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僕の場合  作者: とにあ
14/34

刑場遊戯

 気がつくと見知らぬ街道にポツンと立っていた。

 道は坂道で下の方に町が見えた。

 見知らぬ町。

 見知らぬ場所だった。

 急に勢い良く腕を引かれ転びそうになる。

「はやくっ!」

 切羽詰まった声で道の脇に引き寄せられ膝を付かせられる。したたかにうって膝が痛い。

 地面は乾いていて、固かった。

「頭下げなさい」

 慌てて僕は指示に従う。

 下からガチャガチャずるずると賑やかな怪音を立てながら何かが上がって来る。 それは毛むくじゃらの四つ足の獣が引く荷車だった。

 金属のこすれる音。

 地面を抉り軋みながら回る車輪。

 重く響く靴音。

 低い視界が捕らえるのは金属の長靴。獣の足。赤さびたどす黒い車輪。滴り落ちる赤黒い塊。

 ぐちゅりと長靴がその塊を踏み潰して荷車の行進は続いていく。

 喉の奥からせりあがってくる熱い感覚。

 あれは肉だ。

 耳を澄ませば、苦しげな呻き声がもれ聞こえてくる。

 思わず、顔を上げる。

 檻を積んだ荷車が数台、目の前の坂を登っていく。

 その檻の中には数人の赤黒い影。

 荷車が揺れ進む時にぼとりと落ちる肉塊。

「ひぅ」

 声が洩れた。

 目の前に落ちた肉塊にはぼろぼろの爪が付いていた。


 がしゃっ


 荷車が動きを止めた。

 腐臭と血生臭さを混ぜた汚濁臭。

 吐きそうな心境を必死に抑える。

 目を開けると、そこに、白くきらめく穂先が突きつけられていた。



 ころされる




 そう思った。

 この穂先はそのまま僕を貫くのだろう。

 きっと、この行列に対して声を上げてはいけなかったのだ。恐怖と諦めが僕を支配する。

「お待ちください。そのものは旅の者。この地の規律を知りはしなかったのだと思われます」

 頭を下げるようにと言ってくれた声が再び耳を打つ。

「知らぬからと言って許されるものでもないぞ」

 武器を持つ男がそう答える。

「はい。しかし、その処断を受け入れる心を持つ者であるのですから一度の御恩赦を」

 白い穂先がひかれる。

「双方、刑場まで同行するがいい。罰となる対価をそこで払うがいい」

「御恩赦、ご配慮に感謝いたします」

 その言葉の後、また荷車が動き出す。

 最後の荷車が通り過ぎた時、ようやく声をかけられた。

「立ちなさい。刑場に向かうわ。喋ってもいいけど、できるだけ小声でね」

「あ、ありがとうござ、います」

 僕はつっかかりつつも何とか、感謝を伝える。

 灰色のローブの女のヒトだった。


「気にしないで、喚いたりしない子だったから助ける気になっただけよ。さぁ、遅れないようについていかなくちゃ。逃亡扱いは面倒の元だわ」


 僕はあわてて立ち上がると彼女と共に荷車を追い始めた。

 幸いなことに荷車の速度はゆっくりで見失うようなことはなかった。

「私はノイ。このアーベント領に住んでるわ」

「僕は、ユウキ。タフトの水没都市から来たんだ」

 ノイはここが『レーゲン・アーベント』領主が支配するアーベント領だと教えてくれた。

 そして、荷車に積まれている人々は口減らしの罪人なのだと教えてくれる。

 口減らし。思わぬ言葉を聞いたと感じた。

「罪を犯し、秩序を乱したり、上位者の機嫌を損ねる者を養えるほど、アーベント領は豊かではないわ」

 そう語るノイの表情は微妙に沈んでいた。

「だから、レーゲン様は刑場を作られたわ。口減らしを行い、土地を安定させ得る魔力の持ち主を定期的に呼び込むために、ね」

 自嘲気味なノイの言葉。

「最初はね、わからなかったわ。だから、レーゲン様のご息女アドレット様がその身を捧げられたの。しばらくして対価は死肉ならどんなものでも構わないということがわかったの。レーゲン様は嘆かれなかったというわ。でもね、きっとお辛かったと思うの。アドレット様は一人娘だったから」

 僕を見て、ノイは笑う。

「どうしてこんなこと話すんだろうって思ってる?」

 僕は頷く。

「それはね、貴方がよその土地の人だからかな?」

 そう言ってノイはようやく見えてきた刑場の門をまっすぐに見つめた。



「さぁ、あれが口減らしの門。ヒトが死んでいくという光景に他国からの見物人を集めるアーベント領の収入源ね」


 灰色の岩作りの壁にぽっと取り付けられた木戸。

 木戸の横には普通に壁が続いている。

 だけど重い車輪の轍は壁の下にもぐりこんでいるのだ。

 そんな不思議な光景を見続けることもなく木戸の横で待っていた兵士によって建物の中へと通された。


 刑場の建物内は薄暗く、入り組んでいた。

「ここは、観客用の門じゃなくて舞台裏だから」

 ノイの言葉に僕はただ頷く。

 ぐるぐると階段を下りる。

 長く、長く続く下り階段。迷路のような同じ風景の通路。

 通路と階段が幾重にも繰り返される。

 通路もまたそれとわかり難いように下っているのだとノイが教えてくれる。


 先導する兵士が不意に足を止め、


「はいれ」


 通路途中に幾つかあった扉と同様の扉をさす。


 中に僕とノイを通すと扉は重々しい音を立てて閉まった。

 一人ならかなり心細い思いをしただろうとなんとなく思う。


 やはり通路と大差ない薄暗く、ベンチとテーブルがひとつあるだけの部屋だった。




 外からの呻きがよく響く部屋だった。

 気味の悪い声。引きずる物音。

「こっちよ。知りたいんならね」

 ノイが手招く先には覗き窓。


 そこに広がる光景はヒトが死んでいく光景だった。


 生きたまま切り刻まれるヒト。互いに殺し合いをするヒト。

 吊るされて血抜きされてる肉。それを離れた場所から眺めているヒトがいる。






「だいじょうぶ?」


 少し遠い位置からのノイの声。


「ゆーきは気を失ったの」


 言われて思い浮かぶのはヒトが死んでゆく光景。

 刑場はどす黒い赤に染まっていた。


 込み上げてくる吐き気。



 ぐるぐる意識に回る。


 耳鳴りのように聞こえてくる呻き。塞がれた口から漏れた唸りにしか聞こえない断末魔。



「ひどい光景よね。それでもここにはそれが必要なの。家畜や魔獣の肉を得るにはこのアーベント領の住人は弱いのよ」

「ノイ、」

「本当に、死肉ならそれが何の肉でも気にせず魔力は得れるのよ。でもね、強くなる実力も、資金も何もないのよ」


 ノイは笑う。


 嘆くように笑う。





『何もできない』と自嘲を籠めて嗤う。




 苦痛や後悔すらも越え、朗らかに笑う。



「さぁ、お勤めを始めましょうね。観客も街にお帰りになったし、口減らしの死肉もすべて死肉になったわ。ここからが私たちのお勤めなの。手伝ってちょうだいね。ゆーき」


 その笑顔は僕の心にとても痛いものを与える笑顔だった。




氷結魔法(グラセール)



 唱えた呪文に呼応して血塗られた床がうっすらと白濁する。

「あら、スゴイ。魔法使いだったの?」

 僕は首を振る。

 魔法を教えてくれた恩人の人たちには実用に向かないと宣告されている。

 魔法を放てるだけでは魔法使いと名乗れない。と教わった。

 表面だけとはいえ、凍りつかせたことでわずかに匂いがマシになる。

「まぁ助かるわ。死肉はあっちにかためて置いてあるし」

 樽が二つ乗った台車を押しながらノイは笑う。

「この樽は?」


「すぐ、わかるわ」

 ノイは樽の中身を積まれた死肉の上にぶちまける。琥珀色の液体にジワリと薄い氷が溶ける。


 その部分から放たれるのは、甘い蜜の匂い

「ゆーき。この辺のお肉を樽に詰めてくれない?」

 そう言って蜜まみれの肉を指す。


 言いながら自分でも散らばる細かい肉片を樽へ放りこんでいく。

 時折り、香草を樽に放り込んだりもしていた。




 そう、ノイは調理していた。




 蜜と香草漬けの肉。塩を少しまぶしたり味付けには気を使っているようだった。

 手や服を血まみれにして。


「うーん。ゆーき。加熱するってできるー?」


 のんびり聞いてくるノイ。




加熱魔法(ガルゼマ)



 樽の中の肉が唱えた呪文に呼応してほんのりと発光した。





 威力は、ほぼ無い。






 タライいっぱいの水を体を洗うのに適温と表現される温度まで温めることができる程度だ。(40度くらいだろうか?)


 つまり調理時の滅菌にも使えない魔法だ。





 周囲の氷はかなり溶けてきて血臭と腐臭が帰ってきているが、もう、僕の中では嗅覚、そして、これがヒトの肉であるという認識がマヒしていた。



 幾つかの樽に散らばったヒトの肉を詰め、冷やしたり、温めたりと指示に従う。


 随分と長い時間をかけたように思う。

 手足が軋み、意識が朦朧とする。



 ちゃぷり




 踏みこんだ先に水たまり。


  水はうっすらと赤い。




「時間切れだわ。早く上に行きましょう」


 ノイがそう言って僕の手を引いて走り出す。




 ちゃぷ



 ちゃぷ




 ジャバり



 水量が徐々に加速をつけて増えてくる。



 ばしゃり


 ばしゃりと足を取られそうな刑場内を水音を立てて走る。

 水はすでに足首を越えている。

 必死に引かれる手についていく。

 きっと、水はもっと増えるのだと思った。

 血肉の腐臭と甘く香る香辛料の香りが暗い刑場内には満ちている。


 くらい?


 さっきまでここまで暗かったっけ?


 僕を引いてくれる血まみれの手。


 ノイに声をかけたくとも呼吸が乱れるばかりでかけることができない。




「上がって。躓かないようにね」

 ノイの声。

 段差があった。

 膝が痛い。

「ゆーき、早く」




 何とか登る。

 だけどノイは休ませてくれない。

 早く早くとせかす。

 息が切れる。

 ぐるぐると刑場の周りを走る。

 同じ場所を走っているように感じる。足が痛い。

 冷えてきたふくらはぎが軋む。

 ばしゃりと足が水を踏む。



「はやく! もう少しで扉に着くから! 扉に着けばまっすぐ登れるから!」

 少し、焦った色の見えるノイの声。





 え? 登るの?

 ノイが舌打ちをしたのが聞こえた。




 ふっと手首の圧迫感が消えた。


 ノイの手がなかった。

「ゆーき、手を伸ばして!」

 指示されて慌てて声のほうへ手を伸ばす。

 手首をしっかりと掴まれる。

 壁があった。

 ノイの声は壁の上から聞こえる。

「早く手をかけて! 上りなさい!」

 壁の上へは手が届く場所だった。

 かなり苦労して壁を上る。



「休んでいる暇はないから!」

 ノイはそう言って目の前の通路に僕を引きずり込む。

 がしゃん

 来た場所には戻れないように落ちてきた壁。


 真っ暗な中、ノイの手が僕を引いて進む。



「少し上ったら休憩しましょう」


 ぐるぐる階段を回り上る。これは螺旋階段?


 たぶん、螺旋階段を上ると少し上にぽつんと灯りが見えた。

 あそこで休憩かな?

「あそこで休憩しましょう。だからがんばって」

 もしかしたらと思っていたらノイが思ったとおりの提案をしてくれた。

 かなりほっとする。


 小さな灯りの下でノイが飴玉を差し出してくれる。

 赤みがかった琥珀色。

「コレは花飴フリッシュ・ゲベット。疲労を取り去り、少しの傷なら癒してくれるわ」

 口に含めばじんわりと甘さが広がる。


「ありがとう。ノイ」

 ノイは笑いをこぼした。

 少し、苦々しさを含んだ笑いだった。

「この先にレーゲン様がいっらっしゃるはずなの。水が満ちれば支払いの儀式が始まるから」

 そう言って再び螺旋階段を僕らは上がり始めた。



 ど    ん   !!





 衝撃音と共に視界が揺れる。

 音もなく散る鮮烈な赤。

 鮮やかなオレンジが視界を埋める。

 鮮やかに透き通るオレンジは赤をまとってノイの灰色のローブから生えていた。

 ノイは笑いの表情のまま、刑場へと落ちていく。

 僕はノイに手を伸ばす。

 水面の近さ、ざわめく水音。水中をうごめくオレンジの生き物を感じながら。

「ノイギーア!! ユーキ!!」

 上から降ってくる男の切羽詰った声。

 ノイのローブに手が届く。

 灰色のローブは死肉の血と自身の血で赤く染まっていた。

 水が、迫る。









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