし。
だから、
「大丈夫だろう」
問題があれば最悪ゆきちゃんとアーベントが死滅する。それだけだろう。
この世界が崩壊するような危険要因は存在しない。