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僕の場合  作者: とにあ
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よろず屋の寝不足とエライ生き物

 よろず屋の珍しい難しい表情。

 厨房の指定席的な椅子に座り、手元のボウルに中身を練り混ぜている。

「機嫌、悪い?」

 円君がコソッと僕に耳打ちしてくる。

 僕は機嫌が悪いと思うので、小さく頷く。

「聞こえてるよー。まどかちゃん、ゆきちゃんもよくわからず同意しなーい」

 よろず屋は笑顔で言いながら、椅子の背に体を預けるバランスの悪い体勢で手を振る。

 一拍置いてため息。

「ココまでバタバタするとちょーっとイラつくんだよねー。実際、落ち着いてゆきちゃんの尋問するつもりだったのにさ。次から次へと……」

 何があったんだろう?

 のぞみちゃんは一緒にきていたし、円君は起きた時にはいたし、いつきちゃん? は突発とはいえ、よろず屋の許容範囲を超えてるとは思わないんだけどな。

「あーーー! もうイイや。うだうだするだけ無駄無駄。とりあえず、俺は今寝不足なんだ! 落ち着いたら早々にゆきちゃんの事情聴取、するからな」

 言いつつ、片手で混ぜてたボウルを僕の手元に滑らせてくる。

 僕は引継いで練り始める。

 コーヒーの香りがする。



「寝不足の原因は?」

 円君がぽんっと尋ねる。

「ゆきちゃんが帰った時に尽力してくれた有志の中でゆきちゃんが帰った事を知った連中からの問い合わせ対応及び、地図職人組合からの組合規則一般編の説明会等だな」



 ぇ?


 なにそれ?


 誰が僕のことを問い合わせたりしたんだろう?



 うんざりしたよろず屋の口調。

「ゆきちゃんを気に入ったから還すのに知識や金銭を都合したのに、何故、こちら側に戻って来ているのか? とか、怪我をしてないなら会いに行っていいか? だの、雨季をなめた発言しやがってあいつら。入れ替わり立ち替わり問い合わせてきやがってまとめてから一括で連絡してきやがれ」

「うわぁ。大変そう」

 円君が呟くとよろず屋は笑う。

「地図職人組合からの連絡事項も夜中を狙ってきやがったけどなー」

 故に寝不足らしい。

「あー。覚えないといけない規則か。多いの?」

 よろず屋は重々しく頷く。

「基本は単純だが、細かい枝葉が多い。ま、職人の命と技能を守る為に作られた規則らしいけどな」

 業種ルールにはやっぱり意味があるんだろう。大変そうだなぁ。

「ま、一番の規則は特定の支持者を作ってそれに協力しないこと。だけどな」


 ぇっと、どういうことだろう?

「はぁ? なんで? 資金援助とか考えたら、複数を相手にするより特定個人の方がいいんじゃないのか?」

 円君が面倒そうに言う。

 言外の「めんどう」という言葉さえ聞こえてきそうだ。

「特定個人、組織に肩入れした場合、そこがこけた時に協力していた職人も巻き込まれる。地図職人は一ヶ所に特定協力しないという規則を開示しているけど、当の地図職人が特定しか相手にしていなければただの言い訳で苦しくなるし、他の地図職人の立場も微妙になる。特定協力していなくても、目をつけられて夜逃げする羽目になる場合もあるしね」

 意味深によろず屋は円君に流し目を送る。


 あ。


 そういえば、円君は夜逃げするっていう地図職人の人に弟子入りしたはずだった。



「いいお湯、ごちそうさまー」

 大きなタオルを肩にかけたいつきちゃんが厨房に入って来た。

「コーヒーフロートぷりーず。カフェのいい匂いがするぞー」

 堂々と請求する。

 この思い切りの良さと度胸は真似できないが憧れる。

「ゆきちゃん、それに冷却魔法かけて」

 呆れつつ、よろず屋は陶器のカップを準備し始めている。

「まどかちゃんもゆきちゃんも飲むだろー」

 僕と円君は頷く。

 気になる飲み物だと思う。

 よろず屋は文句を言いつつ、面倒見が良く優しいお人よしですごく居心地がイイ。

 混ぜながら、ゆっくり凍気を織り交ぜていく。

 もったりと重いクリーム状になったのを確認したよろず屋がボウルを受け取る。

 カップには白く湯気を立てる液体。

 そこに大きなスプーンで大胆にコーヒーの香りのアイスを投下していく。

「それトルミエ?」

 いつきちゃんがカップを見つめながら問う。

 よろず屋は小さく唇をゆがめて笑う。

「違うよ〜。トルミエの方が美味しいとは思うけど、マツカっていう植物の実を一年程蒸留水に漬け込んだ飲み物だよ」

「よかったー慣れたけど、ボク、トルミエって苦手なんだよね」

「苦手? 好き嫌いかよ」

 円君の言い方にムッとした表情をいつきちゃんは向ける。



 ぼてっ



 何かが頭の上に降って落ちてきた。


「魔法処理されたとはいえ、カエルの体液を飲むのには抵抗があって当然だろ!? 正体を知らずに済ませたかったさ。ボクの、この、好奇心がっ憎い!!」


 流石に円くんも表情を青くする。

 小さく「マジかよ」と呟いているところを見るに飲んだ事あるんだろうな。

  僕も飲んだことはある。濃厚バニラアイスっぽい特上クリーム風の濃い味だった。

 ちょっと僕には濃いすぎだったと覚えている。




 食は重要だと思う。


 円君といつきちゃんはこの世界の食事状に花を咲かせている。

 原形を知らない円君に一方的に情報を流している感じだ。しかも、怪しい原料限定で。

 ミルクと思っていたものはカエルの体液に始まり、屋台や家庭でよく食べられる串焼きの肉は巨大昆虫の肉であるとか、高級砂糖はゲル状の生物の乾物だとか、本当にゲテモノ限定情報だった。

 円君は虫系が苦手らしく、串焼きの肉の正体を聞いた瞬間、テーブルに突っ伏した。

「ウチの調味料系は植物系が基本だよ。お茶とかもね」

 よろず屋がのんびりした口調で言う。視線が少し上目だ。

 円君が微妙な視線をよろず屋に送る。

「師匠のとこでは串焼きが主食だったんだよぉ」

 肩を竦めるとよろず屋は突き放す物言いをした。

「入手が簡単だし、処理も簡単。ごく当たり前の食材だよ。安くて旨くて料理もし易い。汁物にも焼物にもなるしな。夜逃げしたばかりでそこまで余裕があったわけでもないだろうしな。覚悟、決めていったんだろ? 弱音吐かないって」

 円君が再度突っ伏して低く呻く。

 最初は弟子入りを断られたりとかしたんだろうか?

「……そう、だけど、さ」

「まぁ、ココ、ボクらにとっては未知の異世界だもんなぁ。最初は食事が普通にできるのか心配だったなー。成分調べまくったし、まずは毒見っぽく一口だけ食べて一定時間様子みるとか大変だったなー。解毒魔法覚えるまでは」

 うんうんといつきちゃんが頷いて見せる。

 そして、目を丸くしてる僕と円君を見ていつきちゃんは眉をひそめた。

「何が毒になるかわからないし、この世界の住人とボクらの体構造が違う可能性の高さを考慮した時、抵抗力の差異による摂取物との影響は無視できるものじゃないだろう?」

 言外に「当たり前」と反応されて居心地が少し悪い。



 疑問抱くことなく食べてました。


 はい。


「考えた事なかった」

 僕は口に出さなかったが呟いた円君と同様だったので、頷いた。

 というか、どうやって成分調べたんだろう?


「呆れた。口に入れる物の安全性を無視するなんて信じられない」

 ふるふるといつきちゃんが頭を振る。

「まともっぽい料理に見えたし、腹減ってたしさー」

「外観と成分品質は違うし」

「んー、僕もアレルギーとかは特に無かったし、気にしなかったかな」

 言い訳する円君と僕。

 冷たい眼差しと不注意を責め立ててくるいつきちゃん。


 でも、心配してくれてるんだろうな。


「アレルギーとかじゃなくても、ほかの植生系の星や文明圏の違う星系に行ったら食べ物に気を使うのは当然じゃないか」




 は?


 他の…………星?


「ん?」

 いつきちゃんが僕を見て「ああ」という表情で頷いた。

「ボクはね、学生だったんだよ。学園惑星クセロの上位学習院のね。これでもエリートなんだぞ」

 エヘンとばかりに胸を張る。

 なんだか凄そうな学校だけど

「学園惑星ってなんだよ?」

 円君が微妙な表情でいつきちゃんに尋ねる。

 うん。僕も思った。

 学園惑星ってなんなんだろう?

「星自体が学校施設な星だけど?」

 いつきちゃんは不思議そうに答える。

「それはわかるけど! そうじゃなくって!」

「多分、ボクの世界とそちらの世界は違うんだと思うよ。似て非なる世界。もしくは、ifの世界、いわゆるパラレルワールド?  なんじゃないかなぁ。 そちらの二人の世界どうしだって一緒とは限らないしな」

 一口、コーヒーフロートを流し込んでいつきちゃんは笑う。

「少なくとも、ボクは日本人じゃ無いよ。この世界に渡ってから日本という国があることを知ったくらいだしな。日本はボクにとっては祖先が旅立った母星地球にあった国家の一つらしいってくらいの位置づけかな」


 え?


「ネット小説、ライトノベルとかは由貴さんと話題が合ったし、テンプレ、お約束もわかりあえたからなー」

 円くんの言葉に僕は頷く。

「確かに好む作品はお互いに知らないけど、趣味ジャンルや検索圏が違うんなら変じゃないし」

 確かにその通りだ。

 僕は同意に頷く。

「サブカルチャーの話題以外は?」

 いつきちゃんの口調が地味に尋問口調だ。

「してない。かな?」

 うん。してない。

「あんたらバカ?」

 いつきちゃんの眼差しが冷たい。

「失礼だな。相手の地雷がどこにあるかもわかんねーのに、ザクザク踏み込んだ話題になんか入れるわけないだろ。……由貴さん、地雷多そうだし」

 言い返し、最後にボソッとこぼす円君。どうも気を使わせていたらしい。

「情報の共有は重要なトコだよ。いい? ゆっきー、まどかっち」

 ゆっきー?

「は?! 俺はエンだ! マドカ読みすんじゃねぇよ!」

「あー、ボクはトージョー・イツキ。藤の上に大樹の樹で籐上樹な」

 あ。

 そっか。

 そういえばちゃんと自己紹介してなかったかも?

「七尾円、七は数字で尾は尻尾の尾、エンは円い、……確かにまどかとかつぶらとかとも読むさ。でも、俺はエンだ」

 よっぽどまどか呼びは気に入らないらしい。こだわりを感じる。


「僕は笹原由貴。植物の笹の原っぱで笹原。ユウキは少なくとも勇ましい方のユウキではないよ」

 どう説明していいかわからない。

 そんなに特徴のある名前でもないしな。

「ん。よろしくー、ゆっきー、まどかっち」

「だから!」

「語呂が悪いんだよ。エンって呼びにくいし、渾名なんだからいいじゃん。まどかっちで」

「私はヴィアルリューン。とてもエライいきものである」

 頭上から重々しい声がおりてきた。



「疲れた」

 そう言ってよろず屋は厨房を出て行った。

「ゆっくり休むようにな」

 と、僕の頭上から声が飛ぶ。

 自称エライ生き物が僕の頭の上に陣取っているらしい。

 そっと触ってみた触感は硬いのに弾力もあって、柔らかいという矛盾のある薄気味悪い感触。

 ぷらんっとした何かが時折うなじを掠める。

「悪趣味なでぶマスコット帽子じゃないか」

「そうは見えないけど、どうエライ生き物なんだ?」

 いつきちゃんと円君の言葉に僕は嫌な表情をしてしまったと思う。

 だって、僕の趣味の帽子って思われてたってことだから。

 そりゃあ、かっこいいセンスなんて持ち合わせていないけど。


「……でぶ……」

 頭上で身じろぐ気配を感じる。

 うなじを軽く叩かれる。

「っ」

 小さく声が洩れる。

 かなり痛かった。

 すぐにプニブニした感触がうなじを撫でていく。

「エライ生き物はエライ生き物だ。でぶではない」

 撫でられて痛みは溶け消えてゆく。

 回復魔法が使えるのは、すごいと思う。

 僕の頭上に陣取っているようなサイズなのに。

 スゴイよ。かたぶよ生物。多分尻尾付き。


「どんな相手かもわからない相手にいきなり偉ぶられたって、まず軽蔑しか出来ないな。偉いって自分で言い出すもんじゃないと思うぞ」

 ビシッといつきちゃんが指差し指摘する。

 まるで僕が指さされてるようだ。



「ぐぅ」

 不満そうに頭上のエライ生き物が喉を鳴らす。

 あれ?

 もしかして、言いくるめられている?


 いいの?



 エライ生き物。





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